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第六章
不遇の理由 ⑴
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っぅあ゛ぁ~。やらかしたぁ。
今更ながら恥ずかしくなって、わたしは ベンチに座ったまま頭を抱え、小さく呻いた。
わたしの横に座っているスティーブン様は、乾いた笑いを浮かべながら、レンさんのジャケットを広げて彼の膝の上に置いている。
うう。完全に無意識だったのに、魔性の権化みたいな人に、魔性とか言われちゃいましたけど?
でも。でもですよ?
『バニラみたいな甘い匂いがする♡』とか言われたら、バニラビーンズ入りクリームパンが大好物な わたしとしましては、興味がそそられちゃうじゃないですかっ!
それにっ!
普段からレンさんて殆ど体臭を感じなくて、何なら一緒にいた人の匂いくっつけて来ちゃうような人だから、彼自身はどんな香りなのかな?とか、多少気になってもいたし……?
~~~。
はい。言い訳です。
ごめんなさい。
っていうか、無意識であんなことしちゃうの? わたし。流石にやばいかも。
レンさんにおかれましては、それはもう、焦ったに違いない。
スティーブン様が昼(朝?)寝の毛布がわりにジャケットを借りようとした段階で、既に『汗臭いですから』って難色を示していたのに、わたしにまで匂われたら、さぞ恥ずかしかっただろうな。
一瞬で顔を真っ赤に染めたレンさんを思い出すと、悪いことをしてしまったと反省しきりだ。
ただ……。
こんなことを言ったら、余計恥ずかしがるだろうから、本人には言わないつもりだけれど……その、凄く可愛かったな。
わたしは小さくため息を落とす。
出会った時の無表情さを鑑みると、随分柔らかくなってきた気がする彼の表情。
特に、昨日みせてくれたあどけない笑顔や、今日の 顔を赤らめつつ狼狽え、口をはくはくと開閉している時の表情なんかは、彼の心情をしっかり表現していたよね。
近くでその変化を見ることができるって、役得だわ。もしかしたら、ヒロイン特典なのかもしれないけれど。
表情を緩めていると、隣に座っているスティーブン様が、深くため息を吐いた。
「青くなったり赤くなったり、困ったり にやけたり、百面相ね?
はぁ~。全く。思いもよらないことばかりおきて、寝不足の頭では処理しきれないわ」
スティーブン様が、呆れたように口を開いたので、わたし背筋を延ばした。
これはやっぱり、お小言をいただく流れかな?と思って。
でも、スティーブン様の次の言葉に、わたしは度肝を抜かれた。
「ねぇ。今日の朝、二人で逢引きする約束でもしていたの?」
「っっ? ぇえ?」
瞬時に出たのは、驚きと疑問の声だけ。
すみません。
ちょっと仰っている意味がわかりません。
合挽き? ひき肉は作りませんが?
うまく言葉が出てこないわたしをチラリと見ると、スティーブン様は怪訝そうな顔で続ける。
「だって、こんな時間よ? お日様がでた直後よ?」
「いえ。わたしの朝のお散歩と、レンさんの鍛錬の時間が、比較的重なるというだけで?」
やっとでた言葉は、どことなく上擦ってしまう。
いえ。本当なんです。
朝の散歩は、領地にいた時からのわたしの日課で! レンさんの朝鍛練に合わせているわけでは決してなく……ええと、それはもちろん?お会いできればラッキーだな、とは思うけど、純粋に体調管理の一環で?って。
何で、自分に言い訳してるのかしら?
