投稿小説のヒロインに転生したけど、両手をあげて喜べません

丸山 令

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第六章

散歩と熟考

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(side ローズ)


 今朝のお散歩は、聖堂裏門側ロータリーをぐるりと回るコースをとった。

 降臨祭期間中は、聖堂職員以外の人員も敷地の中で寝泊まりしているから、広くて見通しが良い場所の方が安全な気がして……。
 裏門には聖騎士さんも立っているし。

 なんてね!
 言い訳ですっ。

 普段は、鍛錬場周回コースを歩くことの方が断然多い。
 だって、レンさんは常に気配でわたしの居場所を把握してくれているから、何かあったら直ぐに駆けつけてくれるだろうし、それに……鍛錬している姿が見られるのは、本当に目の保養だから。
 
 ただ、今はそこでスティーブン様が寝ていらっしゃるから、周囲をうろうろしていると鬱陶しいかな?とか、気を遣ってしまうよね?

 それに、走り込みから戻ってくるだろうレンさんと顔を合わせるのは、つい先ほどやらかしたわたしとしては、少々気まずい。

 第一声、何て言えば良いんだろう。
 『服を匂って、ごめんなさい』って? 
 変態かな?

 というか、そんなことを言ったら、また恥ずかしがって逃げられちゃいそうな気がする。

 顔を真っ赤に蒸気させて、脱兎の如く走り去ったレンさんを思い出すと、頬が緩んだ。
 可愛かったな。


 それにしても……。

 裏門横を通過しながら、わたしは考える。

 スティーブン様が話してくれたレンさんの生い立ちは、想像以上に重かったわ。

 よくぞ生きていてくれた、と思う。
 タイミングが僅かでもずれていたらと考えると、背筋が冷たくなるよね。

 彼が拾われたのが十年前なら、ええと……アンジェリカ様が今年聖女三年目だから、拾ったのは先先代の聖女様……聖女セリーヌ様だわ。
 そう言えば、模擬試合の時にレンさんがそんなことを言っていた気も。

 セリーヌ様は、献身的に国民に慈悲を与えたとして、多くの民から敬愛され、今でも語り継がれているほど。わたしも大好きで、現在目標としている聖女の一人だ。
 
 聖堂の書庫に、聖女様の王都外公務の記録が保管されているのだけど、セリーヌ様が在職中に回った都市の数は、他の聖女と比べて群を抜いている。

 書類の厚さで、軽く三倍はあるのよね。

 大きな都市は当然のこと、住民が数千人規模の小さな村まで、時間と体力の許す限りまわり祝福を与え、更には自身のポケットマネーで貧困層に炊き出しまで行っていたというから、頭が下がる。

 慈愛に満ち溢れた聖女様。
 彼女のおかげで、レンさんが生き伸びれたのだと考えると、感謝しかない。

 
 さて。
 で、これほどまでに重い過去を持つレンさんなのに、そのことは外伝の物語の中で一切触れられていない。

 もちろん、『ヒロインにとって不要な内容はノイズになるから書かない』というのは理解できる。
 ヒロインはエミリオ様にぞっこんだから、小説では主に、エミリオ様の成長をクローズアップして描いていた。
 ジェフ様に関しても、エミリオ様より情報量は少なかったけど、丁寧に描写されている。

 それと比較して、何だか……なんて言うか、よく考えると、レンさんて結構謎キャラじゃない?

 現実世界では、前半から登場しているのに物語で名前が出てくるのは後半だし。
 それに、そうだ。そうなると、あれも気になってくる。

 あの剣。
 レンさんが長期で聖堂を離れる時、常に挿している二本目。
 わたしは偶然にも、夜間彼がその剣の調整をしてしているところに出会でくわしたことがあるんだけど、外伝の中では、実は一度も剣を抜かずに終わる。
 あんないかにもな設定をつけておいて、使わない。

 使う程の強敵ではない、というなら問題ないけど、魔王軍との攻防において、瀕死の重傷を負っていたような?

 謎すぎる。

 それとも……もしかして本編で出る予定なのかしら?
 現実世界だから、色々同時並行で起こっているんだろうし、全く関係ない可能性もあるにはあるけど。

 でも、本編??
 主人公のパーティーメンバーには……確か、入ってなかったよね? 殆ど接点がないし、そもそも、彼は聖女付き聖騎士なわけで。
 すると、もしや聖女も遅れてパーティーメンバーに加わる的なエピソードとかあるの?

 ぐるぐる考えて、いよいよ分からなくなる。


 帝国に関しても、まだ今後何かしらかありそうな雰囲気よね。
 王国史を習っていた当時は気にも留めなかったけど、『イヅルヒ』って、前世の日本語の発音そのままなのよ。
 この国の言葉では何の意味もなさない国名なのに、それを聞いた途端わたしの頭に『出づる日』って日本語が浮かんでしまった。

 そして、住んでいた種族は日本人風。
 
 血で染まった赤い甲冑が、赤い鎧威のイメージに塗り替えられるとは思わなかった。

 はぁー。
 情報量が多すぎて、頭がパンクしそう。

 結局、本編を読めていない時点で、わたしにはどうすることも出来ないのだけど……。


 裏切り者の血脈。

 ふと、スティーブン様の心配顔が浮かんできて、わたしは深くため息をつく。

 そうよね。
 庶民同士でも、破局の原因になるのよ。
 ましてや、わたしは一応男爵令嬢で。

 わたしがレンさんを選ぶと決めたとしたら、やっぱり両親は反対するよね?

 いつの間にか寮の前まで戻ってきていたわたしは、ため息を落とす。

 階段を上り、部屋の扉を開けて中に滑り込むと、わたしはその場でしゃがみ込んだ。

 
「あ。縁談のこと……聞きそびれちゃった」
 

 呟いた言葉は、虚しく室内に溶けて消えた。


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