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9、保護した子供
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護衛が私とその子を離そうとするのを引き止めて、様子を伺う。
見慣れた黒色の長い前髪で表情が窺えないものの、俯いて自身を抱きしめるように縮こまる子供にこちらを害そうとする気配はない。
手足をすっぽりと覆うような、身の丈に不釣り合いで汚れの目立つ薄い布一枚を身につけているのが妙に気になった。
裾についた赤はーーーー血?
いつの間にか近くへ戻ってきたテオバルト殿下が眉を顰めているのを見て、口を開こうとした時。
「あのガキどこへ行った!」
怒声と慌ただしい足音がその場に響く。馬車を挟んだ向こう側の道から聞こえる足音は二、三人程度のものではなかった。
再び怯えるように震えたその子はそれでも、俯いたまま動かない。息を潜めて嵐が過ぎ去るのを待つような姿に、昔の自分が重なった。
「教会に逃げ込まれたらマズいぞ、顔を覚えられてるんだ」
「敷地内も探せ! お前たちは裏通りだ、急げ!」
ガキ、教会、逃げ込む。
気づいたら目の前の子供を馬車の中に放り投げていた。勢いがつきすぎて馬車が揺れ、男たちの足がこちらへ向かうのが分かる。
振り返った先のテオバルト殿下は目を見開いていて、なんだか今日はそんな表情ばかり見ているなと思った。
このまま一緒に見ないふりをしてくれないだろうか。
いつもは意図的に逸らしている視線をこの時ばかりはしっかり合わせて、伝われとアイコンタクトを送る。説明の手間が惜しい。
まさか一国の王子が子供を見捨てたりしないよね? という非難の目の方が伝わるだろうか。
すると、徐に頷く殿下に喜ぶ間もなく、なぜか私まで馬車に押し込まれてドアを閉められた。
目と目で通じ合うのは無理だった模様。
「ちょいとそこのお方、このくらいの子供を見やせんでしたかい?」
馬車を所有するような相手だからだろうか、さっきまでの言葉遣いではない物腰の低さだが、叫んでいたうちの一人の声だ。
子供と二人揃って馬車の床に蹲るようにしていたら、触れているところから震えが伝わってくる。握り締められた小さな手を包むように力を込めた。
「貴様、誰に向かって口をきいている」
答えたのは護衛だ。
「お貴族様にはお目汚し申し訳ねぇが、私らも商売で必死でして」
「子供を探すのがか?」
「へぇ」
「ご苦労なことだ。旦那様は今まで神父とお会いになられていた。子供など知らん」
はっきりと否定したにも関わらず、やはりさっきの馬車の揺れが気になるのか納得のいかない声が続く。
「ちなみにそちらの馬車には……」
「貴様らは我が妻を見せろと?」
めちゃくちゃ低い声で驚きの内容が聞こえてきた。不機嫌全開の返答をしたのはテオバルト殿下だ。さらには舌打ちまで。
さすがにまずいと感じたのか、男が謝罪をしながら慌てて去っていく音がする。
たっぷり時間を置いて馬車の扉が開かれた。
「もういない」
「ありがとうございます……」
見ないふりの共犯どころかすべてのフォローを任せてしまった。面目ない。
なんとなく視線を彷徨かせながら姿勢を正す。子供は相変わらず俯いているが、私に合わせて身を起こしていた。支える腕からはもう震えは伝わらない。
それよりも思った以上に華奢だった。さっき放り投げちゃったの大丈夫だったかな……。
落ち着いてみると、新たな問題が浮上する。この子供をどうしたらいいのか。あの男たちから遠ざけるには、たしか。
「この子は教会に預けたらいいですか?」
多分本人も教会に逃げ込もうとしていたのだろう。私にぶつからなければあの戸口まで走り切れたはずだ。
「そうだな……だが」
だが?
