投稿小説のヒロインに転生したけど、両手をあげて喜べません

丸山 令

文字の大きさ
上 下
257 / 287
第六章

壁に耳あり、物陰に目あり? ⑵

しおりを挟む

 (side ローズ)


 寮に戻っていったレンさんは、わたしが全員分のお茶を注ぎ終わる頃に戻ってきた。

 タイミング、バッチリですね。

 彼が持ってきたのは、ある程度深さも大きさもある 小判形をした木製のケース。
 それを見たら、自分で使ったことがあるわけでもないのに、何とも言えない懐かしさを覚えた。

 ……この世界にも、お弁当箱って存在するのね。

 ピクニックといえば、『紙や布巾に包まれた食品をバスケットに直入れ』と言うのが、この国では主流だから、ラルフさんもジャンカルロさんも興味深そうに、その箱を眺めている。
 かく言うわたしも興味津々。
 
 全員の視線が集中している中、レンさんは何処か気まずそうに蓋を開けた。

 中から出てきたものを見た、わたしたち三人の反応は、三者三様。

 ジャンカルロさんは何も見なかった振りで視線を逸らし、ラルフさんは逆にしげしげとそれを眺めた後 眉間に皺を寄せて首を傾げ、わたしは歓喜に目を輝かせた。


「何すか、これ。本当に食べ物? 爆発物っぽく見えますね」


 とは、ラルフさんの発言。

 箱の中に綺麗に並べられた俵形の青黒い塊は、見たことのない人からすると爆弾のように見えたみたい。
 

「だから、振る舞えるような物ではないと言った。自分用に用意した簡易食だから、無理して食べる必要はない」


 そう言って、目を細めたレンさん。

 でも、わたしは是非ともそれを頂きたかった。
 前世の記憶が戻ってから、切望してやまなかったその食材!コメ!……でも、この国では 殆ど流通してなくて、個人で仕入れようとするとかなり高価になるそれは、わたしの手には届かないと諦めていた。
 
 そう、箱の中身は、まさかのおにぎりだったの!
 人様のお弁当を欲しがるような、そんな厚かましいこと、曲がりなりにも貴族階級に籍を置く人間が言うべきではないと分かっているけれど、状況がピクニックだから、お願いしてみようかな……。


「あ、あのっ。わたしは頂いてみたいです。その……おにぎりですよね?」


 おずおずと申し出ると、レンさんは驚いたのか、瞬きを数回。


「よくご存知ですね。これは、竹筒の型で整形したものです。氷を入れた箱の中に入れておきましたので、恐らく大丈夫かとは思いますが、変な味がしたらやめておいて下さい」


 そう言って、箱をこちらに差し出してくれた。


「ありがとうございます」


 わたしは、わくわくしながらその中の一つを手に取った。
 今日も暑いから、少しひんやりしたそれは、何とも食欲がそそられる。全体に海苔が巻かれた仕様なのも、手作り感があって良い感じよね。

 米とか海苔とかの、ザ.日本食材がこの世界に存在することに驚きを隠せないけど、見た目が日本人風のレンさんがそれらを持っているとなると、やけに説得力があるから不思議だわ。
 そういった文化の地域が存在していたとしても、おかしくないのかな?的な感じで。


「え。ローズさん。まじでそれ、食べるの?」


 ラルフさんが、驚いたようにわたしを見ている。
 あはは。初見なら、何で出来ているか分からない物って、食べるの勇気入りますもんね。

 わたしは、満面の笑みで答えた。
 
 
「もちろん頂きますよ? 凄く美味しそう。因みに、中の具材は何ですか?」

「サーモンの塩漬けを焼いた物です」

「わぁっ。良いですね」


 レンさんの返答に、わたしのテンションが、また一段跳ね上がった。

 ……最高かな。
 焼いた塩ジャケとか嬉しすぎる。

 おにぎりと言ったら、やっぱり王道の梅も捨てがたいけど、この世界、流石に梅干しまでは存在しないかもしれない。
 そういえば、アプリコットは見るけど、梅ってこの辺では見かけないわ。
 やっぱり毒があるからかな? さておき、


「それでは、早速!」


 そう言って、一口頂いてみて、


「ん~~っ❤︎」
 

 感動のあまり、思わず頬を押さえて唸ってしまった。

 何と言うことでしょうっ!
 お米はふっくらと炊き上がり、やや薄めの塩加減。そこに、塩分強めの焼き鮭と海苔の風味が絶妙に合わさって……も、最高っ!
 