どう伝えたら誤解を生まずに済むか、言葉を選んでいると、わたしが説明するより前に、スティーブン様が冷笑しながら口を開いた。
その口調には、僅かな嘲りが感じられる。
「あら。そしたら、結構な頻度で、早朝逢瀬を楽しんでるってわけ? やっぱり魔性だわ」
「誤解です!普段はそれこそ、挨拶を交わす程度で……」
「普段は、ね。つまり、今日は何らか話そうと思っていたのではなくて? でなければ、あの状況よ? 淑女ならば、見て見ぬふりをするのが普通でしょう? 勇敢な聖女候補様?」
「それは……確かに、今日はちょっとお聞きしたいことがあったのも事実ですが、それより何より、レンさんが嫌がっていたようでしたから」
目上の方に失礼だとは思ったけど、無いことないこと言われて、若干の苛立ちを覚えていたわたしは、ついズバッと言い返してしまった。
だって、あの時レンさんは、硬い声で『どいて』って言ってたもの!
「ふむ。じゃ、そこは良いわ。で、何を聞こうとしていたの?」
「それは……その」
わたしの口から言って良いのか、少し悩んで口を閉ざす。
「まさか、告白しようとか?」
「ちがっっ。違います!」
「だったらなぁに? 私が知ったらまずいこと?」
ぐぬぬぅ。
これは、言うまで引いてくれそうもないかな?
まぁでも、よく考えてみれば、噂元はセディーさんで、彼はスティーブン様が連れて来たのよね。ということは、あの噂がスティーブン様の耳に入っている可能性は高い。
だったら、隠さず言ったほうが得策かな?
「その。レンさんに縁談の話が出ていると噂が立っていたので?」
「あらまぁっ。そうなの?」
わざとらしく驚いて見せるスティーブン様。
コレは、知ってたわね。
「はい。わたしは人伝てに聞いたのですが、セディーさんが噂を流していたそうですよ?」
部下なら、しっかり管理してくださいって趣旨の、微かな嫌味を言の葉にのせると、スティーブン様は気付いたようで、右側の口角をあげて笑う。
「それを聞いて真偽を確かめて、それから貴女はどうするつもりだったのかしら?」
「それはっ。事実ならば……お祝いを?」
「本当に?!」
訝しむように尋ねられ、いよいよ言い返せなくなった。
お祝い……正直、ちょっと言える気がしなくて。
わたしが沈黙していると、スティーブン様は右手で額を抑えて、ため息をひとつ。
「はぁ。何ということかしら。完全に私の読み違いだわ。『殆ど接触がない』っていうアメリの情報を、鵜呑みにしたのが不味かった。しっかりとあるじゃない!
まぁでも、こんな時間なら、誰も気付きゃしないわね」
ぶつぶつと独り言のように呟くスティーブン様。
そのほとんどを聞き取ることができなかったけど、何となく憤っている雰囲気が伝わってくる。
そう言えば、よく見ると、何となくやつれて疲れた感がありますけど、もしや昨晩徹夜とかで気が立っているの?
訝しんで見ていると、スティーブン様は大きくため息をついて、わたしに向きなおり、こう言った。
「ローズマリーちゃん。昨日も言ったけど、貴女にはエミリオ様がお似合いよ。ジェフはダメ。それと、レン君はもっとダメ。深入りして、辛い思いはしたくないでしょう? 悪いことは言わないから、やめておきなさい」
「……ぇ?」
小さく疑問の声が口をつく。
何故唐突に、そんな話になったの?
「それは……聖騎士だからですか?それとも、平民だから?」
「いいえ。別に、聖女やめた後なら、どちらでも好きに選ぶと良いわ。もちろんイチオシはエミリオ様だけど、聖騎士でも、例えばラルフ君とかなら問題ないわ。平民でも、セディーとかなら有りね。
でも、レン君は血脈が良くないから」
わたしは、ちょっとムッとして言い返す。
「血脈、ですか? スティーブン様が、そんなことにこだわるとも思えないのですが?」
我ながら子どもっぽい返しをしてしまったと思う。
スティーブン様は、困ったように後頭部を掻きつつ、ため息を落とした。
「はぁ。コレを話すと、彼との約束に違反することになるから本当は嫌なんだけど、アナタ納得しなさそうだから言うわ。
彼、レン君はね、数百年前に滅んだ帝国の血脈なのよ。知っていて? 緋獅子の帝国イヅルヒを……」
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