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第六章

後夜祭⑴

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 (side ジェフ)


 昨晩は仕事あがりと同時にユーリーさんに連れられて、急ぎ王宮へ向かった。

 帰りの馬車の中で、マグダレーン男爵が王都に戻ってきたことを知らされる。

 その、あまりに早い帰還に、事態の深刻さを想う。


 第一の城壁南、王宮の正門では、二列に並ばされた馬車が順番に入城していた。

 因みにこの列。左側はスムーズに流れているのに、右側はかなりのスローペース。
 左側が五台入ったら、ようやく右側が一台入れる、と言った感じだったので、僕は長期戦を覚悟した。

 ところが、蓋を開けてみたら僕たちの乗る馬車は左側に誘導され、あれよあれよという間に入城できてしまった。
 
 何を基準に分けているのだろうと周囲を観察してみたところ、右列の馬車は、高位貴族の家族であることが分かる。
 これまでも相当待たされていたようで、かなりフラストレーションが溜まっているご様子。
 血気盛んなご令息や気の強いご令嬢、権利意識の高いマダムらが、時おり 周囲で交通整理を行う騎士らを罵倒している。

 因みに、左側は会議に参加するだろう貴族本人や、王宮で働く関係者の列となっているようだ。

 それはまぁ。
 比較的安全な第二の城壁内に住んでいるにも関わらず、更なる安全を求めて王宮へ自主避難してきた人たちだ。後回しになるのも道理。

 今は、情報共有並びに対策を考える人間を先に中に入れなければならないことぐらい、分からないのだろうか?

 文句をつけている、あの顔この顔。
 城壁の外では、何も知らされずに祭りを楽しんでいる民衆がいるというのに。


「何故、直ぐに入れないの? 私たちが死んでも良いっていうの? そうなった場合、貴方、責任取れるの?」

「王宮は、我らを見殺しにするというのか!責任者を出せ!」

「そこな騎士!名を名乗りなさい。無礼な態度だったと、後で国王に報告せねばなりません」


 金切り声をあげて、脅迫まがいに騎士らを恫喝している。
 その顔は、醜悪に歪んで見えた。


 人間の本質なんて、あんなものなんだろうと思う。

 何より大切なのは、自分。

 それは、僕も含めてそうなのだ。
 
 もちろん、兄以外の家族は大事だし、ローズちゃんを守るためなら、僕は命をかけるだろう。
 でも、それらは結局、自分のため。

 その他大勢の 顔も知らない民の安全より、自分の大切なものを優先する。その考え方を、僕は責めることが出来ない。

 実際、命の価値には差があると思うから。

 
 王宮についた僕は、待機組の王宮魔導士の先輩方と一緒に、会議が終わるまで魔道師長様の部屋で待たされた。

 日付が変わる頃になって戻ってきた魔導士長様は、悩ましげに眉を寄せながら、後夜祭の警戒要員の変更を告げた。


 そして、僕は王宮魔導士の中で『平民組』と呼ばれる先輩方とともに、聖堂警護に割り振られた。残りの貴族出身の王宮魔導士たちは、王宮内の警備に当てられている。
 
 どうやら、この国における僕の命の価値は、存外低いらしい。

 まぁ。僕だけ、というわけでもないけれど……。


 王族連は、今日行われる後夜祭への参加を取りやめた。
 『取り急ぎ協議が必要だから』などと、もっともらしい理由を並べて。

 それに伴い、王宮側の実行委員長は、宰相であるミュラーソン公爵に代わり ステファニー様の父であるバーニア公爵が、王国騎士団の指揮は、第一旅団長に代わり 僕の父ドウェイン侯爵が、本来国王が行う予定だった聖槍演舞は、現役英雄のマグダレーン男爵が行うそうだ。

