上 下
269 / 282
第六章

不遇の理由 ⑴

しおりを挟む

(side ローズ)

 
 っぅあ゛ぁ~。やらかしたぁ。

 今更ながら恥ずかしくなって、わたしは ベンチに座ったまま頭を抱え、小さく呻いた。

 わたしの横に座っているスティーブン様は、乾いた笑いを浮かべながら、レンさんのジャケットを広げて彼の膝の上に置いている。

 うう。完全に無意識だったのに、魔性の権化みたいな人に、魔性とか言われちゃいましたけど? 

 でも。でもですよ?

 『バニラみたいな甘い匂いがする♡』とか言われたら、バニラビーンズ入りクリームパンが大好物な わたしとしましては、興味がそそられちゃうじゃないですかっ!

 それにっ!
 普段からレンさんて殆ど体臭を感じなくて、何なら一緒にいた人の匂いくっつけて来ちゃうような人だから、彼自身はどんな香りなのかな?とか、多少気になってもいたし……?

 ~~~。

 はい。言い訳です。
 ごめんなさい。

 っていうか、無意識であんなことしちゃうの? わたし。流石にやばいかも。

 レンさんにおかれましては、それはもう、焦ったに違いない。
 スティーブン様が昼(朝?)寝の毛布がわりにジャケットを借りようとした段階で、既に『汗臭いですから』って難色を示していたのに、わたしにまで匂われたら、さぞ恥ずかしかっただろうな。

 一瞬で顔を真っ赤に染めたレンさんを思い出すと、悪いことをしてしまったと反省しきりだ。

 ただ……。

 こんなことを言ったら、余計恥ずかしがるだろうから、本人には言わないつもりだけれど……その、凄く可愛かったな。

 わたしは小さくため息を落とす。

 出会った時の無表情さを鑑みると、随分柔らかくなってきた気がする彼の表情。
 特に、昨日みせてくれたあどけない笑顔や、今日の 顔を赤らめつつ狼狽え、口をはくはくと開閉している時の表情なんかは、彼の心情をしっかり表現していたよね。

 近くでその変化を見ることができるって、役得だわ。もしかしたら、ヒロイン特典なのかもしれないけれど。

 表情を緩めていると、隣に座っているスティーブン様が、深くため息を吐いた。


「青くなったり赤くなったり、困ったり にやけたり、百面相ね?
 はぁ~。全く。思いもよらないことばかりおきて、寝不足の頭では処理しきれないわ」


 スティーブン様が、呆れたように口を開いたので、わたし背筋を延ばした。
 これはやっぱり、お小言をいただく流れかな?と思って。

 でも、スティーブン様の次の言葉に、わたしは度肝を抜かれた。


「ねぇ。今日の朝、二人で逢引きする約束でもしていたの?」

「っっ? ぇえ?」


 瞬時に出たのは、驚きと疑問の声だけ。
 
 すみません。
 ちょっと仰っている意味がわかりません。
 合挽き? ひき肉は作りませんが?

 うまく言葉が出てこないわたしをチラリと見ると、スティーブン様は怪訝そうな顔で続ける。


「だって、こんな時間よ? お日様がでた直後よ?」

「いえ。わたしの朝のお散歩と、レンさんの鍛錬の時間が、比較的重なるというだけで?」


 やっとでた言葉は、どことなく上擦ってしまう。

 いえ。本当なんです。
 朝の散歩は、領地にいた時からのわたしの日課で! レンさんの朝鍛練に合わせているわけでは決してなく……ええと、それはもちろん?お会いできればラッキーだな、とは思うけど、純粋に体調管理の一環で?って。
 何で、自分に言い訳してるのかしら?

 どう伝えたら誤解を生まずに済むか、言葉を選んでいると、わたしが説明するより前に、スティーブン様が冷笑しながら口を開いた。

 その口調には、僅かな嘲りが感じられる。


「あら。そしたら、結構な頻度で、早朝逢瀬を楽しんでるってわけ? やっぱり魔性だわ」

「誤解です!普段はそれこそ、挨拶を交わす程度で……」

「普段は、ね。つまり、今日は何らか話そうと思っていたのではなくて? でなければ、あの状況よ? 淑女ならば、見て見ぬふりをするのが普通でしょう? 勇敢な聖女候補様?」

