パーフェクトワールド

木原あざみ

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第一部

パーフェクト・ワールド・ハルⅦ ③

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「分かる気がする」
「え?」
「俺も昔、中等部に入ったばかりのころかな、高藤のこと嫌いだった」
「なんで?」
「成瀬さんに可愛がられてるから」

 その応えに、四谷の顔から険がぬけて幼くなる。言葉にしてみれば、似ているとしか言いようがない。

「性格悪いだろ。今は、まぁ、……嫌いではないけど」
「嫌いではない、けど? どう思ってるの?」
「お節介なお人好し」

 アルファの多い特別進学クラスの中でも目立つような、そんな男なのに。力を誇示することもなく、いつも落ち着いた雰囲気を纏っている。
 そうでなければ、きっと、隣にいることは、もっともっと苦痛だったはずだ。相いれることのない、性差がある。それは、高藤が良いヤツだから、だとか。そういったことで消えるものではない。
 けれど、それでも、自分はアルファだと全身で主張しているようなタイプよりは、はるかにマシだ。

「そのうち、ガチで胃に穴開けるんじゃねぇかなって心配してる。ここ数日は」

 最後は苦笑気味に告げた行人の顔を、じっと見ていた四谷が小さく息を吐いた。

「俺も、そう思えるようになったら、変わるのかな」

 出来たヤツだけど、完璧な人間なんかじゃないから。言いかけて、口をつぐむ。俺が言うようなことではないし、言われて気持ちの良いことでもない、と思う。
 そして、ふとした既視感を覚えて、あぁ、と得心した。茅野さんが俺に成瀬さんのことを評するときのものに似ているのだ。

 ――つまり、そういうこと、なんだろうけど。

「というか、もうこの際でぶっちゃけるけど、ずっと気に入らなかったんだよね。そもそもミスコンだってさ。なんで榛名ばっかり。俺だってそこそこ可愛いじゃん。なんで声がかからなかったのか意味が分からない」
「え……やりたかったんなら、立候補したら良かったのに」

 空気を一掃するような勢いに押されながらも応じた行人に、四谷が激しく頭を振った。

「冗談! ああいうのは、推薦されてこそ意味があるの! えー、俺なんかで良いんですかぁって謙遜して嫌がりながらも、やるっていうことに意味があるんじゃん! 会長も会長だよ。どうせだったら、そこで俺を推薦してくれたら良かったのに」

 多分、成瀬さんも、やりたがっている一年がいるとは思わなかったんじゃないかなと。擁護しようと口を開きかけた瞬間、違う声が降ってきた。

「なんだ。やりたかったのか、四谷」
「げ、寮長……」
「げ、とはなんだ。げ、とは。おまえといい、榛名といい。なんで俺の声を聞いてその反応を返す。まぁ、それはさておくか。遅くまでいつもご苦労さん、四谷」

 それは茅野さんがいつも神出鬼没だからじゃないだろうか、とは思ったが、先輩にする反応でないのも事実なので行人は曖昧に頷くに留めた。

「あと三週間早く言ってくれば、おまえでも良かったんだぞ?」
「いや、だって……自分から言うなんて、恥ずかしいじゃないです、か」
「安心しろ。会長を見習え。あいつは俺がやってくれなんて一切言っていないのにやると言い張っての今だぞ。自薦だ、自薦」

 言い切った茅野に、四谷が何とも言えない顔で黙り込んだ。その頭をぽんぽんと撫でて、茅野が笑う。
 たった二つしか年齢差はないはずなのに、ここの三年生は、行人には、皆ひどく大人に見えていた。

「キャプテンシーも結構だが、あまり一人で抱え込むなよ、おまえも高藤も」
「……高藤も」

 照れくさそうに髪の毛を直しながら四谷が呟いた声が耳に届いて、あぁこいつ、高藤のこと好きなんだなぁ、本当に、と思った。まぁ、良いヤツだもんな、なんだかんだ言っても。
 と言っても、行人は高藤とどうのこうのなりたいとは思わない。 
 そして、それは、高藤だから、というわけでもないのだけれど。
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