上 下
3 / 20

3、恋人飛び越えて婚約者

しおりを挟む
 軽快なやり取りを交わす二人を他所に、適温になったお茶で喉を潤す。思うよりも緊張していたようだ。

(それにしても仲が良いな)

 弟は昔から持ち前の愛想で誰とでもすぐに仲良くなれる子供だった。
 自分にとっては近寄り難いと感じるこの青年に対しても、敬語とはいえ、まるで地元の学友と同じように肩を叩いて軽口さえ飛ばしている。

 そんな弟がふとこちらを向いたかと思えば、緊張気味に紹介したい人がいる、と口にした。

「紹介したい人?」

 頬が染まっているように見えるのは気のせいだろうか。わざわざ改まってのこの反応。
 まさか、先ほど姉の恋人の心配を口にしていた弟が、まさかまさか、自分こそ恋人を作っているのか、姉を差し置いて……!?

 あの反抗期らしい反抗期がなかった弟に! 正義感が強くてちょっと早めに手が出がちな弟に! まだまだ子供だと思っていた弟に彼女が!?

 鼻息が荒くなりそうなところを堪えて促せば、近くの部屋にいるから連れてくると言い置いて部屋を出た。
 青年と姉を残して。

 訪れる沈黙。

(ちょっとおおお碧くん! この状況はひどいんじゃないのおお!? お姉ちゃんがコミュ障気味なの知ってるでしょうが! ドア付近に無駄に控える人たちに該当者を呼び出して貰えばよかったと思うな!?)

 震える手を堪え、お茶を飲むふりをしながら必死に耐えるものの、斜めからの視線を痛いほど感じる。

「あの、なにか……?」

 視線を向ければにっこり微笑まれた。さっきのような圧は感じないものの整いすぎて怖い。

「姉弟と疑わぬほど似ているが、内面はそうでもないんだな」

 コミュ障をディスられた姉は密かに青年を敵認定した。

「ええ、自慢の弟です」

 嫌味なほどにっこりと、接客業で学んだ笑顔で返す。コミュ障でも仕事上なら対応できるんだぞこのヤロー。

「いや、そうではなく……」

 はっとした青年に気を向ける間もなく、ドアが開いて弟が戻ってきた。その後ろには弟よりも小柄な人影が一つ。

「美……」
 はっとして口元を手で覆う。思わず漏れた私の声は誰にも届かなかったようだ。

 連れられてきたのはオレンジがかった紅色の、波打つ髪が腰まで広がるつり目がちな美少女だった。意志の強そうな瞳は黄金だ。
 十割の偏見で言わせてもらうとすごく……ツンデレなセリフが似合いそうな勝気さがある。

 瞬きすることも忘れて目の前に並び座った二人を見た。

 我が弟はどちらかといえば中性的な愛らしさを持っているが、こうして美少女と並ぶとちゃんと男の子なんだな、と新たな発見だ。

「姉さん。こちらはベティーナ。彼女はこの国の第一王女で、一緒に旅した仲間なんだ。あと、オレの婚約者」

 空いた口が塞がらないという経験を生まれて初めてした。

 ベティーナと申します、と透き通るような、それでいてハッキリとした声色で告げられたのを遠のきそうな意識の隅で聞き取る。

「碧くん……? お姉ちゃんあまり賢くないから……情報量が多くて理解できてないのかも……ええと、紹介したい人って王女様のこと?」
「うん。王女様で、旅の仲間で、婚約者」

 オレの婚約者だよ、としっかり繰り返す弟に対して、隣の王女様が恥じらうように目を伏せた。

「お……っ」
 うじょさま。

 王政国家。身分社会。事なかれ主義の島国民族にのしかかる不敬の二文字。

「順を追ってご説明いただける……?」

 混乱のあまり弟相手に口調が乱れた。

「魔王討伐の旅にベティは聖女として同行したんだけど、帰ってきてから勇者への褒賞で彼女を婚約者に望んだんだ」

 報奨だと!? お姉ちゃんはあなたをそんな子に育てた覚えはありません!

「同意は得てるの? それ大丈夫なやつ???」
「ちゃんと事前に告白したし、彼女も同意してくれたよ」

 王女様に目を向ければしっかり頷かれるものの、まだ疑わしい様子の私に横からとんでもない言葉がかけられる。

「同意は必要か?」

 平然とのたまう青年は心底不思議そうな顔だ。

 必要に決まってるでしょうが!

 と叫びかけて思いとどまった。ここは異世界であり、自分の常識が通じる場所ではない。身分社会には政略結婚が存在するという知識もある。

「……私たちのいた場所では、一般的に必要です」

 言葉にして少しだけ冷静になる。

 自分の弟はまだ子供だと思っていたが、正義感は強い子だった。女性に無体は働かないだろう。きっとお互いが望んだものだというのが真実のはず。多分。きっとそう。恐らく。そうだよね。ね!?

「私の弟は十五歳、いや、一年経ってるから十六歳だと思うんだけど」
「こっちの世界の成人年齢も十八だから、結婚はそれ以降になるよ。姉さんも式には出てね」
「そう……」

 だいぶ疲労を感じるものの、それを隠して王女様へ向き直る。追いつかない思考でも挨拶だけはしておかねば。

「不束な弟ですが、よろしくお願いいたします」

 凛々しい目元がふわりと和らぐ彼女の笑みが、心から嬉しそうに見えたのは保身による願望だろうか。相思相愛のカップルでありますように。

 王女様は弟とはにかみ合ったあと、青年へも笑顔を向けた。

「よかったなベティ」
「ありがとう、お兄様」

 お兄様。
 おにいさま。
 オニイサマ。

 王女様のオニイサマとは。

「あれ、言ってなかったっけ?テオは第一王子だよ」

 能天気な弟の声が部屋に響いた。度重なる心労に頭を抱えた私は悪くない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない

たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。 何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

冷徹義兄の密やかな熱愛

橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。 普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。 ※王道ヒーローではありません

私は逃げます

恵葉
恋愛
ブラック企業で社畜なんてやっていたら、23歳で血反吐を吐いて、死んじゃった…と思ったら、異世界へ転生してしまったOLです。 そしてこれまたありがちな、貴族令嬢として転生してしまったのですが、運命から…ではなく、文字通り物理的に逃げます。 貴族のあれやこれやなんて、構っていられません! 今度こそ好きなように生きます!

処理中です...