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一章一部

11,旅のおわりに

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 この状況を把握できるが理解できない。
 約一月ぶりに会った青年に抱え込まれるようにして抱きしめられている。いや、これはしがみつかれている……?

 周りには助けを求められる人気はない。彼が動く気配もない。結構な力が込められているので頭や腕は微塵も動かせない。お手上げだった。




 国境地で思わぬ引き留めにあった後、一月と数日ぶりに王都へ戻った。
 国王様も王妃様も心からの安堵を浮かべた。前線へ出たことにいい顔はされなかったけれど、魔法士の方々がフォローしてくれて、やや強引に納得させていた。最高権力者に向かってすごい。

 労われ、話がしたいとプライベートスペースへ招かれた。国王様と王妃様、そして十九歳になる第一王子殿下。第二王子は私がこちらへ呼ばれる以前から遊学中で、いまだに会ったことはない。
 王族がお揃いになるということは、この国の重要機密でも聞かされるのだろうか。及び腰になった。

 元々、私が心配するほど貴族の反発はなかったらしい。一部の保守派が聖女を留められないのならば実力行使で、と不穏な動きを見せていたくらい。拍子抜けしたが、聖女召喚についての事情を聞けば納得した。

 およそ百年の周期で行われる召喚儀式。前回、前々回の聖女様はこの国に留まらなかったそうだ。あらゆる手を尽くしても駄目だったのだと。むしろそれが悪手だったと国内で揉めに揉め、今代の聖女様である私は穏やかな統治者とご時世の影響もあり、たいそう大事に扱われていた。

 つまり聖女様としてこの国に根付くことへの反発は皆無だそう。かのご令嬢のような個人的な感情はともかく。
 聖女様への助力は求めるが、国のために犠牲にする気はないので安心してほしいと言われた。正確には犠牲にさせないでくれ、だった。そこまで無鉄砲ではないが居た堪れない気持ちになった。

 ではなぜ宰相閣下がこちらの言い分に納得したのかというと、求心力を増し大々的に公表するいい機会だったという。
 パフォーマンスか。力が抜けた。

 改めて今回のことを労われ、歓迎すると表向きではない柔らかい笑顔で迎えられ、その時やっとこの国の人間になれたようだった。
 王妃様が茶目っけたっぷりに「これでようやく言えるわ。うちの子はどうかしら」などと勧め、私以上に国王様が慌てていたが、しどろもどろにお慕いしている方がおりますのでとお断りした。王族ジョークはタチが悪い。真っ赤になった私を満足げに見る王妃様は、母親の姿だった。

 昼食を共にし、別れた後はエリーの待つ自室へ向かう。護衛はいつものアルバートさんだ。えも言われぬ安心感。
 ちなみに友人へのお土産は地域特産の宝石をあしらった髪飾りにした。彼女の綺麗なブロンドヘアーに映えると思っただけで、断じて恋人に対抗したわけではない。渡すのが楽しみだとウキウキ部屋に戻った私を待っていたのはなぜか、焦った様子でも本日も麗しい氷刃の貴公子様だった。そうして口を開く前に抱え込まれた。



 なぜこのようなことに。
 帰城後すぐに無事を伝えたし、宰相様へは早馬で情報がいっていた。それなのにわざわざ仕事を抜けて会いに来てくれたのだろうか。
 先程ドアを開けてくれた護衛も部屋に控えているはずの侍女も見当たらない。完全なる二人きりだった。

「デイヴ様……」
 呼びかけはほとんど彼の制服に吸い込まれてしまった。しかし耳には届いたようで、勢いよく肩を掴まれ距離が開く。
 途端に顔や頭を彼の手が往復し、全身に視線を巡らせている。
「本当に怪我はないのか?また隠しているんじゃないか」
 前科があるので信用がない。たしかにかすり傷や打身を放置したことはあったけど、以前のその傷の場所であろう首元や腕をしっかりと確認され、自分のことを事細かに把握している青年に面映い気持ちになる。
 私はとても大事にされていた。

 ないと言っても確認を怠らないデイヴ様には納得いただくまで思うようにしてもらうしかない。美人に入念に全身チェックされもはや自棄っぱちだ。

 しばらくして納得した彼は安心したように息を吐き、今度はやんわりと腕に抱え込まれる。

 待って待って、抱きしめる必要性とは。先程は出会い頭の事故のようなものだと自分を納得させていたのに、突然の抱擁に心臓が過重労働気味だ。頭に頬を寄せられて耳元に口が当たる。美形の過剰摂取は命に関わりますから気をつけて! あわや殺人未遂ですよ!

「戦地になど行ってほしくなかった。でもカナメがこの国の民になりたいからと言われたら反対などできない」

 待っている間ずっと生きた心地がしなかったと言われた。行くことを告げた時のむっつり黙り込みはそのせいだったのか。彼が危ない場所へ行くことを思えば私だって、たしかに心配だし不安にもなる。なると思うが側頭部にかかる息に集中してしまい深く思考できない。私は今この瞬間が生きた心地がしないとは口が裂けても言えない。

「自分の目が届かず守れないところへ行かれるのは怖い。あなたの自由を奪う気はないが、できればずっとそばにいてほしい」
 羞恥に耐え、じっと耳を傾けているがこれはもはやプロポーズなのでは? 自惚れてしまう。この腕の中なら囲われるのもやぶさかではない。

 自分も彼と離れるのは心細かった、ずっと身も心も守ってくれてありがとう、伝えたいことはたくさんあったけど。

 印象よりも逞しい背に腕を回してデイヴ様、と呼びかけた。顔を上げた彼にしっかりと目を合わせる。

「好きです。私と結婚してください」

 真白の頬が徐々に染まる様も美しい。遠目に見るだけでは分からなかった、血の通った彼の魅力は止まるところを知らない。

 やっと言えた満足感と視界の幸せに浸っていると、それは俺の台詞なのだが、と唸るように言われた。変わった一人称にとうとう愛しさが溢れてしまった。うわ、好き。





 果たして、異世界召喚されたメンクイ聖女はお気に入り騎士様を籠絡していたのかされていたのか。
幸せを前にそれは些細な問題である。



 改まった私の話を婚約破棄だと思っただとか、彼の部屋で見覚えのあるハンカチを見つけたりしたのはまた後日の出来事だ。



終わり
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