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19、再びの教会

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「姉さん、こっち」

 以前も訪れた教会の裏口には一台の馬車が止まっていて、学園帰りの碧くんがベティを連れて待っていた。絶対に自分も付き添うと言って譲らなかったのだ。

「碧くん本当に来たの、ベティまで巻き込んで……弟がごめんね」
「構いませんわ。私もシズクのスキルが気になりますから」

 にっこり笑顔で出迎えてくれる義妹が今日も可愛い。

「神父にはもう声をかけてるから」

 早く早くと先導する弟に肩をすくめる。碧くんたちについていた護衛はそのまま馬車に残るようだ。

「……妹のことは愛称で呼んでいるのか」
「えっ」

 弟たちの後に続いて入り口へ向かう途中、眉間に皺を寄せた殿下からぽつりと不服そうな声が落ちた。お互いにしか聞こえないほどのもの。気のせいでなければ、なぜだと視線で問われている。

「いや、だってさすがに殿下を愛称では呼べませんよ。弟はともかく異性の私ではいらぬ誤解を生みます」

 小声で返すには高い位置にある青年の顔に合わせて若干背伸びをしなければならなかった。
 身長いくつあるんだろう。弟よりも頭一つ分高いなら百八十くらいかな。この世界の人は性別問わず全体的に大柄だ。おかげで、間に挟まれると囚われた宇宙人になってしまう。ちなみに私は元の世界では平均ど真ん中だった。

 私の返事に考えるように視線を動かしたあと、殿下の体がこちらへ傾いた。低い音が耳のごく近くで響く。

「では身内のみでいる時は構わないな」

 みっ耳元で喋るんじゃない!
 あまりの暴挙に気が動転して、構いますと言いそびれた。





「こちらに手を翳してください」

 簡素な薄暗い小部屋で、司祭という立場のおじいさんから指示された通り石板に手を翳すが、うんともスンとも言わない。
 最初に司祭様の持つ判定のスキルで見てもらったが、分からないと言われてこの方法になった。だというのにこの結果。

 勇者の姉はまじもんの凡人だった。想像通りとはいえ、物悲しいものがある。

 ほらねと弟に言おうとして気付く。判定が無反応って、スキルがないということ? それって就職できる?
 途端に違う種類の情けなさが襲う。弟の脛かじりが現実になってしまうのか。

「これは……」

 見守っていた司祭様が難しい顔で呟いた。碧くんなんて今にも石板を壊しそうな形相で睨みつけている。
 ええ、そこまでやばい結果……?

「お待たせしました」

 重たい空気の中入ってきたのは、さっきこの部屋まで案内してくれた、眼鏡姿の神父様だった。手には見知った魔道具を携えている。

「シズク様はこのランプの魔道具を使用されたことは?」
「あります」

 そう尋ねた神父様が煌々と光る魔道具から石を取り外すと、部屋が元の薄暗さに戻った。動力を失ったランプが消えるのは当然だ。

 掌にすっぽり収まる水晶のような形をした石は、火を使わずに安全に使用できるランプ型魔道具の原動力であり、安価で長持ちだと庶民にも人気のアイテムだ。
 大抵の魔道具は専用の器具と原動力の魔石で動いている。乾電池のようなものだ。

「こちらの魔石をお持ちください」

 差し出された石を言われるがまま掌に乗せること十数秒。返すよう手振りで促されて返却する。自らの手に戻ったそれを神父様が慎重に観察している。

「減っていますね……」

 もう一度、今度は握らされる。なかなかOKが出ない。たっぷり数分経った頃にやっとお許しが出た。

「貸してください」

 体温が移り温まった魔石を手渡す。神父様はまた一通り確認した後、さっきの魔道具にそれを戻した。ランプはつかなかった。

「その魔石は確かか?」
「先日発注しておろしたばかりのものです。私がスキルで確認もしました。不良の可能性は限りなく低いでしょう」

 これまでずっと黙っていた殿下が確認した内容に、弟が深いため息をついた。

「アレッサーノ司祭は先程、姉さんのスキル判定が行えないと言ってましたね」
「ええ。このようなことは例になく、力及ばず申し訳ない」

 聞いている私の方が申し訳なくなっている。「当たってほしくなかったけど」と、弟の意識がこちらへ向いてビクリとしてしまった。

「姉さんのスキルは魔法の無力化、無効化に関する可能性が高い」

 無力化?

「このランプの魔石は私が消費したの?」
「消費というか、消去かな」
「触っただけで?」
「触っただけで」

 つまりそれは。

「今まで魔石を無駄遣いしちゃってた……?」

 恐ろしい事実が発覚した。普段はメイドさんをつけてもらってるけど、基本的に自分のことは自分でしていた。お風呂だって魔道具を使用して準備したことは何度もある。そして水を温める魔石のお値段が優しくないことを知っている。

「心配するのそこ?」
「だって無駄な出費じゃん、お高い魔石もあるのに! 今後はもう自分で魔道具使えないの?」

 弟は呆れた様子だが私は心底困ってる。貧乏性なんだから仕方ない。

「今の姉さんは無意識にスキルを使ってる状態だから、ちゃんと魔法操作を学べば魔道具も問題なく使えるよ」
「魔法の操作? 私は魔法を消すのに、無効化っていう魔法を使ってるってこと?」
「そう。司祭のスキルである判定が使えなかったのも、姉さんが無意識に魔法で打ち消したんだろうね」

 無意識に迷惑をかけてたと言われ頭を抱えたい。

「ルキの枷は姉さんがしつこく触ってたから契約魔法が消えて破壊できたのか」
「確かに、わたくしもシズクに力を使った時は普段と違う抵抗を感じましたわ」
「転移で気を失ったのはスキルの影響もあるのではないか?」
「一刻も早く制御してもらいたいけど、大っぴらにできないし困りましたね……」
「ラーナに任せるのはどうだ? あいつなら簡単に倒れることはない」
「わたくしは回復のお役に立てます!」
「その際の問題は説得方法ですね」

 弟と殿下に加え、これまで静観していた義妹が真剣に話し合うのは自分に関することなのに、簡単に口を挟めない空気だ。教会関係者の二人も神妙にその様子を伺っている。
 ただどうしても、一つだけ確認したいことがある。最重要事項だ。

「碧くん、ちょっと聞きたいんだけど」
「何?」
「このスキルだとどんな仕事に就ける?」

 一斉に驚きの視線が寄越されて慄く。唯一、落ち着いている弟から恐ろしい選択肢が挙げられた。

「スキルを使わない肉体労働から機密情報満載の軍事系までお仕事選び放題だよ姉さん」

 振り幅やばすぎだし全然選び放題じゃない。中でもとびきりやばい選択肢があるという。

「たとえば、姉さんが訓練したらオレには勝てないけど負けもしない」
「勝てないけど負けない……」

 浮かんだ恐ろしい可能性は殿下が言葉にしてくれた。

「方法によっては勇者を無力化できるということだ」


 その日、勇者の姉のスキルは秘匿とされた。

 私は凡人だが、凡庸じゃなかった。
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