8 / 484
第一部
パーフェクト・ワールド・ハルⅠ ③
しおりを挟む
「寮別対抗ミニ運動会に、ミスコンとか。盛りすぎでしょ、イベント。おまけにこれとは別に、部活ごとの展示とかイベントとかもあるんでしょ? これは確実に俺らの休みないね」
「ないだろうな」
自分と荻原に、みささぎ祭の概要と、基本的な寮の仕事とを説明するためだったらしいミーティングは、小一時間で終了した。
初日から頭が痛くなりそうなスケジュールを聞かされて、げんなりしたのは皓太だけではなかったらしい。最後に片付けまで任されて、荻原は人好きのする優しげな顔をしな垂れさせて、ホワイトボードに残る文字列にイレーサーをかけている。
「まぁ、でも、ミスコンは茅野さんがするって張り切ってたし。俺らは使い走りだけで済むよ、きっと」
目玉イベントとされているミスみさざきコンテスト――そもそも、この学園にミスは存在しないはずだが――は、寮別対抗の種目の中で飛びぬけて得点配分が高い。
つまるところ、ミスコンを制した寮が、みささぎ祭で優勝することになる。
「張り切っても、今年のミスコンは楓寮の圧勝だとは思うけどね。茅野先輩には悪いけど」
今年こそは何が何でも優勝するぞ、と張り切っていた寮長の姿を思い浮かべたのか、苦笑いの荻原に、皓太は壇上で見た少年を脳裏から引っ張り出した。
「あー……、かな」
「そうだって。ウチはまぁ、榛名ちゃんだろうけどさ。あの子、見た目は可愛いから」
「嫌がるだろうけどな」
そして間違いなく八つ当たりされる未来が見えた。げんなりと応じた皓太に、どことなく羨ましそうに荻原が口を開いた。
「高藤は部屋一緒だよね。おまけに今年で四年目でしょ? ちょっといいな」
「……いいか?」
「オメガじゃなくても、どうせなら可愛い方がよくない? 狭い部屋で二人きりなんだし。むさくるしくなくて」
なるほど、そういう解釈もあるか、とそこは納得した。確かにむさくるしくはない。
「俺の同室、今年から美岡になったんだけどさ。一緒に居て楽だしいいやつそうだけど、それとは別問題で、むさいんだよね」
「あぁ、美岡、ラグビー部だもんな」
顔だけ見ればイケメンだが、体格が如何ともごつい。部屋面積を必要以上に占有しそうな気配はひしひしと感じる。
「一昨日も昨日もあいつ夜中まで筋トレしてたからね? 暑苦しいわって思わず突っ込んだら、筋肉は一日にして成らずとか真顔で返してくるから、なんかもういいわって諦めたけど」
外部進学組より一足早く皓太たちはこの寮で生活を開始させている。一週間ほどが経って、談話室で「合う」「合わない」などとお互いのルームメイトについて話す姿を見る機会は増え始めていた。
「壊滅的に気が合わないよりはマシって思わないと仕方ないけど、馴染むまで時間かかるよな。俺も榛名と同室になった直後は、結構しんどかったもん」
「嘘。おまえが?」
「マジだって。ほら、あいつ多少は丸くなったけど、昔はもっと……なんというか、気性の荒い野良猫みたいだったし」
思い当たるところがあったのか、荻原が破顔した。
「そういや、中等部の初めのうちはそんな感じだったね。俺も一年の時クラス一緒だったんだけど、榛名ちゃん、ツンツンしてた記憶がある。構いたくて仕方がない、ってやつも多かったけど」
まぁ、そのころは……いろいろとあったから、ピリピリしてたということもあるかもしれない。
「大人になったんじゃない。榛名もさすがに。三年経って。ところで、荻原。ここの鍵って預かってる?」
「高藤こそ預かってないの?」
きょとんと聞き返されて、皓太は茅野の悪癖を今更ながら思い出した。悪い人ではない。多少口は軽いが良い人だ。だがしかし。とてつもなく忘れっぽいのだ。
中等部の折にも一年間同じ寮生委員会に所属していたが、茅野の忘れ物を会議中に何度取りに走らされたことか。
「茅野さんだと思う。俺、鍵借りて来るわ」
溜息半分でドアを開けようとした瞬間、勢いよくドアが開いた。危うく額を強打するところである。
「おぉ、高藤。どうした」
「どうしたもこうしたもないですよ。鍵、貰うの忘れてたんで、探しに行こうと思ってたんです」
「それはナイスタイミングだな! 俺もさっき柏木に指摘されて思い出して、持ってきたぞ」
恨みがましげな視線もなんのその。悪気なく笑った茅野が、「終わったなら出るぞ」と荻原を呼び寄せる。
