上 下
30 / 32

30話 聖炎

しおりを挟む

「どういう、こと……?」

 この、他人を操る能力にセイマネは絶対の自信を持っていたみたい。
 だったら動揺してる今がチャンス! 一気に終わらせる!

 私だけが操られないこの状況、活かさない手はない……!

「う、あああああああああああ!!」

 私に絡みつく糸はアンクが弾いてくれて、みんなに纏った糸は炎が焼き焦がす。

 もう、なりふり構ってられない。
 この体ひとつで、セイマネに飛びついていた。

「ノルくんは確かにすごく魅力的だよ!! でも、あなたが独占していい理由になんてならない!」
「独占なんて……! 私はただ、ノーブルくんには変わらないでいてほしいだけで……!」
「気持ちはわからないでもないけど、人と触れ合ってノルくんの違った顔が見られるんだよ!? そういうところも喜べるようになったら、もっと楽しいはずだよ!?」

 オタク、って単語が通じるかはわからないけど。
 私の気持ちが少しでも届いてほしい。
 自分の考えを押しつけたい、とかそんなことじゃない。
 もっと、その奥の──

「──え!?」

 杖を振り下ろした瞬間、セイマネの姿が消えた。
 それと同時、彼女の姿は私の背後へ。
 そのまま流れるように、私の体を一瞬で拘束してしまった。 

 ……っ! 完全に、油断した……!
 今までセイマネは糸を使って他人を操って戦ってた。
 それは、自分が接近して戦うのが苦手だからと、勝手に思ってた。
 まさかそれすらも、この状況に持っていくための布石だったってこと……?
 本当、どこまで考えるてるんだか……!

「どうせ最後ですからね。あなたには全部話しておきますよ」

 セイマネが、言葉を放つ。
 今は圧倒的に彼女が有利な状況。
 いつでもとどめを刺せるからこそ、あえてこの選択をしたってことなのかな。

「私のこの力は、生まれついてのもの。なんで普通の魔法じゃなくて、こんなに変な力があるんだって。何年も、何度も苦しみました。そんなとき、ノーブルくんの姿を見たんです。一生懸命が頑張る姿が、本当に輝いていました。どんなことが起きても、笑顔でピンチを跳ね返すノーブルくんが、本当に眩しかった」
「それじゃあ、ノルくんを傷つける理由にはならないでしょ……!? なんで、こんなことを……!」
「違うんですよ。ノーブルくんに救われた気持ちと同じくらい、彼に特別な感情を向ける人たちを嫌悪する気持ちが強くなったんです。理屈じゃなくて、心の深いところで否定してるんです。その苦しみから逃れられる方法が、これなんですよ」

 ──だから終わらせる、と。
 理由はわかった。この子も、この子なりにノルくんに魅せられたファンのひとり。
 でもやっぱり、その在り方は歪んでる。

 だけど、セイマネの気持ちは痛いほどに伝わってくる。
 私だって、この子みたいな時期があったもん。
 自分との推し被りに苦手意識を持っちゃう──いわゆる同担拒否ってやつ。
 
 そのときは、自分と同じ人を友達や知り合いが推してる、ってだけで本当に辛かった。
 でも、あるとき気がついたんだよ。
 たくさんの人に囲まれてる推しは、もっと輝いて見えるんだって。
 変わることは怖いことかもしれないけど、一歩踏み出したら新しい世界が見えるんだって。

 意識して、世界が変わった気がした。
 苦しんでたあの頃から、抜け出せた気がした。

 同じ道を歩んでるからこそ、放っておけない。
 アニメでノルくんにしたことは許せないけど、それはノルくんのことを想えばこそ。
 好きな気持ちが暴走した結果なんだよ。

 アニメではその気持ちのやり場がなくてあんなことになったけど、今は違う。

 ──最悪の未来を変える。そのために、私がここにいるんだ。
 同志に、間違った道は進ませない。
 絶対、ここで止めてみせる……!

 ただ押しつける、じゃこの子の価値観を塗り潰して否定することになっちゃう。
 だからほんの少しでいい。新しい可能性に気がつけるきっかけにさえなれば、それで──!

「それでも! ノルくんの命を奪ったら、なにもかも終わりじゃない! 全部なくなって、あなたは平気でいられるの!?」
「私の中に、綺麗な思い出だけがあれば構いません。それ以上はなにもいらない、私がノーブルくんを守るんです」

 最後の言葉を告げた直後。
 セイマネが、私を拘束する力を強めた。
 関節が軋んで、呼吸も難しくなる。

「ぐ……あっ……」

 これじゃ、魔法も唱えられない。
 こんなところで止まるわけにはいかないのに……!

「コヤケさん……! やっちゃってください……!」

 グラさんの言葉を聞いたと同時。
 私の体を、熱いなにかが駆け巡る感覚がした。
 
 グラさんがこのタイミングで声をかけてきたのは、この状況をひっくり返せるなにかがあるからこそ。
 最適なバフをかけてくれたってこと。でも、みなぎる力はまだじゅうぶんに巡りきってない気がする。

 こんな絶対にミスができない状況で、グラさんがそんなに中途半端なことをするわけない。
 今このバフをかけてくれたってことは、私のことを信頼してくれるってことだよね。
 さっき、私の肩に触ったときにバフチャージインパクトをかけてくれたんだ。

 ──これなら、いける!
 