「外せるのか? それを」
「え?」
指し示された先を見れば、子供が私の服の裾をぎゅっと握り込んでいた。手が白くなるほどの力強さで。
「もうさっきの人たちはいないよ。安全なところに一緒に行こう?」
怖がらせないようそっと声をかけるが、返答はない。握りしめる力だけが強まった。
どうしよう。訳ありそうな子供とはいえ、無理に教会に託していいものだろうか。この子が落ち着くまで一緒にいることも考えてみる。それでもわずかな時間だろう。
(私が自立していれば悩むこともなかったのに)
人一人保護するには現在居候の身であり身銭がない。碧くんに相談するにしても、一度連れ帰らないといけないのだ、王城に。
幸い、許可を求める相手は目の前にいる。いるのだが、なんとなく、素直に頼りたくない。
そもそも許可が降りるだろうか。
「テオバ……殿……」
覚悟を決めていざ呼ぼうにも、子供の前だったことを思い出す。変装しているのだから身バレは良くないはず。
「て、テオ様」
「なんだ」
すごい笑顔になった。久しぶりとは思えない表情筋の働きだ。
「お世話になってる身ですが、連れ帰ってもいいでしょうか? 面倒は自分で見るのでどう」
「いいぞ」
食い気味に返事をするのがこの人の癖なのだろうか。とりあえず許可を得られたことにほっとする。
「君も、私と一緒に来るのでいい?」
俯いたまま、わずかに頷きが返ってきた。
「ならばこのまま引き返す方がいいだろう。シズクのスキル判定は後日になるが」
「私は問題ありません」
「殿下!」
「構わん。教会もまだ安全とは言い難いからな。それにアオバの反応が楽しみだ。そう思わないか?」
「殿下……」
最初は嗜めるように、次に呆れるように護衛が口を挟む。
なぜそこで弟の名前が出てくるのだろう。というか今、普通に殿下って呼ばれてるのだが子供の前で。さっきの私の葛藤はなんだったんだ。
不満がありありと浮かぶ私の視線を今度こそ、青年は正しく把握した。
「王城へ連れ帰るならそのうち分かることだろう」
ド正論だった。
帰りの馬車では子供を傍に抱え、互いに支え合うようにして壁への激突を防いだ。子供は嫌がらず、むしろこちらに身を預けるようにしていたので大丈夫だろう。
物言いたげな殿下は無視した。
見慣れた黒色の長い前髪で表情が窺えないものの、俯いて自身を抱きしめるように縮こまる子供にこちらを害そうとする気配はない。
手足をすっぽりと覆うような、身の丈に不釣り合いで汚れの目立つ薄い布一枚を身につけているのが妙に気になった。
裾についた赤はーーーー血?
いつの間にか近くへ戻ってきたテオバルト殿下が眉を顰めているのを見て、口を開こうとした時。
「あのガキどこへ行った!」
怒声と慌ただしい足音がその場に響く。馬車を挟んだ向こう側の道から聞こえる足音は二、三人程度のものではなかった。
再び怯えるように震えたその子はそれでも、俯いたまま動かない。息を潜めて嵐が過ぎ去るのを待つような姿に、昔の自分が重なった。
「教会に逃げ込まれたらマズいぞ、顔を覚えられてるんだ」
「敷地内も探せ! お前たちは裏通りだ、急げ!」
ガキ、教会、逃げ込む。
気づいたら目の前の子供を馬車の中に放り投げていた。勢いがつきすぎて馬車が揺れ、男たちの足がこちらへ向かうのが分かる。
振り返った先のテオバルト殿下は目を見開いていて、なんだか今日はそんな表情ばかり見ているなと思った。
このまま一緒に見ないふりをしてくれないだろうか。
いつもは意図的に逸らしている視線をこの時ばかりはしっかり合わせて、伝われとアイコンタクトを送る。説明の手間が惜しい。
まさか一国の王子が子供を見捨てたりしないよね? という非難の目の方が伝わるだろうか。
すると、徐に頷く殿下に喜ぶ間もなく、なぜか私まで馬車に押し込まれてドアを閉められた。
目と目で通じ合うのは無理だった模様。
「ちょいとそこのお方、このくらいの子供を見やせんでしたかい?」
馬車を所有するような相手だからだろうか、さっきまでの言葉遣いではない物腰の低さだが、叫んでいたうちの一人の声だ。