「お疲れ様です。どうですか? 歓迎会の準備」
「柏木が仕切ってるから安心しろ。だから、このまま部屋戻っていいぞ、おまえら。ちょっと休んどけ。疲れただろ」
「え? いいんですか?」
「来年はやってもらうからな。休めるのは今の内だけだ」
嬉しそうに弾んでいた荻原の表情が、ですよねと言わんばかりにしおれていく。なんとかなるから大丈夫だぞ、といかにも適当な励ましを荻原に送っている茅野の少し後ろを歩きながら、皓太は五階を見渡した。
そう思うからかもしれないが、一階や自分たちの部屋のある二階と異なり、どこか格式高く見える。もともと、陵学園全体が開校当時からの歴史ある建築物を今も使用しているため、重厚な雰囲気が流れてはいるのだけれど。
……というか、よくこんな入り難そうなところに、あいつは正式な入寮日前からほいほいと入り込んでたな。
行動力の賜物というか、ストーカー気質の成せる業とすれば良いのか。後者は本人が聞けば憤慨するだろうが。そんなことを考えていると前を行く二人の足が談話室の前で止まった。
「お、成瀬」
茅野が呼んだ名前に、荻原の背が緊張したように伸びる。
――そうか。荻原は中等部の時は寮が違ったもんな。
成瀬や向原と言った生徒会の役員を、憧れながらもどこかで畏怖している同級生は多い。同じ寮で過ごすうちに緩んでいくのだろうが。
小型の丸いテーブルが二つに、それを挟むように二人掛けのソファがニ脚ずつ。この国を支える政治家たちも学生時代は多くの論議を交わしていたと聞くが、少なくとも中等部時代の寮で、そんな光景はついぞお目にかからなかった。
「ないだろうな」
自分と荻原に、みささぎ祭の概要と、基本的な寮の仕事とを説明するためだったらしいミーティングは、小一時間で終了した。
初日から頭が痛くなりそうなスケジュールを聞かされて、げんなりしたのは皓太だけではなかったらしい。最後に片付けまで任されて、荻原は人好きのする優しげな顔をしな垂れさせて、ホワイトボードに残る文字列にイレーサーをかけている。
「まぁ、でも、ミスコンは茅野さんがするって張り切ってたし。俺らは使い走りだけで済むよ、きっと」
目玉イベントとされているミスみさざきコンテスト――そもそも、この学園にミスは存在しないはずだが――は、寮別対抗の種目の中で飛びぬけて得点配分が高い。
つまるところ、ミスコンを制した寮が、みささぎ祭で優勝することになる。
「張り切っても、今年のミスコンは楓寮の圧勝だとは思うけどね。茅野先輩には悪いけど」
今年こそは何が何でも優勝するぞ、と張り切っていた寮長の姿を思い浮かべたのか、苦笑いの荻原に、皓太は壇上で見た少年を脳裏から引っ張り出した。
「あー……、かな」
「そうだって。ウチはまぁ、榛名ちゃんだろうけどさ。あの子、見た目は可愛いから」
「嫌がるだろうけどな」
そして間違いなく八つ当たりされる未来が見えた。げんなりと応じた皓太に、どことなく羨ましそうに荻原が口を開いた。
「高藤は部屋一緒だよね。おまけに今年で四年目でしょ? ちょっといいな」
「……いいか?」
「オメガじゃなくても、どうせなら可愛い方がよくない? 狭い部屋で二人きりなんだし。むさくるしくなくて」
なるほど、そういう解釈もあるか、とそこは納得した。確かにむさくるしくはない。
「俺の同室、今年から美岡になったんだけどさ。一緒に居て楽だしいいやつそうだけど、それとは別問題で、むさいんだよね」
「あぁ、美岡、ラグビー部だもんな」
顔だけ見ればイケメンだが、体格が如何ともごつい。部屋面積を必要以上に占有しそうな気配はひしひしと感じる。
「一昨日も昨日もあいつ夜中まで筋トレしてたからね? 暑苦しいわって思わず突っ込んだら、筋肉は一日にして成らずとか真顔で返してくるから、なんかもういいわって諦めたけど」
外部進学組より一足早く皓太たちはこの寮で生活を開始させている。一週間ほどが経って、談話室で「合う」「合わない」などとお互いのルームメイトについて話す姿を見る機会は増え始めていた。
「壊滅的に気が合わないよりはマシって思わないと仕方ないけど、馴染むまで時間かかるよな。俺も榛名と同室になった直後は、結構しんどかったもん」
「嘘。おまえが?」
「マジだって。ほら、あいつ多少は丸くなったけど、昔はもっと……なんというか、気性の荒い野良猫みたいだったし」
