上 下
9 / 20

9、保護した子供

しおりを挟む
 護衛が私とその子を離そうとするのを引き止めて、様子を伺う。

 見慣れた黒色の長い前髪で表情が窺えないものの、俯いて自身を抱きしめるように縮こまる子供にこちらを害そうとする気配はない。
 手足をすっぽりと覆うような、身の丈に不釣り合いで汚れの目立つ薄い布一枚を身につけているのが妙に気になった。
 裾についた赤はーーーー血?

 いつの間にか近くへ戻ってきたテオバルト殿下が眉を顰めているのを見て、口を開こうとした時。

「あのガキどこへ行った!」

 怒声と慌ただしい足音がその場に響く。馬車を挟んだ向こう側の道から聞こえる足音は二、三人程度のものではなかった。

 再び怯えるように震えたその子はそれでも、俯いたまま動かない。息を潜めて嵐が過ぎ去るのを待つような姿に、昔の自分が重なった。

「教会に逃げ込まれたらマズいぞ、顔を覚えられてるんだ」
「敷地内も探せ! お前たちは裏通りだ、急げ!」

 ガキ、教会、逃げ込む。

 気づいたら目の前の子供を馬車の中に放り投げていた。勢いがつきすぎて馬車が揺れ、男たちの足がこちらへ向かうのが分かる。

 振り返った先のテオバルト殿下は目を見開いていて、なんだか今日はそんな表情ばかり見ているなと思った。

 このまま一緒に見ないふりをしてくれないだろうか。

 いつもは意図的に逸らしている視線をこの時ばかりはしっかり合わせて、伝われとアイコンタクトを送る。説明の手間が惜しい。
 まさか一国の王子が子供を見捨てたりしないよね? という非難の目の方が伝わるだろうか。

 すると、徐に頷く殿下に喜ぶ間もなく、なぜか私まで馬車に押し込まれてドアを閉められた。
 目と目で通じ合うのは無理だった模様。

「ちょいとそこのお方、このくらいの子供を見やせんでしたかい?」

 馬車を所有するような相手だからだろうか、さっきまでの言葉遣いではない物腰の低さだが、叫んでいたうちの一人の声だ。
 子供と二人揃って馬車の床に蹲るようにしていたら、触れているところから震えが伝わってくる。握り締められた小さな手を包むように力を込めた。

「貴様、誰に向かって口をきいている」

 答えたのは護衛だ。

「お貴族様にはお目汚し申し訳ねぇが、私らも商売で必死でして」
「子供を探すのがか?」
「へぇ」
「ご苦労なことだ。旦那様は今まで神父とお会いになられていた。子供など知らん」

 はっきりと否定したにも関わらず、やはりさっきの馬車の揺れが気になるのか納得のいかない声が続く。

「ちなみにそちらの馬車には……」
「貴様らは我が妻を見せろと?」

 めちゃくちゃ低い声で驚きの内容が聞こえてきた。不機嫌全開の返答をしたのはテオバルト殿下だ。さらには舌打ちまで。
 さすがにまずいと感じたのか、男が謝罪をしながら慌てて去っていく音がする。

 たっぷり時間を置いて馬車の扉が開かれた。

「もういない」
「ありがとうございます……」

 見ないふりの共犯どころかすべてのフォローを任せてしまった。面目ない。

 なんとなく視線を彷徨かせながら姿勢を正す。子供は相変わらず俯いているが、私に合わせて身を起こしていた。支える腕からはもう震えは伝わらない。
 それよりも思った以上に華奢だった。さっき放り投げちゃったの大丈夫だったかな……。

 落ち着いてみると、新たな問題が浮上する。この子供をどうしたらいいのか。あの男たちから遠ざけるには、たしか。

「この子は教会に預けたらいいですか?」

 多分本人も教会に逃げ込もうとしていたのだろう。私にぶつからなければあの戸口まで走り切れたはずだ。

「そうだな……だが」
 だが?

