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第六章

壁に耳あり、物陰に目あり? ⑴

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(side ローズ)


「ほらね。やっぱり邪魔が入った。しかも、またラルフさんだ。今度、聖堂でローズちゃんに話しかける時は、先にラルフさんを何処かに拘束してからにしようかな……」


 苦笑まじりに呟くジェフ様。

 またそんな冗談を仰って。
 ジェフ様ったら、面白いですねっ。

 そう言って笑いかけようと思ったのだけど、ベンチの後方を見つめるジェフ様の視線を見て、わたしはその言葉を飲み込んだ。

 ええと。
 目がすわっていると言うか、ちょっと本気の色を帯びてますけど……え? 冗談?ですよね?
 

 一方、静止する間もなく大声で声をかけられてしまったレンさんは、一瞬額を手で覆ったものの、その場ですぐに立ち上がり、両腕を振って大きくバツを作るジェスチャーをした。
  斥候スカウトが、行き先に危険がある場合等に本隊に向けてする緊急時の合図の一つ、所謂『こちらに来るな』的な意味合いのジェスチャーなんだけど、相手は戦場に赴いた経験のない聖騎士二人。
 しかも、その二人は、主人を見つけた嬉しさのあまり、全開で尻尾を振っている子犬の状態。

 あー……むり。
 止まるわけないわ。

 合図に気付かないどころか、『先輩が手を振ってくれるなんて珍しい!』なんて、都合よく解釈してしまう可能性も?

 あ、ほら。加速した。

 一部始終を見ていたジェフ様は、失笑しつつ、項垂れた。


「折角思いを打ち明けられたから、もう少しだけ、君の隣で語らいたかったんだけど……」


 肩を落としてがっかりしているジェフ様は、何だか少年のようで可愛い。
 それと、わたしとの時間を大切に思ってくれたことが、素直に嬉しかった。

 わたしは笑みを浮かべて、会話が途中で途切れてしまったことのお詫びを言う。


「……折角お時間を頂いたのに、すみません」

「いや。ローズちゃんは悪くないから」


 そう言って、困ったように笑いつつジェフ様が立ち上がったので、わたしもそれに倣う。


「なんすか⁈ 先輩。大歓迎っすか?」


 全力疾走でレンさんの元に辿り着いたラルフさんは、人懐こい笑顔を浮かべ、それより少し遅れて到着したジャンカルロさんもまた、何処かソワソワと嬉しそうな雰囲気を漂わせている。

