54 / 484
第一部
パーフェクト・ワールド・ハルⅨ ⑥
しおりを挟む
ミニ運動会が行われていたグラウンドの中心に設置されたステージは、今日一日中で一番の華やぎを見せていた。最後の結果発表を前にして、集う人数も本日一である。
集計を担当していたメンバー以外は混乱を防ぐためにと警備に充てられていて、皓太も観客の最後列から周囲を見ていた。
無駄に騒ぐような集団も、カメラを構えているような人物もいないのは幸いだが、中等部の文化祭に比べても人出は雲泥の差だ。
噂には聞いていたが、活気が違う。
――その中で、一位を選ぼうというのだ。盛り上がるのは、ある意味で当然なのかもしれない。
ただの人気投票ではないかと投げやりに思っていたのは事実だが、それだけには納まらないことも実感してしまう。
舞台のマイクの音が若干割れて響いているのは、ご愛敬だ。客席からも文句は出る気配はなく、視線は一心にステージへと集まっている。
そちらの問題はないのだろうけれど、と。何とも言えない感情が込み上げそうになるのを、皓太は無理やり呑み込んだ。今はあまり思い出したくない。
溜息を吐いて視線を上げた瞬間。不意に誰かが隣に立っているのに気が付いた。
「本尾先輩」
何か事務連絡でもあっただろうかと振り仰いだ先にいたのは、意外な人物で。驚いた声になった皓太を、本尾が笑った。
「さっき、見てただろ、おまえ」
「……すみません」
「べつに、誰も謝れとは言ってねぇよ。見られたくなかったら、場所くらい考える」
威圧的なそれというよりは苦笑に近い。案外、それは本音に近いのではないかと思えた。見せたい相手は自分ではなかっただろうけれど。
「そう言えば、おまえ、あいつの幼馴染みなんだって?」
本尾の言うところの「あいつ」が、ちょうどステージの中央に立ったところだった。マイクを持つと、桁違いの歓声が上がる。華やかな人だと遠目でも思う。先ほどの校舎裏でのやりとりが嘘のようだとさえ。
皓太は答えなかったが、構わず本尾は続ける。
「あいつが泣いてるところ、見たことあるか?」
「え?」
思わず視線をステージから逸らす。本尾は変わらず前方を見据えたまま、鼻で笑った。
「泣かしてやりてぇよな。昔から、何をやっても、あの顔から変わらねぇんだよ」
泣いている顔どころか、怒っている顔もほとんど見たことがないかもしれないと思い至った。
今は、ではない。あの頃から、だ。彼は子どもの頃から、彼として完成していた。基本的にいつもあの通りだ。あの通りを十八年、貫き続けている。
ひび割れたマイクの音量が一層、けたたましくなって、場内が沸いた。いつの間にか、雌雄が決していたらしい。みささぎ祭のメインイベント。終わらなければ良いとさえ思ったそれも、あっというまに流れ落ちていく。
中心にいるのは成瀬で、そのすぐ傍に茅野がいる。櫻寮だ。
「ほら、見てやれよ。櫻寮のご優勝だ」
喧騒をものともしない冷めた声で、本尾が哂う。
「しかしまぁ、茅野も自分が寮生委員会のトップだからって、好き勝手やるよなぁ。ある意味で、会長様と良い勝負だ」
「茅野さんが?」
「おまえがどう思ってるのか知らねぇが、あいつは昔から強硬な会長派だぞ」
強硬な会長派という台詞は、皓太の中の茅野のイメージと上手く合致しなかった。
「中立派を気取っている分、柏木なんかよりよっぽど性質が悪いと俺は思うが」
皓太の反応を見るように、本尾の視線が落ちる。
「今回のこれも、どうせあいつが仕組んだんだろ。あいつが一瞬でも下に見られるのが、我慢ならなかったんじゃねぇのか?」
表彰の挨拶に切り替わったステージで、準優勝の花を受け取った水城がマイクを持つ。涙交じりの声が健気に感謝と至らなさとを告げていて、応援する声があちこちから飛び交っていた。その声が、どこか遠い。
「まぁ、あいつが狙ったとおりに転んだとしても、一波乱あるぞ、間違いなく」
一波乱。その声を受けて、皓太はゆっくりと本尾に視線を向け直した。
「本尾先輩は、波乱を起こして欲しいんですか」
水城に。あるいは、楓寮に。問う声は、思っていたよりもずっと平たいものになった。
「おまえのそれ、あいつに似てるな」
