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第六章
壁に耳あり、物陰に目あり? ⑵
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寮に戻っていったレンさんは、わたしが全員分のお茶を注ぎ終わる頃に戻ってきた。
タイミング、バッチリですね。
彼が持ってきたのは、ある程度深さも大きさもある 小判形をした木製のケース。
それを見たら、自分で使ったことがあるわけでもないのに、何とも言えない懐かしさを覚えた。
……この世界にも、お弁当箱って存在するのね。
ピクニックといえば、『紙や布巾に包まれた食品をバスケットに直入れ』と言うのが、この国では主流だから、ラルフさんもジャンカルロさんも興味深そうに、その箱を眺めている。
かく言うわたしも興味津々。
全員の視線が集中している中、レンさんは何処か気まずそうに蓋を開けた。
中から出てきたものを見た、わたしたち三人の反応は、三者三様。
ジャンカルロさんは何も見なかった振りで視線を逸らし、ラルフさんは逆にしげしげとそれを眺めた後 眉間に皺を寄せて首を傾げ、わたしは歓喜に目を輝かせた。
「何すか、これ。本当に食べ物? 爆発物っぽく見えますね」
とは、ラルフさんの発言。
箱の中に綺麗に並べられた俵形の青黒い塊は、見たことのない人からすると爆弾のように見えたみたい。
「だから、振る舞えるような物ではないと言った。自分用に用意した簡易食だから、無理して食べる必要はない」
そう言って、目を細めたレンさん。
でも、わたしは是非ともそれを頂きたかった。
前世の記憶が戻ってから、切望してやまなかったその食材!コメ!……でも、この国では 殆ど流通してなくて、個人で仕入れようとするとかなり高価になるそれは、わたしの手には届かないと諦めていた。
そう、箱の中身は、まさかのおにぎりだったの!
人様のお弁当を欲しがるような、そんな厚かましいこと、曲がりなりにも貴族階級に籍を置く人間が言うべきではないと分かっているけれど、状況がピクニックだから、お願いしてみようかな……。
「あ、あのっ。わたしは頂いてみたいです。その……おにぎりですよね?」
おずおずと申し出ると、レンさんは驚いたのか、瞬きを数回。
「よくご存知ですね。これは、竹筒の型で整形したものです。氷を入れた箱の中に入れておきましたので、恐らく大丈夫かとは思いますが、変な味がしたらやめておいて下さい」
そう言って、箱をこちらに差し出してくれた。
「ありがとうございます」
わたしは、わくわくしながらその中の一つを手に取った。
今日も暑いから、少しひんやりしたそれは、何とも食欲がそそられる。全体に海苔が巻かれた仕様なのも、手作り感があって良い感じよね。
米とか海苔とかの、ザ.日本食材がこの世界に存在することに驚きを隠せないけど、見た目が日本人風のレンさんがそれらを持っているとなると、やけに説得力があるから不思議だわ。
そういった文化の地域が存在していたとしても、おかしくないのかな?的な感じで。
「え。ローズさん。まじでそれ、食べるの?」
ラルフさんが、驚いたようにわたしを見ている。
あはは。初見なら、何で出来ているか分からない物って、食べるの勇気入りますもんね。
わたしは、満面の笑みで答えた。
「もちろん頂きますよ? 凄く美味しそう。因みに、中の具材は何ですか?」
「サーモンの塩漬けを焼いた物です」
「わぁっ。良いですね」
レンさんの返答に、わたしのテンションが、また一段跳ね上がった。
……最高かな。
焼いた塩ジャケとか嬉しすぎる。
おにぎりと言ったら、やっぱり王道の梅も捨てがたいけど、この世界、流石に梅干しまでは存在しないかもしれない。
そういえば、杏は見るけど、梅ってこの辺では見かけないわ。
やっぱり毒があるからかな? さておき、
「それでは、早速!」
そう言って、一口頂いてみて、
「ん~~っ❤︎」
感動のあまり、思わず頬を押さえて唸ってしまった。
何と言うことでしょうっ!
お米はふっくらと炊き上がり、やや薄めの塩加減。そこに、塩分強めの焼き鮭と海苔の風味が絶妙に合わさって……も、最高っ!
「え。何々?そんなに美味いんです?」
ストレートに尋ねてくるラルフさん。
その横で、ジャンカルロさんもチラチラとこちらに視線を向けてくる。
なるほど。
興味はあったけれど、自ら食べるのは勇気がいるから、とりあえず傍観したのかしら?
