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二章

番外,初夜(前)

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 無事に夜会を終えた聖女はすべての任務を達成した満足感でいっぱいであった。
 新婚初夜だと気がついたのは屋敷へ戻りふたたびマーヴィー夫人に武装を解かれる前。いまだ気合いの入った夫人にこれからが本番ですよと腕まくりと共に告げられて目を見開いた。

「これから!?」

 あれだ、いわゆる初夜ってやつだ。
 分からなくもない。自然な流れなのだろう。子供については当分考えなくていいと安心した流れで忘れていたわけではない。
 恋人ならいつかはそういう行為をするんだろうと思ってはいた。違った、もう夫だった。
 以前デロンデロンに溶かされた聖女は普通に想定していた。だってあんなことされたら考えるでしょ、健全な現代っ子だもの。草食通り越して絶食世代だと言われようが知識はあるのだそれなりに。婚約が決まってからは教育係にそれとなくこちらの事情も刷り込まれていた。
 けれどそれが今日とは思わなかった、とてもハードな一日であったので。


 まだ小学生の頃、歳の離れた従姉妹の結婚式に参加したことがある。新郎新婦は披露宴後そのままホテルに泊まると聞き、お姉さんに懐いていた幼い私は文句を垂れた。明日会えるからねと宥められて宿泊する叔母の家に俵のように連れ帰られたのを覚えている。
 その翌日、約束通り実家に顔を出したお姉さんに、集まっていた親戚のおじさんたちが下品な笑い声をあげて言ったのだ。昨夜はお楽しみだったかと。
 あんたらみたいな酔っ払いの相手で疲れ切ってんのに楽しめるわけねぇだろクソがという怒声が響き渡った。朝からどころか昨夜の披露宴からずっとお酒を飲んでいたおじさんたちは揃って正座させられていた。お姉さんは元ヤンであった。

 当時は深く理解していなかったが、あれはそういうことなのだろう。挙式当日は疲れてる。今なら分かるよお姉さん。


 初夜とは如何なるものであろうか。入籍した夜かはたまた同棲した日か。新婚旅行先とも聞く。
 曖昧な基準を悶々と考えているうちに衣装は剥ぎ取られ、湯浴みを済ませればいい香りのするなにかを塗り込まれ揉まれ、肌触り抜群の寝衣を着せられたらあとはごゆっくりと部屋を追い出された。
 ごゆっくりとは。ゆっくり休んでねという意味ではないだろう。

 このまま部屋に行ってもいいのだろうか。彼がどう考えているのかも分からない。貴族の慣習に従うことはないと常々言われているが、貴族として育った相手の常識をなかったことにするのも違うと思う。
 あまり意識しすぎても気を使わせてしまうだろう。平然と行けばいいの? 恥じらって行けばいいの? どっちが正解!?

 以前はこっそり忍び込んだ部屋の前で悩んだ。離れたところにいる夜間警備の方がこちらを伺っていたがそれどころではない。

 そもそも、マーヴィー夫人に追い出されはしたが一緒に寝る約束などしていないのでは? 暗黙の了解のようなものだと思っていたが、本当に私は今日からこちらで寝てもいいのだろうか……。
 気付かぬうちに唸っていたらしい。目の前の扉が開いてデイヴ様が顔を出した。

「遅かったな」
 来てよかったようだ。ひとまず安心した。



「鍵を開けておいたのだが」
 青年の寝室が奥の扉で自室と繋がっていることは知っていたけれど、表から出されたことですっかり頭から抜けていた。なぜです夫人よ。彼女もうっかりしていたと知るのは後日のことだ。

 気付かなかったと言えばどちらでも構わないと返ってくる。もう夫婦なのでいつでも気兼ねなく行き来できますからね。
 ーーなんて心の中で同意したが、それどころではなかった。手を引かれて部屋へ踏み入れた瞬間から心臓の音が耳まで響いている。尋常ではない脈動だ。

 寝るときの格好を初めて見たわけではない。これまでも就寝の挨拶や寝起きに廊下で遭遇したりしていた。忍び込んだあの日は今より厚手で上着も羽織っていたが、似たような開襟の寝衣だった。
 だがじっくりと正面から眺めるのは初めてだ。普段は詰められた首元がガラ空きで防御力が低い。最弱と言っても過言ではない。目が泳いだ。

 意識しすぎないようにしようだなんて到底無理なことに気づいてしまった。
 経験値が低いどころかゼロの聖女は恥じ入った。これまでも身をもって学んだはずである、知識と経験はまったくの別物であると。

 自身の挙動に不安があり、どう足掻いてもやらかす予感しかしなかったので早々に白旗を挙げた。
 目が合わせられず俯き気味に繋がれた手を引く。その指に光る銀の指輪を目に留めるたび浮き立っていた心は、もはや天井を突き破る勢いだ。

「今日はしますか、しませんか!?」
 雰囲気とか作れるわけがなかった。

 返ってきたのは無言だった。嘘でしょ泣いていい?
 さらに口を開こうとしたところで手が離され、体が宙に浮く。息を呑んで咄嗟に目の前の頭にしがみついたが、視界が悪いであろうその状態にも関わらず彼は歩き出した。膝裏と腰に回った腕にしっかりと抱き上げられながら部屋の奥へ向かえばなんと、半開きのドアを足で開けていた。育ちのいい青年が! 足で!

 向かった先、寝室へ入るのは初めてだ。だだっ広いベッドが目に入る。横向きに寝ても問題ない広さだと思ったそこへゆっくりと降ろされた。
 仰向けになったこちらの顔の両脇に手をつき、覆い被さるように片側だけ乗り上げた彼の足元からわずかに軋む音がした。

「どちらがいい?」
 どちらがいいとは!?
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