皓太を見降ろしていた本尾の瞳に、面白がる色が乗った。その眼がゆっくりと細くなって、こう吐き捨てる。
「冗談。入って来たばっかりの一年に、潰させてたまるかよ。何のために、俺がここまで待ったと思ってるんだ」
とうとう言葉に詰まった水城の華奢な肩を、楓寮の寮長が抱きかかえ健闘を讃えている。とんだ茶番だ、と確かに思った。けれど、それはきっと少数派だ。
「高藤」
その声に引きずられるようにして、皓太はステージから背を向けた。ステージは益々の盛り上がりを見せている。榛名も舞台袖で見ているのだろうかと、なぜか急にそんなことを思った。笑っているだろうか、と。
「見限りたくなったらいつでも言えよ。風紀に迎え入れてやる」
本尾の声は笑っていた。
「それはないですよ、俺は」
すげなく断った皓太を責めるでもなく、本尾が言葉を継いだ。
「それは残念だ。でもな、高藤。断言しても良い。会長様に言ったところで、あいつは結局のところ、何もしねぇぞ。動くのはいつも向原だ」
大丈夫、と言った成瀬の顔が思い浮かんで、本尾に弁明しても意味はないのに否定しようと皓太は試みた。けれどそれより先に、本尾がどこか苛立たし気に言い足す。
「あの夢みたいなことばかりほざく理想論者のどこが良いのか知らねぇが、絆されてから、ずっとそうだ」
音響からは明るい音楽が流れ始めていた。数年ぶりに櫻寮の優勝です。そんな煽るような声とともに。
盛り上がる会場の中で上がった野次は、消えきらない。
「俺は、あいつと出逢う前の向原のほうが、ずっと真面だったと思うがな。今のあいつは、あいつじゃねぇよ」
ゆっくりと本尾の視線が皓太からステージに移る。そこにいるのは、あの人たちだ。
「なぁ。おまえは、今が気に喰わないって顔をしてるが。そもそも今を創り上げたのはあいつだろう? それを気に喰わないと思いながらも、俺は四年間ここで過ごしてきた。だったら、今、俺がそれを壊したところで、あいつに文句を言う筋合いはないと思わないか」
集計を担当していたメンバー以外は混乱を防ぐためにと警備に充てられていて、皓太も観客の最後列から周囲を見ていた。
無駄に騒ぐような集団も、カメラを構えているような人物もいないのは幸いだが、中等部の文化祭に比べても人出は雲泥の差だ。
噂には聞いていたが、活気が違う。
――その中で、一位を選ぼうというのだ。盛り上がるのは、ある意味で当然なのかもしれない。
ただの人気投票ではないかと投げやりに思っていたのは事実だが、それだけには納まらないことも実感してしまう。
舞台のマイクの音が若干割れて響いているのは、ご愛敬だ。客席からも文句は出る気配はなく、視線は一心にステージへと集まっている。
そちらの問題はないのだろうけれど、と。何とも言えない感情が込み上げそうになるのを、皓太は無理やり呑み込んだ。今はあまり思い出したくない。
溜息を吐いて視線を上げた瞬間。不意に誰かが隣に立っているのに気が付いた。
「本尾先輩」
何か事務連絡でもあっただろうかと振り仰いだ先にいたのは、意外な人物で。驚いた声になった皓太を、本尾が笑った。
「さっき、見てただろ、おまえ」
「……すみません」
「べつに、誰も謝れとは言ってねぇよ。見られたくなかったら、場所くらい考える」
威圧的なそれというよりは苦笑に近い。案外、それは本音に近いのではないかと思えた。見せたい相手は自分ではなかっただろうけれど。
「そう言えば、おまえ、あいつの幼馴染みなんだって?」
本尾の言うところの「あいつ」が、ちょうどステージの中央に立ったところだった。マイクを持つと、桁違いの歓声が上がる。華やかな人だと遠目でも思う。先ほどの校舎裏でのやりとりが嘘のようだとさえ。
皓太は答えなかったが、構わず本尾は続ける。
「あいつが泣いてるところ、見たことあるか?」
「え?」
思わず視線をステージから逸らす。本尾は変わらず前方を見据えたまま、鼻で笑った。
「泣かしてやりてぇよな。昔から、何をやっても、あの顔から変わらねぇんだよ」
泣いている顔どころか、怒っている顔もほとんど見たことがないかもしれないと思い至った。
今は、ではない。あの頃から、だ。彼は子どもの頃から、彼として完成していた。基本的にいつもあの通りだ。あの通りを十八年、貫き続けている。
