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第一部
パーフェクト・ワールド・ハルⅣ ②
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「そっか。だったら今度、茅野先輩に訊いてみようかな。ちょっと気になってきた。あ、榛名ちゃんも見る? 会長、好きでしょ?」
「見ない。絶対、見ない」
頑なに顔を上げない榛名に、荻原が例の紙面をひらめかせる。二次災害のごとく自分の視界にも入ってきて、皓太はそっと目を逸らした。居た堪れない。心境を表すならば、この一言に尽きる。
どこの夢の国の遊郭だよ。誰だよ、これの発案者。一笑に付したいのに出来ないのは、あるべきはずの違和感がないからだ。
露骨な露出こそないが、花魁風に大きく抜かれた後ろ衿からは微かに鎖骨がのぞいている。結わえた髪をほどいたばかりのような濡髪と、眦に引いた紅にどこか挑発的な視線。
どこから絞り出したのだと問いたい色気が写真からあふれ出ていて。持って生まれたものだけで勝負に出ている水城とは、確かに別ベクトルだ。
「そぉ? たぶん、想像してるよりは、ずっと綺麗に仕上がってるよ。そんなに心配しなくても。イロモノ枠にはしないって茅野先輩が言っていただけはある……」
「誰もそんな心配してねぇから!」
勢い叫んだ自分にショックを受けた顔で、榛名がゆるゆると息を吐き出した。その様子に、みささぎ祭の本番までこいつは乗り切れるのだろうかと他人事ながら心配になってきた。
「荻原。榛名、よりにもよって成瀬さんに押し付けたことに対しての罪悪感で押しつぶされそうらしいから、放っておいてやって」
「あ、そうなんだ。でも、そんなに気にしなくても。会長だって嫌だったらしないだろうし」
あっけらかんとした荻原の台詞に、皓太自身は全面同意だが、榛名が納得しないだろうことは身に染みている。
この一週間、落ち込んだ様子を隠さない榛名に何度言い含めても、効果は得られなかったのだ。
「榛名ちゃんも真面目というか律儀だねぇ。ミスコンは断ったっていうのに、迷惑かけたからって、雑用係を引き受けてくれてるんだもんね」
「いや、そういうわけでもない、けど」
「寮長も怒ってないだろうに。というか、ほくほくなんじゃない? さっきもご機嫌だったじゃん。これを見てウチに投票する内部生も結構いそうだし。特に上級生は」
「投票……」
「そりゃ投票するに決まってるでしょ。一昨日、榛名ちゃんも延々と投票表紙を切断したでしょ? どうしたの。そんな顔して」
確かに何とも言い難い顔をしている。地獄かと思ったらば天国だった、かのような歓喜と悲観の入り混じったそれ。表現はし難いが、何を考えているのかは大まかに見当が付く。
とどのつまり、この男は優劣が付くとなった以上、憧れの人に一位を取って欲しいが、ミスコンで優勝して欲しいかとなれば複雑なわけだ。
コンテストは新聞の発行後から内部生で先行した投票を行い、みささぎ祭当日には来場者からの票が入る。その総合計で勝敗が決することになるのだけれど。
――面倒くさい生き物だよな、本当。
溜息を押し隠して、皓太も作業を再開させた。実行委員たちが手作業で生成するパンフレットは、外部からの来場者に配布する分も含まれているため、かなりの数になる。
「それくらいにしておいてやって。悶々と悩んでいるうちに、また鍵でも失くされたらたまらないし」
「え? 榛名ちゃん、もう鍵失くしたの?」
大きくなった荻原の問いかけに、しばらくの後、榛名が口を開いた。多少は現実に戻ってたのか、パチン、パチン、と一定のリズムでホッチキスが動き出す。
「悪かったな。探したけど見つからなかったんだよ」
「まぁ、素直に申告するのは良いことだけどさ、二回目は気を付けないと。二回目からは鍵の再交付は有料だし、榛名ちゃんにじゃなくて、親に直接請求行くから、バレるよ? 二回も鍵失くしたって」
「マジ?」
「マジ。というか、まぁ、一年に二回も失くすヤツは滅多といないと思うけど、ちゃんと寮則にも載ってるから」
なんでこいつはこうも抜けているのだろう。自分はしっかりしているつもりか知らないが、――いや、確かにしっかりもしてはいるのだが、肝心なところで足元がふわふわしているように思えてならない。
そもそもとして、ずっとポケットにでも入れておけばいい鍵を食堂に忘れるのかも分からないし、取りに戻っただけのはずのそこで茅野に捕まる要領の悪さも信じられない。
挙句の果てに、すぐに取りに戻ってさえいればあったはずの鍵がないとはどういうことだ。
