7 / 20
7、家庭教師がつきました
しおりを挟む
異世界のことについて学び始めて半月。
「よく覚えられましたね。我が国の特産品ばかりではなく、周辺国の輸入品についてまでとは。さすが勇者様のお身内です」
「ははは……」
ベタ褒めしてくれる先生に乾いた笑いで返す。
覚えたのではなく、覚えざるを得なかったのだとは口に出さない。
最初はまだ良かった。社会制度や生活様式は日本と異なるものの、比較的すんなり受け入れられた。
スキルはいまだに分かっていないので魔法の使い方も分からないままだが、日常で使われている魔道具はすぐに慣れた。
そうして日常生活にも慣れた頃、次は国土の勉強をと言われ、内心青ざめた日は遠くない。
雫は地理にめっぽう弱く、数字に強かった。
なかなか覚えられない地名や場所を、特産品の売上高や交易の数値と合わせてどうにか覚えたのだ。
「このペースですと、王国史も難なく覚えられそうですね」
「……頑張ります」
雫は歴史も苦手であった。
◇
「地名? 大体美味かった食事で覚えてる」
昼食後、今日は休日だという弟が部屋を訪れた際に勉強のコツを聞けば参考にならなさそうな答えが返ってきた。体験したところで真似できるとも思わない。
「歴史はどうやって覚えたの?」
「同行の神父が旅の間ずーっと語ってた」
嫌そうに眉を顰める弟に同情した。せ、洗脳……。
「姉貴は別に学校の成績悪くなかったよな?」
「そりゃ奨学金がかかってたからね……勇者の姉が馬鹿だって噂が広まったらごめん」
「弱気だなぁ。周りから何を言われてもオレは気にしないよ」
「碧くん……!」
反抗期が来てしまった弟だが、優しいままで安心した。
部屋付きのメイドさんが用意してくれたお菓子を摘みながら気になったことを尋ねる。
「学園はどう?」
「囲まれるのが大変。まぁなんとかやってるよ」
「勇者だもんねぇ」
有名人が来たら十代の子は飛びつくよね。
「それもあるけど、第二第三者夫人にしてくれってすごい」
「ゴッフ」
お茶が変なところに入って盛大に咽せた。
「は……は!?」
「こっちの世界の貴族は愛人がいるのは普通だって。今の王様も三人娶ったらしいし」
「あお、あおあお碧くんまさかハハハハーレム……」
「大丈夫だよ、オレには反面教師がいるから」
「アッソウダネ」
十中八九、蒸発した父親のことだ。思い出してスンと冷静になる。
ろくでなしを見て育った私の弟がハーレムなんて築くわけなかったわ。お姉ちゃん反省。
「ただベティが怒らないのがちょっと気になってて……」
「えっ王女様は愛人推進派なの?」
「勧めてはこないけど、作っても仕方ない、みたいな」
「ああ~……」
価値観の違いって難しい。
「容認されても困るんだよ。姉貴どうにかしてくんない?」
「自分で言えばいいじゃない」
「オレが相手だと物分かりが良すぎるとこあるんだ」
似たもの同士だと言ったら睨まれた。
と言っても王女様相手に会話とか、無理では? しかし弟の恋路も応援してやりたい気持ちはある。
うーんうーんとたっぷり数十秒迷い、重い口を開いた。
「……王女様に今度会いたいって伝えといてくれる? 予定は合わせるから」
「ありがとう姉貴!」
碧くんの晴れやかな笑顔が見られるなら不敬の恐怖にも立ち向かうってものですよ。気が進まないけど。心底抵抗があるけど。
会話がひと段落してふたたび喉を潤し、ふと思い出した。
「そうだ、私のスキルについてなんだけど」
教会に調べに行きたいと告げる前に、オレ用事があったんだった! とわざとらしく退室していった。
「……怪しすぎる」
少し前から同じことを話題にしては避けられている。
姉のスキルなぞどうでも良いのか弟よ。このままでは就活できないんだが。
はっ!
だからか!?
