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第一部
パーフェクト・ワールド・ハルⅢ ②
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「ミスコンねぇ。でも、嫌がってるんだろ、行人。他にいなかったの、やりたがってる子」
移動した食堂の片隅――とは言え、十分すぎるくらいには目立っていたが――で、茅野の力説を聞き終えた成瀬の第一声がそれだった。呆れたふうな声にもめげず、茅野がここぞと主張を再開する。
「と言っても、だ。考えても見ろ、成瀬。今年のウチの入寮生で一番誰が可愛いかとなれば、榛名しかいないだろう」
「だから、それが全然嬉しくないんですって、俺は」
「だよな」
気の毒に、と言わんばかりの同意を頂いて、行人は俯いて唇をへの字に曲げた。それを一瞥して成瀬が茅野に向き直る。
「ところで、理由は本当にそれだけ?」
「それだけとは、どういう意味だ」
「そのままの意味だけど。他にもいなくはないだろうにと思って。そろそろ期限も迫ってるはずなのに、何をそんなに行人に拘ってんのかな、と」
成瀬に見つめられて、根負けした茅野がガリガリと頭を掻いた。
「いや、……悪い話ではないぞ、本当に。ただ、今年のミスコンは、残念だがすでに結果が出たようなものだからな」
「出たような、って?」
「楓寮でほぼほぼ決まりだろう、ということだ。『ハルちゃん』がいるからな」
「ハルちゃん?」
成瀬が微かに眉を寄せた。
「あぁ、水城か。ハルちゃんって」
「なんでおまえはそう無関心なんだ」
すぐに思い至らなかった成瀬に、茅野が非難がましく口を尖らせている。
「おまえといい向原といい、もう少しくらい張り合いを持っても良いだろう。寮別対抗だぞ? 年に一度の祭りだぞ?」
「分かった、分かった。それで?」
「だから、繰り返すが、今回は楓寮が俄然有利なわけだ。だが寮長として俺は、櫻寮に勝たせたい。去年も一昨年もウチは入賞出来ていないからな」
「つまり、最下位だったってことな。詳しく知ってる? 行人。なんで茅野が頑張ってるか」
「ええ、と」
問いかけられて、行人は記憶を手繰った。茅野に熱心に何度も説明されてはいるが、意識的に聞き流して終わらせていたのだった。
「あの、一位の寮から順に一年間、公共施設の利用優先権があるって。あと、寮の予算にイロが付くとか」
「そう。まぁ、といっても、基本的には公共施設は事前予約制だし、その予約の日程が被ったときに、優先されるっていうだけではあるんだけどね。勿論、ミスコンだけの点数で決まるわけじゃないし」
「ちょっと待て、ちょっと待て。成瀬。語弊のありまくる説明をするな」
焦って制止した茅野が、「いいか」と行人の鼻先に指を突き付けた。
「確かに優先権だけではあるけどな、基本的に公共施設を使いたい時期はどこの寮も被るんだ。だから、優先権は絶対、必要。実際、去年も一昨年もウチは最下位でこれでもかと不利益を被っている」
「はぁ……」
「あと、ミスコン以外の、……いわゆるミニ運動会も得点には組み込まれるが、ミスコンの点数はそれの三倍近くあるんだ。つまり、実質的にミスコンで勝った寮が優勝することになる。分かったか?」
「はぁ」
「だから。俺はそれがそもそもどうかと思うんだけど。なんで寮別対抗なのに、たった一人の代表の肩に勝負の命運が乗っかるんだよ」
「文句があるなら、変えたら良かっただろ、会長」
「おまえら寮生委員会が生徒会を介入させないくせに良く言う……」
「ストップ。成瀬、ストップ。話を本筋に戻らせろ、いい加減。おまえ、そうやって有耶無耶にしようとしてないか」
脱線していく話に業を煮やしたように茅野が声を張り上げた。
「というわけでだな! 今年は楓寮が優勝候補であることに間違いはないと。そういったわけだ。そこで、俺は櫻寮を入賞させるために楓寮と手を結んだ」
「手を組んだ……」
呆れた声で繰り返した成瀬が、ちらりと行人に視線を送った。
「そこまでは分かったけど、だから、なんでそれで行人なわけ」
「それはだな。あっちのハルちゃんとウチのはるちゃんとで『ダブルはるちゃん』とデュオを組ませたら可愛くないかと、楓寮のヤツと盛り上がって」
