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17、帰城のち、王女様
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転移で送り返される際の私の対処が議題に上がった。
「人間の城で気を失った勇者の姉を我が運ぶわけにもいかぬ。そこの二人も共に送ろう」
という魔王の提案を受け入れた弟と殿下。ついては彼らがここまで乗ってきた生き物をどうにかしないとならないわけで。
「姉さん、一度ドラゴンを呼ぶよ」
すぐさましゃがみ込んで手のひらで顔を覆う。
「よっしゃ、バッチ来い!」
視界を断絶する寸前、こちらに向かって腕を広げようとしたどこかの殿下がいたような気がするが気のせいだろう。
側にいたルキは「シズク様?」と戸惑ったあと、合わせるように屈んで背中を抱えてくれる。大丈夫ですよと声をかけることも忘れない。
突然の奇行に対する状況判断と対応力。この子は将来いい男になると私が保証しよう。
バサバサと響く羽音や地鳴りのような唸りよりも、高めなルキの声に集中する。
「姉さんもういいよ」
「面倒かけたね……ルキもありがとう」
にっこり笑ってくれる美少年に癒される。
意思疎通のできるドラゴンは帰路についたそうだ。できればもう二度と視界に入れたくない。森とたたら場で暮らそう、好きな方を選ばせてあげるから。
「そうだ、ルフリウス。ルキのことなんだけど」
つい先日まで奴隷だったと弟が暴露した。なんて恐ろしいことを!
「まだ被害者の把握すらできていない状況で悪い」
「構わん。現状の改善に時間がかかるのは承知の上だ」
びっくりしている姉に弟が尋ねる。
「碧くんて謝るんだ……」
魔王に。
「ちょっと、それどういう意味?」
心外だと言わんばかりの弟。自らの行いを顧みたら分かると思う。さっきまでどちらが悪逆非道な魔王か分からなかったよお姉ちゃん。
「勇者の姉よ、まだお前の名を聞いていなかったな」
「姉さんは山田花子」
「碧くんなんでそんな嘘つくの? 雫です。村瀬雫」
「シズクだな。勇者の身内として今後も付き合いがあるだろう。そうだ、我の居城に部屋を用意してやろう」
「あ、それは結構です」
人間だろうが魔族だろうが王城に変わりない。私の求めている人生には不要。
「そろそろ帰るぞ。あちらの騒ぎも収めねばならん」
テオバルト殿下の言葉に、攫われる直前を思い出す。魔王の襲来で派手に割れたガラスと、すぐに城を飛び出して来たという要人二人の現状では混乱必須だろう。
というか要人二人だけで魔王の居城まで乗り込んで来たの、普通じゃない。深く考えるのはやめよう。
「サラディオ様は無事ですか?」
「大事ない」
「よかった…………この腕は?」
「? 転移に備えてだが」
平然と腰に回された腕を凝視する。近い。なんだかいい匂いもする。いや近い。
「テオ! 姉さんはオレが支えるので大丈夫、うおっ」
「では勇者は我が支えよう」
「何するルフリウス、離せ!」
支えるというより抱え上げるようにしてこちらへ運ばれてくる碧くん。繊細な年頃なのに軽々しく持ち上げられて可哀想に……。
純粋なる好意だからか力づくで突き放せないでいる弟をよそに、四人の足元に光る陣が浮かぶ。
陣の外にいるルキにまたねと口の動きだけで伝えて手を振る。泣くのを堪えるような少年の表情が意識の最後だった。
◇
目が覚めた時、すでに周りは落ち着いていた。
