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第一部
パーフェクト・ワールド・ハルxx ③
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「なんか、それ、すげぇ消去法じゃねぇ?」
行人を見下ろしていた高藤の瞳がふっと笑んだ。
久しぶりに見たなと思った。最近ずっとピリピリしていて、どこか自分を扱いかねていたようだった同室者の素直な顔。
大丈夫、怒ってないよ。気になるなら聞いてみたらいいよ。
諭す調子の成瀬の声が蘇る。そしてあぁと得心した。
本当だ。聞く必要なんてない。この顔を見れば、それで十分で。
――幼馴染みだから、分かるのかな。
それとも彼だから、分かるのだろうか。自分もいつか分かるようになるのだろうか。
「そうか。でも、なら良かった」
最近の迷いを打ち消すような、あるいは、言い聞かせるようだった調子ではなく、すっきりとした声で応じて、高藤が笑った。
その柔らかな表情に、なぜかどきりとして、――久しぶりに見たからだと言い聞かせる。
「俺も、好きだよ。この学園が」
それがまるで、自分を好きだとでもいうように聞こえた、だなんて。絶対に誰にも言えないと思いながら。行人は意識してゆっくりと瞳を瞬かせた。
大丈夫。誰にも言わない。でも、もし、行人が苦しかったら、俺に吐き出したらいい。すべてを理解出来るなんて言わないけど、一緒にどうしたらいいのかを考えよう。どうにもしたくないのなら、話だけでもいいから聞かせて。一人で抱え込まなくていい。せめて、この学園にいる間は。
ここが行人にとって、幸せな場所であってくれたらいいと、そう思っている。
三年前の話だ。
オメガの自分が全寮制の学園で過ごすことは無理だったのだと早々に思い知った夜があった。
もう辞めたいと折れかけていた行人の心を繋ぎ止めたのは、彼だった。到底、理解できない、相容れないはずのアルファだった。
オメガがアルファに襲われたところで、責められるのはオメガで、アルファではない。発情しフェロモンを振り撒き、誘ったオメガが諸悪の根源で、アルファはいわば、フェロモンにあてられた被害者なのだ。アルファが正しく、オメガはそうではない。
どれだけ権利は平等なのだと叫ばれるようになった昨今でも、結局、それが現実で、それだけしかない。
それなのに、あの人は退学すべきは手を出そうとしたアルファで、行人ではないと言った。
アルファのくせに、とは思わなかった。怖いとも思わなかった。つがいでも、なんでもないのに。触れられても、ちっとも恐ろしくなくて。
あぁ、この人が運命だったらいいのにと。あるわけもないことを確かに願った。
この人は、本気で自分を、――榛名行人を見てくれていると思った。オメガの自分でも、オメガ性を隠してベータとして振舞っている自分をでもなく、ただ一人の後輩としての榛名行人を。
だから、まだ生きていけると思ったのだ、その瞬間。自分を自分として認知してくれる誰かがいるのなら、ここで。
自分が学園を好きだと言わなかったことを、高藤は気が付いていたのだろうか、とふと思った。
好きだとか、嫌いだとか。そんな次元でくくることは出来ないくらいに。この場所は、大切で、そして、最後の砦だった。
自分が、榛名行人として生きていくために。
その道の隣に、もし、――いてくれるというのなら、幸せだとは思うけれど。同時に望み過ぎだとも分かっている。過ぎたる望みは身の破滅を呼ぶ。分かっている。だから、このままでいい。
このままがいい。
「相部屋なのはどう頑張っても今年限りだけどな」
同室者、という括りはそこでさようなら、だ。その先は知らない。ただ、成瀬たちのようにはなれそうにない、とは分かっていた。
小さく笑ってみせた行人に、高藤は一瞬、何か言いたそうな顔をして、けれどすぐに笑った。いつもの顔で。良いな、と思った。
敵しかいないと思っていたこの学園で、巡り合えて良かったとも思った。
この一瞬があれば、生きていけると思ったのは、成瀬がいたから、だけではない。絶対に、絶対に言わないけれど。
何があったのかと自分を問い詰めることも出来ただろうに。秘密を知ろうと思えば、知ることも出来ただろうに。高藤は、何も言わず、何もせず、態度を変えず、同室者のままでいてくれた。