「外せるのか? それを」
「え?」

 指し示された先を見れば、子供が私の服の裾をぎゅっと握り込んでいた。手が白くなるほどの力強さで。

「もうさっきの人たちはいないよ。安全なところに一緒に行こう?」

 怖がらせないようそっと声をかけるが、返答はない。握りしめる力だけが強まった。
 どうしよう。訳ありそうな子供とはいえ、無理に教会に託していいものだろうか。この子が落ち着くまで一緒にいることも考えてみる。それでもわずかな時間だろう。

(私が自立していれば悩むこともなかったのに)

 人一人保護するには現在居候の身であり身銭がない。碧くんに相談するにしても、一度連れ帰らないといけないのだ、王城に。
 幸い、許可を求める相手は目の前にいる。いるのだが、なんとなく、素直に頼りたくない。
 そもそも許可が降りるだろうか。

「テオバ……殿……」

 覚悟を決めていざ呼ぼうにも、子供の前だったことを思い出す。変装しているのだから身バレは良くないはず。

「て、テオ様」
「なんだ」

 すごい笑顔になった。久しぶりとは思えない表情筋の働きだ。

「お世話になってる身ですが、連れ帰ってもいいでしょうか? 面倒は自分で見るのでどう」
「いいぞ」

 食い気味に返事をするのがこの人の癖なのだろうか。とりあえず許可を得られたことにほっとする。

「君も、私と一緒に来るのでいい?」

 俯いたまま、わずかに頷きが返ってきた。

「ならばこのまま引き返す方がいいだろう。シズクのスキル判定は後日になるが」
「私は問題ありません」
「殿下!」
「構わん。教会もまだ安全とは言い難いからな。それにアオバの反応が楽しみだ。そう思わないか?」
「殿下……」

 最初は嗜めるように、次に呆れるように護衛が口を挟む。

 なぜそこで弟の名前が出てくるのだろう。というか今、普通に殿下って呼ばれてるのだが子供の前で。さっきの私の葛藤はなんだったんだ。
 不満がありありと浮かぶ私の視線を今度こそ、青年は正しく把握した。

「王城へ連れ帰るならそのうち分かることだろう」

 ド正論だった。



 帰りの馬車では子供を傍に抱え、互いに支え合うようにして壁への激突を防いだ。子供は嫌がらず、むしろこちらに身を預けるようにしていたので大丈夫だろう。

 物言いたげな殿下は無視した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

攻略対象たちが悪役令嬢の私を熱く見つめてきます!

夜明けのワルツ
恋愛
気がつくと友人がハマっていた大人気ゲーム 「花咲ける乙女~エンジェルパラダイス~」の中にいたアラサーOLの理紗。 ヒロインの恋の邪魔者・悪役令嬢メアリローズってキャラになっていたけど、ゲームをしていなかったからどうしたらいいのかさっぱり。 とりあえずヒロインの邪魔にならないよう振る舞うつもりが、なぜか攻略対象である設定上の婚約者が熱心に口説いてきて…。 そんなある日、偶然目にした本に自身の末路が「婚約破棄・学園追放・王子の殺害」の三つしかないと知り愕然とするのだが…? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 文章練習用のため、一話500文字台という制限を設けて作成しております。一話が短いですがご了承ください。 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 9/2(月) 追記 連載再開分「本当の婚約者」の章から文字制限を解除します。 千字未満ではありますがペースアップして進めていきますのでよろしくお願いします。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない

たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。 何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話

冷徹義兄の密やかな熱愛

橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。 普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。 ※王道ヒーローではありません

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

私は逃げます

恵葉
恋愛
ブラック企業で社畜なんてやっていたら、23歳で血反吐を吐いて、死んじゃった…と思ったら、異世界へ転生してしまったOLです。 そしてこれまたありがちな、貴族令嬢として転生してしまったのですが、運命から…ではなく、文字通り物理的に逃げます。 貴族のあれやこれやなんて、構っていられません! 今度こそ好きなように生きます!

処理中です...