ひび割れたマイクの音量が一層、けたたましくなって、場内が沸いた。いつの間にか、雌雄が決していたらしい。みささぎ祭のメインイベント。終わらなければ良いとさえ思ったそれも、あっというまに流れ落ちていく。
中心にいるのは成瀬で、そのすぐ傍に茅野がいる。櫻寮だ。
「ほら、見てやれよ。櫻寮のご優勝だ」
喧騒をものともしない冷めた声で、本尾が哂う。
「しかしまぁ、茅野も自分が寮生委員会のトップだからって、好き勝手やるよなぁ。ある意味で、会長様と良い勝負だ」
「茅野さんが?」
「おまえがどう思ってるのか知らねぇが、あいつは昔から強硬な会長派だぞ」
強硬な会長派という台詞は、皓太の中の茅野のイメージと上手く合致しなかった。
「中立派を気取っている分、柏木なんかよりよっぽど性質が悪いと俺は思うが」
皓太の反応を見るように、本尾の視線が落ちる。
「今回のこれも、どうせあいつが仕組んだんだろ。あいつが一瞬でも下に見られるのが、我慢ならなかったんじゃねぇのか?」
表彰の挨拶に切り替わったステージで、準優勝の花を受け取った水城がマイクを持つ。涙交じりの声が健気に感謝と至らなさとを告げていて、応援する声があちこちから飛び交っていた。その声が、どこか遠い。
「まぁ、あいつが狙ったとおりに転んだとしても、一波乱あるぞ、間違いなく」
一波乱。その声を受けて、皓太はゆっくりと本尾に視線を向け直した。
「本尾先輩は、波乱を起こして欲しいんですか」
水城に。あるいは、楓寮に。問う声は、思っていたよりもずっと平たいものになった。
「おまえのそれ、あいつに似てるな」
皓太を見降ろしていた本尾の瞳に、面白がる色が乗った。その眼がゆっくりと細くなって、こう吐き捨てる。
「冗談。入って来たばっかりの一年に、潰させてたまるかよ。何のために、俺がここまで待ったと思ってるんだ」
とうとう言葉に詰まった水城の華奢な肩を、楓寮の寮長が抱きかかえ健闘を讃えている。とんだ茶番だ、と確かに思った。けれど、それはきっと少数派だ。
「高藤」
その声に引きずられるようにして、皓太はステージから背を向けた。ステージは益々の盛り上がりを見せている。榛名も舞台袖で見ているのだろうかと、なぜか急にそんなことを思った。笑っているだろうか、と。
「見限りたくなったらいつでも言えよ。風紀に迎え入れてやる」
本尾の声は笑っていた。
「それはないですよ、俺は」
すげなく断った皓太を責めるでもなく、本尾が言葉を継いだ。
「それは残念だ。でもな、高藤。断言しても良い。会長様に言ったところで、あいつは結局のところ、何もしねぇぞ。動くのはいつも向原だ」
大丈夫、と言った成瀬の顔が思い浮かんで、本尾に弁明しても意味はないのに否定しようと皓太は試みた。けれどそれより先に、本尾がどこか苛立たし気に言い足す。
「あの夢みたいなことばかりほざく理想論者のどこが良いのか知らねぇが、絆されてから、ずっとそうだ」
音響からは明るい音楽が流れ始めていた。数年ぶりに櫻寮の優勝です。そんな煽るような声とともに。
盛り上がる会場の中で上がった野次は、消えきらない。
「俺は、あいつと出逢う前の向原のほうが、ずっと真面だったと思うがな。今のあいつは、あいつじゃねぇよ」
ゆっくりと本尾の視線が皓太からステージに移る。そこにいるのは、あの人たちだ。
「なぁ。おまえは、今が気に喰わないって顔をしてるが。そもそも今を創り上げたのはあいつだろう? それを気に喰わないと思いながらも、俺は四年間ここで過ごしてきた。だったら、今、俺がそれを壊したところで、あいつに文句を言う筋合いはないと思わないか」
12
お気に入りに追加
139
あなたにおすすめの小説
とある金持ち学園に通う脇役の日常~フラグより飯をくれ~
無月陸兎
BL
山奥にある全寮制男子校、桜白峰学園。食べ物目当てで入学した主人公は、学園の権力者『REGAL4』の一人、一条貴春の不興を買い、学園中からハブられることに。美味しい食事さえ楽しめれば問題ないと気にせず過ごしてたが、転入生の扇谷時雨がやってきたことで、彼の日常は波乱に満ちたものとなる──。
