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9話 憧れのあの人
しおりを挟む紫の髪に、よれよれの黒シャツとダボダボのズボン。
耳に大量のピアスをつけ、ペタペタとサンダル特有の軽い音を鳴らす人物。
私たちの視線をよそに、その男性がズカズカとこちらへ迫ってきた。
「あーあ、すっかり伸びちまって。こんなとこで寝てっと風邪引くぞ?」
そのまま倒れ伏し、反応がなくなったカタとリーゼンのふたりをバシバシ叩く男性。
さっきもそうだけど、この人本当にユルすぎない?
まあ、実際どんな人か、っていうのは知ってたけどね。
確か、アニメであんきもと会うのはもう少し先だった気がするけど……。
私が未来を少し変えちゃったから、今会うことになったんだね。
「あれ、もしかしてこのふたりを倒したのってお前? しかも、こいつら斬られてないから鞘で? やるじゃねえか! 名前なんつーんだ?」
畳みかけるように声をかけ、ノルくんに話しかけてきた。
いまだに現実を受け入れられてないみたいで、体がガチガチに固まっていた。
「ノ、ノーブル。ノーブル=バイアス、です……。その、なんというか、不意打ちだからたまたま……うまく噛み合ったというか……」
「謙遜しなくてもお前の実力は本物だぜ、ノーブル。このふたり、ウチのパーティーでもダンジョン攻略担当の腕自慢なんだぜ?」
男性は爽やかな笑みを浮かべながら言葉を伝え、ノルくんの頭をポンポンした。
なにこの幸せ空間?
「お嬢さん、ウチの部下が粗相しちまったみたいで悪ィな。こいつらも根っこから悪い奴らじゃなくてな、今日のところは俺の顔に免じて許してもらえねえかな? もし気が済まないなら、いくらでも俺のことぶってくれていいぜ」
ほわほわしたままのノルくんはそのままに、今度は襲われてた女の子の方へ。
男性は邪気のない、少年のような笑みで謝罪する。
頭を下げてすぐ、男性は女の子に向けて頬を差し出した。
「い、いえ。いいです。あなたがそこまで言うのなら……」
「そか、ありがとな。こいつらには、俺の方からキツーク叱っとく。それじゃあな」
名乗ってはいない。
だけど、このユルい雰囲気と少年のような無邪気な笑み。
しれっと心の内側に入ってしまう人懐っこさ。
なおかつカタとリーゼンのふたりをこいつ呼びして、場の空気を一瞬で自分の流れに持っていくマイペースさ。
うん、間違いないよね。
さっきまで遠ざかる背中を見つめ、呆然としていたノルくんが今度は拳を固く握りしめて、体を小さくして震え始めた。
……うん、わかるよ。ノルくん。
私もあなたをこの世界で初めて見たとき、同じ反応をしそうになったもん。
流石に、ノルくんがドン引くかもだったから抑えたけど。
「~~~~~~ッああ!!」
ノルくんが声にもならない声とともにガッツポーズをして、全身で喜びを表現する。
今も、サグズ・オブ・エデンについて全力で語った朝も。
自分の好きに忠実、自分の感情にどこまでも素直なんだよ。
そういうところが、ノルくんを推す理由のひとつ。
「見たかみんな!? 俺、直接会えるなんて思ってなかったよ!」
誰に言うでもなく──というか、主に私とグラさんに身振り手振り、喉が張り裂けんばかりに喜びを表現する姿は、ヒーローを目の当たりにした男の子みたい。
いや、私たちの言葉でいうなら、推しを目の当たりにしたオタクの姿って言った方がいいかな。
まあ、それもノルくんにとっては自然な行動だと思う。
だって、さっき会った男性はサグズ・オブ・エデンのリーダー、バド=リードさんなんだもん。
ノルくんの憧れ。冒険者としての、心の支え。
彼にとって、一言で言い表せない存在と直接会ったんだもんね。
「たまらないよな! 話ができただけじゃなくて、俺の名前まで聞いて、覚えてくれた! しかも俺の剣まで褒めてもらったぞ!? 正直、剣の腕はまだまだだと思ってたけど、こんなに嬉しいことってあるか!? ないよな!? そうだよな!?」
確認したいのか、語りたいのか。
どっちともとれる言葉を吐き、感情を爆発させるノルくん。
多分、自分の中でうまく言葉を整理できなくて、思いついたことをばんばか語ってくれる。
うん、ほんっとかわいい。
もうね、無限に語ってくれていいよ。私はあなたの声を聞いて、一生お腹膨らませてるから。
これぞ、究極の循環。いいことしかないよね。
ノルくんと私もニッコニコ。なにも悪いことがないんだもの。
いやー、今日は寝られるわー。
「次会ったらなに話そう!? 好きな食べ物!? 趣味!? それとも、それとも──!」
「ノーブル」
「……あ」
グラさんに名前を呼ばれて、ノルくんが恥ずかしそうに顔を伏せ、推し語りをやめてしまった。
残念。私としてはあと3年くらい聞いていたかったけどね。
「あなた、サグズ・オブ・エデンについて語りだすと止まらなくなる癖、なんとかした方がいいですよ」
「ははは、悪い悪い……」
恥ずかしそうに笑っているけど、多分ノルくんは今後も同じ反応をすると思う。
まあ〝オタク〟っていうのはそういうものだからね。
この世界にオタクっていう文化があるのかもわからないけど。
グラさんもあんまり強く注意しないのも、きっとノルくんのオタク気質を理解してのことだと思うんだ。
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