「ダブルはるちゃん!?」
たまらず行人は叫んだ。ミスコンに出るだけでも冗談ではないが、今の茅野の言からすると、アイドルソングでも歌わされかねないノリだ。
「絶対、絶対、嫌ですよ、俺! そんなもの!」
「そんなものって、優勝できる確率が一番高い良い手だと思うんだがなぁ。そこまで嫌がらなくとも可愛い新入生の通る道だ。諦めろ、榛名」
丸めこもうとする茅野に、榛名は断固拒否で手を机に打ち付けた。
冗談じゃない。もともと冗談ではなかったが、水城と一緒に組んで出るとか、本当に、心の底から冗談じゃない。
「嫌なものは嫌です、俺は! おまけにそんな間抜けな理由でだなんて、絶対、嫌ですからね!」
「いくら榛名がそう言ったところで、もう俺と楓寮とで話は着いているからなぁ」
つまるところ、初めから行人の了承を奪い取るのみ、だったわけだ。黙り込んだ行人に、ここぞと茅野が畳みかける。
「大丈夫だ、榛名。何回も言っているが、おまえ顔は可愛いから。少なくとも、うちの寮の新入生の中なら一番だ」
「だから、それ、全然、嬉しくないんですって」
隠しきれない疲れの滲んだ声に、隣から送られる視線に慮る色が強くなる。
諦めるべきなのだろうか。いや、だとしても、せめてダブルはるちゃんなる出し物だけは回避したい。
長考を始めた行人が哀れになったのか、成瀬が茅野に苦言を零した。
「茅野さぁ、さすがに本人の了承を得る前に、寮同士で結託してやるなよ。可哀そうだろ」
「可哀そうときたか。なら、おまえは、俺がじゃあそうですか、と。榛名を諦めて、こいつ以外の一年を指名し直したとして、そいつが嫌だと言ったら、また可哀そうとやってやるつもりか。キリがないだろう」
にわかに低くなった茅野の声に、行人は一つ諦めた。仕方がない。二番手に鉾が変わってくれることを期待してはいたが、どうもそれも厳しそうだ。仕方が、ない。いつまでも駄々をこねてしこりを残す方が後々を考えれば面倒だ。悪手だ。行人はそう言い聞かせた。
それに、――、寮の縦社会のなんたるかも、引き際も、さすがに理解している。寮生活も四年目だ。頭を押さえつけて決定と言わず、何度も説得に来てくれているだけ、茅野が誠実だということも。
だが、せめて単独で出たい。そして速やかに義務だけ果たして舞台を降りたい。
移動した食堂の片隅――とは言え、十分すぎるくらいには目立っていたが――で、茅野の力説を聞き終えた成瀬の第一声がそれだった。呆れたふうな声にもめげず、茅野がここぞと主張を再開する。
「と言っても、だ。考えても見ろ、成瀬。今年のウチの入寮生で一番誰が可愛いかとなれば、榛名しかいないだろう」
「だから、それが全然嬉しくないんですって、俺は」
「だよな」
気の毒に、と言わんばかりの同意を頂いて、行人は俯いて唇をへの字に曲げた。それを一瞥して成瀬が茅野に向き直る。
「ところで、理由は本当にそれだけ?」
「それだけとは、どういう意味だ」
「そのままの意味だけど。他にもいなくはないだろうにと思って。そろそろ期限も迫ってるはずなのに、何をそんなに行人に拘ってんのかな、と」
成瀬に見つめられて、根負けした茅野がガリガリと頭を掻いた。
「いや、……悪い話ではないぞ、本当に。ただ、今年のミスコンは、残念だがすでに結果が出たようなものだからな」
「出たような、って?」
「楓寮でほぼほぼ決まりだろう、ということだ。『ハルちゃん』がいるからな」
「ハルちゃん?」
成瀬が微かに眉を寄せた。
「あぁ、水城か。ハルちゃんって」
「なんでおまえはそう無関心なんだ」
すぐに思い至らなかった成瀬に、茅野が非難がましく口を尖らせている。
「おまえといい向原といい、もう少しくらい張り合いを持っても良いだろう。寮別対抗だぞ? 年に一度の祭りだぞ?」
「分かった、分かった。それで?」
「だから、繰り返すが、今回は楓寮が俄然有利なわけだ。だが寮長として俺は、櫻寮に勝たせたい。去年も一昨年もウチは入賞出来ていないからな」
「つまり、最下位だったってことな。詳しく知ってる? 行人。なんで茅野が頑張ってるか」
「ええ、と」
問いかけられて、行人は記憶を手繰った。茅野に熱心に何度も説明されてはいるが、意識的に聞き流して終わらせていたのだった。