思い当たるところがあったのか、荻原が破顔した。
「そういや、中等部の初めのうちはそんな感じだったね。俺も一年の時クラス一緒だったんだけど、榛名ちゃん、ツンツンしてた記憶がある。構いたくて仕方がない、ってやつも多かったけど」
まぁ、そのころは……いろいろとあったから、ピリピリしてたということもあるかもしれない。
「大人になったんじゃない。榛名もさすがに。三年経って。ところで、荻原。ここの鍵って預かってる?」
「高藤こそ預かってないの?」
きょとんと聞き返されて、皓太は茅野の悪癖を今更ながら思い出した。悪い人ではない。多少口は軽いが良い人だ。だがしかし。とてつもなく忘れっぽいのだ。
中等部の折にも一年間同じ寮生委員会に所属していたが、茅野の忘れ物を会議中に何度取りに走らされたことか。
「茅野さんだと思う。俺、鍵借りて来るわ」
溜息半分でドアを開けようとした瞬間、勢いよくドアが開いた。危うく額を強打するところである。
「おぉ、高藤。どうした」
「どうしたもこうしたもないですよ。鍵、貰うの忘れてたんで、探しに行こうと思ってたんです」
「それはナイスタイミングだな! 俺もさっき柏木に指摘されて思い出して、持ってきたぞ」
恨みがましげな視線もなんのその。悪気なく笑った茅野が、「終わったなら出るぞ」と荻原を呼び寄せる。
「お疲れ様です。どうですか? 歓迎会の準備」
「柏木が仕切ってるから安心しろ。だから、このまま部屋戻っていいぞ、おまえら。ちょっと休んどけ。疲れただろ」
「え? いいんですか?」
「来年はやってもらうからな。休めるのは今の内だけだ」
嬉しそうに弾んでいた荻原の表情が、ですよねと言わんばかりにしおれていく。なんとかなるから大丈夫だぞ、といかにも適当な励ましを荻原に送っている茅野の少し後ろを歩きながら、皓太は五階を見渡した。
そう思うからかもしれないが、一階や自分たちの部屋のある二階と異なり、どこか格式高く見える。もともと、陵学園全体が開校当時からの歴史ある建築物を今も使用しているため、重厚な雰囲気が流れてはいるのだけれど。
……というか、よくこんな入り難そうなところに、あいつは正式な入寮日前からほいほいと入り込んでたな。
行動力の賜物というか、ストーカー気質の成せる業とすれば良いのか。後者は本人が聞けば憤慨するだろうが。そんなことを考えていると前を行く二人の足が談話室の前で止まった。
「お、成瀬」
茅野が呼んだ名前に、荻原の背が緊張したように伸びる。
――そうか。荻原は中等部の時は寮が違ったもんな。
成瀬や向原と言った生徒会の役員を、憧れながらもどこかで畏怖している同級生は多い。同じ寮で過ごすうちに緩んでいくのだろうが。
小型の丸いテーブルが二つに、それを挟むように二人掛けのソファがニ脚ずつ。この国を支える政治家たちも学生時代は多くの論議を交わしていたと聞くが、少なくとも中等部時代の寮で、そんな光景はついぞお目にかからなかった。
21
お気に入りに追加
139
あなたにおすすめの小説
嫌われものの僕について…
相沢京
BL
平穏な学校生活を送っていたはずなのに、ある日突然全てが壊れていった。何が原因なのかわからなくて気がつけば存在しない扱いになっていた。
だか、ある日事態は急変する
主人公が暗いです
チャラ男会計目指しました
岬ゆづ
BL
編入試験の時に出会った、あの人のタイプの人になれるように…………
――――――それを目指して1年3ヶ月
英華学園に高等部から編入した齋木 葵《サイキ アオイ 》は念願のチャラ男会計になれた
意中の相手に好きになってもらうためにチャラ男会計を目指した素は真面目で素直な主人公が王道学園でがんばる話です。
※この小説はBL小説です。
苦手な方は見ないようにお願いします。
※コメントでの誹謗中傷はお控えください。
初執筆初投稿のため、至らない点が多いと思いますが、よろしくお願いします。
他サイトにも掲載しています。
【完結】私立秀麗学園高校ホスト科⭐︎
亜沙美多郎
BL
本編完結!番外編も無事完結しました♡
「私立秀麗学園高校ホスト科」とは、通常の必須科目に加え、顔面偏差値やスタイルまでもが受験合格の要因となる。芸能界を目指す(もしくは既に芸能活動をしている)人が多く在籍している男子校。
そんな煌びやかな高校に、中学生まで虐められっ子だった僕が何故か合格!
