投稿小説のヒロインに転生したけど、両手をあげて喜べません

丸山 令

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第六章

魔性?

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 (side ローズ)


 生きていく上で、『転換点になる物事』というのは、誰にでもあると思う。
 そして、今、正に転換点に立たされているわたしは、有難くも、進むべき道を自分で決められる立場にいる……。
 

 いつもより ほんの少しだけ早く目覚めた わたしは、まだ薄暗い窓の外を眺めてから、深く息を吐き出した。


 前世を思い出した時に、物語通り、国を守り続ける覚悟を決めた。
 これは、悩むようなことでは無かった。わたしはまだ死にたくないし、愛する家族や領民にも、死んでほしくなかったから。

 協力者を探し、聖女になる努力もしている。 
 そして、誰を『最愛』に選ぶか……イマココ。

 これに関しては、何というか……。
 あれこれ思い悩んではみるものの、わたしはまだ、自分の気持ちを上手く掴めずにいる。

 物語魔神は、もっとわたしの心まで強制してくるものだと思っていたんだけどなぁ。

 確かに、日々成長する『メインヒーロー』エミリオ様には きゅんきゅんするけど、いつも大人っぽい『サブヒーロー』ジェフ様の純真な微笑みにも胸が高鳴る。それから……もう一人。

 普段無表情な彼の あどけない微笑みを思い浮かべ、わたしは意を決して立ち上がった。

 物事、タイミングは大事よね。
 だからこそ、ウジウジしていないで、ここではっきりさせておいた方が良い。

 縁談の話が出ていると、噂されていた。それを受けるつもり、とも。

 この世界においての『縁談』、しかも平民同士の場合は、相手に相当の瑕疵がない限り、会ってすぐその日に籍を入れるのがセオリーなのよね。
 つまり、『縁談を受ける』イコール『即結婚』。

 噂の真偽を確かめようと思った。
 既に縁談が進んでいるのならば、今日のうちに、この選択肢を除外することができるから。

 はやく、早く。

 妙に気が急く感じがするのは、きっと、魔王軍侵攻の時が近付いて来ているから……よね?

 それに……ジェフ様から告白して頂いたし、近々エミリオ様から大切なお話があると言われている。
 タイムリミットが近づいているのは間違いないから、選択肢は少ない方が決断はしやすいもの。


 急いで着替えて部屋を出ると、窓の外を見て立ち止まった。

 薄暗がりの中、いつもの場所でストレッチをしているレンさんを見つけたから。

 良かった。いた。

 安堵したはずなのに、何故だか胸がざわめいた。

 何だろう。少し、不安なのかな? 
 そもそも、何と言って声をかければ良いかしら。
 
 ここは普段通り まず挨拶をして、少し世間話を……いきなり『ご結婚されるんですか?』なんて、流石に不躾だし。
 ラルフさんたちが来てしまったら、二人がそのことを知っているとは限らないから、絶対聞きにくくなる。
 だから、早く声をかけるに越したことはない。

 でも……わたしがそれを聞いた時、彼が幸せそうに『実は、そうなんです』なんて、答えたとしたら、どうしよう。

 足を踏み出して、再度踏みとどまり、首を傾げた。

 そんなの決まっている。
 笑顔で『おめでとうございます』って言う以外に、選択肢ある?

 聖堂で育った彼は、きっと家族の愛情に飢えている。あの不自然なまでの自信の無さは、多分それが原因の一つよね。
 そんな彼が、幸せを手にするのなら、祝福するべきよ。

 うん。頭では理解できてる。

 なのに、どうしてこの足は前に出ようとしないわけ?

 早く行かなきゃなんだってば!
 立ち止まろうとする足を励まして、何とか寮の外に出ると、寮伝いに半周回って鍛錬場側へ回り込んだ。
 
 その時、目の前を人影が横切った。

 それはほんの一瞬のことで、少し離れたこちらから レンさんがいる方を見ていたから、わたしは偶然気づけたけど、普段だったら見逃していたと思う。

 彼、スティーブン様は、まるで肉食獣が獲物を狙うかのような動きで、そろりそろりと音もなくレンさんの背後に忍び寄っていく。

 レンさん、まだ振り向いたりしないけど、まさか気づいてないのかしら?

 いえ、気配に敏感な彼のこと。
 多分、わたしがここにいることだって把握している気がするし、いくらスティーブン様が上手に気配を隠しているとは言え、流石に……。
 
 でも……もし気づいてないなら、わたしが伝えるべき?

 そう考えて、数歩近寄った時には、二人は既に接触していた。

 スティーブン様の強襲に気付いたらしいレンさんは、すかさず前方に跳んで、スティーブン様の突進系バックハグをかわした。
 一方、奇襲に失敗したかに見えたスティーブン様だけど、そこからの転身は見事で、着地と同時に、レンさんの着地点に向けて長い足を伸ばす。

 あっ!あぶない!