「それは……確かに、今日はちょっとお聞きしたいことがあったのも事実ですが、それより何より、レンさんが嫌がっていたようでしたから」


 目上の方に失礼だとは思ったけど、無いことないこと言われて、若干の苛立ちを覚えていたわたしは、ついズバッと言い返してしまった。

 だって、あの時レンさんは、硬い声で『どいて』って言ってたもの!


「ふむ。じゃ、そこは良いわ。で、何を聞こうとしていたの?」

「それは……その」


 わたしの口から言って良いのか、少し悩んで口を閉ざす。
 

「まさか、告白しようとか?」

「ちがっっ。違います!」

「だったらなぁに? 私が知ったらまずいこと?」


 ぐぬぬぅ。
 これは、言うまで引いてくれそうもないかな?
 まぁでも、よく考えてみれば、噂元はセディーさんで、彼はスティーブン様が連れて来たのよね。ということは、あの噂がスティーブン様の耳に入っている可能性は高い。

 だったら、隠さず言ったほうが得策かな?


「その。レンさんに縁談の話が出ていると噂が立っていたので?」

「あらまぁっ。そうなの?」


 わざとらしく驚いて見せるスティーブン様。
 コレは、知ってたわね。


「はい。わたしは人伝てに聞いたのですが、セディーさんが噂を流していたそうですよ?」


 部下なら、しっかり管理してくださいって趣旨の、微かな嫌味を言の葉にのせると、スティーブン様は気付いたようで、右側の口角をあげて笑う。


「それを聞いて真偽を確かめて、それから貴女はどうするつもりだったのかしら?」

「それはっ。事実ならば……お祝いを?」

「本当に?!」


 訝しむように尋ねられ、いよいよ言い返せなくなった。
 お祝い……正直、ちょっと言える気がしなくて。
 
 わたしが沈黙していると、スティーブン様は右手で額を抑えて、ため息をひとつ。



「はぁ。何ということかしら。完全に私の読み違いだわ。『殆ど接触がない』っていうアメリの情報を、鵜呑みにしたのが不味かった。しっかりとあるじゃない!
 まぁでも、こんな時間なら、誰も気付きゃしないわね」


 ぶつぶつと独り言のように呟くスティーブン様。
 そのほとんどを聞き取ることができなかったけど、何となく憤っている雰囲気が伝わってくる。

 そう言えば、よく見ると、何となくやつれて疲れた感がありますけど、もしや昨晩徹夜とかで気が立っているの?

 訝しんで見ていると、スティーブン様は大きくため息をついて、わたしに向きなおり、こう言った。


「ローズマリーちゃん。昨日も言ったけど、貴女にはエミリオ様がお似合いよ。ジェフはダメ。それと、レン君はもっとダメ。深入りして、辛い思いはしたくないでしょう? 悪いことは言わないから、やめておきなさい」

「……ぇ?」


 小さく疑問の声が口をつく。

 何故唐突に、そんな話になったの?


「それは……聖騎士だからですか?それとも、平民だから?」

「いいえ。別に、聖女やめた後なら、どちらでも好きに選ぶと良いわ。もちろんイチオシはエミリオ様だけど、聖騎士でも、例えばラルフ君とかなら問題ないわ。平民でも、セディーとかなら有りね。
 でも、レン君は血脈が良くないから」
 

 わたしは、ちょっとムッとして言い返す。


「血脈、ですか? スティーブン様が、そんなことにこだわるとも思えないのですが?」


 我ながら子どもっぽい返しをしてしまったと思う。
 スティーブン様は、困ったように後頭部を掻きつつ、ため息を落とした。


「はぁ。コレを話すと、彼との約束に違反することになるから本当は嫌なんだけど、アナタ納得しなさそうだから言うわ。
 彼、レン君はね、数百年前に滅んだ帝国の血脈なのよ。知っていて? 緋獅子の帝国イヅルヒを……」
しおりを挟む
感想 289

あなたにおすすめの小説

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星里有乃
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...