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第一部
パーフェクト・ワールド・ハルxx ②
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「お疲れ」
茅野たちの輪の中から出てきた高藤に声をかける。高藤はわずかに意外そうに眼を瞠った。
「良かったの。折角、二人きりだったのに」
揶揄う調子のそれに、行人はどこか安堵しながら、軽口を返した。
「べつに。狙ってたわけじゃないし。たまたま外に出たら、成瀬さんがいただけで」
「嫌になった? 今日は萩原たちと楽しそうにしてるなって思ってたんだけど」
苦笑気味に高藤が、少し前まで行人のいた同期生たちの集団に眼を向ける。
でもおまえはその中にいなかったじゃないか、との文句を呑み込んで、「あのさ」と問いかける。
それとも、俺の近くには来たくなかったのだろうか、との懸念も一緒に呑み込んで。
「変なこと言った」
主語も何もあったものではない。けれど、寸分違わず伝わっているはずだった。
言うべきではなかった、と、行人は思っている。「同室者」であるところの自分たちには似合わない表現だったとも。
「気にさせたなら、ごめん」
「いや?」
応じた高藤は、ある意味でいつも通りだった。
「全然。どうした、急に」
高藤を前にすると、ひどく気が抜けることがある。
だから、あんなことを言ってしまったのだと分かっていた。
ともすれば自分の本音をもらしてしまいそうで、行人は少し怖い。そうしてそれは、距離を開けられるのだろうか、と。不安に感じたそれと、ひどく矛盾しているとも気が付いていた。
その全てを切り取って、「意味が分からない」と断じた高藤は何も間違っていない。
それなのに、俺は何を期待していたのだろう。どう答えて欲しいと思っていたのだろう。
応じる答えなど、行人自身、持ってもいないのに。
「なら、良いや。なんでもない」
「そうか」
そこで一度、会話が途切れた。会場の喧騒から自分たちの半径分だけ取り残されたように。
けれど、円の外に出ようとは思えなかった。
「あ……」
中庭に足を向けた影に、無意識に声が漏れる。
「向原さんじゃない? 今日は生徒会でずっと出ずっぱりだったみたいだから、二人にしておいてあげたら?」
「べつに、」
誰も邪魔をしに行こうとは思っていないし、ここを離れようとも思っていない。
「あの人たちも、ずっと同室なんだっけ」
「いや、……最初の一年目は違ったんじゃないかな、確か。成瀬さん、柏木さんと同室だったって聞いたことあるし」
「へぇ」
「でも、そのあとはそうだったんじゃないかな。昔からなんだかんだでずっとつるんでるし。あの人たち」
まぁ、馬も合うんでしょ、とこともなげに高藤が続ける。
俺は、きっと、同室でなければ、高藤とこんなふうに話すこともなければ、こんな距離にいることもなかったのだろうなと思った。
あるいは、成瀬さんとだって、そうかもしれない。
高藤という媒介がなければ、近しく話しかけてもらえる存在にはなれなかったのかもしれない。
「榛名にとってのさ」
「え?」
「ここって、なに?」
不意に展開した抽象的なそれに、行人は思わず隣を振り仰いだ。行人の視線に応じるかたちで、高藤が眉を下げる。
「あー、ええと、なんというか……、そうだな。陵学園自体でもいいし、櫻寮のことでもいいし。好き?」
学祭終了後のアンケートみたいだなと思ったが、先ほどのものよりずっと答えやすいのは確かで。
「そうだな」と、行人はゆっくり口を開いた。
寮長が茅野で良かったと思うし、また成瀬と同じ寮に配属されたことも本当に嬉しい。
萩原に話しかけてもらえることも実は嬉しいし、四谷の知らなかった一面を見ることができたことも良かったと思う。
それに、――。
「好きだよ、ここ。おまえと一緒でほっとした」
「そう、なんだ」
「うん。まぁ、そりゃ、嫌なところがあるのも、目に付くところがあるのもお互い様だと思うんだけどさ、おまえじゃなかったら、きっともっとしんどかったに違いなくて。それは間違いないから」
本当はまた同じ寮だと知って、同室者が高藤で嬉しかった。それは自分の第二の性をこのまま隠すにあたって、新たな誰かになるよりもリスクが少ないだとか。そういった打算的な意味合いだけではなくて。また同じ場所で三年間一緒に過ごせることになって、嬉しかった。