私が攫われたことは伏せられ、あの襲撃は勇者に構ってほしい魔王が派手に遊びに来たことになっていた。現実とそう差異がないことが怖い。魔王は確実に構ってちゃんだ。
「お義姉様。こちらの果実も瑞々しくて美味しいですわよ」
「わーい……」
あーん、と切り分けた果物を口元に差し出してくるのはこの国の第一王女様。弟の婚約者であるベティーナ様だった。
「もう元気だから一人で食べられますよ……?」
「いけませんわ! お義姉様は魔力に当てられて倒れたのですから、安静にしていなくては」
キリッとした眉を釣り上げて王女様が主張する。
なんと、王城へ帰りついて意識のない私を、聖女である彼女が直々に看病してくれていたのだ。
分かるだろうか、目が覚めたら目の前に美少女がいた時の心境が。お迎えかと思った。
「ええと……そういうのは弟にやったら喜ぶと思います」
ヘラっと笑って高貴な方のあーん攻撃から逃れようと試みる。「まぁ」と言って頬を染める様子は天使以外の何者でもない。いや、妖精という可能性もある。
諦めてくれたのか、下げられた果実にほっと息をつく。
「わたくし、お義姉様とはずっとお話したいと思っておりましたの」
「そ、そうなんですね」
凡人に一体何用だ。小姑の本性を暴きたいとかそういう心配? 私は無害だから安心してほしい。
そういえば碧くんからも王女様と話してくれと言われていた気がする。あれだ、ハーレムの件。魔王に攫われる直前の弟からの呼び出しも、彼女に関することだったそう。どう切り出せばいいのかさっぱりなんだが。
「シズク様はわたくしたちと共に暮らす気はないとお聞きしました。本当ですか?」
「若い二人の邪魔はしたくありませんから」
弟の脛かじりが嫌という話ならその通りなので、肯定した。
「その……アオバとはご姉弟でいらっしゃるのですよね?」
「はい、碧羽は私の弟ですね」
「…………血は」
「ち?」
血の繋がりはあるのでしょうか、と、かろうじて聞き取れる音量だった。なんだろうその質問。
「もしかして、お二人は義姉弟だったり……特別な仲だったりはしませんでしょうか? 本当はわたくしが障害となっているのでは……」
勝気な表情を翳らせて王女様は爆弾を投下した。
碧くん、愛人問題どころかとんでもない勘違いされてるよ。
「人間の城で気を失った勇者の姉を我が運ぶわけにもいかぬ。そこの二人も共に送ろう」
という魔王の提案を受け入れた弟と殿下。ついては彼らがここまで乗ってきた生き物をどうにかしないとならないわけで。
「姉さん、一度ドラゴンを呼ぶよ」
すぐさましゃがみ込んで手のひらで顔を覆う。
「よっしゃ、バッチ来い!」
視界を断絶する寸前、こちらに向かって腕を広げようとしたどこかの殿下がいたような気がするが気のせいだろう。
側にいたルキは「シズク様?」と戸惑ったあと、合わせるように屈んで背中を抱えてくれる。大丈夫ですよと声をかけることも忘れない。
突然の奇行に対する状況判断と対応力。この子は将来いい男になると私が保証しよう。
バサバサと響く羽音や地鳴りのような唸りよりも、高めなルキの声に集中する。
「姉さんもういいよ」
「面倒かけたね……ルキもありがとう」
にっこり笑ってくれる美少年に癒される。
意思疎通のできるドラゴンは帰路についたそうだ。できればもう二度と視界に入れたくない。森とたたら場で暮らそう、好きな方を選ばせてあげるから。
「そうだ、ルフリウス。ルキのことなんだけど」
つい先日まで奴隷だったと弟が暴露した。なんて恐ろしいことを!