 足の上に着地したら、二人とも怪我をしてしまうわ。
 とその時、レンさんは地面に付いていた片方の手に重心を乗せ、のけぞるように反対側へ空中で体制を変えた。すごい!
 これで無事に難を逃れたと安堵したら、スティーブン様は伸ばしていない方の足を支点に、伸ばした長い足を回転させて、無理な着地で若干前傾していたレンさんのスネを払う。

 つんのめる形になって、受身をとりながら地面に転がるレンさん。
 丁度仰向けになったところに、意気揚々とスティーブン様が覆い被さっていく。
 
 って。きゃーっ!
 も、また、何やってるの?


「……どいてください」


 静かに呟かれた声は、硬質な響き。
 嫌がっている!

 それでもスティーブン様はどかない。どころか、ますます密着して、耳元に顔を寄せていく。

 レンさんの肩が、跳ねるのが見えた。

 ひどい!
 スティーブン様は、レンさんが耳が苦手なのを知った上で、毎回嫌がらせをしているのだわ。
 一昨日の晩もそうだったもの。

 レンさんは下敷きにされて、身動きが取れないみたい。スティーブン様が耳元に顔を埋めている間中、小刻みに肩を振るわせている。

 止めなきゃ……。

 どう見たって、双方合意の逢瀬って感じじゃないもの!

 わたしは二人に駆け寄ると、スティーブン様の制服の裾を引いた。

 不敬なのは理解しているから、後で罰を受けるかもしれない。

 でも、ダメ!
 レンさんはスティーブン様にはあげられないわ。って言うか、スティーブン様には愛人だっているのでしょう?


「ダメ! 嫌がってます。やめてあげて下さい!……誰彼構わずそんなことをして、愛人の方に、何と言い訳なさるのですか?」


 スティーブン様の視線が、ゆっくりとこちらに向けられたの見ていて、心臓が凍りそうなほど怖かったけど、何とかそう言うことができた。



「あらー。なかなか勇気があるわねぇ。ローズマリーちゃん。不敬罪は覚悟の上? 全く、これじゃ、どちらがナイトだか。んっっふふっ」


 起き上がったスティーブン様の返事は、思っていたよりずっと柔らかかった。

 怒ってないです?
 本当?
 なら、良かったけど……。


「無礼を致しましたこと、謝罪申し上げます」


 二人が立ち上がるのを見て、わたしは深々と頭を下げる。


「もちろん許すわよ。昨日は徹夜で疲れたから、すこーしこの子を揶揄って憂さを晴らしてただけなの。この後ここで、少しだけ仮眠させて貰って、補佐が起きた頃に案内してもらうつもりだったのよ」


  そう言って、スティーブン様はベンチにどかっと腰掛けると、レンさんの制服のジャケットを手に持った。


「これ、借りるわね。丁度良い時間に起こしてくれる?」

「……起こすのは構いませんが、それは汗臭いですから……」


 レンさんは眉を寄せている。

 いえ。
 レンさんの体臭なんて、他の騎士さんに比べたら、無いに等しいかと。
 

「全然匂いなんて感じないけど……あ?んー?」


 そう言いながら、スティーブン様はジャケットに顔を埋めた。


「バニラの匂いがする。んー。悪くないわ」

「え?そうなんですか?」


 興味をそそられて、わたしはふらふらとスティーブン様の近くに歩み寄り、ジャケットの袖口を拝借した。

 エミリオ様はホワイトムスクの香り。ジェフ様は薔薇の香り。だから、レンさんの香りもついつい気になってしまうよね。
 以前抱き上げて頂いた時は、スティーブン様の香水の匂いでかき消されていたし。
 
 ふむふむ。
 確かに、バニラみたいな甘い香り、プラス、僅かグレープフルーツ的な柑橘系?
 これが体臭って、負けた感が。


「ローズさんっ⁈」


 焦ったようなレンさんの声が聴こえて、我に返った。
 そちらに目を向けると、レンさんはこちらに手を出して、口を僅か開いたまま固まっていた。

 あ。
 止めようとしてましたよね。

 でも、全然本当に臭くないって言うか?


「本当に、バニラみたいな甘くて良い匂いがしますよ? 気にしすぎです!」


 言った瞬間、レンさんの顔が真っ赤に蒸気した。

 そこでようやく、やらかしたことに気付いたわたし。
 いや、汗をかいた時に着ていた服の匂い嗅がれるって、普通に恥ずかしいよね。それはそうよ。


「走りこみに……行って来ます」
 

 彼にしては珍しくぎこちない動きで後ろを向いたレンさんは、逃げるようにその場から走り去った。


 あわわ。どうしよう。
 冷や汗を拭っていたら、スティーブン様に肩を叩かれ、ベンチに座るよう誘導された。


「貴女。天然とは思っていたけど、案外魔性よね。あんなことされたら、私だってトゥンクしちゃうわ」

「魔性⁈ですか? いえ、ちょっと寝不足で?」

 誤魔化しの言葉は、スティーブン様の乾いた笑いであっさり流されてしまった。
 


 
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