「え。何々?そんなに美味いんです?」


 ストレートに尋ねてくるラルフさん。
 その横で、ジャンカルロさんもチラチラとこちらに視線を向けてくる。

 なるほど。
 興味はあったけれど、自ら食べるのは勇気がいるから、とりあえず傍観したのかしら?
 では、折角なので感想を。
 

「最高に美味しいです! 塩加減が絶妙で……レンさん、料理もお上手なんですね!」

「いえ。味を整えて成形しただけで、料理と呼べるほどのことでは……」


 レンさんはそう言って謙遜するけれど、お米を炊くのも一手間だし、シンプルな物ほど、ほんのちょっとの塩加減で雲泥の差がつくと思うの。


「まじでっ? それじゃ、オレも!」

「僕も頂いて良いですか?」


 おっと。
 どうやら二人も、好奇心に火がついたみたい。
 各々おにぎりを手に取り口に運んで、目を見開いた。


「えっ?うまっ……」
「美味しい……」


 二人は ほぼ同時に呟いた後、あっという間に完食してしまった。

 ほらね? 美味しいでしょう!って、わたしがドヤることじゃないけど、胃袋掴まれちゃいますよね。分かります。

 そして、そんな二人に向けられたレンさんの目は優しい。

 まるで微笑んでいるみたいな……そう。あと、ほんのちょっとだけ口角が上がれば……。

 思わず凝視してしまっていた、その時不意に、こちらを向いたレンさんと目があった。
 彼は、優しい目のまま頭を下げた。


「ありがとうございます」


 あれ?
 何でわたし、今、お礼を言われたの?


「お礼を言うのは、こちらです!」

「いえ。ローズさんには、いつもお心遣いを頂きますので。本日は、花も賜わりましたし」


 有難いことです、と、レンさんはもう一度頭を下げる。
 
 って、そうだ!花!
 そのせいで、手に怪我をされたと……。

 黒皮の手袋をはめている右手は、今のところ問題なく動いているようだけど……。

 お詫びを言うべきかと考えていると、ラルフさんがニヤニヤしながら口を挟む。


「先輩。惜しいっす。後もう少し、ここら辺の筋肉を使ってですね?」


 そう言って頬を摘もうとして、レンさんの左手に制された。


「あっ!ったく、もぉ~。あと少しで笑顔なのに……」


 口を尖らせるラルフさんに、レンさんは眉を寄せる。その時レンさんの口から溢れた言葉に、わたしたちは驚愕した。


「っ? 笑顔だが?」
 
「「はっ??」」
「っえ?」


「…………え?」

 

 一瞬の沈黙の後、怪訝そうに聞き返すレンさん。

 あ。あー。
 つまり、ごく稀に見られるあの優しく細められた目は、笑顔と解釈して正解だったということなのね?だとすると、とても嬉しいけど。


「いいや。ダメです。今のじゃ全然伝わらないでしょ。笑顔ってのは、ここの筋肉を上げて、歯を見せるんですよ!こうっ!」
 

 おっと。
 ラルフさんから物言いです。
 両頬を人差し指で上に押し上げて、にっこりと微笑むラルフさん。完璧な笑顔です。

 それを見て、レンさんは眉を寄せた。


「言い難いことだが、歯並びが悪いから、人前で歯を見せるなと……その、母が」

「注意されたんですか?」

「いや。何度も頬を打たれた」

「はぁ?」


 怪訝そうに声を上げるラルフさん。

 ちょ。それ、虐待では?
 わたしたちは顔を見合わせる。

 色々言いたいことはあるけど、レンさんが孤児院出身である時点で、今更ではあるし。

 軌道修正はラルフさん。


「あれ? でも、先輩の前歯、話す時とか見えますけど、ぜんぜん気にならないですよ?」


 確かに!
 寧ろ、前歯はかなり綺麗に揃っているような?