「まだ被害者の把握すらできていない状況で悪い」
「構わん。現状の改善に時間がかかるのは承知の上だ」
びっくりしている姉に弟が尋ねる。
「碧くんて謝るんだ……」
魔王に。
「ちょっと、それどういう意味?」
心外だと言わんばかりの弟。自らの行いを顧みたら分かると思う。さっきまでどちらが悪逆非道な魔王か分からなかったよお姉ちゃん。
「勇者の姉よ、まだお前の名を聞いていなかったな」
「姉さんは山田花子」
「碧くんなんでそんな嘘つくの? 雫です。村瀬雫」
「シズクだな。勇者の身内として今後も付き合いがあるだろう。そうだ、我の居城に部屋を用意してやろう」
「あ、それは結構です」
人間だろうが魔族だろうが王城に変わりない。私の求めている人生には不要。
「そろそろ帰るぞ。あちらの騒ぎも収めねばならん」
テオバルト殿下の言葉に、攫われる直前を思い出す。魔王の襲来で派手に割れたガラスと、すぐに城を飛び出して来たという要人二人の現状では混乱必須だろう。
というか要人二人だけで魔王の居城まで乗り込んで来たの、普通じゃない。深く考えるのはやめよう。
「サラディオ様は無事ですか?」
「大事ない」
「よかった…………この腕は?」
「? 転移に備えてだが」
平然と腰に回された腕を凝視する。近い。なんだかいい匂いもする。いや近い。
「テオ! 姉さんはオレが支えるので大丈夫、うおっ」
「では勇者は我が支えよう」
「何するルフリウス、離せ!」
支えるというより抱え上げるようにしてこちらへ運ばれてくる碧くん。繊細な年頃なのに軽々しく持ち上げられて可哀想に……。
純粋なる好意だからか力づくで突き放せないでいる弟をよそに、四人の足元に光る陣が浮かぶ。
陣の外にいるルキにまたねと口の動きだけで伝えて手を振る。泣くのを堪えるような少年の表情が意識の最後だった。
◇
目が覚めた時、すでに周りは落ち着いていた。
私が攫われたことは伏せられ、あの襲撃は勇者に構ってほしい魔王が派手に遊びに来たことになっていた。現実とそう差異がないことが怖い。魔王は確実に構ってちゃんだ。
「お義姉様。こちらの果実も瑞々しくて美味しいですわよ」
「わーい……」
あーん、と切り分けた果物を口元に差し出してくるのはこの国の第一王女様。弟の婚約者であるベティーナ様だった。
「もう元気だから一人で食べられますよ……?」
「いけませんわ! お義姉様は魔力に当てられて倒れたのですから、安静にしていなくては」
キリッとした眉を釣り上げて王女様が主張する。
なんと、王城へ帰りついて意識のない私を、聖女である彼女が直々に看病してくれていたのだ。
分かるだろうか、目が覚めたら目の前に美少女がいた時の心境が。お迎えかと思った。
「ええと……そういうのは弟にやったら喜ぶと思います」
ヘラっと笑って高貴な方のあーん攻撃から逃れようと試みる。「まぁ」と言って頬を染める様子は天使以外の何者でもない。いや、妖精という可能性もある。
諦めてくれたのか、下げられた果実にほっと息をつく。
「わたくし、お義姉様とはずっとお話したいと思っておりましたの」
「そ、そうなんですね」
凡人に一体何用だ。小姑の本性を暴きたいとかそういう心配? 私は無害だから安心してほしい。
そういえば碧くんからも王女様と話してくれと言われていた気がする。あれだ、ハーレムの件。魔王に攫われる直前の弟からの呼び出しも、彼女に関することだったそう。どう切り出せばいいのかさっぱりなんだが。
「シズク様はわたくしたちと共に暮らす気はないとお聞きしました。本当ですか?」
「若い二人の邪魔はしたくありませんから」
弟の脛かじりが嫌という話ならその通りなので、肯定した。
「その……アオバとはご姉弟でいらっしゃるのですよね?」
「はい、碧羽は私の弟ですね」
「…………血は」
「ち?」
血の繋がりはあるのでしょうか、と、かろうじて聞き取れる音量だった。なんだろうその質問。
「もしかして、お二人は義姉弟だったり……特別な仲だったりはしませんでしょうか? 本当はわたくしが障害となっているのでは……」
勝気な表情を翳らせて王女様は爆弾を投下した。
碧くん、愛人問題どころかとんでもない勘違いされてるよ。
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