言わないけれど。絶対に、言えないけれど。
茅野たちの輪の中から出てきた高藤に声をかける。高藤はわずかに意外そうに眼を瞠った。
「良かったの。折角、二人きりだったのに」
揶揄う調子のそれに、行人はどこか安堵しながら、軽口を返した。
「べつに。狙ってたわけじゃないし。たまたま外に出たら、成瀬さんがいただけで」
「嫌になった? 今日は萩原たちと楽しそうにしてるなって思ってたんだけど」
苦笑気味に高藤が、少し前まで行人のいた同期生たちの集団に眼を向ける。
でもおまえはその中にいなかったじゃないか、との文句を呑み込んで、「あのさ」と問いかける。
それとも、俺の近くには来たくなかったのだろうか、との懸念も一緒に呑み込んで。
「変なこと言った」
主語も何もあったものではない。けれど、寸分違わず伝わっているはずだった。
言うべきではなかった、と、行人は思っている。「同室者」であるところの自分たちには似合わない表現だったとも。
「気にさせたなら、ごめん」
「いや?」
応じた高藤は、ある意味でいつも通りだった。
「全然。どうした、急に」
高藤を前にすると、ひどく気が抜けることがある。
だから、あんなことを言ってしまったのだと分かっていた。
ともすれば自分の本音をもらしてしまいそうで、行人は少し怖い。そうしてそれは、距離を開けられるのだろうか、と。不安に感じたそれと、ひどく矛盾しているとも気が付いていた。
その全てを切り取って、「意味が分からない」と断じた高藤は何も間違っていない。
それなのに、俺は何を期待していたのだろう。どう答えて欲しいと思っていたのだろう。
応じる答えなど、行人自身、持ってもいないのに。
「なら、良いや。なんでもない」
「そうか」
そこで一度、会話が途切れた。会場の喧騒から自分たちの半径分だけ取り残されたように。
けれど、円の外に出ようとは思えなかった。
「あ……」
中庭に足を向けた影に、無意識に声が漏れる。
「向原さんじゃない? 今日は生徒会でずっと出ずっぱりだったみたいだから、二人にしておいてあげたら?」
「べつに、」
誰も邪魔をしに行こうとは思っていないし、ここを離れようとも思っていない。
「あの人たちも、ずっと同室なんだっけ」
「いや、……最初の一年目は違ったんじゃないかな、確か。成瀬さん、柏木さんと同室だったって聞いたことあるし」
「へぇ」
「でも、そのあとはそうだったんじゃないかな。昔からなんだかんだでずっとつるんでるし。あの人たち」
まぁ、馬も合うんでしょ、とこともなげに高藤が続ける。
俺は、きっと、同室でなければ、高藤とこんなふうに話すこともなければ、こんな距離にいることもなかったのだろうなと思った。
あるいは、成瀬さんとだって、そうかもしれない。
高藤という媒介がなければ、近しく話しかけてもらえる存在にはなれなかったのかもしれない。
「榛名にとってのさ」
「え?」
「ここって、なに?」
不意に展開した抽象的なそれに、行人は思わず隣を振り仰いだ。行人の視線に応じるかたちで、高藤が眉を下げる。
「あー、ええと、なんというか……、そうだな。陵学園自体でもいいし、櫻寮のことでもいいし。好き?」
学祭終了後のアンケートみたいだなと思ったが、先ほどのものよりずっと答えやすいのは確かで。
「そうだな」と、行人はゆっくり口を開いた。
寮長が茅野で良かったと思うし、また成瀬と同じ寮に配属されたことも本当に嬉しい。
萩原に話しかけてもらえることも実は嬉しいし、四谷の知らなかった一面を見ることができたことも良かったと思う。
それに、――。
「好きだよ、ここ。おまえと一緒でほっとした」
「そう、なんだ」
「うん。まぁ、そりゃ、嫌なところがあるのも、目に付くところがあるのもお互い様だと思うんだけどさ、おまえじゃなかったら、きっともっとしんどかったに違いなくて。それは間違いないから」
本当はまた同じ寮だと知って、同室者が高藤で嬉しかった。それは自分の第二の性をこのまま隠すにあたって、新たな誰かになるよりもリスクが少ないだとか。そういった打算的な意味合いだけではなくて。また同じ場所で三年間一緒に過ごせることになって、嬉しかった。
言わないけれど。絶対に、言えないけれど。
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