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11、ミックス

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「先程の子供はその制度を利用しようとしたんだろう」

 テオバルト殿下が言う。

「新しい基準を設けたっていう?」
「そうだ。不当な扱いを受けた奴隷が保護を求めることができる。一番安全な駆け込み先は教会だ」

 ただ、教会の方も保護をする環境が整っているかと言えばまだまだ。だから殿下は私が連れ帰るのを容認したらしい。

「当事者から現状確認のできるいい機会だ。悪質な商館を取り締まる口実にもなる」

「殿下は奴隷制度がなくなっても困らないんですか?」

 聞いている限り、想像以上に奴隷の存在は軽んじられているようだった。その環境下で当然と生まれ育った殿下に抵抗はないんだろうか。
 返事が来るまでにわずかな間が空いた。

「以前アオバに、私が奴隷と変わらないと言われたことがある」

 その発言にギョッとして弟を見る。とんでもない不敬を働いていた。おいそこ、目を逸らすんじゃない。

「それから思うところがあってな。元々貴族間でも意見の割れる問題ではあった。いつかは直面するものだ」
「うちの弟が大変なご無礼を……」
「気にするな」

 テオバルト殿下への印象が一気に改善された。暴言を吐かれても処罰しないなんて懐が深海並みに深いのではないか。
 高圧的な口調すら慈悲深いものに思えてーーーーはこなかった。

 再度弟へ非難の目を向けていると、部屋にノックの音が響く。

「入れ」

 殿下の許可で護衛に付き添われた子供が入ってくる。あれ、ここは誰の部屋だったか。

 さっきと変わらず、長い前髪と伏せられた顔で表情は分からないが、手入れされて艶やかな髪は綺麗な藍色だった。衣服も身の丈に合った清潔なものに変わっている。


 教会前で保護した子供は帰城の際、メイドさんに受け渡された。

 自ら面倒を見る気満々だったところ、弟と殿下から王城に合わせたプロに任せるよう言われたらぐうの音も出ない。
 城へ着いても私の服の裾を掴んだままの子供は、テオバルト殿下に何事かを耳打ちされて恐る恐る手を離した。(脅したのか?)
 何度もこちらを振り返りながらメイドさんに連れられていく様は哀れでならなかった。


「ご苦労だった。下がっていい」

 一礼して退室した護衛に意識を向けることなく、子供はずっと俯いている。
 身長のわりに痩せ細った手足にはいくつか手当ての痕がある。私が投げた際の打身とかじゃないよね……。

「おかえり。どこか苦しいところはない?」

 ゆっくり近づき目線を合わせれば、弾かれたように顔が上がった。藍色の隙間から赤い瞳が覗く。

 すごい、夕焼けみたい。
 などと見惚れていたら正面からタックルされた。

「ぐふっ」
「姉さん!」
「う、大丈夫……」

 とは言いつつも、中途半端にしゃがんだ体勢でお腹に突っ込まれては身動きが取れず、今にも崩れ落ちそうだ。

「奴隷が主人を害する気か」

 地を這うような声と共に体にかかっていた重みが消える。子供の首根っこを掴んで引き剥がしたのはテオバルト殿下だった。

 怖っ。助けてくれたのはありがたいけど幼い子に乱暴なことは、というか主人って私のこと!?

 碧くんに助けを求めようと振り返れば、正座による足の痺れで床に蹲っていた。





「落ち着いた?」

 並んで座る横から頷きが返る。ソファに移動したものの、私の袖をガッチリと掴んで離さない。
 子供はルキと名乗る以外は無言だった。

(反応してくれるだけマシだな)

 正面に座る弟と殿下からは物言いたげな視線をいただいている。

「姉さんこれからどうする気?」
「うーん……」
「ここに置くなら働かせればいい。シズクが仕事を与えろ」
「あ、やっぱり主人って私のことだったんですね」
「奴隷である以上は主人が必要だ。そうでなければ商館に戻される」
「な、なるほどぉ」

 この子の身の安全のためにも私が主人に。奴隷の主人。うう……。

「そもそもさっきのチンピラが商人なら私が盗んだことになりませんか?」
「あの商館は監査予定だから問題ない。そいつは証人として保護対象になる」

 でも奴隷のままなんだな。

 奴隷の正式な解放は、商人と主人の間で特殊な手続きと莫大な金銭のやり取りが発生するので現実的ではないという。
 ただし所有権の譲渡は比較的簡単に行える。

「こっそり解放とかできないんですか?」
「無理だよ姉さん、枷には忌々しい誓約魔法がかかってるから。それさえなければオレが引き千切ってる」
「お、おう……」

 奴隷の扱いを知ってしまっては、商館に戻すなど良心が痛むどころの話じゃない。だからといって主人になるのも抵抗しかない。
 往生際の悪い姉に、弟から冷ややかな視線が飛ぶ。

「ルキも私が主人とか困るよね~」
「………」

 無反応。頷かれても悲しいけど!

 存在を示す無骨なバングルを恨みがましげに睨む。こいつさえなければ。

「それ触ってもいい?」

 戸惑うような空気の後、おずおずと枷のはまる腕を差し出されたので遠慮なく観察する。ぺたぺた触れてみてもただ冷たいだけだ。

「なんの変哲もないバングルに見えるけど」
「諦めなよ」
「うるさいな。あれだけ反対してたのにお姉ちゃんが奴隷を従えてもいいの?」
「姉さんの場合は人命救助だから」
「大袈裟すぎるでしょ」
「いや、大袈裟じゃないよ。だってルキって」

 半分魔族だろ?

「え?」

 弟の言葉に大きく震えた体が真実だと告げていた。
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