「う、ああああああああ!!」

 力の限り、体を動かす。ただ、それだけ。
 でも、セイマネの拘束を振りほどくにはじゅうぶんすぎた。
 二、三度地面を転がったのち、セイマネは睨みながら立ち上がる。

 当然、これだけでどうこうなるなんて思ってない。
 あくまでも、きっかけに過ぎない。
 今のこの子に必要なのは、本当の意味での心の救済。
 そのための、ね。
 
「ねえ、セイマネ」

 それはきっと、力でおさえつけるだけじゃなにも解決しない。

「本当に苦しいよね。今の話を聞いて、あなたの姿を見てたらよくわかった」
「なんです、いきなり……? あなたになにがわかるんです……!?」
「確かに、100%はわからないかもしれないよ? でもね、私も似たような道を通ったから、その気持ちに寄り添うことはできるよ。それに、その苦しみから抜け出せる方法を知ってる。もちろん、大事な推しを傷つけないで済むやり方をね?」

 一瞬、セイマネが目を見開いた。
 同じオタクだからこそ、通じるものがあったのか。それとも、さっきまで私が言ったことが少しでも響いてくれたからなのか。
 なんにしても、これで彼女を助ける道が見えてきた。

「ね。その気持ち、一回私に預けてみない?」

 私の問いかけに、セイマネが静かに目を閉ざす。
 ノルくんからもらったアンクに、グラさんにかけてもらったバフ。
 そして、ヒイロちゃんからもらったこの力で──

聖炎純癒シャイニングフレア

 全てを癒し、浄化する聖なる光。
 今まで放ってきた荒々しい炎の魔法とは違う、まるで真逆の光。
 私たちの周りを、真っ白な光が包み込んだ。

 それと同時。
 セイマネはひどく穏やかな表情を浮かべ、花をつくほどに強まった花の匂いもすっかり落ち着いていた。
 糸が解け、色鮮やかな魔力の粒子が宙を舞う光景は、まるでお花畑みたいで。
 頬を伝う涙は、今まで積み重ねてきた苦しみごと、彼女の心を洗い流してるみたいだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました

あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。 どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

転生したら大好きな乙女ゲームの世界だったけど私は妹ポジでしたので、元気に小姑ムーブを繰り広げます!

つなかん
ファンタジー
なんちゃってヴィクトリア王朝を舞台にした乙女ゲーム、『ネバーランドの花束』の世界に転生!? しかし、そのポジションはヒロインではなく少ししか出番のない元婚約者の妹! これはNTRどころの騒ぎではないんだが! 第一章で殺されるはずの推しを救済してしまったことで、原作の乙女ゲーム展開はまったくなくなってしまい――。    *** 黒髪で、魔法を使うことができる唯一の家系、ブラッドリー家。その能力を公共事業に生かし、莫大な富と権力を持っていた。一方、遺伝によってのみ継承する魔力を独占するため、下の兄弟たちは成長速度に制限を加えられる負の側面もあった。陰謀渦巻くパラレル展開へ。

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます

みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。 女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。 勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。

孤独な腐女子が異世界転生したので家族と幸せに暮らしたいです。

水都(みなと)
ファンタジー
★完結しました! 死んだら私も異世界転生できるかな。 転生してもやっぱり腐女子でいたい。 それからできれば今度は、家族に囲まれて暮らしてみたい…… 天涯孤独で腐女子の桜野結理(20)は、元勇者の父親に溺愛されるアリシア(6)に異世界転生! 最期の願いが叶ったのか、転生してもやっぱり腐女子。 父の同僚サディアス×父アルバートで勝手に妄想していたら、実は本当に2人は両想いで…!? ※BL要素ありますが、全年齢対象です。

転生したら唯一の魔法陣継承者になりました。この不便な世界を改革します。

蒼井美紗
ファンタジー
魔物に襲われた記憶を最後に、何故か別の世界へ生まれ変わっていた主人公。この世界でも楽しく生きようと覚悟を決めたけど……何この世界、前の世界と比べ物にならないほど酷い環境なんだけど。俺って公爵家嫡男だよね……前の世界の平民より酷い生活だ。 俺の前世の知識があれば、滅亡するんじゃないかと心配になるほどのこの国を救うことが出来る。魔法陣魔法を広めれば、多くの人の命を救うことが出来る……それならやるしかない! 魔法陣魔法と前世の知識を駆使して、この国の救世主となる主人公のお話です。 ※カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

転生した悪役令嬢は破滅エンドを避けるため、魔法を極めたらなぜか攻略対象から溺愛されました

平山和人
恋愛
悪役令嬢のクロエは八歳の誕生日の時、ここが前世でプレイしていた乙女ゲーム『聖魔と乙女のレガリア』の世界であることを知る。 クロエに割り振られたのは、主人公を虐め、攻略対象から断罪され、破滅を迎える悪役令嬢としての人生だった。 そんな結末は絶対嫌だとクロエは敵を作らないように立ち回り、魔法を極めて断罪フラグと破滅エンドを回避しようとする。 そうしていると、なぜかクロエは家族を始め、周りの人間から溺愛されるのであった。しかも本来ならば主人公と結ばれるはずの攻略対象からも 深く愛されるクロエ。果たしてクロエの破滅エンドは回避できるのか。

処理中です...