「あの、一位の寮から順に一年間、公共施設の利用優先権があるって。あと、寮の予算にイロが付くとか」
「そう。まぁ、といっても、基本的には公共施設は事前予約制だし、その予約の日程が被ったときに、優先されるっていうだけではあるんだけどね。勿論、ミスコンだけの点数で決まるわけじゃないし」
「ちょっと待て、ちょっと待て。成瀬。語弊のありまくる説明をするな」
焦って制止した茅野が、「いいか」と行人の鼻先に指を突き付けた。
「確かに優先権だけではあるけどな、基本的に公共施設を使いたい時期はどこの寮も被るんだ。だから、優先権は絶対、必要。実際、去年も一昨年もウチは最下位でこれでもかと不利益を被っている」
「はぁ……」
「あと、ミスコン以外の、……いわゆるミニ運動会も得点には組み込まれるが、ミスコンの点数はそれの三倍近くあるんだ。つまり、実質的にミスコンで勝った寮が優勝することになる。分かったか?」
「はぁ」
「だから。俺はそれがそもそもどうかと思うんだけど。なんで寮別対抗なのに、たった一人の代表の肩に勝負の命運が乗っかるんだよ」
「文句があるなら、変えたら良かっただろ、会長」
「おまえら寮生委員会が生徒会を介入させないくせに良く言う……」
「ストップ。成瀬、ストップ。話を本筋に戻らせろ、いい加減。おまえ、そうやって有耶無耶にしようとしてないか」
脱線していく話に業を煮やしたように茅野が声を張り上げた。
「というわけでだな! 今年は楓寮が優勝候補であることに間違いはないと。そういったわけだ。そこで、俺は櫻寮を入賞させるために楓寮と手を結んだ」
「手を組んだ……」
呆れた声で繰り返した成瀬が、ちらりと行人に視線を送った。
「そこまでは分かったけど、だから、なんでそれで行人なわけ」
「それはだな。あっちのハルちゃんとウチのはるちゃんとで『ダブルはるちゃん』とデュオを組ませたら可愛くないかと、楓寮のヤツと盛り上がって」
「ダブルはるちゃん!?」
たまらず行人は叫んだ。ミスコンに出るだけでも冗談ではないが、今の茅野の言からすると、アイドルソングでも歌わされかねないノリだ。
「絶対、絶対、嫌ですよ、俺! そんなもの!」
「そんなものって、優勝できる確率が一番高い良い手だと思うんだがなぁ。そこまで嫌がらなくとも可愛い新入生の通る道だ。諦めろ、榛名」
丸めこもうとする茅野に、榛名は断固拒否で手を机に打ち付けた。
冗談じゃない。もともと冗談ではなかったが、水城と一緒に組んで出るとか、本当に、心の底から冗談じゃない。
「嫌なものは嫌です、俺は! おまけにそんな間抜けな理由でだなんて、絶対、嫌ですからね!」
「いくら榛名がそう言ったところで、もう俺と楓寮とで話は着いているからなぁ」
つまるところ、初めから行人の了承を奪い取るのみ、だったわけだ。黙り込んだ行人に、ここぞと茅野が畳みかける。
「大丈夫だ、榛名。何回も言っているが、おまえ顔は可愛いから。少なくとも、うちの寮の新入生の中なら一番だ」
「だから、それ、全然、嬉しくないんですって」
隠しきれない疲れの滲んだ声に、隣から送られる視線に慮る色が強くなる。
諦めるべきなのだろうか。いや、だとしても、せめてダブルはるちゃんなる出し物だけは回避したい。
長考を始めた行人が哀れになったのか、成瀬が茅野に苦言を零した。
「茅野さぁ、さすがに本人の了承を得る前に、寮同士で結託してやるなよ。可哀そうだろ」
「可哀そうときたか。なら、おまえは、俺がじゃあそうですか、と。榛名を諦めて、こいつ以外の一年を指名し直したとして、そいつが嫌だと言ったら、また可哀そうとやってやるつもりか。キリがないだろう」
にわかに低くなった茅野の声に、行人は一つ諦めた。仕方がない。二番手に鉾が変わってくれることを期待してはいたが、どうもそれも厳しそうだ。仕方が、ない。いつまでも駄々をこねてしこりを残す方が後々を考えれば面倒だ。悪手だ。行人はそう言い聞かせた。
それに、――、寮の縦社会のなんたるかも、引き際も、さすがに理解している。寮生活も四年目だ。頭を押さえつけて決定と言わず、何度も説得に来てくれているだけ、茅野が誠実だということも。
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