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26話 凶刃と失意と差し伸びる手

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 ノルくんとリーゼンが前に出て戦い、バドさんとグラさんが後方支援。
 前衛のメンバーが傷ついたら、後ろに控えたメンバーがスイッチして形成を整える。
 魔法が使える人たちは、隙を見てありったけを叩き込む。

 みんなで連携するのはこれが初めて。
 でも、ちゃんと形になっているのはこの危機的な状況がそうさせてるのかも。
 
 それでも──

「くっそ……!」

 ラクシャサは、ノルくんの剣を余裕で捌いて、リーゼンの槍もかわす。
 さらに斬撃を飛ばして、遠距離から支援してるメンバーにまで攻撃を加えてきた。
 楽な戦いにならないとは思っていたけど、本当にツラい……!

 私たちが消耗しているなかで、相手は万全。
 そもそも、はじまった時点で私たちにとって不利な状況、ってことには変わりなかったんだ。
 なんとか、サグズ・オブ・エデンのメンバーと交代したけど、ノルくんの表情には疲労が色濃く浮かんでた。

「やっぱり強いな、全然剣が通らない」
「流石はユナイトダンジョンのボス、と言ったところですかね。……まさか、あのノーブルがここでギブアップですか?」
「誰が怖気づいてるって。俺はまだやれる」
「それだけ反抗できたらじゅうぶんですね。すぐに治療を済ませますから」

 震える体で、ノルくんが立ち上がる。
 治癒魔法は傷を癒してくれるけど、体力まで回復してくれない。
 そして、何度も治癒が施された体には相応の負荷がかかる。

 だけど、グラさんがかけた軽口のおかげで、ノルくんの体にはほんの少しだけ頑張る勇気が注がれた。
 そのほんの少しが、どれだけ支えになってるか。

「よし、行ってくる!」
「おうさ! ボウズ、気張っていこうぜ!」
「はい!」

 短いやりとりを交わし、ふたりが再び前へと出る。
 ノルくんの顔を見ればわかる。まだ、一ミリも諦めてないって。
 どれだけツラくても、剣を振る手だけは止めないぞって。
 
「コヤケさん!!」
「ええ!」

 だからこそ、私が状況をひっくり返す。この力で。
 ずっと練り上げていた魔力を、一気に開放する。

暴焔ランペイジフレイム!!」

 巻き上がる紅蓮は、いつも以上の冴えで周囲を焼き尽くす。
 グラさんと、バドさんのバフを受けてるんだもん。

 体も、普段以上の出力だからビリビリ痺れる。
 本気以上の本気。完全に決まったんだから、少しは効いてよね?

「まだ足りねえってか? どんだけタフなんだよ……」

 思わず、バドさんが零す。
 さっきまで私が魔法も、サグズ・オブ・エデンのみんなが放った魔法も。
 隙に差し込んだ一撃は、決定打には至ってないみたい。
 
 煙から現したその姿には目立った傷は見られなかった。
 もともと、魔法に対しての耐性があるのかもしれない。

 それに加えて、あの刀。
 魔法を斬る能力があるみたい。
 斬撃を飛ばして魔法を打ち消す使い方もしてたし、本当に厄介。
 さっき私が放った魔法も、あの刀で斬って威力を抑えたんだろうね。

「まあ、でもよ。奴さん、流石にちったあダメージがあるみたいだぜ」
「ほんと、ですか……?」
「ああ、すこーしだけどな。あいつ、動き鈍くなってんぜ」

 それでも、私たちの攻撃は少なからず届いてたみたい。
 私にはわからないけど、歴戦の冒険者のバドさんが言ってるんだもん。
 気休めだったとしても、確かな変化。
 このまま押し込んでいけば、あるいは──

「ノーブル、リーゼンさん! スイッチ!」

 グラさんの合図で、ふたりが一旦下がる。

 瞬間、スイッチのタイミングに合わせてラクシャサが迫ってきた。
 今までにないほどに疾く、そして鋭く。
 ゆっくりした動きで今まで立ち回ってたから、余計にそう感じさせるのかも。

 一瞬。ほんの一瞬、力が抜ける瞬間を狙ってきたんだ。
 いったい誰を?

 前衛の要、ノルくん? 支援の柱、バドさん?
 それとも、頭数を減らしにくるの……?

「え……?」

 周りにいる人たちには目もくれず、一直線に私の方へやってきた。
 可能性ならあったのに、なんで気がつけなかったんだろう。

 ダメージソースとして、機動力が劣っている私を真っ先に潰したいのはむしろ自然な考えだった。
 
 でも、どうしよう……。
 溜めた魔力を魔法に変換しようにも、接近を続けるこの状況だとみんなを巻き込んじゃう。

 ラクシャサが、この日一番の速度で私へ向かってきた。
 凶刃はもう、目と鼻の先。
 あと数秒も経たないうちに、この体を斬り刻まれるんだと思う。

 絶対に避けられないこの状況で──

「コヤケさん、後のことは任せましたよ」

 やけに穏やかなグラさんの顔が、目に焼きついて。
 私の体は、思いっきり後ろに飛ばされた。

「グラフィィィィィス!!」

 ノルくんの叫び声と、鮮血が宙を舞ったのは同時だった。

「グラフィス、グラフィス……!」

 ノルくんが叫び、何度体を揺すってもグラさんは目を覚ます気配がない。
 それどころか血だまりはどんどん大きくなっていく。
 グラさんの状態がよくないことを、言葉に出さずともまざまざと見せつけられているみたいだった。

「あ……う、あ……」

 私の、せいだ。
 あんなところで、棒立ちになったせいで。
 グラさんが、身を挺して助けてくれることになった。
 
 私のもとへ、ラクシャサがにじり寄る。
 さっきみたいに素早い動きじゃなくて、最初に出会ったときみたいに落ち着いた立ち回り。

「阿呆が! ンなとこでボサっとしてんじゃねえ! 死にてえのか!」

 死にたいわけ、ないじゃない……!
 でも、私がヘマをしたせいでグラさんが傷ついて、ノルくんを悲しませて。
 
 ノルくんを助けるためにこの世界に来たはずなのに、こんなんじゃダメダメじゃん……。

「あいつの行動、全部無駄になっちまうぞ! それでもいいのか!?」

 いいわけ、ないよ。
 でも、私がここにいてなにができるの?
 ここにいて、本当にノルくんのことを助けられるの?

 もう、自信がなくなっちゃったんだよ……。
 
 でも、最後に一目だけ。せめて、推しの顔をこの目に焼きつけたい。
 ちらり、と視線をやるとノルくんがひどく悲しそうな顔で私を見つめた。
 ボロボロの体に鞭を打って戦ってきたんだと思う。
 でも、グラさんのことで緊張の糸が切れてしまったんだよね。

 私だって、すごくツラいもん。
 こんなに弱いオタクで、本当にごめんね。
 ノルくん、どうか幸せに──
 
 ──コヤケさん。手、伸ばしてみて?

 目を閉じて、全てを委ねようとしたとき。
 透き通った、心に染み渡る声が響いた。

 最後の最後で私、なにかにすがりたかったのかな。
 ついに幻聴まで聞こえちゃうなんて。

 だけど、これで少しでも楽になれるなら。
 この声に従うのも、悪くはないのかも。
 自然、声の主に導かれるように、私は手この手を伸ばしていた。
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