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二章

36,ばれた

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 一つ目の魔道具が外れた。すでに公国へ来てひと月が経っていた。

「痺れや怠さがない」
 腕輪の外れた左腕を確認するように動かす公子は嬉しそうだ。
 初めての治癒の際に寝込ませてしまい、その後も慎重に行なったため少々予定を過ぎてしまったが問題ないだろう。

「この調子ならあと一週間ほどで残りもすべて外せるでしょう」
「聖女様、感謝いたします」

 蝕んでいた魔障が除かれ、最近調子が良いのだと弾む声で告げられた。そこまで喜ばれるとこちらとしても嬉しくなる。

「その後どうだ」
 偉そうに声をかけるラスティン様は相変わらずだ。実際に偉いのだけれど。
「問題なく過ごしております」
「ルフレール卿と会ったと聞いたが」
 一瞬誰のことだろうと思ったが、すぐに先日の中年男性だと気づく。
「フィオレット様がご一緒でしたので直接言葉を交わすことはございませんでした」

「そうか。こちらの準備は整った。身の回りが慌ただしくなるかもしれないが、あんたの帰国には影響しないよう努める」

 証拠を握ったので取り締まるということだろうか。内情を聞かされた日以来、その話をするのは初めてだ。
「ちなみに黒幕についてだが」
「そちらは公子の治癒に関係ございますか?」
「冗談だ。あんたに口止めしていた件だが、そこの護衛くらいには言っても構わないぞ」
 シャレにならない冗談はやめていただきたい、と言おうとしてハッとした。

 黙っておけと言ったのはこの人なのに突然ベラベラ喋ると思えば、アルバートさんを顎で指してそんなことをのたまう。
 恐る恐る窺えばこちらを見る護衛の目元は険しかった。なんということをしてくれたのだこのお貴族様は。黙っていた件については慎重に伝えなければならないところをよくも、アッ昨日の仕返しか!?
 ニヤニヤしている青年に腹を立てつつ退出した。ついてこようとしたのでお見送りは結構ですと眼前でドアを閉めた。

「振られたなルー」
「その呼び方はやめろ」


 馬車に乗り込む前、ヒヤリとした声がかかった。
「カナメ様」
 帰ったらお話がございます。

 表情の消えたアルバートさんだった。




 館に戻った自室のソファにて、人払いしたグライスさんが前を、後ろをアルバートさんで固められた。扉の前にはエリーが立っている。逃亡徹底阻止の構えだ。
 アルバートさんには言っていいと言われた。だが他の二人は大丈夫だろうか。私は彼らを信じているけれど。微塵も疑っていないけれど!

「諦めて話した方がいいですよ」
「アイザックさん!」
 ノックのあと、エリーに通された彼が続けた言葉に目を見開いた。
「というかもう知ってますこの人たち」

 なんですと。

 アイザックさんは魔法以外に興味がない。ゆえに公国の事情などどうでもいいのだろう。なんということだ、お願いは初日に裏切られていた。聖女様の安全第一と言われたら返す言葉もない。

「私が隠し事しているって知られていたんですか……」
「事情が事情なのでここにいる者だけですが。公子のお命に関わると盾にされたのならば致し方ありません。あちらも安全面には十分配慮しているようでしたので」

「公子の暗殺未遂、それによる聖女様の警護強化について俺がグライスさんに話しました」
「彼から報告を受けて専属護衛とそこの侍女には私が伝えています」
 なるほど、アイザックさんはキメラについては話さなかったのか。
 他国のヤバい内情をぺろりと漏らさずほっとしたが、お叱りは免れないだろう。

「黙っていてごめんなさい」
「聖女様は国の重要人物です。こちらこそ、要請以外は公国の人間との接触を一切断つべきでした」

 きょ、極論だ……。
 自分の選択にも非があるとは反省しているが、私の性質をあまり知らないグライスさんがこんこんとお小言を続けるため、背後のアルバートさんからは憐れみの視線を感じる。アイザックさんは飽きて外を見ていた。


 尊いお立場である自覚を云々、幼な子に言い聞かせるように語る彼の言葉を受け止めていると、部屋に響いたノックの音にそれは途切れた。
 グライスさんに指示を仰いだエリーが扉を開ければ、そこにいた人物に私以外の人が身構える。

