ケモノ

1.大切な人

　「ここで起きた事、それはね、僕の姉、お姉ちゃんの投身自殺だよ」
少女が口を開け僕の方を見てくる。
「今日、ここにきた理由も、お姉ちゃん絡みのことで来たんだ。ほら」
僕は、近くに落ちている花束を指差す。
「で、君は何故飛び降りようとしたんだい？」
その質問にその少女は、口を紡ぎ何も語ろうとはしなかった。
　「まぁ、いいや。とりあえず僕に着いてきて。見ず知らずの人について来たくないと思うけど、ちょっと我慢して僕について来て」
少女は少し納得したように首肯する。
「よし、じゃぁ、パパッと僕は用事を終わらせるからここでちょっと待ってて。絶対にもう一回飛び降りようとか考えないでね」
そう言って僕は、落ちた花束を手に取り、屋上の片隅の線香の燃えかすが溜まっている近くに、花束を置く。
「じゃ、行こうか」
　僕は少女に手を差し出し、廃ビルを去る。
　僕たちは、暗い夜道を、街灯頼りに歩く。
「そういえば、君、名前は？」
僕の質問に、
「芦澤　雪アシザワ　ユキ」
そう答える少女、
「じゃぁ、雪ちゃん。何か食べたいものある？」
雪ちゃんは、首を横に振り、否定の意を示す。
「そっか、じゃぁ、適当なファミレスでも行こっか」
僕の言葉に首肯をする雪ちゃん。僕はポケットからスマホを取り出し、近くのファミレスを検索する。
「あちゃー」
そう言いながら、検索結果を雪ちゃんに向ける。そこには営業時間外の字が、ずらりと並んでおり、近くのファミレスが軒並みしまっていることを示していた。
「今日、休日だったね。仕方ないからご飯は、僕の家でもいい？」
おずおずと首肯する雪ちゃん。

　「ただいま～」
豪快に扉を開けながら僕が言う。
「お邪魔します」
ゆきちゃんは僕とは対照的に、丁寧に一礼しながら、部屋に入る。
「そっちがお風呂場だから。手を洗って奥の部屋で待ってて」
僕は、扉を指差し、台所を目指す。
「んー、何を作ろうかな～」
冷蔵庫を開けると、
「ありゃりゃ～、大丈夫かな？これ」
食べ物が異様に少なかった。
　僕は、近くにかけてあるエプロンを身につけ、収納引き出しから包丁やまな板などの、調理器具を取り出し、軽快な音と共に調理を始める。
「あの、私に何かできることはありますか？」
台所のカウンターからひょっこりと、顔を出して言ってくる雪ちゃん。
「ゆっくり椅子に座って待ってて、貴方はお客さんなんだから」
そう言うと、少し不服そうに椅子に座る雪ちゃん。
　そうして僕は、料理を作り終える。
「さぁ、今晩のメニューは『納豆キムチ』、『豆腐のみお味噌汁』、『きゅうりのお漬物』よ。たっぷりお食べ」
「こんなに貰っていいんですか？」
「いいよ、いいよ、たっぷり食べてね」
いただきます、そう2人で手を合わせて食べ始める。静かな食事時間が過ぎてゆく。
「ねえ雪ちゃん」
その静寂を破ったのは、私だった。
「なんですか？」
「雪ちゃん、ご両親は？」
ピタリ、雪ちゃんの食べ進める手が止まる。
「両親は、亡くなりました。私がまだ幼い頃に、交通事故で亡くなったそうです」
「そっか、ごめんね。辛かったね」
「同情ならいりません。今は施設の兄弟も居ます。両親がいない事はべつに不幸なことだけではないので」
そう、冷ややかに言葉を紡ぐ雪ちゃん。
「同情とかじゃないよ。僕も似たようなものだし」
「どういう事ですか？」
僕は、僕の昔話を始める。
「そんな事が」
「こーんな辛気臭い話は吹っ飛ばしてご飯食べよ？」
　そうして2人が食べ終わり、少しゆっくりしているところで僕はとある提案をする。
「ねぇ、雪ちゃん。ゆきちゃんが良ければだけどーーーー」