あの夜、何も言わないまま、ただ同じ部屋にいてくれたことが、本当に嬉しかった。
それは行人の中で、秘密のままで朽ちていくのだろうけれど。
行人を見下ろしていた高藤の瞳がふっと笑んだ。
久しぶりに見たなと思った。最近ずっとピリピリしていて、どこか自分を扱いかねていたようだった同室者の素直な顔。
大丈夫、怒ってないよ。気になるなら聞いてみたらいいよ。
諭す調子の成瀬の声が蘇る。そしてあぁと得心した。
本当だ。聞く必要なんてない。この顔を見れば、それで十分で。
――幼馴染みだから、分かるのかな。
それとも彼だから、分かるのだろうか。自分もいつか分かるようになるのだろうか。
「そうか。でも、なら良かった」
最近の迷いを打ち消すような、あるいは、言い聞かせるようだった調子ではなく、すっきりとした声で応じて、高藤が笑った。
その柔らかな表情に、なぜかどきりとして、――久しぶりに見たからだと言い聞かせる。
「俺も、好きだよ。この学園が」
それがまるで、自分を好きだとでもいうように聞こえた、だなんて。絶対に誰にも言えないと思いながら。行人は意識してゆっくりと瞳を瞬かせた。
大丈夫。誰にも言わない。でも、もし、行人が苦しかったら、俺に吐き出したらいい。すべてを理解出来るなんて言わないけど、一緒にどうしたらいいのかを考えよう。どうにもしたくないのなら、話だけでもいいから聞かせて。一人で抱え込まなくていい。せめて、この学園にいる間は。
ここが行人にとって、幸せな場所であってくれたらいいと、そう思っている。
三年前の話だ。
オメガの自分が全寮制の学園で過ごすことは無理だったのだと早々に思い知った夜があった。
もう辞めたいと折れかけていた行人の心を繋ぎ止めたのは、彼だった。到底、理解できない、相容れないはずのアルファだった。
オメガがアルファに襲われたところで、責められるのはオメガで、アルファではない。発情しフェロモンを振り撒き、誘ったオメガが諸悪の根源で、アルファはいわば、フェロモンにあてられた被害者なのだ。アルファが正しく、オメガはそうではない。
どれだけ権利は平等なのだと叫ばれるようになった昨今でも、結局、それが現実で、それだけしかない。
それなのに、あの人は退学すべきは手を出そうとしたアルファで、行人ではないと言った。
アルファのくせに、とは思わなかった。怖いとも思わなかった。つがいでも、なんでもないのに。触れられても、ちっとも恐ろしくなくて。
あぁ、この人が運命だったらいいのにと。あるわけもないことを確かに願った。
この人は、本気で自分を、――榛名行人を見てくれていると思った。オメガの自分でも、オメガ性を隠してベータとして振舞っている自分をでもなく、ただ一人の後輩としての榛名行人を。
だから、まだ生きていけると思ったのだ、その瞬間。自分を自分として認知してくれる誰かがいるのなら、ここで。
自分が学園を好きだと言わなかったことを、高藤は気が付いていたのだろうか、とふと思った。
好きだとか、嫌いだとか。そんな次元でくくることは出来ないくらいに。この場所は、大切で、そして、最後の砦だった。
自分が、榛名行人として生きていくために。
その道の隣に、もし、――いてくれるというのなら、幸せだとは思うけれど。同時に望み過ぎだとも分かっている。過ぎたる望みは身の破滅を呼ぶ。分かっている。だから、このままでいい。
このままがいい。
「相部屋なのはどう頑張っても今年限りだけどな」
同室者、という括りはそこでさようなら、だ。その先は知らない。ただ、成瀬たちのようにはなれそうにない、とは分かっていた。
小さく笑ってみせた行人に、高藤は一瞬、何か言いたそうな顔をして、けれどすぐに笑った。いつもの顔で。良いな、と思った。
敵しかいないと思っていたこの学園で、巡り合えて良かったとも思った。
この一瞬があれば、生きていけると思ったのは、成瀬がいたから、だけではない。絶対に、絶対に言わないけれど。
何があったのかと自分を問い詰めることも出来ただろうに。秘密を知ろうと思えば、知ることも出来ただろうに。高藤は、何も言わず、何もせず、態度を変えず、同室者のままでいてくれた。
あの夜、何も言わないまま、ただ同じ部屋にいてくれたことが、本当に嬉しかった。
それは行人の中で、秘密のままで朽ちていくのだろうけれど。
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