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11話 楽園の始まり
しおりを挟むあのとき、名乗りそびれてしまった私とグラさんも自己紹介を終えた。
ダンジョン攻略を、あの憧れのバドさんに手伝ってもらえるということでノルくんはとんでもなく喜んでいた。
バドさんは攻撃魔法と補助魔法を織り交ぜ、かゆいところに手が届く立ち回りをしてくれているおかげで、びっくりするぐらい戦いやすかった。
バドさん曰く「前線で暴れるのは若い連中に任せておけばいい」とのこと。
バドさんもじゅうぶんすぎるほどに若い気がするけど……ぱっと見、20代後半くらいじゃないかな?
まあ、一旦そこは置いておくとして。
今はダンジョンの休憩ポイントで小休止をしていた。
ちょうど疲労も溜まってたし、バドさんも私たちに話したいことがあるみたいだしで、ちょうどいいタイミングだったのかも。
「お疲れさん。やっぱりつええな、お前たち。せっかくだし、ウチで働いてみるか?」
「ありがたいお言葉ですねえ。ただ、私にはここでやるべきことがありますので遠慮しておきましょう。ノーブルはどうかわかりませんが」
ノルくんへ、視線が集中する。
今、ノルくんはあんきものリーダーを務めてる。
でも、バドさんが率いるサグズ・オブ・エデンのみんなと戦えるなんて、彼自身願ってもないことだと思う。
オロオロしながらみんなの顔を見ていたノルくんが、ゴクリと生唾を飲み込んで口を開いた。
「すみません。せっかくのお誘いですが、俺はこいつらと冒険者をやりたいです」
深々と頭を下げ、ノルくんがバドさんへ向けて謝罪の言葉を伝えた。
「バドさんから誘ってもらえたの、すごく嬉しかったです。でも、グラフィスが言ってくれたように、俺にはアンラッキーモータリティーでやらなきゃいけないことがあるし、なにより俺についてきてくれたこいつらの気持ちを裏切るわけにはいきません」
ノルくんの意志は固かった。
全員、確かな目標を掲げて集まったのが〝アンラッキーモータリティー〟だもん。
そう簡単に、解散をするわけないよね。
「でも、バドさんの言葉も無碍にしたくありません。だから、今後も一緒にダンジョン攻略をしてくれませんか?」
これが、ノルくんなりに自分の意見とバドさんの提案を混ぜて両者が納得する方向に考えた結果。
言葉のあと、真剣な眼差しを送るノルくんを前に、バドさんは驚いたように目を見開いた。
そのあとすぐに、優しい笑みと一緒にノルくんの頭の上に手を置いた。
「冗談だっての。ダンジョン攻略ぐらい、またいつでも一緒にやろうや。お前たちの力を評価してんのは本音だからさ」
バドさんは照れ臭そうに笑うノルくんの頭を二、三度叩いたあと今度は視線を私たちの方へと送ってきた。
「よかったな。お前たちのリーダー、強くてすげえ仲間想いだ。俺なんかと違ってさ」
わずか、視線を落として自嘲気味に言葉を告げるバドさんの背には陰があった。
それってつまり、バドさんは仲間想いじゃなくて強くないってこと?
そんなこと──
「そ、そんなことないですよ!」
私が否定するよりも先に、ノルくんが全力で否定してくれた。
顔を真っ赤にして、握った拳を震わせて。
「後ろで仲間の背中をキッチリ見て戦えるところ、すごく尊敬してるんです! 俺、魔法の才能は全然なかったけど、いつかバドさんと一緒に戦いたくて剣の腕を磨いて、それで、それで……!」
言葉を詰まらせながら、ノルくんが言葉を並べていく。
大切な人が、自分自身を謙遜──いや、否定するようなことを言ってるんだもん。
ノルくん、我慢できなかったんだよね。
今朝、サグズ・オブ・エデンについて語ってくれた以上に熱がこもってる。
「す、すみません。俺ばっかり話しすぎちゃいました……。でも、バドさんはすごい人だって思ってる奴もいるんだって、知ってほしくて……」
とんでもない熱量で褒められ、バドさんは再び目を見開いて驚いた。
でも、その言葉たちが全部ノルくんの好意からくるものだと知って、すぐに口元を緩めた。
「今日会ったのが、お前たちで本当によかった」
「え……?」
「お前みたいに顔真っ赤にして褒められたの初めてでさ、嬉しくなっちまって。それと、今日は本当にありがとう。お前たちのおかげで、俺の家族は救われた」
「そ、そんな……! 俺たちはただ、体動いて勝手にやっただけで──」
「じゃあ、俺も今から勝手に色々言わせてもらう。ただの、荒くれ者の独り言だ」
少し、強めに告げられたバドさんの言葉。
そのなかに、これまで経験してきた思いが込められてるみたいだった。
「俺、昔は前にガツガツ出て戦えたらいいな~とは思ってたんだ。でも攻撃魔法は初歩だけ、武器なんて体力なさすぎて振れなかったもんな。唯一できたことと言えば、ちょっとした補助ぐらいなもんだ。ほんと、地味すぎて笑えるよな」
圧倒的な実力で魅せるんじゃなくて、裏方に徹して陰で支えるリーダーシップを発揮するバドさんの在り方もカッコいい。
本人は地味、なんて自嘲気味に笑っていたけどそんなことない。
「当時はそのことですげえ荒れてさ。そんな奴を誘ってくれるパーティーなんてあるわけないから、余計に荒れてな」
でも、バドさんにとってそういう現実が辛い部分でもあったんだよね。
バドさんの陰のある笑みが、今まで重ねてきた苦悩を物語ってた。
「でも、堕ちるとこまで堕ちて見えるモンもあってな。俺以外にも同じ思いをしてる奴が結構いることがわかってよ。境遇は違っても、みんななにかしら抱えて生きてんだ。そんな奴らが損するなんて、絶対に間違ってるって思ってよ。むしゃくしゃしてパーティーを創っちまった」
それが、サグズ・オブ・エデンの前身。
最初はバラバラでまとまりがなかったけど、バドさんが根気強く行動を起こした結果、だんだんその背中についてくる人が増えて今の形になったんだよ。
「俺らさ。今まで綺麗に生きてきたか、って言われたらそんなことはねえけどよ。それでも、俺ららしく生きてる。……だからかな。今のあいつら、すげえ輝いてて眩しいんだ。俺に救われた、なんてよく言うが俺のが何倍も救われてるっての」
──今言ったこと、あいつらには内緒だかんな?
恥ずかしそうに告げるバドさんの顔には、いつものように人懐っこい笑みが戻っていた。
今のサグズ・オブ・エデンの姿になるまで、言葉では語れないような努力がたくさんあったんだと思う。
それでも、バドさんは笑った。
パーティーのみんなが笑って過ごせるならそれで構わない、と言いたそうに。
「つーわけで! 独り言はここまで、さっさとダンジョン攻略の続きすんぞ! お前らもまだ暴れ足りねえだろ?」
大声と一緒に勢いよく立ち上がったと思ったら、大股でズンズン進んでいっちゃった。
ずっと先にあるバドさんの背中。
一見華奢に見えるけど、バドさんの背中は本当に大きかった。
どれだけ離れてたとしても、確かな存在感を放ってた。
この背中に魅せられて、ノルくんも。
サグズ・オブ・エデンのみんなも。
多くの冒険者たちが、バドさんに憧れたんだろうね。
……って、感傷に浸ってる場合じゃないよ!
早く追いかけなきゃ、バドさんが見えなくなっちゃうよー!
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