更にいきなり生徒会に入るわ、両思いになるわ……一体何が起こってるんでしょう……。
これまでとは真逆の生活を送る事に戸惑いながらも、好きな人の為、自分の為に強くなろうと奮闘する毎日。
友達や恋人に守られながらも、無自覚に周りをキュンキュンさせる二階堂椿に周りもどんどん魅力されていき……
椿の恋と友情の1年間を追ったストーリーです。
.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇
※R-18バージョンはムーンライトノベルズさんに投稿しています。アルファポリスは全年齢対象となっております。
※お気に入り登録、しおり、ありがとうございます!投稿の励みになります。
楽しんで頂けると幸いです(^^)
今後ともどうぞ宜しくお願いします♪
※誤字脱字、見つけ次第コッソリ直しております。すみません(T ^ T)
【doll】僕らの記念日に本命と浮気なんてしないでよ
月夜の晩に
BL
平凡な主人公には、不釣り合いなカッコいい彼氏がいた。
しかしある時、彼氏が過去に付き合えなかった地元の本命の身代わりとして、自分は選ばれただけだったと知る。
それでも良いと言い聞かせていたのに、本命の子が浪人を経て上京・彼氏を頼る様になって…
主人公は俺狙い?!
suzu
BL
生まれた時から前世の記憶が朧げにある公爵令息、アイオライト=オブシディアン。
容姿は美麗、頭脳も完璧、気遣いもできる、ただ人への態度が冷たい冷血なイメージだったため彼は「細雪な貴公子」そう呼ばれた。氷のように硬いイメージはないが水のように優しいイメージもない。
だが、アイオライトはそんなイメージとは反対に単純で鈍かったり焦ってきつい言葉を言ってしまう。
朧げであるがために時間が経つと記憶はほとんど無くなっていた。
15歳になると学園に通うのがこの世界の義務。
学園で「インカローズ」を見た時、主人公(?!)と直感で感じた。
彼は、白銀の髪に淡いピンク色の瞳を持つ愛らしい容姿をしており、BLゲームとかの主人公みたいだと、そう考える他なかった。
そして自分も攻略対象や悪役なのではないかと考えた。地位も高いし、色々凄いところがあるし、見た目も黒髪と青紫の瞳を持っていて整っているし、
面倒事、それもBL(多分)とか無理!!
そう考え近づかないようにしていた。
そんなアイオライトだったがインカローズや絶対攻略対象だろっ、という人と嫌でも鉢合わせしてしまう。
ハプニングだらけの学園生活!
BL作品中の可愛い主人公×ハチャメチャ悪役令息
※文章うるさいです
※背後注意
元会計には首輪がついている
笹坂寧
BL
【帝華学園】の生徒会会計を務め、無事卒業した俺。
こんな恐ろしい学園とっとと離れてやる、とばかりに一般入試を受けて遠く遠くの公立高校に入学し、無事、魔の学園から逃げ果すことが出来た。
卒業式から入学式前日まで、誘拐やらなんやらされて無理くり連れ戻されでもしないか戦々恐々としながら前後左右全ての気配を探って生き抜いた毎日が今では懐かしい。
俺は無事高校に入学を果たし、無事毎日登学して講義を受け、無事部活に入って友人を作り、無事彼女まで手に入れることが出来たのだ。
なのに。
「逃げられると思ったか?颯夏」
「ーーな、んで」
目の前に立つ恐ろしい男を前にして、こうも身体が動かないなんて。
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる