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3、恋人飛び越えて婚約者
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軽快なやり取りを交わす二人を他所に、適温になったお茶で喉を潤す。思うよりも緊張していたようだ。
(それにしても仲が良いな)
弟は昔から持ち前の愛想で誰とでもすぐに仲良くなれる子供だった。
自分にとっては近寄り難いと感じるこの青年に対しても、敬語とはいえ、まるで地元の学友と同じように肩を叩いて軽口さえ飛ばしている。
そんな弟がふとこちらを向いたかと思えば、緊張気味に紹介したい人がいる、と口にした。
「紹介したい人?」
頬が染まっているように見えるのは気のせいだろうか。わざわざ改まってのこの反応。
まさか、先ほど姉の恋人の心配を口にしていた弟が、まさかまさか、自分こそ恋人を作っているのか、姉を差し置いて……!?
あの反抗期らしい反抗期がなかった弟に! 正義感が強くてちょっと早めに手が出がちな弟に! まだまだ子供だと思っていた弟に彼女が!?
鼻息が荒くなりそうなところを堪えて促せば、近くの部屋にいるから連れてくると言い置いて部屋を出た。
青年と姉を残して。
訪れる沈黙。
(ちょっとおおお碧くん! この状況はひどいんじゃないのおお!? お姉ちゃんがコミュ障気味なの知ってるでしょうが! ドア付近に無駄に控える人たちに該当者を呼び出して貰えばよかったと思うな!?)
震える手を堪え、お茶を飲むふりをしながら必死に耐えるものの、斜めからの視線を痛いほど感じる。
「あの、なにか……?」
視線を向ければにっこり微笑まれた。さっきのような圧は感じないものの整いすぎて怖い。
「姉弟と疑わぬほど似ているが、内面はそうでもないんだな」
コミュ障をディスられた姉は密かに青年を敵認定した。
「ええ、自慢の弟です」
嫌味なほどにっこりと、接客業で学んだ笑顔で返す。コミュ障でも仕事上なら対応できるんだぞこのヤロー。
「いや、そうではなく……」
はっとした青年に気を向ける間もなく、ドアが開いて弟が戻ってきた。その後ろには弟よりも小柄な人影が一つ。
「美……」
はっとして口元を手で覆う。思わず漏れた私の声は誰にも届かなかったようだ。
連れられてきたのはオレンジがかった紅色の、波打つ髪が腰まで広がるつり目がちな美少女だった。意志の強そうな瞳は黄金だ。
十割の偏見で言わせてもらうとすごく……ツンデレなセリフが似合いそうな勝気さがある。
瞬きすることも忘れて目の前に並び座った二人を見た。
我が弟はどちらかといえば中性的な愛らしさを持っているが、こうして美少女と並ぶとちゃんと男の子なんだな、と新たな発見だ。
「姉さん。こちらはベティーナ。彼女はこの国の第一王女で、一緒に旅した仲間なんだ。あと、オレの婚約者」
空いた口が塞がらないという経験を生まれて初めてした。
ベティーナと申します、と透き通るような、それでいてハッキリとした声色で告げられたのを遠のきそうな意識の隅で聞き取る。
「碧くん……? お姉ちゃんあまり賢くないから……情報量が多くて理解できてないのかも……ええと、紹介したい人って王女様のこと?」
「うん。王女様で、旅の仲間で、婚約者」
オレの婚約者だよ、としっかり繰り返す弟に対して、隣の王女様が恥じらうように目を伏せた。
「お……っ」
うじょさま。
王政国家。身分社会。事なかれ主義の島国民族にのしかかる不敬の二文字。
「順を追ってご説明いただける……?」
混乱のあまり弟相手に口調が乱れた。
「魔王討伐の旅にベティは聖女として同行したんだけど、帰ってきてから勇者への褒賞で彼女を婚約者に望んだんだ」
報奨だと!? お姉ちゃんはあなたをそんな子に育てた覚えはありません!
「同意は得てるの? それ大丈夫なやつ???」
「ちゃんと事前に告白したし、彼女も同意してくれたよ」
王女様に目を向ければしっかり頷かれるものの、まだ疑わしい様子の私に横からとんでもない言葉がかけられる。
「同意は必要か?」
平然とのたまう青年は心底不思議そうな顔だ。
必要に決まってるでしょうが!
と叫びかけて思いとどまった。ここは異世界であり、自分の常識が通じる場所ではない。身分社会には政略結婚が存在するという知識もある。
「……私たちのいた場所では、一般的に必要です」
言葉にして少しだけ冷静になる。
自分の弟はまだ子供だと思っていたが、正義感は強い子だった。女性に無体は働かないだろう。きっとお互いが望んだものだというのが真実のはず。多分。きっとそう。恐らく。そうだよね。ね!?
「私の弟は十五歳、いや、一年経ってるから十六歳だと思うんだけど」
「こっちの世界の成人年齢も十八だから、結婚はそれ以降になるよ。姉さんも式には出てね」
「そう……」
だいぶ疲労を感じるものの、それを隠して王女様へ向き直る。追いつかない思考でも挨拶だけはしておかねば。
「不束な弟ですが、よろしくお願いいたします」
凛々しい目元がふわりと和らぐ彼女の笑みが、心から嬉しそうに見えたのは保身による願望だろうか。相思相愛のカップルでありますように。
王女様は弟とはにかみ合ったあと、青年へも笑顔を向けた。
「よかったなベティ」
「ありがとう、お兄様」
お兄様。
おにいさま。
オニイサマ。
王女様のオニイサマとは。
「あれ、言ってなかったっけ?テオは第一王子だよ」
能天気な弟の声が部屋に響いた。度重なる心労に頭を抱えた私は悪くない。
(それにしても仲が良いな)
弟は昔から持ち前の愛想で誰とでもすぐに仲良くなれる子供だった。
自分にとっては近寄り難いと感じるこの青年に対しても、敬語とはいえ、まるで地元の学友と同じように肩を叩いて軽口さえ飛ばしている。
そんな弟がふとこちらを向いたかと思えば、緊張気味に紹介したい人がいる、と口にした。
「紹介したい人?」
頬が染まっているように見えるのは気のせいだろうか。わざわざ改まってのこの反応。
まさか、先ほど姉の恋人の心配を口にしていた弟が、まさかまさか、自分こそ恋人を作っているのか、姉を差し置いて……!?
あの反抗期らしい反抗期がなかった弟に! 正義感が強くてちょっと早めに手が出がちな弟に! まだまだ子供だと思っていた弟に彼女が!?
鼻息が荒くなりそうなところを堪えて促せば、近くの部屋にいるから連れてくると言い置いて部屋を出た。
青年と姉を残して。
訪れる沈黙。
(ちょっとおおお碧くん! この状況はひどいんじゃないのおお!? お姉ちゃんがコミュ障気味なの知ってるでしょうが! ドア付近に無駄に控える人たちに該当者を呼び出して貰えばよかったと思うな!?)
震える手を堪え、お茶を飲むふりをしながら必死に耐えるものの、斜めからの視線を痛いほど感じる。
「あの、なにか……?」
視線を向ければにっこり微笑まれた。さっきのような圧は感じないものの整いすぎて怖い。
「姉弟と疑わぬほど似ているが、内面はそうでもないんだな」
コミュ障をディスられた姉は密かに青年を敵認定した。
「ええ、自慢の弟です」
嫌味なほどにっこりと、接客業で学んだ笑顔で返す。コミュ障でも仕事上なら対応できるんだぞこのヤロー。
「いや、そうではなく……」
はっとした青年に気を向ける間もなく、ドアが開いて弟が戻ってきた。その後ろには弟よりも小柄な人影が一つ。
「美……」
はっとして口元を手で覆う。思わず漏れた私の声は誰にも届かなかったようだ。
連れられてきたのはオレンジがかった紅色の、波打つ髪が腰まで広がるつり目がちな美少女だった。意志の強そうな瞳は黄金だ。
十割の偏見で言わせてもらうとすごく……ツンデレなセリフが似合いそうな勝気さがある。
瞬きすることも忘れて目の前に並び座った二人を見た。
我が弟はどちらかといえば中性的な愛らしさを持っているが、こうして美少女と並ぶとちゃんと男の子なんだな、と新たな発見だ。
「姉さん。こちらはベティーナ。彼女はこの国の第一王女で、一緒に旅した仲間なんだ。あと、オレの婚約者」
空いた口が塞がらないという経験を生まれて初めてした。
ベティーナと申します、と透き通るような、それでいてハッキリとした声色で告げられたのを遠のきそうな意識の隅で聞き取る。
「碧くん……? お姉ちゃんあまり賢くないから……情報量が多くて理解できてないのかも……ええと、紹介したい人って王女様のこと?」
「うん。王女様で、旅の仲間で、婚約者」
オレの婚約者だよ、としっかり繰り返す弟に対して、隣の王女様が恥じらうように目を伏せた。
「お……っ」
うじょさま。
王政国家。身分社会。事なかれ主義の島国民族にのしかかる不敬の二文字。
「順を追ってご説明いただける……?」
混乱のあまり弟相手に口調が乱れた。
「魔王討伐の旅にベティは聖女として同行したんだけど、帰ってきてから勇者への褒賞で彼女を婚約者に望んだんだ」
報奨だと!? お姉ちゃんはあなたをそんな子に育てた覚えはありません!
「同意は得てるの? それ大丈夫なやつ???」
「ちゃんと事前に告白したし、彼女も同意してくれたよ」
王女様に目を向ければしっかり頷かれるものの、まだ疑わしい様子の私に横からとんでもない言葉がかけられる。
「同意は必要か?」
平然とのたまう青年は心底不思議そうな顔だ。
必要に決まってるでしょうが!
と叫びかけて思いとどまった。ここは異世界であり、自分の常識が通じる場所ではない。身分社会には政略結婚が存在するという知識もある。
「……私たちのいた場所では、一般的に必要です」
言葉にして少しだけ冷静になる。
自分の弟はまだ子供だと思っていたが、正義感は強い子だった。女性に無体は働かないだろう。きっとお互いが望んだものだというのが真実のはず。多分。きっとそう。恐らく。そうだよね。ね!?
「私の弟は十五歳、いや、一年経ってるから十六歳だと思うんだけど」
「こっちの世界の成人年齢も十八だから、結婚はそれ以降になるよ。姉さんも式には出てね」
「そう……」
だいぶ疲労を感じるものの、それを隠して王女様へ向き直る。追いつかない思考でも挨拶だけはしておかねば。
「不束な弟ですが、よろしくお願いいたします」
凛々しい目元がふわりと和らぐ彼女の笑みが、心から嬉しそうに見えたのは保身による願望だろうか。相思相愛のカップルでありますように。
王女様は弟とはにかみ合ったあと、青年へも笑顔を向けた。
「よかったなベティ」
「ありがとう、お兄様」
お兄様。
おにいさま。
オニイサマ。
王女様のオニイサマとは。
「あれ、言ってなかったっけ?テオは第一王子だよ」
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