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第六章
好きだから……
しおりを挟む鍛錬場は、陽が落ちて幾分風が涼しく感じられるようになって来ていた。
先ほどローズとレンが曲がっていった女子寮の建物の角を、ぼんやりと眺めていたジャンカルロだったが、やがて、残った食品を口に放り込んでいるラルフへと視線を戻し、げんなりとため息をついた。
「……よく入るものだな。胃袋に穴でも空いているんじゃないのか?」
「そんなこと、初めて言われたっすよ。で、その穴は何処に繋がってるんです?」
「さてな。案外、魔界にでも繋がっているんじゃないか?」
「世界の裏側?そりゃ大変だ」
ラルフは、気の無い返事を返しながら、手元に残してあったベリーパイを口に放り込んだ。
その、普段と変わらない様子に、ジャンは黙り込んで、チラチラと上目遣いにラルフの様子をうかがっている。
食べ終わってもなお、その状態が続いていたため、ラルフは後頭部の髪を掻きながら、隣に座るジャンに対し、向き直った。
「何すか? さっきから。
言いたいことがあるなら、はっきり言えば?」
目を合わせて尋ねられ、ジャンは慌てて視線を下げた後、再度上げて視線を合わせ直した。
「いや……その。『良かったのかな?』と、思っただけだ」
「何が?」
「何がって、わざと クルスさんがローズマリーさんを送っていくように仕向けたから! 普段だったら、お前、自分が行くと申し出るだろ?」
「ああ。まぁ、そうっすね」
ラルフは、バツが悪そうに明後日の方向を向いて髪を掻く。
「だから、良かったのかな?って」
「良いに決まってるから、そうしたんでしょ?」
「だって、お前……好きだろう? え? まさか、譲るつもりなのか? お前、そういうキャラだっけ?」
混乱したように額を掻くジャンを見て、ラルフは一瞬呆けたが、直ぐにくすくす笑い出した。
「そりゃ、相手によるっしょ。ライバルがジャンなら、絶対譲らないっすけど?」
「どういう意味だ!」
振り上げられたジャンの拳を避けながら、ラルフは笑った。
「だって、仕方ないじゃないですか。オレ、二人とも好きですもん。幸せになって欲しいじゃないですか。
特に先輩は、ローズさんを逃したら、一生恋愛感情とは無縁の人生をおくりそうだし……」
ジャンは眉を寄せる。
「余計なお世話じゃないのか? まだ、クルスさんがローズマリーさんを好きだと言ったわけでもないのに」
「あれ見て気づかないとか、アンタ今日ずっと、何見てたんすか?」
「ぐぬぅ……いや、しかしローズマリーさんの気持ちも、考えるべきだろう?」
「そりゃまぁ、手を上げている人は数多いますから、最後はローズさんが選ぶでしょうけど? 今日の反応とか見てると、可能性が無いこともないと思うんですよね。少なくとも、聖堂の中では、先輩が頭一個抜けてると思いますよ?」
「ふーん。つまり、負けを認めてるわけか」
「底意地が悪いっすね。ああ、そっか。ジャンにとっても、都合が悪かったですか? それは、申し訳なかったっす」
「別に。僕のは、そういうのじゃない」
「どうだか?」
互いに軽く牽制しあった後、二人は大きくため息をつく。
「俺様な王子殿下や腹黒侯爵令息が本気で狙ってるのに、先輩そっち方面致命的に鈍いから、応援してるこっちは、とにかくヤキモキするんですけどね……」
ラルフがそう呟いた時、女子寮方面から戻ってくるレンの姿が見えたので、二人はそこで会話を中断した。
「お帰りなさい。ちゃんと送り届けました?」
「ああ」
頷きながらシートに座ると、レンは手近なゴミ類の片付けを始めた。
それを手伝いながら、ラルフはニヤニヤと尋ねる。
「何かお話できました?」
「おにぎりの話はしたが?」
「え~。食べ物?色気ないな~っ」
「色気など持ち合わせていないから、仕方ない」
「はぁ~。ほんと、そういうとこ。せめてもう少しゆっくり。先輩ちゃんと、ローズさんの歩調に合わせてます? 帰ってくるの早すぎ」
ラルフが盛大にため息をつき、ジャンカルロはくすくすと笑った。
レンは僅かに眉を寄せる。
「無論、合わせている。ただ、男性神官の寮から視線を感じたから、早々に戻って来た。妙な噂を立てられては、ローズさんの迷惑になる」
「視線ですか?」
ジャンが尋ねると、レンは頷いた。
「おそらく二人。何処か粘着質な感じで、途中から、敵意のようなものも感じられ、少々不快だった」
「はぁ。それは、それは。誰ですかね? 普通に考えるなら男性神官?」
「あの気配と靴音……思い当たる人物はいるが、何のためにそこにいたのか……? 或いは、気のせいで、全くの別人かもしれない」
ラルフは首を傾げる。
「珍しいですね。結構疲れてるんじゃ無いすか?」
「そうかもしれない。この後。夕食前にしばし仮眠を取ることにする」
シートの上を粗方綺麗にし終わると、レンは直ぐに立ち上がった。
「軽食を用意してくれたことに感謝する。この埋め合わせは必ず」
「やたっ!肉が良いです!」
瞬発的に応えたラルフを見て、レンは目元を和らげた。
「わかった。では、先に戻る」
軽く手袋をはめたままの右手を上げて挨拶し、レンが踵を返そうとした時、ジャンは決心したように立ち上がった。
「あ、あの!クルスさん!これ」
目の前に差し出された一輪の薔薇を見て、レンは僅かに首を傾げる。
「お返しします」
「だが……」
「あの時、僕がこれを『欲しい』と言ったのは、貴方が守った物を、僕も守りたかったからなので」
「しかし、それだと、ジャンの幸福の花がなくなってしまうだろう?」
「別にいらないですけど、それなら、そのリシアンサスを下さい」
ジャンは、レンの左胸を指差す。
レンはしばし戸惑うように視線を揺らしていたが、やがて薔薇を受け取った。
「わかった。そういうことなら頂く。ありがとう」
「いえ。元々貴方のものだ」
レンは薔薇を自分の胸に挿すと、胸にあったリシアンサスを抜き取り、ジャンの胸にそっと挿した。
「それでは、また夕食の時に」
目元を和らげ、軽く頭を下げたレンは、聖騎士宿舎の中へ入っていった。
「返して良かったんすか?」
しばしの沈黙の後、座ったまま静かに二人の様子を見ていたラルフはジャンに声をかけた。
「良いに決まってるから、そうしたんだろ」
同じ言葉を返して、ジャンカルロは新しく胸に飾られた大輪のリシアンサスを、そっと撫でた。
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