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13、襲来
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「建国から第二次魔族大戦までは問題ありませんね。明日は先へ進みましょう。本日はここまで」
「フェザー先生、本日もありがとうございました」
私のお礼に合わせて横でぺこりとお辞儀するルキ。
先日から家庭教師の生徒数は二人に増えた。
◇
ルキの枷が外れた日。
弟の意外な一面にビビり倒した後、ふと気づいた。枷の外れたルキはもう奴隷ではない。つまり私は奴隷の主人ではない!
両手をあげて喜んでいると難しい顔で話し合う碧くんとテオバルト殿下がいた。ルキは呆然と重みの消えた自分の腕を見ている。
え? 喜んでるの私だけ?
「姉さんは今後、無闇矢鱈に物に触れないで」
傍若無人とも言える指示を寄越した弟は、監視役までつけた。ルキだ。
さらにはあれだけ渋っていた姉のスキル判定すら勧めてくる始末。
「テオ、次に教会へ行けるのはいつですか?」
「司祭は今夜から不在だ。追うこともできるが」
「姉に遠出はまだ無理です。では戻り次第の判定を……」
奴隷の枷は単純な力では外せないと言っていた。つまり私がに何かしらしてしまったのだろうことは想像できる。
それにしたって。
「あと二週間はおとなしくしてて。絶対に余計なことはしないように。知らない人にもついて行かない!」
身内である成人女性に対する信用のなさ。お姉ちゃん悲しい。
◇
そうして、奴隷ではなくなったルキは私と一緒に勉強することになった。この先独り立ちするための知識を身につけておくに越したことはない。
まずはルキがどの程度の実力かを図るために、私と同じ先生に会わせてみたのだが。
一般常識の備わったルキの方が飲み込みが早い。そりゃそうだ、異世界住人はみんな大先輩じゃん……。
十三歳の子に必死に食らいつく成人女性。深く考えると立ち直れないからやめよう。私が馬鹿なのではない、ルキが賢いのだ。テオバルト殿下だってそう言ってた。
「アレは教育を受けたことのある所作だ」
ここ数日、私から見たルキは控えめで礼儀正しい子だった。施設にも似たような子供がいたが、自分にはそこから教育の程度など図ることはできなかった。
そもそも教育水準からして違う。碧くんはそっちも任せてとか恐ろしい発言をしていた。
(無理はしてくれるなよ~)
考えるだけで頭が痛い。なぜかあの弟は、姉のために住み良い環境作りなどと称して権力を振りかざしているようだ。もっと自分のことを大事にしてくれないかな。
ふと、昔まったく同じ台詞を弟に言われたことを思い出した。
「シズク様、お茶の用意ができたそうです」
「様は、いらない、よ。ルキ」
「いえ、シズク様は僕のご主人様なので」
「ルキはもう奴隷じゃないでしょ」
「……僕はいらないということですか?」
赤い瞳に浮かぶ涙と哀しげに下がる眉。鼻先まであった前髪がなくなった今、整った顔立ちの少年の表情がよく見える。
散髪に抵抗があるかと思いきや、本人はあっさりと瞳を見せることを受け入れた。
(いるいる、めっちゃいるよー!)
悲しむ美少年は迷子の子犬のようだ。良心がハンマーで叩かれるような痛みで叫びたいのを堪える。
「あのね、ルキは物ではなく一人の人間だから。いるとかいらないとかの話じゃないの」
「……では必要ないですか?」
あっ賢いわこの子。
いまだに私の前以外ではほとんど口を開くことはなく、それは人に対する怯えや警戒心からと思っていた。もしかしたらそれすら意図的に?
