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第一部
パーフェクト・ワールド・ハルⅥ ⑤
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「あ……」
見慣れない顔の写真に混ざって、一枚。オフショットの様相で並んでいたそれに、行人のスクロールさせていた指先が止まった。
フレームから切れているのは、向原だろうか。自分には見せないような、大人びていない笑顔。
「欲しいのがあったら、やるぞ。ご褒美だ」
「あ……、いえ」
「まぁ、ゴールデンウィークが明けたら、すぐにみささぎ祭だ。それが終われば、多少はゆとりが出るとは思うんだがな。いろいろと手伝ってくれて助かった。悪かったな」
「楽しかったですよ、俺も。高藤とか荻原は俺の比じゃなく大変だったとは思いますけど」
役職を持つことの大変さは、同室者を見ているとよく分かる。
中等部のころから、よくやらされているが、それでも、あまり不平を零さないのも、なんだかんだで及第点以上の成果を上げてしまうところも含めて、高藤の能力なのだろうが。
「あまり、こういうことをしたことがなかったので、それこそ役に立ったかどうか分かりませんけど」
「何事も経験だ。おまえは責任感もあるし、気も回る。なにより、ちゃんと最後まで仕事をこなしてくれるからな。それが一番だ」
仕方ない、これでも印刷して柏木を懐柔するか。後半は独り言の調子で呟いて、また新たな小ぶりな機器をパソコンに接続させている。
一体、どこから借りてきたのだろうとの疑念が沸いたが、知らないままでいようと決めて、行人はマウスから手を離した。
「おまえは表舞台に出るのは嫌いなのかもしれんが、それで可能性を潰すのも勿体ないだろう。嫌じゃなければ、いろいろなことに挑戦してみたら良い」
画面では、まだ写真データが並んでいて。見るともなしに眺めていると、苦笑が落ちてきた。
「あっというまに、また三年過ぎ去るぞ」
茅野には珍しい調子に顔を上げれば、真面目な横顔があった。
「成瀬もよく言ってるんだがな。この学園にいる間だからこそ、出来ることもあるんだろう。良くも悪くも、この塀の中は異世界だからな」
「異世界?」
「理不尽なこともあるだろうが、――なんというか、そうだな。俺も他の学校に通ったことがあるわけではないから、実感として分かっているわけではないが、やはり、ウチの学校のように生徒の自治権が強いところは少数派で、特殊だと思う。特に、この国ではな。全寮制のウチだからこそ叶えられている世界だ。まぁ、成瀬は……いや、これは俺が言う話でもないな。つまり、変えようと思えば、変えることが出来るということだ。おまえにもな」
それは、一人の編入生の出現で危うくバランスを崩しそうになっている今への苦言だったのだろうか。
それとも、自分に向けられる視線くらい、自分の力で変えて見せろとの、先程に続く発破だったのだろうか。
「お、出てきたぞ。最近は印刷することなども滅多とないからな。だが、形に残るものも悪いものではないか」
鈍い音を立てて排出された、ポラロイド写真ほどの大きさのそれを一見して、茅野が笑った。
「確かに、珍しく邪気のない顔をしているな。おまえはよくあいつを見ている、本当に」
「珍しく、って」
困惑気味に声を零した行人の手のひらに、出てきたうちの一枚を置いて、茅野が言い足した。
「誤解のないように言っておくが、友人としてなら俺はあいつのことを気に入ってはいる。まぁ、面倒なヤツだと思っていることも事実だが。……この学園中があいつの外面に騙されているうちは、どうにもならんとも思えば、多少、気の毒でもあるか」
誰が、とも、なにを、とも言わないまま、茅野が画面を指さした。
「他はどうだ? ――あぁ、このあたりでいいか。これも有りだな。しかし、勿体ないな。黙っていれば、美人なんだがな」
次々と選択していく茅野の声を聞きながら、躊躇いがちに口を開く。
「茅野さん。その、成瀬さんと……水城の噂って、知ってましたか」
結局そこかと言わんばかりに茅野は眉を上げたが、行人が発言を取り消すよりも先に話し始めた。
「噂の出どころは知らんが、現場には俺もいたからな。知ってはいるぞ。入学式の準備にも駆り出されていたんだ。寮の歓迎会もあるというのに、全く人使いの荒い」
大変ですね、と応じて、行人は視線を手元に落とした。写真。自分には見たことのない顏。それを嫌だと思うほど、己惚れているわけでもないけれど。
「安心しろ。確かに水城は、『ハルちゃん』らしい含みを持たせたことを言ってはいたが、――成瀬のほうは至っていつも通りだった」
「え……?」
「あのしれっとした顔で受け流していたからな。そういうことだろう」
年長者の顔で頷いて、茅野が行人の頭を一撫ぜした。
