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第一部
パーフェクト・ワールド・ハルⅤ ②
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「じゃあ、あとで、もう一度来ますね」
「あ、皓太」
ドアノブを掴んだ皓太を呼び止めた篠原が、笑って隣の椅子を引く。
「ちょっと休んでけよ。いい加減、書類の処理に飽きてきた」
その顔に、まだ話したいことがあるのかなと勘づいて皓太は逡巡した。
榛名と荻原は寮の会議室でみささぎ祭の作業に追われている。――が、少しくらいは大丈夫だろう。
生徒会室で会長の帰りを待っていたと言えばなんとでもなる。そう決めて、室内の中央に足を向けた。
「飽きないでくださいよ、それ、まだ半分以上あるでしょう」
山となっている書類の束から出来得る限り視線を逸らして、椅子に腰かける。小言に肩を竦めて、篠原が矛先を変えた。
「大丈夫だって。あいつらが戻ってくるまでには終わらせるし。それより、どうだ? 初めてのみささぎ祭は。中等部とはまた雰囲気違うだろ」
「そうですね。なんというか……派手ですね、やっぱり。規模も内容も」
「ミスコンが、だろ?」
まぁ、そうですね、としか言えないが、その通りだ。一年生は楽し気な雰囲気に呑まれているが、それだけでは済まないものもある。
「ウチの寮は、まぁ、水城がいたから順当だったけど、櫻、大変だったろ? 成瀬のわがままで」
「いや、まぁ、――助かったのも事実なんで、あれですけど。ちょっと、榛名は気の毒かな。結構、気にしてたから」
「だろうな。安心しろ、向原はそれを通り越して、地味にずっと機嫌悪いから」
「なにが安心……。というか、榛名のそれと向原さんのそれ、全く別物じゃないですか」
「じゃあ、柏木は? あいつも切れてたろ、結構」
「柏木先輩?」
生真面目に寮長のケツを叩いている神経質な横顔が脳裏に浮かぶ。最近ピリピリしているとは思ったが、準備に忙しいからだと判じていたのだが、違ったのだろうか。
「あれ? おまえ、知らなかったっけ。でも、まぁ、柏木、あんまり態度には出さないもんな。あいつ、三年の間じゃ、成瀬好きで有名なんだよ」
「そうなんですか」
「そう、そう。中等部の一年のときな、あいつら同室だったんだよ。それで、そのころの柏木って今よりもずっと線が細くて、女の子みたいでさ。上とか同級のヤツによく絡まれてたんだけど、それを成瀬がなにくれと庇ってやってて。それ以来」
その図は、皓太には想像に容易かった。いかにもあの人が気負うわけでもなく、さも自然とやりそうなことだ。
「今のおまえと榛名みたいなものかもな」
「べつに、俺は、そんな面倒を看てるつもりはないですよ」
「たぶん、あいつもそう言うと思うけど。そこらへん、似てるよな、おまえら」
皓太は曖昧に笑って濁した。昔は似ていると言われれば純粋に嬉しかったが、最近は感じるところが少し変わってきた。
口にすれば、篠原に反抗期の弟かと一笑に付されるレベルの葛藤なのだろうけれど。
「ところで、おまえ、あいつとクラス一緒なんだよな」
「あいつ、って水城ですか?」
世間話のついでの様に切り替わった話だったが、ここから先が本題なのかもしれない。皓太は背筋を伸ばしたが、篠原は変わらない調子で話を続けた。
「ちなみにウチの寮は九割方、水城に懐柔されてるなぁ。教室もそんな感じか?」
「そう、ですね」
告げ口のようだなと思いながらも、皓太は正直に口を開いた。
「あ、皓太」
ドアノブを掴んだ皓太を呼び止めた篠原が、笑って隣の椅子を引く。
「ちょっと休んでけよ。いい加減、書類の処理に飽きてきた」
その顔に、まだ話したいことがあるのかなと勘づいて皓太は逡巡した。
榛名と荻原は寮の会議室でみささぎ祭の作業に追われている。――が、少しくらいは大丈夫だろう。
生徒会室で会長の帰りを待っていたと言えばなんとでもなる。そう決めて、室内の中央に足を向けた。
「飽きないでくださいよ、それ、まだ半分以上あるでしょう」
山となっている書類の束から出来得る限り視線を逸らして、椅子に腰かける。小言に肩を竦めて、篠原が矛先を変えた。
「大丈夫だって。あいつらが戻ってくるまでには終わらせるし。それより、どうだ? 初めてのみささぎ祭は。中等部とはまた雰囲気違うだろ」
「そうですね。なんというか……派手ですね、やっぱり。規模も内容も」
「ミスコンが、だろ?」
まぁ、そうですね、としか言えないが、その通りだ。一年生は楽し気な雰囲気に呑まれているが、それだけでは済まないものもある。
「ウチの寮は、まぁ、水城がいたから順当だったけど、櫻、大変だったろ? 成瀬のわがままで」
「いや、まぁ、――助かったのも事実なんで、あれですけど。ちょっと、榛名は気の毒かな。結構、気にしてたから」
「だろうな。安心しろ、向原はそれを通り越して、地味にずっと機嫌悪いから」
「なにが安心……。というか、榛名のそれと向原さんのそれ、全く別物じゃないですか」
「じゃあ、柏木は? あいつも切れてたろ、結構」
「柏木先輩?」
生真面目に寮長のケツを叩いている神経質な横顔が脳裏に浮かぶ。最近ピリピリしているとは思ったが、準備に忙しいからだと判じていたのだが、違ったのだろうか。
「あれ? おまえ、知らなかったっけ。でも、まぁ、柏木、あんまり態度には出さないもんな。あいつ、三年の間じゃ、成瀬好きで有名なんだよ」
「そうなんですか」
「そう、そう。中等部の一年のときな、あいつら同室だったんだよ。それで、そのころの柏木って今よりもずっと線が細くて、女の子みたいでさ。上とか同級のヤツによく絡まれてたんだけど、それを成瀬がなにくれと庇ってやってて。それ以来」
その図は、皓太には想像に容易かった。いかにもあの人が気負うわけでもなく、さも自然とやりそうなことだ。
「今のおまえと榛名みたいなものかもな」
「べつに、俺は、そんな面倒を看てるつもりはないですよ」
「たぶん、あいつもそう言うと思うけど。そこらへん、似てるよな、おまえら」
皓太は曖昧に笑って濁した。昔は似ていると言われれば純粋に嬉しかったが、最近は感じるところが少し変わってきた。
口にすれば、篠原に反抗期の弟かと一笑に付されるレベルの葛藤なのだろうけれど。
「ところで、おまえ、あいつとクラス一緒なんだよな」
「あいつ、って水城ですか?」
世間話のついでの様に切り替わった話だったが、ここから先が本題なのかもしれない。皓太は背筋を伸ばしたが、篠原は変わらない調子で話を続けた。
「ちなみにウチの寮は九割方、水城に懐柔されてるなぁ。教室もそんな感じか?」
「そう、ですね」
告げ口のようだなと思いながらも、皓太は正直に口を開いた。
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