自分の親友となった時雨が学園の人気者たちに迫られるのを横目で見つつ、主人公は巻き込まれて恋人のフリをしたり、ゆるく立ちそうな恋愛フラグを避けようと奮闘する物語です。
嫌われものの僕について…
相沢京
BL
平穏な学校生活を送っていたはずなのに、ある日突然全てが壊れていった。何が原因なのかわからなくて気がつけば存在しない扱いになっていた。
だか、ある日事態は急変する
主人公が暗いです
【BL】男なのにNo.1ホストにほだされて付き合うことになりました
猫足
BL
「浮気したら殺すから!」
「できるわけがないだろ……」
相川優也(25)
主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。
碧スバル(21)
指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その結果、恋人に昇格。
「僕、そのへんの女には負ける気がしないから。こんな可愛い子、ほかにいるわけないしな!」
「スバル、お前なにいってんの…?」
美形病みホスと平凡サラリーマンの、付き合いたてカップルの日常。
※【男なのになぜかNo. 1ホストに懐かれて困ってます】の続編です。
私の事を調べないで!
さつき
BL
生徒会の副会長としての姿と
桜華の白龍としての姿をもつ
咲夜 バレないように過ごすが
転校生が来てから騒がしくなり
みんなが私の事を調べだして…
表紙イラストは みそかさんの「みそかのメーカー2」で作成してお借りしています↓
https://picrew.me/image_maker/625951
チャラ男会計目指しました
岬ゆづ
BL
編入試験の時に出会った、あの人のタイプの人になれるように…………
――――――それを目指して1年3ヶ月
英華学園に高等部から編入した齋木 葵《サイキ アオイ 》は念願のチャラ男会計になれた
意中の相手に好きになってもらうためにチャラ男会計を目指した素は真面目で素直な主人公が王道学園でがんばる話です。
※この小説はBL小説です。
苦手な方は見ないようにお願いします。
※コメントでの誹謗中傷はお控えください。
初執筆初投稿のため、至らない点が多いと思いますが、よろしくお願いします。
他サイトにも掲載しています。
悪役令息の兄には全てが視えている
翡翠飾
BL
「そういえば、この間臣麗くんにお兄さんが居るって聞きました!意外です、てっきり臣麗くんは一人っ子だと思っていたので」
駄目だ、それを言っては。それを言ったら君は───。
大企業の御曹司で跡取りである美少年高校生、神水流皇麗。彼はある日、噂の編入生と自身の弟である神水流臣麗がもめているのを止めてほしいと頼まれ、そちらへ向かう。けれどそこで聞いた編入生の言葉に、酷い頭痛を覚え前世の記憶を思い出す。
そして彼は気付いた、現代学園もののファンタジー乙女ゲームに転生していた事に。そして自身の弟は悪役令息。自殺したり、家が没落したり、殺人鬼として少年院に入れられたり、父に勘当されキャラ全員を皆殺しにしたり───?!?!しかもそんな中、皇麗はことごとく死亡し臣麗の闇堕ちに体よく使われる?!
絶対死んでたまるか、臣麗も死なせないし人も殺させない。臣麗は僕の弟、だから僕の使命として彼を幸せにする。
僕の持っている予知能力で、全てを見透してみせるから───。
けれど見えてくるのは、乙女ゲームの暗い闇で?!
これは人が能力を使う世界での、予知能力を持った秀才美少年のお話。
元生徒会長さんの日常
あ×100
BL
俺ではダメだったみたいだ。気づけなくてごめんね。みんな大好きだったよ。
転校生が現れたことによってリコールされてしまった会長の二階堂雪乃。俺は仕事をサボり、遊び呆けたりセフレを部屋に連れ込んだりしたり、転校生をいじめたりしていたらしい。
そんな悪評高い元会長さまのお話。
長らくお待たせしました!近日中に更新再開できたらと思っております(公開済みのものも加筆修正するつもり)
なお、あまり文才を期待しないでください…痛い目みますよ…
誹謗中傷はおやめくださいね(泣)
2021.3.3
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる