上 下
17 / 20

17、帰城のち、王女様

しおりを挟む
 転移で送り返される際の私の対処が議題に上がった。

「人間の城で気を失った勇者の姉を我が運ぶわけにもいかぬ。そこの二人も共に送ろう」

 という魔王の提案を受け入れた弟と殿下。ついては彼らがここまで乗ってきた生き物をどうにかしないとならないわけで。

「姉さん、一度ドラゴンを呼ぶよ」

 すぐさましゃがみ込んで手のひらで顔を覆う。

「よっしゃ、バッチ来い!」

 視界を断絶する寸前、こちらに向かって腕を広げようとしたどこかの殿下がいたような気がするが気のせいだろう。

 側にいたルキは「シズク様?」と戸惑ったあと、合わせるように屈んで背中を抱えてくれる。大丈夫ですよと声をかけることも忘れない。
 突然の奇行に対する状況判断と対応力。この子は将来いい男になると私が保証しよう。

 バサバサと響く羽音や地鳴りのような唸りよりも、高めなルキの声に集中する。

「姉さんもういいよ」
「面倒かけたね……ルキもありがとう」

 にっこり笑ってくれる美少年に癒される。
 意思疎通のできるドラゴンは帰路についたそうだ。できればもう二度と視界に入れたくない。森とたたら場で暮らそう、好きな方を選ばせてあげるから。

「そうだ、ルフリウス。ルキのことなんだけど」

 つい先日まで奴隷だったと弟が暴露した。なんて恐ろしいことを!

「まだ被害者の把握すらできていない状況で悪い」
「構わん。現状の改善に時間がかかるのは承知の上だ」

 びっくりしている姉に弟が尋ねる。

「碧くんて謝るんだ……」
 魔王に。
「ちょっと、それどういう意味?」

 心外だと言わんばかりの弟。自らの行いを顧みたら分かると思う。さっきまでどちらが悪逆非道な魔王か分からなかったよお姉ちゃん。

「勇者の姉よ、まだお前の名を聞いていなかったな」
「姉さんは山田花子」
「碧くんなんでそんな嘘つくの? 雫です。村瀬雫」
「シズクだな。勇者の身内として今後も付き合いがあるだろう。そうだ、我の居城に部屋を用意してやろう」
「あ、それは結構です」

 人間だろうが魔族だろうが王城に変わりない。私の求めている人生には不要。

「そろそろ帰るぞ。あちらの騒ぎも収めねばならん」

 テオバルト殿下の言葉に、攫われる直前を思い出す。魔王の襲来で派手に割れたガラスと、すぐに城を飛び出して来たという要人二人の現状では混乱必須だろう。
 というか要人二人だけで魔王の居城まで乗り込んで来たの、普通じゃない。深く考えるのはやめよう。

「サラディオ様は無事ですか?」
「大事ない」
「よかった…………この腕は?」
「? 転移に備えてだが」

 平然と腰に回された腕を凝視する。近い。なんだかいい匂いもする。いや近い。

「テオ! 姉さんはオレが支えるので大丈夫、うおっ」
「では勇者は我が支えよう」
「何するルフリウス、離せ!」

 支えるというより抱え上げるようにしてこちらへ運ばれてくる碧くん。繊細な年頃なのに軽々しく持ち上げられて可哀想に……。
 純粋なる好意だからか力づくで突き放せないでいる弟をよそに、四人の足元に光る陣が浮かぶ。

 陣の外にいるルキにまたねと口の動きだけで伝えて手を振る。泣くのを堪えるような少年の表情が意識の最後だった。





 目が覚めた時、すでに周りは落ち着いていた。

 私が攫われたことは伏せられ、あの襲撃は勇者に構ってほしい魔王が派手に遊びに来たことになっていた。現実とそう差異がないことが怖い。魔王は確実に構ってちゃんだ。

「お義姉様。こちらの果実も瑞々しくて美味しいですわよ」
「わーい……」

 あーん、と切り分けた果物を口元に差し出してくるのはこの国の第一王女様。弟の婚約者であるベティーナ様だった。

「もう元気だから一人で食べられますよ……?」
「いけませんわ! お義姉様は魔力に当てられて倒れたのですから、安静にしていなくては」

 キリッとした眉を釣り上げて王女様が主張する。
 なんと、王城へ帰りついて意識のない私を、聖女である彼女が直々に看病してくれていたのだ。
 分かるだろうか、目が覚めたら目の前に美少女がいた時の心境が。お迎えかと思った。

「ええと……そういうのは弟にやったら喜ぶと思います」

 ヘラっと笑って高貴な方のあーん攻撃から逃れようと試みる。「まぁ」と言って頬を染める様子は天使以外の何者でもない。いや、妖精という可能性もある。
 諦めてくれたのか、下げられた果実にほっと息をつく。

「わたくし、お義姉様とはずっとお話したいと思っておりましたの」
「そ、そうなんですね」

 凡人に一体何用だ。小姑の本性を暴きたいとかそういう心配? 私は無害だから安心してほしい。

 そういえば碧くんからも王女様と話してくれと言われていた気がする。あれだ、ハーレムの件。魔王に攫われる直前の弟からの呼び出しも、彼女に関することだったそう。どう切り出せばいいのかさっぱりなんだが。

「シズク様はわたくしたちと共に暮らす気はないとお聞きしました。本当ですか?」
「若い二人の邪魔はしたくありませんから」

 弟の脛かじりが嫌という話ならその通りなので、肯定した。

「その……アオバとはご姉弟でいらっしゃるのですよね?」
「はい、碧羽は私の弟ですね」
「…………血は」
「ち?」

 血の繋がりはあるのでしょうか、と、かろうじて聞き取れる音量だった。なんだろうその質問。

「もしかして、お二人は義姉弟だったり……特別な仲だったりはしませんでしょうか? 本当はわたくしが障害となっているのでは……」

 勝気な表情を翳らせて王女様は爆弾を投下した。

 碧くん、愛人問題どころかとんでもない勘違いされてるよ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

夫には愛人がいたみたいです

杉本凪咲
恋愛
彼女は開口一番に言った。 私の夫の愛人だと。

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?

曽根原ツタ
恋愛
「クラウス様、あなたのことがお嫌いなんですって」 エルヴィアナと婚約者クラウスの仲はうまくいっていない。 最近、王女が一緒にいるのをよく見かけるようになったと思えば、とあるパーティーで王女から婚約者の本音を告げ口され、別れを決意する。更に、彼女とクラウスは想い合っているとか。 (王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは身を引くとしましょう。クラウス様) しかし。破局寸前で想定外の事件が起き、エルヴィアナのことが嫌いなはずの彼の態度が豹変して……? 小説家になろう様でも更新中

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

処理中です...