「必要だねぇ……」
今すぐ放り出す気はないけど、なんだか悪いことをしている気分になる。依存はさせたくない。
「お互い自立できるよう勉強頑張ろうね」
「はい!」
「ということで、雫って呼んでごらん」
「シズク様!」
「おおっと」
意外と頑固かもしれない。
「失礼します、シズク様。アオバ様がお呼びです」
「碧くんが? 分かりました、すぐ行きます」
外からの伝令をメイドさんが繋いでくれる。お茶を淹れてもらったばかりなのに申し訳ない。
以前は同じフロアにあった弟の居室は、私が移動してからは階が二つ離れた。ちょっとした運動になるので用事があれば呼び出してほしいと主張しなけば、おそらく部屋から一歩も出ない生活を送ることになっていた。
「ルキ、行こうか」
手を差し出せば一回り小さなそれが重なる。移動の際は手を繋ぐこと。これも弟がルキに言いつけたこと。
あの子は姉がそこかしこの物に無遠慮に触りまくると思っているのだろうか。これは過保護とかの問題ではなくない? 心外だ。
「サラディオ様もお願いしますね」
「はっ」
テオバルト殿下からは護衛がつけられた。以前に貸してくれなかった顔見知りの近衛兵だ。縦にも横にも大きい彼を従えて進むと、自分の立ち位置を見失いそうになる。凡人(弟の判断)には居た堪れない待遇だ。
「今日もいい天気だね」
「はい」
「お布団干したら気持ちいいだろうね」
「そうですね」
階段を一つ上がった先、突き当たりにある大きな窓から明るい日が差し込んでいる。同調するルキに視線を移し、会話を続ける。
ふと、あたたかな空間が陰った瞬間。
「伏せてください!」
ガラスの割れるけたたましい音と共に力強く引き寄せられ、慌ててルキを抱えた。小さい体を抱える私に覆い被さるようにしているのはサラディオさんだろう。
一体何事!?
「これが勇者の女か」
「貴様は……っぐあっ!」
「サラディオ様!?」
聞き覚えのない声。背中にかかる重みがなくなったかと思えば、ドサっと重たい音が響く。そこに倒れているのは今まで庇ってくれていた近衛兵だった。立ち上がる様子はない。
「来い」
「ぐえっ」
逆光で表情が見えないが、そこに立つ声の主に首元を引き上げられる。まずいという本能のまま、慌てて抱えたルキを解放しようとするが、逆にしがみつく力が強まった。
「ルキ!? 離れて!」
「嫌ですっ」
「姉さん!」
階上から慌ただしい足音が響く。踊り場から碧くんの顔が覗いたと同時。
「碧く」
真っ黒い闇に包まれて意識を手放した。
「フェザー先生、本日もありがとうございました」
私のお礼に合わせて横でぺこりとお辞儀するルキ。
先日から家庭教師の生徒数は二人に増えた。
◇
ルキの枷が外れた日。
弟の意外な一面にビビり倒した後、ふと気づいた。枷の外れたルキはもう奴隷ではない。つまり私は奴隷の主人ではない!
両手をあげて喜んでいると難しい顔で話し合う碧くんとテオバルト殿下がいた。ルキは呆然と重みの消えた自分の腕を見ている。
え? 喜んでるの私だけ?
「姉さんは今後、無闇矢鱈に物に触れないで」
傍若無人とも言える指示を寄越した弟は、監視役までつけた。ルキだ。
さらにはあれだけ渋っていた姉のスキル判定すら勧めてくる始末。
「テオ、次に教会へ行けるのはいつですか?」
「司祭は今夜から不在だ。追うこともできるが」
「姉に遠出はまだ無理です。では戻り次第の判定を……」
奴隷の枷は単純な力では外せないと言っていた。つまり私がに何かしらしてしまったのだろうことは想像できる。
それにしたって。
「あと二週間はおとなしくしてて。絶対に余計なことはしないように。知らない人にもついて行かない!」
身内である成人女性に対する信用のなさ。お姉ちゃん悲しい。
◇
そうして、奴隷ではなくなったルキは私と一緒に勉強することになった。この先独り立ちするための知識を身につけておくに越したことはない。
まずはルキがどの程度の実力かを図るために、私と同じ先生に会わせてみたのだが。
一般常識の備わったルキの方が飲み込みが早い。そりゃそうだ、異世界住人はみんな大先輩じゃん……。
十三歳の子に必死に食らいつく成人女性。深く考えると立ち直れないからやめよう。私が馬鹿なのではない、ルキが賢いのだ。テオバルト殿下だってそう言ってた。
「アレは教育を受けたことのある所作だ」
ここ数日、私から見たルキは控えめで礼儀正しい子だった。施設にも似たような子供がいたが、自分にはそこから教育の程度など図ることはできなかった。
そもそも教育水準からして違う。碧くんはそっちも任せてとか恐ろしい発言をしていた。
(無理はしてくれるなよ~)
考えるだけで頭が痛い。なぜかあの弟は、姉のために住み良い環境作りなどと称して権力を振りかざしているようだ。もっと自分のことを大事にしてくれないかな。
ふと、昔まったく同じ台詞を弟に言われたことを思い出した。
「シズク様、お茶の用意ができたそうです」
「様は、いらない、よ。ルキ」
「いえ、シズク様は僕のご主人様なので」
「ルキはもう奴隷じゃないでしょ」
「……僕はいらないということですか?」
赤い瞳に浮かぶ涙と哀しげに下がる眉。鼻先まであった前髪がなくなった今、整った顔立ちの少年の表情がよく見える。
散髪に抵抗があるかと思いきや、本人はあっさりと瞳を見せることを受け入れた。
(いるいる、めっちゃいるよー!)
