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25話 揺るがぬ闘志

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 あれからしばらくして。
 私たちは、ダンジョンの奥まで進んでいき、開けた場所までやってきた。
 本当になにもなくて、音までどこかに行ってしまったみたい。
 さっきまで魔物たちと戦って、ずっと気が張り詰めっぱなしだったから違和感がすごい。

「あの人!」

 それでも、警戒しながら奥へと足を進める途中。
 ノルくんが声と一緒に、空間の真ん中を指さした。

 そこで倒れこむのは、例のおじさんだった。
 多分、魔法も使えないし武器の心得もないはずだよね……?
 
 ふと、小さな疑問が浮かび上がる。
 なんであの人は、ダンジョンに来れたんだろう?
 昨日いた場所はまだ浅い層だったから、百歩譲っていいとしても今回はユナイトダンジョン。
 こんな奥まで、普通のおじさんが来れるはずないよね。

「た、すけて……くれ……」
「大丈夫です、今すぐ助けますから。グラフィス」
「ええ、わかってます」

 多分、そのことはみんな気づいているはず。
 それでも、まずはおじさんを助けることが先だよね。

 相変わらず、隣にいるバドさんの目は鋭かった。
 ここはあくまでもユナイトダンジョン。
 まだボスを倒したわけじゃないから、踏破していないってこと。
 あのおじさんを助ける、っていう私たちの目的は達成できたけどそう簡単に帰してくれるわけないよね。

 ほんの少し、空気がピリついた気がした。
 同時に、バドさんは目を見開いた。

「……ッ! ふたりとも、今すぐそこから離れろ!!」
「え……」

 バドさんの叫び声と同時。
 おじさんの背中から醜悪な赤黒い腕が生えた。

 な、なにこれ! どう見てもおじさんの体よりも大きいし、どんな魔物よりも鋭利な爪が生えてた。
 ノルくんとグラさんに襲い掛かる。
 あんなので攻撃されたら、ひとたまりもないんじゃ……!
 
「セーフ。なんとかなったな」
「バドさん、すみません……。助かりました」

 ずっと後ろにいたはずなのに、バドさんは一瞬で距離を詰めてまた私たちの近くへと戻ってきた。
 ノルくんとグラさんのふたりを抱えて。

「気にすんな、お前たちがどこまでもお人よしってことはよーくわかった」

 軽口を叩き、バドさんが視線を送る。
 背中を突き破られていたおじさんの体はどんどん変形していく。
 おじさんの中にもともといたんじゃなくて、変身してたみたいに。

 鳥のような、虎のような、馬のような。
 不気味に、不自然に姿を変えていき、最終的には人の形におさまった。

 大人より少し小さいくらいかな。
 足元まで伸びる長い黒髪に、赤黒い肌。両手に握られているのは大人の体ほどの長さがある二本の刀。
 顔には日本でよく見る、鬼みたいな仮面がつけられてた。
 赤く鋭い眼光が、妖しく私たちへと向けられた。

「にしても、あいつはやべえぞ。俺も現物を見るのは初めてだ」

 ──ラクシャサ。
 バドさんは、確かにそう言った。

 オタクになり始めた頃、神話とか伝説の生き物のことを調べてたんだけど、そのときに見たことがある。
 当時は、実際こんな魔物や生き物がいたらどんな感じなんだろう? なんて思いを馳せたものだけど。
 思い叶ったよ、あの頃の私。今、目の前に伝説の神様がいるよ。

 ってそうじゃなくて!
 本当の本当に、あのラクシャサなの……?
 実際に私が調べた通りだったら、段違いに強いってことになるんだよ。
 それこそ、今まで戦ってきた魔物とは比べ物にならないほどに。

 一度暴れ出したら、破壊の限りを尽くすんだって。
 羅刹、殺戮者なんて呼ばれることもあるみたい。

 私が感じている言葉にできない不快感は、サグズ・オブ・エデンのみんなも抱いてるみたい。
 言葉も発さず、ただ目の前に悪鬼に視線を奪われていた。

「ビビってんじゃねえぞ、てめえら! 腰抜かしてっと、一瞬で持ってかれんぞ!」

 バドさんの一声で、纏っていた空気が変わった。
 まさに、決戦に魂を捧げる戦士のソレに。

 まず、先手を打ったのはこっち。
 小手調べ、と言わんばかりに放った魔法。
 勢いの乗った炎の塊。それは、一直線にラクシャサの方へと向かっていった。
 でも──

「流石だなァ、ユナイトダンジョン……」

 思わず、バドさんが声を漏らす。
 口角を上げているけど、冷や汗が頬を伝っていた。

 ラクシャサは、魔法をただの一振りでかき消しちゃった。
 決して手加減はしてないはずなのに、いとも簡単にやってしまった。

 ユナイトダンジョンの奥で眠るモンスター、そのボスだっていうんだから相当な実力があるのは、簡単に想像できる。

 纏う覇気に充てられて、実際に手を合わせなくてもバッチリ伝わってくる。

 まだ全てが始まったばかり。
 だけど、空気は最悪だった。

 みんな次の一手が出ない。膠着状態。
 でも、相手はなにもしてないのに、こっちは消耗させられるんだからどうしようもない。

 動かなきゃ──どうやって。
 攻撃しなきゃ──どうやって。
 助けなきゃ──どうやって。

 頭ではわかっていても、体が動いてくれない。
 どうしよう、どうしよう、どうしよう。

 私たちが迷っている間にも、ラクシャサはふわりと舞い、ゆっくりと迫ってくる。

 そんな状況でも──

「燃えてきますね、バドさん」

 ノルくんが声をかける。
 この絶望的な状況でも、確かに笑っていた。
 虚勢なんかじゃない、ノルくんの黒い目は輝いてたから。
 揺るぎない闘志が、確かに燃えてた。

 そんな彼の姿を見て、バドさんの中でも変化があったみたい。

「ったりめーだ。こんなにヒリヒリするバトルはなかなかねえ。全力で遊ぶぞ」

 ノルくんの隣に立って、ニヤリと笑ってみせる。
 私だって、正直不安でたまらない。
 でも、このふたりなら──みんなとなら、この絶望的な状況もひっくり返せるかもしれない。
 最初は真っ暗だったけど、確かに光が見えた。
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