「ラスティン様?」
 迎賓館とはいえ、ここに来るまでは王国の護衛や魔法士が控えている。直接聖女の滞在する部屋へ一人辿り着くのは不自然だ。

「どこから入った」
「正面から」
 そう答えた青年が懐から取り出した懐中時計のようなもの。魔道具だろうか。

「認識阻害の……!?」
 へーこれが、などという感想を言える空気ではなかった。先程入ってきた時よりも周りの警戒心が上がっている。完全なる不法侵入だが、当の本人はまるで気にしていなさそう。温度差がすごい。

「まぁ落ち着け。私は話をしにきただけだ」
 ならば正式な手順で訪問すればよかったのではないだろうか。場違いにも少々呆れた。

「とりあえずその剣を下ろしてくれないか、危害を加える気などない」
「我々としては聖女様を巻き込んだ方のお言葉を鵜呑みにするわけにはいきません。どのようなご用件でしょうか」

「王国にとっても悪い話ではないと思うが。そこの護衛はフェイル家について調べていたのだろう?」

 その言葉はアルバートさんに向けられていた。

「フェイル家は聖女様の情報を王国貴族から受け取っていた者です。俺は国からの指示でその流れを調べていたのですが、なぜあなたがそれを?」

 一人だけ話題についていけない私に説明してくれたあと、アルバートさんは青年に尋ねた。

「だが調べるうちに違う情報も入ってきた。アウタイン王国では禁止されている魔道具の流出元だ。違うか?」
「そこまで……」
「こちらは数ヶ月も前から奴らを張っている。目的以外の情報も入るさ。この魔道具もその際に入手した」
 懐中時計型のそれを掲げて言う。調べていたということはつまり。

「フェイル家は公子の暗殺未遂にも関わっている。大事な時期にあんたたちにこれ以上勝手に動いてもらうわけにはいかない」
「しかし!」
「密輸については後ほど公国で取り締まろう。聖女の情報に関しては……すでに流れたものは諦めろ。その程度の罪状で引き渡すには軽すぎる」
 私自身の情報は構わないけど召喚は国の機密だからなぁ。

「王国との和平には公子が必要だ。情報操作などいくらでもできる。生きていればな」
 そのためにも異分子は残らず捕縛せねばならない。

「あんたたちがすべき事は聖女様を無事国へ帰すことだけだ」



 懐中時計のような魔道具をふたたび懐へしまう前、青年に尋ねられた。

「あんたはこれをどう思う?」
「……危険ですね」
「認識を改めたようでなによりだ」
 ただの便利な隠密道具ではない、怪しまれることなく敵地へ忍び込める。犯罪に使えてしまうなんて想像もしなかった。まさか、それを私に知らしめるためだけに不法侵入したというのか。
「聖女様は相当平和なお国からいらしたようだからな」

 ぐぬぬ。言い返せない。




 彼とはまだ話があるというグライスさんたちが部屋から出て行った後。

「取り締まるとは言っても、公国に任せれば王国側の関係者は逃してしまうかもしれないわね」
「そうなの?」
「彼らにとっては公子が第一だもの。時間稼ぎをされたら小さな罪状など突き詰めずに首を落とすでしょう」
 ひぇ。生々しさにゾッとする。

「カナメのいた世界だって犯罪者は裁かれるでしょ?」
「そうなんだけど……手順と早さと方法がだいぶ違うかな……」
 なにせ平和ボケと言われる島国出身であり先程も皮肉られたばかりだ。

「まぁ治癒もあと一週間ほどっていうじゃない。カナメはそれだけに集中していればいいわ」
 公国を出るまでは気を抜けないけれど、王国に入ってしまえば安心よ。
「そうだね」
 政治も無法者も自分にどうにかできる問題ではない。おまけにここは他国。私はただ、親しい人の無事を祈るだけだ。
(アルバートさんが調べてるってことは、近衞のデイヴ様も関わってる案件なのかな)
 あちらにも危険はないといい。



 そう話していた数日後、公子の三つ目の魔道具を外した日の夜。私は人攫いにあった。

 聖女には直接手を出してこないと言ったのは誰だったか。
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