パーフェクトワールド

木原あざみ

文字の大きさ
上 下
45 / 484
第一部

パーフェクト・ワールド・ハルⅧ ①

しおりを挟む
[8]


「あぁ、おまえが気にするようなことじゃない」

 点呼の報告がてら茅野の部屋を訪れたのは、十時を少し過ぎた時間だった。昨日の演習中の出来事を謝った皓太に、茅野は椅子に座ったまま、あっさりと笑った。

「少しばかり楓には嫌味は言われたが、あいつら、今は虫の居所が悪いんだ。ミスコンの当てが外れたからな」

 前日にバタバタと準備をするのは性に合わないとの茅野の仕切りで、櫻寮は昨日の夜でみささぎ祭の準備を終えている。
 今日の午後の最終チェックも問題なく済み、寮長の号令で全員が揃った夜の食堂は、和やかな雰囲気で閉幕した。あとはもう明日を待つばかりで、忙しなさも終わりを告げるというのに、皓太の心境は少しも穏やかにならない。

 ――終われば、いつもの日常に戻って、いつもの自分に戻るのだろうか。こんな、苛々したりもせずに。

 あれは、……いや、まぁ、榛名も悪かったとは思うけど。でも、それにしても、俺の八つ当たりも入っていたような気もするし。

「すみません。もう少し、俺が上手くやれたら良かったんですけど」
「確かにおまえは一年のフロア長だが、一年全体の責任を負う必要はないし、あいつの保護者でもなんでもないだろう」
「それはそうですけど」
「同室者が可愛いと苦労するな、おまえも」

 仮に、榛名が可愛いだけだったらば、ここまで気苦労をかけられなかった、とも思う。あいつの場合、問題なのは、あの性格だ。猪かと言いたくなるような、アレ。

「おまえにばかり押し付けて多少は悪いかと思ったんだが、バランスを優先させるとそうなってしまってな」
「バランス……」
「おまえと同室、というのが、一番問題が起こりにくい」

 さも当然と茅野が口にしたそれに、皓太は上手く頷くことが出来なかった。

「逆に、俺といるから、眼を付けられているんじゃないですかね、あいつは」
「そうとは限らんだろう。本人にとっては残念な話かもしれんが、目立つ面をしているからな、あいつも」

 苦笑気味に、茅野が言葉を継いだ。

「榛名が、まぁ……なんというか、異性しか対象に出来ないというタイプであれば、また違ったかもしれんが。あの顔で、『成瀬さん、成瀬さん』と尻尾を振っていれば、同性もイケると思われても致し方ない」
「……」
「もともと、この学園はアルファが多いから。そういう意味での垣根も低いしな」
「珍しいですね、茅野さんがそんな話をするのも」
「寮長としては自由恋愛を勧める訳にはいかんからな、当然だろう。おまえもそうなりたい相手がいるのなら、止めはせんが、寮内で手は出すなよ」

 この学園の中で、そんなことをするつもりは、皓太にはなかった。ただそれはあくまで自分の感覚で、そうでない人間が多いことも知っているけれど。

「茅野さんは、オメガでなくても男をそういう意味で対象に出来ますか?」
「どうだろうな、分からん」

 躊躇いの末、皓太が吐き出した問いかけを、長考することもなく答えてから、茅野がふと真顔になった。

「ところで、おまえのその顔の理由は、それだけか?」
「え?」
「随分、煮詰まった顔をしているぞ。このところ」

 とん、と茅野が自身の眉頭のあたりを叩いた。煮詰まった顔。しているのだろうなと諦めて、皓太は吐き出した。
 あの榛名にまで似たようなことを言われたのだ。相当やられていることは、間違いない。

「俺は……語弊があるかもしれませんが、今のこの学園の空気が気持ち悪いんです。なんだか、落ち着かない」

 茅野は何も言わなかった。時計の針の音がやけに響く気がする室内で、皓太は続けた。

「オメガだ、アルファだ。本来なら口にすべきではないと誰もが分かっていたはずのことが、当たり前のように口から飛び出す。あいつはオメガかも知れない。あいつはアルファだ」

 オメガだろうがアルファだろうが関係ない。この学園で生活していく上で。何の関係もないことだと思っていた。

「俺は、それがすごく嫌です」

 いつのまにか溜まり込んでいた淀みが言葉になった瞬間、実感した。あぁ、嫌だったのだと。それが腑に落ちていなかったのだと。
 じっと黙って耳を傾けていた茅野が、おもむろに口を開いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

別に、好きじゃなかった。

15
BL
好きな人が出来た。 そう先程まで恋人だった男に告げられる。 でも、でもさ。 notハピエン 短い話です。 ※pixiv様から転載してます。

暑がりになったのはお前のせいかっ

わさび
BL
ただのβである僕は最近身体の調子が悪い なんでだろう? そんな僕の隣には今日も光り輝くαの幼馴染、空がいた

主人公は俺狙い?!

suzu
BL
生まれた時から前世の記憶が朧げにある公爵令息、アイオライト=オブシディアン。 容姿は美麗、頭脳も完璧、気遣いもできる、ただ人への態度が冷たい冷血なイメージだったため彼は「細雪な貴公子」そう呼ばれた。氷のように硬いイメージはないが水のように優しいイメージもない。 だが、アイオライトはそんなイメージとは反対に単純で鈍かったり焦ってきつい言葉を言ってしまう。 朧げであるがために時間が経つと記憶はほとんど無くなっていた。 15歳になると学園に通うのがこの世界の義務。 学園で「インカローズ」を見た時、主人公(?!)と直感で感じた。 彼は、白銀の髪に淡いピンク色の瞳を持つ愛らしい容姿をしており、BLゲームとかの主人公みたいだと、そう考える他なかった。 そして自分も攻略対象や悪役なのではないかと考えた。地位も高いし、色々凄いところがあるし、見た目も黒髪と青紫の瞳を持っていて整っているし、 面倒事、それもBL(多分)とか無理!! そう考え近づかないようにしていた。 そんなアイオライトだったがインカローズや絶対攻略対象だろっ、という人と嫌でも鉢合わせしてしまう。 ハプニングだらけの学園生活! BL作品中の可愛い主人公×ハチャメチャ悪役令息 ※文章うるさいです ※背後注意

Ωの不幸は蜜の味

grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。 Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。 そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。 何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。 6千文字程度のショートショート。 思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。

風紀“副”委員長はギリギリモブです

柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。 俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。 そう、“副”だ。あくまでも“副”。 だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに! BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。

a pair of fate

みか
BL
『運命の番』そんなのおとぎ話の中にしか存在しないと思っていた。 ・オメガバース ・893若頭×高校生 ・特殊設定有

処理中です...