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第一部
パーフェクト・ワールド・ハルΦ ①
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[φ]
今年のゴールデンウィークは五連休。入寮してから一ヵ月、初めての纏まった休暇である。帰省している寮生が多く、寮内は静かだ。
ちょうど折り返し地点に当たる今日は、同期生は自分と榛名しか残っていない。先ほど、実家から戻ってきたばかりの荻原とすれ違ったから、これで三人。上級生はもう少し残っているが、それにしても寮生委員がほとんどだ。
――たまには、良いけどな。こう、静かなのも。
実家への連絡を終えて、二階の談話室を出る。消灯前の廊下を進んで寮室のドアノブに手をかけた瞬間、聞き慣れた声に名を呼ばれた。
「成瀬さん」
珍しくラフな服装の成瀬が一人で歩み寄ってくる。方向からして用事があったのは、ここで間違いはないだろう。
「休日なのに、またそんな呼び方する……。そうか。卒業するまで普通に喋ってもくれないのか、皓太は」
向原にも篠原にも言われるから、これでも遠慮しているのに、と。いかにも寂しそうに続けられて、常套手段だと分かっていても、良心が痛む。
だからチョロいと思われているのだろうか。そんな疑念を見て見ぬふりで、皓太はふっと表情を緩めた。
入学して以来、呼び方を幼いころのものから変えたことは、自分の意地だと理解もしている。
「どうしたの、祥くん」
呼称の差異だけであるはずなのに、年上の幼馴染みは嬉しそうな顔を見せる。認めたくはないが、絆されそうになる原因のもう一つはこれだ。
「皓太は家に電話?」
「うん。まぁ、夏まで顔出さないことになるし。一応。――お盆くらい、祥くんも顔出してねってさ。久しぶりに顔見たいって母さんが」
「んー、そうだな。帰れたら、そうする」
変わらない表情に、けれど、もう一押しだけと皓太は話を続けた。
「絢美は? 寂しがってないの」
「あの家で俺と一緒にいるのも気を遣うだろ、かえって。でも、珍しくみささぎ祭のチケットくれって言ってたから、みささぎ祭では会えるんじゃないかな」
いつもの笑顔で返されて、これは無理だな、と皓太は悟った。絢美には悪いけど。
あたしとお兄ちゃんが最後に実家で顔を合わせたの、いつだと思う、と。暗に説得してくれと一学年上のもう一人の幼馴染みからメッセージが届いたのが、二日前。連休初日のことだった。
俺がどうのこうのと言えることでもないしなぁ、こればかりは。必要以上に粘るつもりはなかったので、早々に皓太は話を戻した。
「ごめん、それで俺に用だった? それとも榛名だった?」
「どっちも」
含みのある顔で微笑まれて首を傾げれば、幼い頃のような誘い文句が続いた。
「一緒に遊ぼうって誘いに来た」
「遊ぶ?」
「うん。茅野が、たまには良いだろうって。寮の中庭で花火しようって。今、みんな降りて来てるから、一緒においで」
今年のゴールデンウィークは五連休。入寮してから一ヵ月、初めての纏まった休暇である。帰省している寮生が多く、寮内は静かだ。
ちょうど折り返し地点に当たる今日は、同期生は自分と榛名しか残っていない。先ほど、実家から戻ってきたばかりの荻原とすれ違ったから、これで三人。上級生はもう少し残っているが、それにしても寮生委員がほとんどだ。
――たまには、良いけどな。こう、静かなのも。
実家への連絡を終えて、二階の談話室を出る。消灯前の廊下を進んで寮室のドアノブに手をかけた瞬間、聞き慣れた声に名を呼ばれた。
「成瀬さん」
珍しくラフな服装の成瀬が一人で歩み寄ってくる。方向からして用事があったのは、ここで間違いはないだろう。
「休日なのに、またそんな呼び方する……。そうか。卒業するまで普通に喋ってもくれないのか、皓太は」
向原にも篠原にも言われるから、これでも遠慮しているのに、と。いかにも寂しそうに続けられて、常套手段だと分かっていても、良心が痛む。
だからチョロいと思われているのだろうか。そんな疑念を見て見ぬふりで、皓太はふっと表情を緩めた。
入学して以来、呼び方を幼いころのものから変えたことは、自分の意地だと理解もしている。
「どうしたの、祥くん」
呼称の差異だけであるはずなのに、年上の幼馴染みは嬉しそうな顔を見せる。認めたくはないが、絆されそうになる原因のもう一つはこれだ。
「皓太は家に電話?」
「うん。まぁ、夏まで顔出さないことになるし。一応。――お盆くらい、祥くんも顔出してねってさ。久しぶりに顔見たいって母さんが」
「んー、そうだな。帰れたら、そうする」
変わらない表情に、けれど、もう一押しだけと皓太は話を続けた。
「絢美は? 寂しがってないの」
「あの家で俺と一緒にいるのも気を遣うだろ、かえって。でも、珍しくみささぎ祭のチケットくれって言ってたから、みささぎ祭では会えるんじゃないかな」
いつもの笑顔で返されて、これは無理だな、と皓太は悟った。絢美には悪いけど。
あたしとお兄ちゃんが最後に実家で顔を合わせたの、いつだと思う、と。暗に説得してくれと一学年上のもう一人の幼馴染みからメッセージが届いたのが、二日前。連休初日のことだった。
俺がどうのこうのと言えることでもないしなぁ、こればかりは。必要以上に粘るつもりはなかったので、早々に皓太は話を戻した。
「ごめん、それで俺に用だった? それとも榛名だった?」
「どっちも」
含みのある顔で微笑まれて首を傾げれば、幼い頃のような誘い文句が続いた。
「一緒に遊ぼうって誘いに来た」
「遊ぶ?」
「うん。茅野が、たまには良いだろうって。寮の中庭で花火しようって。今、みんな降りて来てるから、一緒においで」
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