「だから、言っただろう。本当であれ嘘であれ、当人が示すことがすべてだ。直接聞かない限りは判断できる根拠はそれだけだからな」
見慣れない顔の写真に混ざって、一枚。オフショットの様相で並んでいたそれに、行人のスクロールさせていた指先が止まった。
フレームから切れているのは、向原だろうか。自分には見せないような、大人びていない笑顔。
「欲しいのがあったら、やるぞ。ご褒美だ」
「あ……、いえ」
「まぁ、ゴールデンウィークが明けたら、すぐにみささぎ祭だ。それが終われば、多少はゆとりが出るとは思うんだがな。いろいろと手伝ってくれて助かった。悪かったな」
「楽しかったですよ、俺も。高藤とか荻原は俺の比じゃなく大変だったとは思いますけど」
役職を持つことの大変さは、同室者を見ているとよく分かる。
中等部のころから、よくやらされているが、それでも、あまり不平を零さないのも、なんだかんだで及第点以上の成果を上げてしまうところも含めて、高藤の能力なのだろうが。
「あまり、こういうことをしたことがなかったので、それこそ役に立ったかどうか分かりませんけど」
「何事も経験だ。おまえは責任感もあるし、気も回る。なにより、ちゃんと最後まで仕事をこなしてくれるからな。それが一番だ」
仕方ない、これでも印刷して柏木を懐柔するか。後半は独り言の調子で呟いて、また新たな小ぶりな機器をパソコンに接続させている。
一体、どこから借りてきたのだろうとの疑念が沸いたが、知らないままでいようと決めて、行人はマウスから手を離した。
「おまえは表舞台に出るのは嫌いなのかもしれんが、それで可能性を潰すのも勿体ないだろう。嫌じゃなければ、いろいろなことに挑戦してみたら良い」
画面では、まだ写真データが並んでいて。見るともなしに眺めていると、苦笑が落ちてきた。
「あっというまに、また三年過ぎ去るぞ」
茅野には珍しい調子に顔を上げれば、真面目な横顔があった。
「成瀬もよく言ってるんだがな。この学園にいる間だからこそ、出来ることもあるんだろう。良くも悪くも、この塀の中は異世界だからな」
「異世界?」
「理不尽なこともあるだろうが、――なんというか、そうだな。俺も他の学校に通ったことがあるわけではないから、実感として分かっているわけではないが、やはり、ウチの学校のように生徒の自治権が強いところは少数派で、特殊だと思う。特に、この国ではな。全寮制のウチだからこそ叶えられている世界だ。まぁ、成瀬は……いや、これは俺が言う話でもないな。つまり、変えようと思えば、変えることが出来るということだ。おまえにもな」
それは、一人の編入生の出現で危うくバランスを崩しそうになっている今への苦言だったのだろうか。
それとも、自分に向けられる視線くらい、自分の力で変えて見せろとの、先程に続く発破だったのだろうか。
「お、出てきたぞ。最近は印刷することなども滅多とないからな。だが、形に残るものも悪いものではないか」
鈍い音を立てて排出された、ポラロイド写真ほどの大きさのそれを一見して、茅野が笑った。
「確かに、珍しく邪気のない顔をしているな。おまえはよくあいつを見ている、本当に」
「珍しく、って」
困惑気味に声を零した行人の手のひらに、出てきたうちの一枚を置いて、茅野が言い足した。
「誤解のないように言っておくが、友人としてなら俺はあいつのことを気に入ってはいる。まぁ、面倒なヤツだと思っていることも事実だが。……この学園中があいつの外面に騙されているうちは、どうにもならんとも思えば、多少、気の毒でもあるか」
誰が、とも、なにを、とも言わないまま、茅野が画面を指さした。
「他はどうだ? ――あぁ、このあたりでいいか。これも有りだな。しかし、勿体ないな。黙っていれば、美人なんだがな」
次々と選択していく茅野の声を聞きながら、躊躇いがちに口を開く。
「茅野さん。その、成瀬さんと……水城の噂って、知ってましたか」
結局そこかと言わんばかりに茅野は眉を上げたが、行人が発言を取り消すよりも先に話し始めた。
「噂の出どころは知らんが、現場には俺もいたからな。知ってはいるぞ。入学式の準備にも駆り出されていたんだ。寮の歓迎会もあるというのに、全く人使いの荒い」
大変ですね、と応じて、行人は視線を手元に落とした。写真。自分には見たことのない顏。それを嫌だと思うほど、己惚れているわけでもないけれど。
「安心しろ。確かに水城は、『ハルちゃん』らしい含みを持たせたことを言ってはいたが、――成瀬のほうは至っていつも通りだった」
「え……?」
「あのしれっとした顔で受け流していたからな。そういうことだろう」
年長者の顔で頷いて、茅野が行人の頭を一撫ぜした。
「だから、言っただろう。本当であれ嘘であれ、当人が示すことがすべてだ。直接聞かない限りは判断できる根拠はそれだけだからな」
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