子供と二人揃って馬車の床に蹲るようにしていたら、触れているところから震えが伝わってくる。握り締められた小さな手を包むように力を込めた。
「貴様、誰に向かって口をきいている」
答えたのは護衛だ。
「お貴族様にはお目汚し申し訳ねぇが、私らも商売で必死でして」
「子供を探すのがか?」
「へぇ」
「ご苦労なことだ。旦那様は今まで神父とお会いになられていた。子供など知らん」
はっきりと否定したにも関わらず、やはりさっきの馬車の揺れが気になるのか納得のいかない声が続く。
「ちなみにそちらの馬車には……」
「貴様らは我が妻を見せろと?」
めちゃくちゃ低い声で驚きの内容が聞こえてきた。不機嫌全開の返答をしたのはテオバルト殿下だ。さらには舌打ちまで。
さすがにまずいと感じたのか、男が謝罪をしながら慌てて去っていく音がする。
たっぷり時間を置いて馬車の扉が開かれた。
「もういない」
「ありがとうございます……」
見ないふりの共犯どころかすべてのフォローを任せてしまった。面目ない。
なんとなく視線を彷徨かせながら姿勢を正す。子供は相変わらず俯いているが、私に合わせて身を起こしていた。支える腕からはもう震えは伝わらない。
それよりも思った以上に華奢だった。さっき放り投げちゃったの大丈夫だったかな……。
落ち着いてみると、新たな問題が浮上する。この子供をどうしたらいいのか。あの男たちから遠ざけるには、たしか。
「この子は教会に預けたらいいですか?」
多分本人も教会に逃げ込もうとしていたのだろう。私にぶつからなければあの戸口まで走り切れたはずだ。
「そうだな……だが」
だが?
「外せるのか? それを」
「え?」
指し示された先を見れば、子供が私の服の裾をぎゅっと握り込んでいた。手が白くなるほどの力強さで。
「もうさっきの人たちはいないよ。安全なところに一緒に行こう?」
怖がらせないようそっと声をかけるが、返答はない。握りしめる力だけが強まった。
どうしよう。訳ありそうな子供とはいえ、無理に教会に託していいものだろうか。この子が落ち着くまで一緒にいることも考えてみる。それでもわずかな時間だろう。
(私が自立していれば悩むこともなかったのに)
人一人保護するには現在居候の身であり身銭がない。碧くんに相談するにしても、一度連れ帰らないといけないのだ、王城に。
幸い、許可を求める相手は目の前にいる。いるのだが、なんとなく、素直に頼りたくない。
そもそも許可が降りるだろうか。
「テオバ……殿……」
覚悟を決めていざ呼ぼうにも、子供の前だったことを思い出す。変装しているのだから身バレは良くないはず。
「て、テオ様」
「なんだ」
すごい笑顔になった。久しぶりとは思えない表情筋の働きだ。
「お世話になってる身ですが、連れ帰ってもいいでしょうか? 面倒は自分で見るのでどう」
「いいぞ」
食い気味に返事をするのがこの人の癖なのだろうか。とりあえず許可を得られたことにほっとする。
「君も、私と一緒に来るのでいい?」
俯いたまま、わずかに頷きが返ってきた。
「ならばこのまま引き返す方がいいだろう。シズクのスキル判定は後日になるが」
「私は問題ありません」
「殿下!」
「構わん。教会もまだ安全とは言い難いからな。それにアオバの反応が楽しみだ。そう思わないか?」
「殿下……」
最初は嗜めるように、次に呆れるように護衛が口を挟む。
なぜそこで弟の名前が出てくるのだろう。というか今、普通に殿下って呼ばれてるのだが子供の前で。さっきの私の葛藤はなんだったんだ。
不満がありありと浮かぶ私の視線を今度こそ、青年は正しく把握した。
「王城へ連れ帰るならそのうち分かることだろう」
ド正論だった。
帰りの馬車では子供を傍に抱え、互いに支え合うようにして壁への激突を防いだ。子供は嫌がらず、むしろこちらに身を預けるようにしていたので大丈夫だろう。
物言いたげな殿下は無視した。
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