ドアをガンガンと叩かれて、さすがに皓太も一緒に探しに戻ったが、どこにもなかったのだ。有り得ない。
「見ない。絶対、見ない」
頑なに顔を上げない榛名に、荻原が例の紙面をひらめかせる。二次災害のごとく自分の視界にも入ってきて、皓太はそっと目を逸らした。居た堪れない。心境を表すならば、この一言に尽きる。
どこの夢の国の遊郭だよ。誰だよ、これの発案者。一笑に付したいのに出来ないのは、あるべきはずの違和感がないからだ。
露骨な露出こそないが、花魁風に大きく抜かれた後ろ衿からは微かに鎖骨がのぞいている。結わえた髪をほどいたばかりのような濡髪と、眦に引いた紅にどこか挑発的な視線。
どこから絞り出したのだと問いたい色気が写真からあふれ出ていて。持って生まれたものだけで勝負に出ている水城とは、確かに別ベクトルだ。
「そぉ? たぶん、想像してるよりは、ずっと綺麗に仕上がってるよ。そんなに心配しなくても。イロモノ枠にはしないって茅野先輩が言っていただけはある……」
「誰もそんな心配してねぇから!」
勢い叫んだ自分にショックを受けた顔で、榛名がゆるゆると息を吐き出した。その様子に、みささぎ祭の本番までこいつは乗り切れるのだろうかと他人事ながら心配になってきた。
「荻原。榛名、よりにもよって成瀬さんに押し付けたことに対しての罪悪感で押しつぶされそうらしいから、放っておいてやって」
「あ、そうなんだ。でも、そんなに気にしなくても。会長だって嫌だったらしないだろうし」
あっけらかんとした荻原の台詞に、皓太自身は全面同意だが、榛名が納得しないだろうことは身に染みている。
この一週間、落ち込んだ様子を隠さない榛名に何度言い含めても、効果は得られなかったのだ。
「榛名ちゃんも真面目というか律儀だねぇ。ミスコンは断ったっていうのに、迷惑かけたからって、雑用係を引き受けてくれてるんだもんね」
「いや、そういうわけでもない、けど」
「寮長も怒ってないだろうに。というか、ほくほくなんじゃない? さっきもご機嫌だったじゃん。これを見てウチに投票する内部生も結構いそうだし。特に上級生は」
「投票……」
「そりゃ投票するに決まってるでしょ。一昨日、榛名ちゃんも延々と投票表紙を切断したでしょ? どうしたの。そんな顔して」
確かに何とも言い難い顔をしている。地獄かと思ったらば天国だった、かのような歓喜と悲観の入り混じったそれ。表現はし難いが、何を考えているのかは大まかに見当が付く。
とどのつまり、この男は優劣が付くとなった以上、憧れの人に一位を取って欲しいが、ミスコンで優勝して欲しいかとなれば複雑なわけだ。
コンテストは新聞の発行後から内部生で先行した投票を行い、みささぎ祭当日には来場者からの票が入る。その総合計で勝敗が決することになるのだけれど。
――面倒くさい生き物だよな、本当。
溜息を押し隠して、皓太も作業を再開させた。実行委員たちが手作業で生成するパンフレットは、外部からの来場者に配布する分も含まれているため、かなりの数になる。
「それくらいにしておいてやって。悶々と悩んでいるうちに、また鍵でも失くされたらたまらないし」
「え? 榛名ちゃん、もう鍵失くしたの?」
大きくなった荻原の問いかけに、しばらくの後、榛名が口を開いた。多少は現実に戻ってたのか、パチン、パチン、と一定のリズムでホッチキスが動き出す。
「悪かったな。探したけど見つからなかったんだよ」
「まぁ、素直に申告するのは良いことだけどさ、二回目は気を付けないと。二回目からは鍵の再交付は有料だし、榛名ちゃんにじゃなくて、親に直接請求行くから、バレるよ? 二回も鍵失くしたって」
「マジ?」
「マジ。というか、まぁ、一年に二回も失くすヤツは滅多といないと思うけど、ちゃんと寮則にも載ってるから」
なんでこいつはこうも抜けているのだろう。自分はしっかりしているつもりか知らないが、――いや、確かにしっかりもしてはいるのだが、肝心なところで足元がふわふわしているように思えてならない。
そもそもとして、ずっとポケットにでも入れておけばいい鍵を食堂に忘れるのかも分からないし、取りに戻っただけのはずのそこで茅野に捕まる要領の悪さも信じられない。
挙句の果てに、すぐに取りに戻ってさえいればあったはずの鍵がないとはどういうことだ。
ドアをガンガンと叩かれて、さすがに皓太も一緒に探しに戻ったが、どこにもなかったのだ。有り得ない。
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