パーフェクトワールド

木原あざみ

文字の大きさ
上 下
33 / 484
第一部

パーフェクト・ワールド・ハルΦ ①

しおりを挟む
[φ]


 今年のゴールデンウィークは五連休。入寮してから一ヵ月、初めての纏まった休暇である。帰省している寮生が多く、寮内は静かだ。
 ちょうど折り返し地点に当たる今日は、同期生は自分と榛名しか残っていない。先ほど、実家から戻ってきたばかりの荻原とすれ違ったから、これで三人。上級生はもう少し残っているが、それにしても寮生委員がほとんどだ。

 ――たまには、良いけどな。こう、静かなのも。

 実家への連絡を終えて、二階の談話室を出る。消灯前の廊下を進んで寮室のドアノブに手をかけた瞬間、聞き慣れた声に名を呼ばれた。

「成瀬さん」

 珍しくラフな服装の成瀬が一人で歩み寄ってくる。方向からして用事があったのは、ここで間違いはないだろう。

「休日なのに、またそんな呼び方する……。そうか。卒業するまで普通に喋ってもくれないのか、皓太は」

 向原にも篠原にも言われるから、これでも遠慮しているのに、と。いかにも寂しそうに続けられて、常套手段だと分かっていても、良心が痛む。
 だからチョロいと思われているのだろうか。そんな疑念を見て見ぬふりで、皓太はふっと表情を緩めた。
 入学して以来、呼び方を幼いころのものから変えたことは、自分の意地だと理解もしている。

「どうしたの、祥くん」

 呼称の差異だけであるはずなのに、年上の幼馴染みは嬉しそうな顔を見せる。認めたくはないが、絆されそうになる原因のもう一つはこれだ。

「皓太は家に電話?」
「うん。まぁ、夏まで顔出さないことになるし。一応。――お盆くらい、祥くんも顔出してねってさ。久しぶりに顔見たいって母さんが」
「んー、そうだな。帰れたら、そうする」

 変わらない表情に、けれど、もう一押しだけと皓太は話を続けた。

「絢美は? 寂しがってないの」
「あの家で俺と一緒にいるのも気を遣うだろ、かえって。でも、珍しくみささぎ祭のチケットくれって言ってたから、みささぎ祭では会えるんじゃないかな」

 いつもの笑顔で返されて、これは無理だな、と皓太は悟った。絢美には悪いけど。
 あたしとお兄ちゃんが最後に実家で顔を合わせたの、いつだと思う、と。暗に説得してくれと一学年上のもう一人の幼馴染みからメッセージが届いたのが、二日前。連休初日のことだった。
 俺がどうのこうのと言えることでもないしなぁ、こればかりは。必要以上に粘るつもりはなかったので、早々に皓太は話を戻した。

「ごめん、それで俺に用だった? それとも榛名だった?」
「どっちも」

 含みのある顔で微笑まれて首を傾げれば、幼い頃のような誘い文句が続いた。

「一緒に遊ぼうって誘いに来た」
「遊ぶ?」
「うん。茅野が、たまには良いだろうって。寮の中庭で花火しようって。今、みんな降りて来てるから、一緒においで」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

別に、好きじゃなかった。

15
BL
好きな人が出来た。 そう先程まで恋人だった男に告げられる。 でも、でもさ。 notハピエン 短い話です。 ※pixiv様から転載してます。

花婿候補は冴えないαでした

いち
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。 本番なしなのもたまにはと思って書いてみました! ※pixivに同様の作品を掲載しています

金の野獣と薔薇の番

むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎ 止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。 彼は事故により7歳より以前の記憶がない。 高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。 オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。 ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。 彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。 その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。 来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。 皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……? 4/20 本編開始。 『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。 (『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。) ※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。 【至高のオメガとガラスの靴】  ↓ 【金の野獣と薔薇の番】←今ココ  ↓ 【魔法使いと眠れるオメガ】

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

Ωの不幸は蜜の味

grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。 Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。 そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。 何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。 6千文字程度のショートショート。 思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

サンタからの贈り物

未瑠
BL
ずっと片思いをしていた冴木光流(さえきひかる)に想いを告げた橘唯人(たちばなゆいと)。でも、彼は出来るビジネスエリートで仕事第一。なかなか会うこともできない日々に、唯人は不安が募る。付き合って初めてのクリスマスも冴木は出張でいない。一人寂しくイブを過ごしていると、玄関チャイムが鳴る。 ※別小説のセルフリメイクです。

暑がりになったのはお前のせいかっ

わさび
BL
ただのβである僕は最近身体の調子が悪い なんでだろう? そんな僕の隣には今日も光り輝くαの幼馴染、空がいた

処理中です...