 わたしとジャンカルロさんは、うんうんと頷いた。
 ところが、レンさんは首を横に振る。


「その……人より上顎が僅かに小さいようで、犬歯の部分が二列になっている。この国では、悪魔の歯と呼ばれて、忌み嫌われていると……」


「ああ、なるほど」


 ラルフさんは頷いた。
 確かに、この世界におけるわたしの記憶でも、そうなってるわ。

 でも、わたしの中のもう一つの記憶が、それを怖いと思う気持ちにさせなかった。
 だって、それってつまりは、八重歯ってことでしょ?


「それ、わたしはすごく可愛いと思うんですけど……」


 思わずポツリと呟いてしまい、集まってしまった視線に慌てて両手を振った。


「あ、その。わたしは、そう言うの気にならないので、レンさんが口を開けて笑っているところ、いつか見せて欲しいなって。あ、無理強いはしないですけど」

 
 そう付け足すと、ラルフさんは同意するように頷いた。

 三人の中で一番悩んでいたのは、ジャンカルロさん。やっぱり貴族階級は、その件、厳しめの言われるよね。最悪歯を抜いてしまうこともあるし。
 でも、結局は忠誠が勝ったのかな?


「まぁ。クルスさんは、クルスさんですし……」


 そう言って、頷いた。

 三人の期待がこもった視線が集まってしまい、レンさんは居心地悪そうに視線を下げる。

 まぁ、『笑え』と言われて急に笑える物でもないよね。これまで禁止されていたことを、『やれ』と言われて急にするのは、気恥ずかしいのも分かる。
 ここはひとまず、助け舟を出しておこうかな。


「そしたら、いつか、に、期待ですね!あ、こちらにお菓子もありますよ? 女子寮で頂いたお菓子もあるので、良かったら」

「おお!豪華ですね」


 バスケットからお菓子を取り出すと、期待通りラルフさんが乗ってきてくれた。

 レンさんは、こちらに小さく目礼した後、最後に残っていたおにぎりを食べ始めた。

 
 
しおりを挟む
感想 295

あなたにおすすめの小説

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

私は聖女(ヒロイン)のおまけ

音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女 100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女 しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

三十歳、アレだと魔法使いになれるはずが、異世界転生したら"イケメンエルフ"になりました。

にのまえ
ファンタジー
フツメンの俺は誕生日を迎え三十となったとき、事故にあい、異世界に転生してエルフに生まれ変わった。 やった! 両親は美男美女! 魔法、イケメン、長寿、森の精霊と呼ばれるエルフ。 幼少期、森の中で幸せに暮らしていたのだが……

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

ペットたちと一緒に異世界へ転生!?魔法を覚えて、皆とのんびり過ごしたい。

千晶もーこ
ファンタジー
疲労で亡くなってしまった和菓。 気付いたら、異世界に転生していた。 なんと、そこには前世で飼っていた犬、猫、インコもいた!? 物語のような魔法も覚えたいけど、一番は皆で楽しくのんびり過ごすのが目標です! ※この話は小説家になろう様へも掲載しています

はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~

さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。 キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。 弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。 偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。 二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。 現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。 はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!

公爵令嬢のRe.START

鮨海
ファンタジー
絶大な権力を持ち社交界を牛耳ってきたアドネス公爵家。その一人娘であるフェリシア公爵令嬢は第二王子であるライオルと婚約を結んでいたが、あるとき異世界からの聖女の登場により、フェリシアの生活は一変してしまう。 自分より聖女を優先する家族に婚約者、フェリシアは聖女に嫉妬し傷つきながらも懸命にどうにかこの状況を打破しようとするが、あるとき王子の婚約破棄を聞き、フェリシアは公爵家を出ることを決意した。 捕まってしまわないようにするため、途中王城の宝物庫に入ったフェリシアは運命を変える出会いをする。 契約を交わしたフェリシアによる第二の人生が幕を開ける。 ※ファンタジーがメインの作品です

失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~

紅月シン
ファンタジー
 聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。  いや嘘だ。  本当は不満でいっぱいだった。  食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。  だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。  しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。  そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。  二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。  だが彼女は知らなかった。  三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。  知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。 ※完結しました。 ※小説家になろう様にも投稿しています

処理中です...