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第六章

届けられた知らせ⑵

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(side エミリオ)


「マリー。俺はお前のことが好きだ。
 ……知っての通り、俺には婚約者がいて……だが、それは お前と出会う前に決まっていたことで……! 
 つまりは、俺が心から好きだと思ったのは、マリーだけでっ……」

「二十点。言い訳がましいです」

「同意見です。ヴェロニカ様の件は、尋ねられるまで言う必要は ないのでは? 女性の視点からはどうだ? ジュリー」

「そうですね。他の女性と比較して『お前のほうが上』と言われても、ローズマリー嬢は喜ばない気もします。彼女の性格を考えると」

「ぐぅっ……」


 胸の前で右手を握り拳にしつつ、俺は唸り声を上げた。

 因みに、発言はハロルド、団長、ジュリーの順。それぞれの言葉が、深く俺の胸をえぐってくる。


 女神降臨の儀での成功体験に加え、スティーブンや姉様の後押しもあって、城に帰ってきた時の俺のテンションは、爆上がりしていた。
 それはもう、『婚約が決まった』くらいの勢いで、上機嫌だったわけだ。

 だって、そんな気分になるだろう?
 周囲は、完全に俺の味方してくれている。
 あの時のマリーは、頬を薄桃色に蒸気させて優しく微笑んでいて……あんなの、脈有りと思っちゃうだろう?

 そんなわけで、晩餐の最中も風呂に入っている間も、明日迎えるハッピーエンドのシナリオを想像して、俺は頬が緩むのを止められなかった。

 周囲から見ても、さぞ にやけて見えたのだろう。

 寝る前の時間に行われる 明日の予定の確認の最後に、執事のハロルドが生温かい笑みを浮かべて、俺に尋ねてきた。


「して、なんと言って告白なさるおつもりですかな?」

「それは……その、あれだ。ええと……」
 

 思わず口ごもると、冷や汗が伝った頬を 人差し指でぽりぽりと掻く。

 よく考えてみたら、何と言うかまでは考えてなかったことに気づいたから。

 視線を彷徨わせている俺の様子に不安を感じたらしいハロルドが、『それでは、念のため予行演習を……』と控えめに提案してきて、それが、今現在の怒涛のダメ出しへとつながったわけだ。


「そういうものか? だけど、ヴェロニカとの婚約は破棄できない。その事実を伝えないのは不誠実だし、でも、一番好きなのはマリーだと伝えたいし……女性は、『お前が俺の一番だ』と言われると、嬉しいのではないのか?」

「そういうのが好きな女性もいるでしょうが、ローズマリー嬢は常識的ですからね。ヴェロニカ様のお気持ちを考えると、素直に喜べないかと」

「そういうものか?」

「えぇ。それに、結婚前から順位がついていると、『いずれ変動するのでは?』と、毎日不安になりそうです」

 ジュリーは困ったように眉を寄せながら答えた。


「ジュリーも、やっぱり嫌か?」

「まぁ、そうですね」


 なるほどな。
 女性の意見が聞けるのはありがたい。
 今度オレガノに、こっそり教えてやろう。

 さておき、くどくどと言い訳を重ねるのではなく、はっきりと、か。だったら……。


「マリーのことが大好きだ!俺と結婚してくれ!」
 
「ほうほう。五十点。ストレートに気持ちは伝わります。ただ、庶民ならば十分でしょうが、殿下が使うとなるとやや強制的ですかな?」

「確かに。ある意味、逃げ道は奪えますがね。彼女の意思はどうあれ、王族からの命令ですから……」


 ハロルドの辛口採点に、これまた同意する団長。


「強制か……できたら、そういうことはしたくないな」


 やっぱり、両思いで結婚するのが互いにベストだろうし。

 俺が眉を寄せていると、ジュリーは優しく微笑んだ。


「『命令』を『お願い』にするのはいかがです?つまり、語尾を『考えて欲しい』に、変えるのです。
 また、返事の期限も伝えた方が良いでしょう。うやむやになってしまうことも、ありますから」
 
「なるほど、そうすると?ええと……。
『俺はマリーのことが大好きだ。よかったら俺との結婚を考えてみてほしい。期限は~~次に会う時まで』」

「期限については やや曖昧ですが、次に会う約束も同時に決めてしまえば……うん。良いのではないでしょうか」

「なるほど。それは良い」


 ハロルドと団長の賛同も貰えて、俺はようやくソファーに座った。

 よし。これで告白の言葉も決まった。
 あとは、寝る前に何度か練習しておこう。
 本番で噛むとカッコ悪いからな。

 俺は、上機嫌で告白の言葉を何度も口にのせてみる。

 最初はぎこちなかったが、三回めあたりから、うまくなじんできたみたいだ。

 明日が楽しみだな。

 明日は降臨祭の後夜祭。
 告白のタイミングは、降臨祭の閉会式が終わったあと。

 もしその場でオーケーを貰うことができれば、午後から行われる後夜祭の時、ずっと一緒にいることも可能だ。

 ワクワクしすぎて、眠れるだろうか。
 いや。寝ないと。
 目の下にクマなんか出来たら、格好悪いからな。

 協力してくれた三人に礼を言い、ベッドに横たわった時だった。

 部屋の外からざわめきが聞こえてきて、俺は眉を寄せる。

 団長は慌てて部屋の外へ出て行ってしまった。

 何かあったのだろうか?

 微かに不安を感じて、大人しくベッドに腰かけて待っていると、しばらくしてから団長は戻って来た。
 その表情は、すこぶる固い。


「何の騒ぎだった?」


 尋ねると、団長は渋面のまま答えた。


「はい。英雄が帰還されました。各都市住みの旅団に協力を依頼して馬を乗り繋ぎ、昼夜問わず駆けてきたと……」

「その様子ですと……」


 ジュリーは眉を寄せる。


「ああ。良くない知らせだ。今回のマグダレーン襲撃に、魔族が関わっている可能性が濃厚となった」


 室内にいた全員が、固唾を飲んだ。


「では、明日は……?」

「これから対策会議が行われるが、明日の後夜祭は、王族は不参加となった」


 団長の言葉に、体の力が抜けた。

 折角。折角ここまで積み上げたのに!
 こんなこと、あってたまるか。

 呆然とハロルドを見ると、ハロルドは残念そうにこちらを向いて頭を振った


「その旨、取り急ぎ手紙をしたためましょう。不義理があってはいけません。なーに。またすぐ会えますよ」


 つとめて明るくいうハロルドにうなづき、俺は手紙を書くべく立ち上がった。
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