「気づいたところで碧くん以外に頼れる人いないし」
「私がいるだろう」
「……テオバルト殿下、ノックしました?」
「もちろん。邪魔するぞ」
許可を取るのが遅い。
いつの間にか入室しているテオバルト殿下。
先ほどまで碧くんが座っていた向かいのソファに我が物顔で落ち着かれては文句も出ない。
王城は客室まで王族のものですか。そうですね。
この見目麗しい王子様はなぜか、度々こうして部屋を尋ねてくるようになった。
初めて弟の不在時に尋ねてきた時は何事かと思ったが、まず異世界人の保護という責任感を押し付けられた。
身分が違いすぎて直接関わるのは恐れ多いと拒絶していたら、まともに会話しない方が不敬だと遠回しに脅されたのだ。おのれ権力者め。
初めは緊張でガチガチに対応していた私も、多少の無礼は気にしない人だと分かってからは対応が雑になりがちであった。
人間の慣れってすごい。
(殿下もわざとこちらの都合ガン無視で接している節があるのよね)
権力者の高慢さといえばそうなのかもしれないが。
あの貼り付けるような爽やかな笑顔も今では皆無になった。凡人相手に取り繕うのが面倒なんだろう。
笑顔がないと途端にその美しさも相まって冷たい印象になるけど、命令的な口調ほど高圧的には感じない。
それでも私の中で殿下はすっかり苦手な人だ。もちろん当初の敵認定は外していない。
「勉学の調子はどうだ」
「優秀な人材をご紹介いただいて感謝してます」
「教師が褒めていた」
「光栄です」
今後の進捗次第でその評価が崩れないといいよねほんと。
「よく覚えられましたね。我が国の特産品ばかりではなく、周辺国の輸入品についてまでとは。さすが勇者様のお身内です」
「ははは……」
ベタ褒めしてくれる先生に乾いた笑いで返す。
覚えたのではなく、覚えざるを得なかったのだとは口に出さない。
最初はまだ良かった。社会制度や生活様式は日本と異なるものの、比較的すんなり受け入れられた。
スキルはいまだに分かっていないので魔法の使い方も分からないままだが、日常で使われている魔道具はすぐに慣れた。
そうして日常生活にも慣れた頃、次は国土の勉強をと言われ、内心青ざめた日は遠くない。
雫は地理にめっぽう弱く、数字に強かった。
なかなか覚えられない地名や場所を、特産品の売上高や交易の数値と合わせてどうにか覚えたのだ。
「このペースですと、王国史も難なく覚えられそうですね」
「……頑張ります」
雫は歴史も苦手であった。
◇
「地名? 大体美味かった食事で覚えてる」
昼食後、今日は休日だという弟が部屋を訪れた際に勉強のコツを聞けば参考にならなさそうな答えが返ってきた。体験したところで真似できるとも思わない。
「歴史はどうやって覚えたの?」
「同行の神父が旅の間ずーっと語ってた」
嫌そうに眉を顰める弟に同情した。せ、洗脳……。
「姉貴は別に学校の成績悪くなかったよな?」
「そりゃ奨学金がかかってたからね……勇者の姉が馬鹿だって噂が広まったらごめん」
「弱気だなぁ。周りから何を言われてもオレは気にしないよ」
「碧くん……!」
反抗期が来てしまった弟だが、優しいままで安心した。
部屋付きのメイドさんが用意してくれたお菓子を摘みながら気になったことを尋ねる。
「学園はどう?」
「囲まれるのが大変。まぁなんとかやってるよ」
「勇者だもんねぇ」
有名人が来たら十代の子は飛びつくよね。
「それもあるけど、第二第三者夫人にしてくれってすごい」
「ゴッフ」
お茶が変なところに入って盛大に咽せた。
「は……は!?」
「こっちの世界の貴族は愛人がいるのは普通だって。今の王様も三人娶ったらしいし」
「あお、あおあお碧くんまさかハハハハーレム……」
「大丈夫だよ、オレには反面教師がいるから」
「アッソウダネ」
十中八九、蒸発した父親のことだ。思い出してスンと冷静になる。
ろくでなしを見て育った私の弟がハーレムなんて築くわけなかったわ。お姉ちゃん反省。
「ただベティが怒らないのがちょっと気になってて……」
「えっ王女様は愛人推進派なの?」
「勧めてはこないけど、作っても仕方ない、みたいな」
「ああ~……」
価値観の違いって難しい。
「容認されても困るんだよ。姉貴どうにかしてくんない?」
「自分で言えばいいじゃない」
「オレが相手だと物分かりが良すぎるとこあるんだ」
似たもの同士だと言ったら睨まれた。
と言っても王女様相手に会話とか、無理では? しかし弟の恋路も応援してやりたい気持ちはある。
うーんうーんとたっぷり数十秒迷い、重い口を開いた。
「……王女様に今度会いたいって伝えといてくれる? 予定は合わせるから」
「ありがとう姉貴!」
碧くんの晴れやかな笑顔が見られるなら不敬の恐怖にも立ち向かうってものですよ。気が進まないけど。心底抵抗があるけど。
会話がひと段落してふたたび喉を潤し、ふと思い出した。
「そうだ、私のスキルについてなんだけど」
教会に調べに行きたいと告げる前に、オレ用事があったんだった! とわざとらしく退室していった。
「……怪しすぎる」
少し前から同じことを話題にしては避けられている。
姉のスキルなぞどうでも良いのか弟よ。このままでは就活できないんだが。
はっ!
だからか!?
「気づいたところで碧くん以外に頼れる人いないし」
「私がいるだろう」
「……テオバルト殿下、ノックしました?」
「もちろん。邪魔するぞ」
許可を取るのが遅い。
いつの間にか入室しているテオバルト殿下。
先ほどまで碧くんが座っていた向かいのソファに我が物顔で落ち着かれては文句も出ない。
王城は客室まで王族のものですか。そうですね。
この見目麗しい王子様はなぜか、度々こうして部屋を尋ねてくるようになった。
初めて弟の不在時に尋ねてきた時は何事かと思ったが、まず異世界人の保護という責任感を押し付けられた。
身分が違いすぎて直接関わるのは恐れ多いと拒絶していたら、まともに会話しない方が不敬だと遠回しに脅されたのだ。おのれ権力者め。
初めは緊張でガチガチに対応していた私も、多少の無礼は気にしない人だと分かってからは対応が雑になりがちであった。
人間の慣れってすごい。
(殿下もわざとこちらの都合ガン無視で接している節があるのよね)
権力者の高慢さといえばそうなのかもしれないが。
あの貼り付けるような爽やかな笑顔も今では皆無になった。凡人相手に取り繕うのが面倒なんだろう。
笑顔がないと途端にその美しさも相まって冷たい印象になるけど、命令的な口調ほど高圧的には感じない。
それでも私の中で殿下はすっかり苦手な人だ。もちろん当初の敵認定は外していない。
「勉学の調子はどうだ」
「優秀な人材をご紹介いただいて感謝してます」
「教師が褒めていた」
「光栄です」
今後の進捗次第でその評価が崩れないといいよねほんと。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
彼女が望むなら
mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。
リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる