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第六章
後夜祭の日程は大幅に変更された⑶
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第七騎士団に引き続き、バーニア公爵率いる魔法騎士団とマグダレーン男爵率いる騎士隊が裏門を通過してロータリーに入ってくる。
昨日に引き続き、騎士団を出迎えに来ていたわたしは、突然のお父様の登場に唖然としてしまった。
……あれ?
昨日の手紙では、会議終了次第、領地に戻るような話だったと思ったけど?
すぐにでもお父様の元へ駆け寄り、今ここにいる理由を問いたかったけど、ここで英雄と親子感を出すのは、聖女候補として不作法な気もして……。
とりあえず わたしは、所定の位置で騎士団が整列するのを眺めていた。
今日も第七旅団の中央で指揮をとっているのは、ディルアーク中隊長。横に並ぶピーターソン第七旅団長は、完全にお任せ状態みたい。
昨日はここに、王族付きである第一から第五までの各小隊がついていて、その指揮は第一旅団長がなさっていた。
今日、その席を埋めているのがバーニア公爵……ん? あれ? 違うかも。
馬の上から魔法騎士団を指揮しているのは、どうやら弟のドウェイン侯爵みたい。
因みに、先程裏門へ出迎えに行っていたスティーブン様は、父君であられるバーニア公爵の斜め後方を徒歩でついて来ている。
つい数時間前に疲れて倒れていたと思ったのだけど、今は顔色も良く足取りもしっかりとしている。
どうやら、レンさんの部屋でゆっくり休めたようね。
確かに、以前見た彼の部屋は、ホテルの一室と見まごうほど小ざっぱりと整えられた衛生的な空間だった。
あれなら、かなりリラックス出来そうよね。
オレガノお兄様も、居心地良さそうにしていたもの。
整列を終えた旅団の前に進み出たのは、ミゲル神官長補佐。騎士団に向かって感謝の意を述べている。
これ。
最終日は、元々ミゲルさんがこの挨拶を行う予定になっていた。
ところが、数日前になって急に神官長が『自分がやる!』と言い出し、補佐が用意した挨拶用の原稿を取り上げてしまったと聞いた。
神官長の目立ちたがりは相当だわ。
で、その目立ちたがりの神官長だけど、今朝になって急に体調不良を訴え、本日は第二の城壁の内側にあるオークウッド辺境伯の領館でお休みとのこと。
普段彼は家になど戻らず、夜間は専ら王都の東にある娼館などに入り浸っているという話を聞くのにね?
ま。要するに、分かりやすく逃げたわけ。
本当に、肩書きばかりの神官長だ。
うん。知ってた。
それで、結局仕事はミゲルさんに戻された。
こちらとしては、その方がきちんとまとまるから良いのだけど。
続いてバーニア公爵が挨拶を返し、本日も出陣式は無事終了。
第七の騎士たちが門の外に警戒へと出発していく中で、お父様とお兄様がこちらにやって来た。
数日ぶりにお父様のお顔を見ることができて嬉しく思うと同時に、疲労の色が濃く滲んでいる様子を見れば、少々心配にもなる。
聞けば、降臨祭のメインイベント、『聖槍演舞』を、こちらに来れない国王に変わり、現在の聖槍保有者である英雄、つまりお父様が行うことになったとか。
大抜擢にも程があるよね。
確かにお父様は英雄だし、お強いけれど、演舞となるとまたジャンルが違う気がする。
つい笑顔が苦笑いっぽくなってしまったら、わたしの心配に気づいたようで、お父様はニヤリと笑いながら、後方にいるお兄様の背中を叩いた。
「今年は、本祭で『聖槍の使い手』の役を、王子殿下が担当されたそうじゃないか。立派なものだな。というわけで、我が家も世代交代だ」
「………は?」
後方で所在なさげに立ち尽くしていたお兄様の顔から、血の気が失せるのが見てとれた。
「いや。どういうことですか?父様」
「どうもこうも。何のためにこちらに連れて来たと思っている。俺よりお前の方が優雅に舞えるだろう?」
「いやいや。自分だって、ぶっつけ本番でなんて無理ですけど?」
「そこを何とか頑張ってくれ」
「冗談でしょう?」
あらあら。
お父様がどこまで本気か分からないけど、おそらく今日王宮の方に出勤予定だったはずのお兄様を、許可をとって無理矢理こっちに引っ張って来たのよね。ということは……やらされるんだろうな。
少々同情して、わたしは苦笑いを浮かべた。
まだ不服そうにしているお兄様を横目に、バーニア公爵家魔法騎士団の方へ視線を向けると、王宮魔導士団の隊列の中から、美しい少年が一人抜け出し、そちらに歩み寄るのが見えた。
って、ジェフ様⁈
まって?
王侯貴族の殆どが第二の城壁の内側に避難しているのに、どうして?
本来なら彼は、安全な場所に身を置くことのできる身分なのに……。
ジェフ様は、彼の父親であるドウェイン侯爵の元に辿り着くと、いくつか言葉を交わしているようだった。
何だか、歪な構造だわ。
一部の家系の人間だけが、城壁の外側に置かれているって、随分と不自然じゃない?
それとも、城壁の外にいるわたしを守るために、志願してくださったのかしら?
もしそうだとしたら……。
昨日の真剣な瞳を思い出すと、胸が熱くなる気がした。
ともあれ、降臨祭の最終日を飾る後夜祭が始まる。
何とか無事に終わりますように。
心の中で祈りつつ、次の配置場所へ移動を始めた。
◆
「ほう。これはこれは」
ミュラールカディア王国北方の沿岸 およそ百海里の位置に、大型の船が一艘、碇を下ろして停泊していた。
小船に乗ったまるメガネの小柄な男が、海の中に手を入れながら、上にいる指揮官に向かって声をかける。
「無理です。偵察用の小型の魔獣を送り込みましたが、この区域の海底は不規則な高低差があり、挫傷してしまいます。この船は言わずもがなですが、潮の流れが早いので手漕ぎボートなどでも接岸は難しいでしょう」
指揮官の男は、ワインレッドの瞳を細めて岸を眺めた。
「つい最近。海の底、広範囲に魔力を流した形跡が有りますね。この力……低位魔族にも匹敵するでしょう」
「だろうな。ここから感知できる範囲内でも、最低四人はそのレベルの者がいそうだ」
「うち一人は王子のものではないのですか?」
「さてな? 王子には面識がないから、アレクでも連れて来なければ分からん」
小舟の底を蹴って、有りえない跳躍力でまる眼鏡の男は、指揮官の男の横に立つ。
「どうしますか? 宣戦布告」
「簡単に接岸出来ないならば、魔導の集中攻撃を受けることになる。水に落ちるのはごめん被りたいし……一度戻るか」
「ふむ」
まるメガネの男は、眼鏡の奥の細い瞳を、より細めて微笑んだ。
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