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第六章

後夜祭の日程は大幅に変更された⑴

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 (side ローズ)


 散歩後のライフワークになっている部屋の掃除をしている最中も、わたしはもやもやしていた。

 今朝部屋を出た時は、もっとシンプルに考えていたのに……。
 レンさんの縁談の噂が本当だったら、選択肢から除外出来る。選択肢は少ない方が良い、と。

 床の埃をちりとりに掃き入れながら、わたしは深くため息をつく。

 
「まさか、もっと重い事実を突きつけられなんて、思ってもみなかったし……」


 スティーブン様の困ったような笑顔が脳裏に浮かんできて、もう一つため息。

 あんなこと、知りたくなかった。
 いえ。今知れて良かったのかも。
 今ならまだ……。

 っ? 

 まだ……何?

 もやもやもや。


 胸に何かがつかえているみたいで、息苦しい。
 このもやもや感、以前にも感じたことがあるような?……いつだったかな? 


 というか、そもそもスティーブン様が急にレンさんに襲いかかったりするからっ!……その後も、お話しできるような状況じゃなくて、肝心なことが聞けなかったわけで。

 ええと。
 それはまぁ、レンさんが逃げてしまった原因の一端は、わたしにもあるのだけど。
 
 甘やかなバニラの香りを思い出して、不意に頬が熱を帯びたように感じ、慌てて頭を振る。

 とにかく、聞かないと!
 できたら今日中に。

 血筋なんて、本人にはどうにもできないことだけど、縁談はレンさん本人の意思が反映されるのだから。

 ああ、でも。……そういう血筋であるということが、縁談の相手に知られれば……?


『顔合わせの時、断られそう』

『同じことを聖女様も仰っていたそうですよ』


 ふと、昨晩の食堂でのリリアさんと神官見習いの子たちの会話を思い出して、わたしは ハッとした。

 リリアさんはともかく、聖堂のトップである聖女様は、レンさんの血筋について知っている可能性が高い。

 だから、そう言った発言になったのかな?

 だとすると、その言葉は その話を聞いた時わたしが考えていたものと、意味が違ってくる。
 
 つまり、聖女様の言葉は、リリアさんのようにレンさんを嘲るためのものではなく……もしかして、心配している? 
 事前に相手に血筋について伝えておかないと、見合い当日に断られるかも?と。

 であれば、この縁談、まだ本決まりになっていないのでは?

 そう考えて、わたしは顔を上げた。


 その時、聖堂の鐘が厳かに響いた。
 気づけば、もう朝食の時間。
 わたしは、慌てて寮内の食堂へと急ぐ。

 食堂の中は、やはりというべきか、レンさん婚約の噂で持ちきりになっていて、情報元を尋ねてみれば、ほとんどがセディーさんに行き当たった。
 
 うーん。
 そこはかとなく、悪意を感じるよね?
 そういえば先日も、セディーさん、レンさんに対して態度悪かったっけ。
 
 誰に対してもきららか且つアイドル然とした笑顔を浮かべ、一生懸命お仕事しているから、聖堂職員全般から愛されているセディーさん。

 それだけに、あの塩対応はちょっと驚いた。
 レンさん側は、いつも通りの対応をしていたから、セディーさんが一方的に嫌っている印象。

 ま、ジャンカルロさんとかも最初はそうだったわけだから、しばらくしたら落ち着くのかもしれない。現状は神官長の影響とかうけているのかもしれないし。
 

 ◆


 食事を終え、部屋に戻ってしばし休憩。

 後夜祭は午後からなので、午前中は少し余裕がある。
 
 ただ、昨日届いた二通の手紙の内容を考えると、色々と変更がありそうだわ。
 だから、朝からスティーブン様が来ていたのだろうし。  


 そしたら、一旦事務局に顔を出してこようかな?
 丁度、手紙の返事を出したいし。

 思い立って事務局へ。

 庶務係の神官さんに手紙を託すと、今日の予定を確認するため神官長室へと向かう。

 王侯貴族が不参加でも、聖堂は、後夜祭、ちゃんと開催するんだろうな。
 でも、メインイベントの国王様による聖槍演舞とかは、流石に中止かしらね?

 のんびり考えながら神官長室の扉をノックしようとしたら、中からガタンと大きな音が聞こえた。

 何っ?

 直後聞こえたのは、レンさんの声


「スティーブン様。大丈夫ですか?」

「あは。レン君のナイスフォロー。おかげで頭を打たないで済んだわ。ありがとう。ちょっと一瞬、意識が飛んじゃったみたい」


 ん?
 もしかして、今、スティーブン様、倒れた?


「大丈夫ですかな?」


 心配そうなミゲルさんの声。


「ええ。まぁ、ちょっと今、自力で立ち上がれなさそうだけど」


 返答するスティーブン様の声は、幾分弱々しい。


「昨晩何かあったのですか? ……今朝、接近された時から不自然に思っていました。魔力切れですよね?」


 静かに問うレンさんに、力なく笑いながらスティーブン様は返事を返す。


「特に何もないけど、予防線張っとくに越したことはないでしょう? ちょっと海の中の地形をいじって来たの。でこぼこに」


 んんっ?
 何か凄いこと言ってますよ!?


「とんでもないですね」

「そうよ。とんでもないのよ。私。でも、流石に魔力が足りなくなっちゃったから、今朝、貴方をとっ捕まえて、魔力をわけて貰おうと思ってたんだけどね? ほら、ちょっと邪魔が入って」

「…………」


 レンさんは、それには応えなかった。

 ところで、魔力を貰う? そんなこと出来るの?
 …………邪魔って、もしや私かな?


「とりあえず、少しお休みになった方が。救護室を手配しますか?」

「今、王国騎士らが休憩に使っているから出入りが多くてゆっくり休めないかもしれないな」

 
 レンさんの問いに、答えるミゲルさん。
 レンさんが短く息を吐く音が聞こえた。
 

「では、寝具など簡素で申し訳ないことですが、私の部屋でお預かりします」

「あら、良いの?」

「午前は休みですから。背負いますので、少し体を起こせますか?」


 あ。まずい。
 こっちに来る?

 何となく慌てて隠れちゃったよね。

 ミゲルさんに扉を開けて貰ったレンさんは、しっかりとした歩みで部屋から出て来た。
 
 そこで一旦立ち止まり、わたしのいる給湯室に視線を投げる。

 あらら。気配でバレてたみたいです。
 でも、とくに何も言わずに、事務局の出口に向かっていくみたい。


「あ!先輩。って、おわー。スティーブン様どうかしたんですか?」
 
 
 戸口の方からラルフさんの元気な声が聞こえて来たので、わたしは神官長室の扉をノックした。
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