パーフェクトワールド

木原あざみ

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第一部

パーフェクト・ワールド・ハルⅠ ②

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「その寮生委員会ですが、寮長、副寮長、の他、フロアごとにフロア長、副フロア長がいます。なので、一年も一年生のフロア長、副長を選出しなければならないのですが」
「推薦だの立候補だのを募るのは面倒臭いので、寮長権限で俺が決定しました。こら、横暴と言うな。適材適所で決めたので、文句なし。はい、というわけで、一年、フロア長、高藤な。おまえ、中等部の時もしてたろ」

 ばちりと合った目に嫌な予感はしてはいたが、大当たりである。

「そう露骨に嫌そうな顔すんなよ、高藤。おまえを生徒会に引っこ抜きたいってごねた会長様と真剣勝負して俺が勝ったんだからな」

 果たして、どちらがマシだっただろうか。頭の中で両方の未来を想像してみたが、似たり寄ったりだとの結論に、皓太は自分自身で辿り着いた。面倒臭いことに、変わりはない。

「それともおまえ、金バッジ欲しかった?」

 高等部の生徒会役員だけが制服に付けることのできるそれは、この学園の権力の象徴だ。ぶんぶんと頭を振って、皓太は手を上げた。

「櫻の勲章で良いです。というか、勝負って」

 寮ごとに決まっているエンブレムを彫られたバッジが、寮生委員会所属の証だ。出来ることならば、何のピンバッジも要らなかったのだが。
 話を逸らした皓太に、茅野が胸を張った。

「じゃんけんだ。じゃんけん。男らしく一発勝負」

 じゃんけん。予想の斜め上を行くのどかさに周囲が沸く。ならなんだ。二分の一の確率で俺は、俺の意思はお構いなしにクソ忙しい生徒会の所属になっていたのかもしれないのか。
 隣から感じる恨めしそうな視線の犯人は、確認するまでもなく榛名だが、代われるものなら代わるぞと言いたい。無論、榛名がなりたがっているのは生徒会役員一択だと知っているが。

「会長、じゃんけん弱いからなー。もしみんな会長に頼みたいことができたら、じゃんけんで攻めてみろ」

 調子の良いことを笑って口にして茅野だったが、全体を見回して少しだけトーンを落とした。

「というか、だ。集団生活を送っていると、四六時中一緒になるだろう。下手をしてクラスも一緒になってみろ、そうなったら本当に朝から晩までだからな。仲良しこよしが出来なくなることもあると思う」

 寮内規則の中でもかなり上位にあるのが、「喧嘩禁止」だ。とは言え、思春期の野郎が一つの箱に押し込められるのだ。中等部だった時代も、仲裁に苦労した覚えがあるが、今年もその役割を課せられてしまった。
 願わくは、血の気の多い連中が少ないことを、だ。そっと周囲に視線を走らせたが、分かっていますと言わんばかりの顔だらけで。

 ――その顔が一ヵ月持てば良いけどなぁ。特に、外部生。

 慣れていなければ慣れていないほど、フラストレーションがうなぎ上りになるだろうことは想像に難くない。そしてその矛先が向かうのは、往々にして気の弱そうなベータだ。

「話し合って解決することは、とことん話せばいいが、お互い苛々しているから起こっただけの揉め事なら、最終的にじゃんけん勝負というのも平和でいいぞ。男なんだから、ネチネチ陰湿ないじめに発展させるなよ」

 緩い語感でしめて、茅野が手を打った。

「というわけで、ネチネチごねるなよ。副フロア長は、萩原な。おまえも中等部の時にやってたよな」

 流れ弾のように指名された萩原が短い悲鳴を上げていたが、皓太は判明した道連れに心底ほっとした。中等部時代、寮は違ったが寮生委員会で一緒だったのでよく知っている相手なのだ。

「よし、じゃあ、これで最後だ。知っている奴も多いと思うが、高等部は、我が櫻寮の他に、楓、柊、葵、と四つの寮がある。そして来月、寮同士の結束を競う、みささぎ祭があります」

 騒めき出した一年に向かって、もう一度軽く手を打ち鳴らして、茅野が皓太と萩原とを見た。

「詳しい説明はまた後日。気になるやつは、この後の歓迎会で二年や三年に先に訊いてみるといい。悪いが、高藤と萩原はその前にミーティングをはさませてくれ。主催は生徒会じゃなく寮生委員会だから、忙しくなると思うがよろしく頼む。勿論、それ以外のやつも協力頼んだら力貸してくれ。部活動があるやつはそっちを優先しても構わないが、出来る限り寮の方も頼むぞ」

 茅野と柏木が質問がないかを見渡して、頷き合う。

「歓迎会は六時からだからな。場所はここ。まだ二時間くらいあるから部屋の片づけするも良し、ここに残って準備を手伝うも良し。好きにしろ」
「今年も大変そうだなぁ、おまえ」

 みささぎ祭への興味に湧く一年生の中で、隣に座っていた榛名だけが、お義理のように慰めてくれた。

「そう思うなら代わってくれても全然いいよ、マジで」
「生徒会なら喜んで代わったけど、櫻はやだ。だって、成瀬さんと一緒に仕事できなくなるもん」

 本当におまえの判断基準は成瀬さん一択だなとイラッと来たが、黙殺した。自分がフロア長を任される一番の理由は、榛名曰くの「ちょっとやそっとじゃ怒らない気の長さ」なのだろうが。表に出すのはいかがなものかと思っているから心の内に留めているだけで、何も思っていないわけではない。
 そんな皓太の心中を知るはずもない榛名は、早く部屋に戻りたそうに足をぶらつかせている。

「あ、そう、そう。優勝した寮には、寮の予算の色付けと公共施設の優先権が付いてくるからな」

 食堂を出る前に、思い出したようにかけられた茅野の台詞に、皓太たちのいるテーブルで交わされる声々もさらに更に華やぎ出した。
 楽しそうで何よりだが、寮生委員会所属になってしまった以上、それだけでは皓太は済まない。

「まぁ、大変だなって思うなら、もめ事起こすなよ、前科犯」

 近づいてくる萩原を視認して皓太も席を立つ。離れ際、ぼそりと零してやったのは腹いせではあったが、牽制でもある。見た目だけは可愛い同室者は、ナリに反して問題児だ。
 煩いと騒ぐ榛名を放置して食堂を出ると、入口のどころで荻原が苦笑いで待ち構えていた。

「当たり引いちゃったね、お互い」
「中等部で当たった時点で、その後を決められてる感あるよな、これ」
「確かに。癖のある子が少ないといいけど。どうだろうね」

 愚痴のように続いたそれに、本当に、と心の底から頷いて、歩く速度を上げた。階段のところで茅野と柏木が五階の会議室だからな、と身振りで伝えているのが見えたからだ。

 ――みささぎ祭までは下手したら、寮の部屋より五階にいることの方が多いかも。

 諦め半分で、皓太は口を開いた。

「まぁ。たぶん、楓よりマシだって」

 きっと今頃、てんやわんやなのではないだろうか。あの主席入学者のおかげで。
「かもね」と、荻原が楓寮のあるだろう方向に視線を飛ばした。

「でも、管理する側じゃなかったら羨ましいかも。あんな可愛いオメガと一緒なんだよ。なんというか、ちょっとときめかない?」

 正直、俺はごめんだけど。学園の内側でまでアルファだオメガだ、なんていうのは、という本音は呑み込んで、皓太は曖昧に頷いた。
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