では、折角なので感想を。
「最高に美味しいです! 塩加減が絶妙で……レンさん、料理もお上手なんですね!」
「いえ。味を整えて成形しただけで、料理と呼べるほどのことでは……」
レンさんはそう言って謙遜するけれど、お米を炊くのも一手間だし、シンプルな物ほど、ほんのちょっとの塩加減で雲泥の差がつくと思うの。
「まじでっ? それじゃ、オレも!」
「僕も頂いて良いですか?」
おっと。
どうやら二人も、好奇心に火がついたみたい。
各々おにぎりを手に取り口に運んで、目を見開いた。
「えっ?うまっ……」
「美味しい……」
二人は ほぼ同時に呟いた後、あっという間に完食してしまった。
ほらね? 美味しいでしょう!って、わたしがドヤることじゃないけど、胃袋掴まれちゃいますよね。分かります。
そして、そんな二人に向けられたレンさんの目は優しい。
まるで微笑んでいるみたいな……そう。あと、ほんのちょっとだけ口角が上がれば……。
思わず凝視してしまっていた、その時不意に、こちらを向いたレンさんと目があった。
彼は、優しい目のまま頭を下げた。
「ありがとうございます」
あれ?
何でわたし、今、お礼を言われたの?
「お礼を言うのは、こちらです!」
「いえ。ローズさんには、いつもお心遣いを頂きますので。本日は、花も賜わりましたし」
有難いことです、と、レンさんはもう一度頭を下げる。
って、そうだ!花!
そのせいで、手に怪我をされたと……。
黒皮の手袋をはめている右手は、今のところ問題なく動いているようだけど……。
お詫びを言うべきかと考えていると、ラルフさんがニヤニヤしながら口を挟む。
「先輩。惜しいっす。後もう少し、ここら辺の筋肉を使ってですね?」
そう言って頬を摘もうとして、レンさんの左手に制された。
「あっ!ったく、もぉ~。あと少しで笑顔なのに……」
口を尖らせるラルフさんに、レンさんは眉を寄せる。その時レンさんの口から溢れた言葉に、わたしたちは驚愕した。
「っ? 笑顔だが?」
「「はっ??」」
「っえ?」
「…………え?」
一瞬の沈黙の後、怪訝そうに聞き返すレンさん。
あ。あー。
つまり、ごく稀に見られるあの優しく細められた目は、笑顔と解釈して正解だったということなのね?だとすると、とても嬉しいけど。
「いいや。ダメです。今のじゃ全然伝わらないでしょ。笑顔ってのは、ここの筋肉を上げて、歯を見せるんですよ!こうっ!」
おっと。
ラルフさんから物言いです。
両頬を人差し指で上に押し上げて、にっこりと微笑むラルフさん。完璧な笑顔です。
それを見て、レンさんは眉を寄せた。
「言い難いことだが、歯並びが悪いから、人前で歯を見せるなと……その、母が」
「注意されたんですか?」
「いや。何度も頬を打たれた」
「はぁ?」
怪訝そうに声を上げるラルフさん。
ちょ。それ、虐待では?
わたしたちは顔を見合わせる。
色々言いたいことはあるけど、レンさんが孤児院出身である時点で、今更ではあるし。
軌道修正はラルフさん。
「あれ? でも、先輩の前歯、話す時とか見えますけど、ぜんぜん気にならないですよ?」
確かに!
寧ろ、前歯はかなり綺麗に揃っているような?
わたしとジャンカルロさんは、うんうんと頷いた。
ところが、レンさんは首を横に振る。
「その……人より上顎が僅かに小さいようで、犬歯の部分が二列になっている。この国では、悪魔の歯と呼ばれて、忌み嫌われていると……」
「ああ、なるほど」
ラルフさんは頷いた。
確かに、この世界におけるわたしの記憶でも、そうなってるわ。
でも、わたしの中のもう一つの記憶が、それを怖いと思う気持ちにさせなかった。
だって、それってつまりは、八重歯ってことでしょ?
「それ、わたしはすごく可愛いと思うんですけど……」
思わずポツリと呟いてしまい、集まってしまった視線に慌てて両手を振った。
「あ、その。わたしは、そう言うの気にならないので、レンさんが口を開けて笑っているところ、いつか見せて欲しいなって。あ、無理強いはしないですけど」
そう付け足すと、ラルフさんは同意するように頷いた。
三人の中で一番悩んでいたのは、ジャンカルロさん。やっぱり貴族階級は、その件、厳しめの言われるよね。最悪歯を抜いてしまうこともあるし。
でも、結局は忠誠が勝ったのかな?
「まぁ。クルスさんは、クルスさんですし……」
そう言って、頷いた。
三人の期待がこもった視線が集まってしまい、レンさんは居心地悪そうに視線を下げる。
まぁ、『笑え』と言われて急に笑える物でもないよね。これまで禁止されていたことを、『やれ』と言われて急にするのは、気恥ずかしいのも分かる。
ここはひとまず、助け舟を出しておこうかな。
「そしたら、いつか、に、期待ですね!あ、こちらにお菓子もありますよ? 女子寮で頂いたお菓子もあるので、良かったら」
「おお!豪華ですね」
バスケットからお菓子を取り出すと、期待通りラルフさんが乗ってきてくれた。
レンさんは、こちらに小さく目礼した後、最後に残っていたおにぎりを食べ始めた。
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