 外に出された人間に身内が多すぎて、戦慄するよ。

 しかも、聖堂との取次にあたるのは、ステファニー様。
 本来、王女殿下付きがやる仕事ではない。


 信頼されているのだ。力があると。
 だから、何か起きても自分で対処出来るのだと。

 肯定的に考えてみて、虚しさから半眼になる。
 でも、そうとでも考えなければ やっていられない。

 王族も貴族らも、王宮内で息を潜めて見守るつもりらしい。安全確保は完璧だそうだ。


「ま、マイナスだけじゃないから、僕は構わないけどねぇ?」


 ぽつりと独り言をもらしつつ、馬車からおりて僕は顔を上げる。

 目の前には聖堂の裏門。
 左右を、いつもの如くムキムキ長身の聖騎士二人が守る。
 僕は彼らに王宮魔導士証を提示して、中に入れてもらった。


 昨晩の祭りは、夜遅くまで盛り上がったようで、午前中の今は、周囲に人はまばら。

 後夜祭は午後からだけど、幾つか用事もあったから、今日は早めに聖堂入りした。

 もちろん、下心はある。
 ここにいれば、運が良ければローズちゃんに会えるから。

 昨日、思い切って告白したのは正解だったと思う。

 昨晩の段階で、王子殿下が今日ここに来られない旨の連絡が入っているはずだ。

 今日殿下からの告白が無いと分かった時、ローズちゃんの頭の中の天秤はどちらに振れただろうか?
 
 少しで良いから、僕の方に傾いていてくれたら良いんだけど。

 
 ロータリーを半周して事務局の扉の前にやってくると、ふいに中から扉が開いた。
 
 出てきたのは、ふわふわ頭の長身の聖騎士。
 ラルフさんだ。

 幸先悪いな。
 
 微妙な気分になりつつ笑顔を作ると、ラルフさんは僕に向かって頭を下げる。
 その彼が、扉が閉まらないように押さえているのが気になった。まだ誰か来るのか、それとも?
 
 と、直ぐにレンさんが扉から出てきた。
 ステファニー様を背負って。

 ?????

 頭の中が疑問符で埋め尽くされる。
 一体これは、どういう状況なんだ?

 そも、ステファニー様の方が身長も高いのだし……重くないのだろうか? それなら、レンさんよりも大きなラルフさんが背負った方が効率的じゃないか?


「こんにちは」

「こんにちは。今日も引き続き警護ですか?お疲れ様です」

「ああ。どうも。それで、ステファニー様、どうかしたんですか?」

「ええ。その……睡眠不足のようでして」

「そうなの。私もう、眠くて眠くて。事務局で仮眠も考えたんだけど、ほら、私キレイでしょ?襲われると困るし……」


 平然と会話に入ってくるステファニー様。
 何だ。普通に起きているじゃないか。
 すると、これはレンさんをいじめて遊んでいるのか?


「だから、これからレン君の部屋で、一緒に仮眠をね?」

「私は寝ませんが?」

「寂しいこと言わないで、添い寝してよ」

「嫌です」


 うん……なんか。
 レンさんの返答の切れ味が、増してるな。

 
「起きているのに、歩かないんですか?」


 思わず聞くと、ステファニー様はレンさんの首元に顔を埋めてしまった。

 レンさんは若干肩を震わせている。
 くすぐったいのかもしれない。


「寝てるわ」

「いや。あからさまに嘘寝ですし」

「実は……」


 見兼ねたのか、ラルフさんが口を開くと、レンさんが首を左右に振った。


「お疲れのようですので、私が申し出ました」

「そう……なんですか?」


 普通に嘘っぽいな。


「大丈夫よー。朝色々あって、仮眠できなかったのが原因なの。全てはこの子の縁談のせいだから、この子が責任取れば良いのよ。ねぇ?」


 最後は耳元で吐息と共に言ったので、レンさんの肩が大きく跳ねた。

 本当に、耳が苦手なんだな。
 耳は真っ赤だし、逆に顔は真っ青だ。

 ん?