悲しむ美少年は迷子の子犬のようだ。良心がハンマーで叩かれるような痛みで叫びたいのを堪える。
「あのね、ルキは物ではなく一人の人間だから。いるとかいらないとかの話じゃないの」
「……では必要ないですか?」
あっ賢いわこの子。
いまだに私の前以外ではほとんど口を開くことはなく、それは人に対する怯えや警戒心からと思っていた。もしかしたらそれすら意図的に?
「必要だねぇ……」
今すぐ放り出す気はないけど、なんだか悪いことをしている気分になる。依存はさせたくない。
「お互い自立できるよう勉強頑張ろうね」
「はい!」
「ということで、雫って呼んでごらん」
「シズク様!」
「おおっと」
意外と頑固かもしれない。
「失礼します、シズク様。アオバ様がお呼びです」
「碧くんが? 分かりました、すぐ行きます」
外からの伝令をメイドさんが繋いでくれる。お茶を淹れてもらったばかりなのに申し訳ない。
以前は同じフロアにあった弟の居室は、私が移動してからは階が二つ離れた。ちょっとした運動になるので用事があれば呼び出してほしいと主張しなけば、おそらく部屋から一歩も出ない生活を送ることになっていた。
「ルキ、行こうか」
手を差し出せば一回り小さなそれが重なる。移動の際は手を繋ぐこと。これも弟がルキに言いつけたこと。
あの子は姉がそこかしこの物に無遠慮に触りまくると思っているのだろうか。これは過保護とかの問題ではなくない? 心外だ。
「サラディオ様もお願いしますね」
「はっ」
テオバルト殿下からは護衛がつけられた。以前に貸してくれなかった顔見知りの近衛兵だ。縦にも横にも大きい彼を従えて進むと、自分の立ち位置を見失いそうになる。凡人(弟の判断)には居た堪れない待遇だ。
「今日もいい天気だね」
「はい」
「お布団干したら気持ちいいだろうね」
「そうですね」
階段を一つ上がった先、突き当たりにある大きな窓から明るい日が差し込んでいる。同調するルキに視線を移し、会話を続ける。
ふと、あたたかな空間が陰った瞬間。
「伏せてください!」
ガラスの割れるけたたましい音と共に力強く引き寄せられ、慌ててルキを抱えた。小さい体を抱える私に覆い被さるようにしているのはサラディオさんだろう。
一体何事!?
「これが勇者の女か」
「貴様は……っぐあっ!」
「サラディオ様!?」
聞き覚えのない声。背中にかかる重みがなくなったかと思えば、ドサっと重たい音が響く。そこに倒れているのは今まで庇ってくれていた近衛兵だった。立ち上がる様子はない。
「来い」
「ぐえっ」
逆光で表情が見えないが、そこに立つ声の主に首元を引き上げられる。まずいという本能のまま、慌てて抱えたルキを解放しようとするが、逆にしがみつく力が強まった。
「ルキ!? 離れて!」
「嫌ですっ」
「姉さん!」
階上から慌ただしい足音が響く。踊り場から碧くんの顔が覗いたと同時。
「碧く」
真っ黒い闇に包まれて意識を手放した。
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