 何となく違和感を感じて、僕は眉を寄せる。
 何だろう?何か、引っかかる。
 
 でも、今それは少し置いておこう。
 丁度よく話が出た今、それを聞かない手はない。


「そういえば、聞きましたよ? 縁談を受けるらしいですね!」


 笑顔で尋ねる僕に、三人は一瞬固まる。


「その。まだ、お話を頂いただけで」

「まだ決まってないみたいだから、私も縁談持ち込みたいって話をしたところよ」

「そうなんですか。どちらにせよ、上手くまとまると良いですね!」


 僕は、心からの笑顔で、そう伝えた。
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みんなの感想(279件)

るしあん@猫部
ネタバレ含む
丸山 令
2024.11.19 丸山 令

るしあんさま😆✨こんばんは!
本日もご感想頂き、
誠に有難うございます(感謝

急遽浮上してきたは良いけど
ステフの妨害にあって
一進一退しているレン💦

障害があるほど燃えるのか?
そのあたり
ローズさんの心の動きも
気になるところですが
レンもいつ気づくんだってw

ただ、ステフは今回
ちょっと困ったなって
思っているみたいです。

何故ステフが
レンにおんぶされていたのか
一応エピソードがあるのですが
その辺
かなりノイズになるので
書くか書かないか、現在
迷い中です(笑

ステフはエミリオ推し
ラルフはレン推し
あ。ジェフ友だちいない?と
感想を読んで
私も不憫に思ったんですけど
一応リリアが
ジェフを推してますので🤣
役に立つかは知らんけど。

ジェフの情報網は優秀ですが
それを過信しすぎました。
まさか、日の出とともに
顔を合わせてるなんてw
そんな、犬の散歩での
出会いじゃないんだからっ!
ってな感じですよね💦

ダークホースの台頭に
いつ気づくのかも
勝負の分かれ目です🤩

解除
るしあん@猫部
ネタバレ含む
丸山 令
2024.11.12 丸山 令

るしあんさま😊✨
こんばんは🎵
感想遅くなっただなんて😭
お気になさらず!
いただけるだけで有り難いので!

お忙しいのに
本当にありがとうございます(感謝

私も今週から
月曜に外せない予定が出来ましてw
大混乱です。
めっちゃ短くなってしまった(笑
来週はもう少しがんばります
(遠い目


以下本文について。

誰を最愛に選ぶか?

それぞれに愛着も憧れも
あるようでして。

レンに関しては
『縁談が進んでいたら外そう』
とか考えていたくせに
いざ、
それ以上の外すべき事由を
突きつけられると
すごく複雑な心境になっている
ローズさんであります🥀(アラアラ

そして
唐突に出てきた謎の設定。
そんな厨二丸出しな
ネーミングされると
絶対なんか絡んでくるでしょ
って、邪推してしまう
転生者あるある(笑笑

さて、真相やいかに!
作者の伏線回収忘れ🤣🤣
なるほど。そのパターンも。

考えること一杯のローズさんに
更に次回、試練がおそう
かも?しれません✨

解除
るしあん@猫部
ネタバレ含む
丸山 令
2024.11.05 丸山 令

るしあん様😆✨こんにちは!
本日もご感想いただき
誠に有難うございます💕

イレギュラーがない限り
次期聖女はローズマリー。
レンとステフは
信じているというより
実は確信しています😁

そして
初期から散々匂わせていた
レンの素性が
ついにローズと読者様に
知られてしまいましたw

国名や民の容姿からして
厨二臭がぷんぷんですね?
これに関しては
次回ローズさんが考察を
入れてくれる予定です。

そして、兄さん……!
鋭いですね!🤣
かなり乱暴に、かつ
一方的に書いたつもりでしたが
いやぁ。こわい怖い(笑

ネタバレになるので
これ以上は秘密にしときますw



アルファ。
しぶいですよね。
恋愛とかBLジャンルが
人気と思われます。
なら、そっちに寄せれば
と、思うんですけど
レディーが喜ぶ恋愛を
書ける気がしないので
その激戦区で
勝ち上がれる気がしません
_:(´ཀ`」 ∠):

解除

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