 一方のレンさんは、額に拳を当てて小さく息を吐いた後、硬質な声音で言葉を発した。


「違う。そうじゃない」

「「へ?」」


 キョトンとして目を瞬く二人をよそに、レンさんはこちらを振り返って、深く頭を下げた。


「ご歓談中に、大変なご無礼を。申し訳ありません」


 それを見て、ようやくわたしたちの存在に気付いたらしい二人は、ぽかんと口を開いた後、慌てて頭を下げた。

 対するジェフ様は、顔にいつも通りの軽薄な笑みを浮かべて、右手をあげる。


「ああ。大丈夫ですよ。一番話したかったことは、話せましたしね。 まぁ、助言するならば、お二人は隊で規定されたジェスチャーくらいは覚えるべきと思いますが……」

「よく説いて聞かせます」


 頭を下げたままレンさんが答え、ジェフ様は頷いた。

 
「さて。少々不本意ですが、この後引き続き仕事もあることですから、僕は事務局に戻ろうかな」

「それは、お疲れ様です」

「聖騎士は、名誉聖騎士組と交代らしいですね。羨ましいなぁ」

「はい。夜間は、貴族出身者のみの聖騎士だからこそ可能な華々しいパレードもございますので、時間に余裕があるようでしたら、ご覧になるのも面白いかもしれません」

「おや? 貴方たち三人なら、貴族組に混じってもひけを取らないでしょう? 参加なさっては?」

「滅相もない。格が下がるとお叱りを受けます。まぁ、ジャンならば、問題ないでしょうが……」


 レンさんに視線で示され、ジャンカルロさんは嬉しそうにハニカミ笑いを浮かべた。

 それにしても……。

 ジェフ様は、良い笑顔でやんわりと皮肉を言っていて、レンさんは、それを丁寧に当たり障りなく受け流していく。
 
 対立構造に見えなくもないんだけど、互いの逆鱗には決して触れない、その感じが、逆に仲良さげにも見えて……この二人も、不思議な関係よね。

 微笑ましい気持ちで見守っていたら、ジェフ様がこちらを向いた。


「宿舎に戻るようなら、入り口まで送るよ?」

「いえ。こちらこそ、事務局までお見送りを」

「そこまでさせられないよ。今の僕は、ただの雇われ魔導士だしね?」


 でました!
 ここで、妖艶な流し目です。

 はぁ。本当に、これだからご令嬢方がメロメロになっちゃうわけよね。
 
 堂々巡りが始まりそうだった、そこにレンさん。


「私がお送りします。ローズさんも戻られるようでしたら……」


 ええと。そうした方が良いのかな?
 部屋に戻っても、暇ではあるけれど……。

 と、そこに、ラルフさんが嬉しい提案をしてくれた。


「えー? ローズさんも、もし時間に余裕があるなら、一緒に軽食食べません? ってか、昼食べれました?」

「それが、実は緊張であまり食べれなくて」


 そうなの!
 盾を受け取る聖女の役を仰せつかってしまったせいで、昼食が喉を通らなかったのよね。


「これ、さっき屋台で買ってきた炙り肉なんですけど、めちゃくちゃ美味いんですよ。しかも、まだ熱々です」

「それは、魅力的なお誘いですね!」


 香ばしい焼けた肉の香りに、心が揺らぐ。
 そう言えば、お腹が空いてきたような気も?


「先輩も、ジェファーソン様を見送ったら、ちゃんと戻ってきて下さいよ?どうせ、昼食べてないでしょ?」


 レンさんは、気まずそうに視線を下げた。

 あ。この反応。
 多分、ラルフさん正解だわ。

 そうなると、少し足りない気もするかな?


「そしたら、私、一度寮に戻って、手持ちのお菓子とか持ってきますね」

「マジですか? 大歓迎!」


 嬉しそうに満面の笑顔を浮かべるラルフさんにほっこりして、踵を返した。
 その時、複雑そうな表情を浮かべるジェフ様と、目が合ってしまった。

 あ。しまった。
 まずかったかしら。

 告白を受けた直後に、複数人とは言え男性とピクニックは流石に……。
 断るべきかと考え直した時、

くぅ~

 タイミング悪くお腹が音を立ててしまい、顔が熱くなる。

 
「わわっ……失礼しました」


 恥ずかしさのあまり顔を伏せると、レンさんが助け舟を出してくれた


「では、女子寮経由でお送りするので良いですか?」


 ジェフ様は、困ったように微笑んだ後、小さく息をはいた。


「わかりました。お願いします」


 その後、三人で女子寮の入口へ。

 別れ際、『いくら聖騎士だとしても、気をつけるように』『さっき話したこと、少しで良いから考えてみて?』と、ジェフ様から約束を求められた。

 わたしが頷くと、嬉しそうに微笑んでくれたので、ほっとする。
 
 まだ付き合ってない この状況で、がっちり束縛されると、流石に息が詰まると言うか?
 だから、ちょっと妬いてくれた……先ほど程度の感じは、丁度良い感じで嬉しくもあるよね。





 部屋に戻って、買い置いていた焼き菓子類をカゴに入れたあと、厨房に顔を出してみた。

 飲み物を調達しようと思って。

 丁度お茶を入れている時間帯だったようで、ポット一杯分のお茶と、お茶菓子まで頂いてしまったわ。ラッキー!
 ラルフさんも喜びそうだなぁ、と思いながら寮の入り口を出ると、ジェフ様を送り終えた後のレンさんが、扉の前で待っていてくれた。
 その後ろ姿は、相変わらずスラリと背が高くて、かっこいい。

 
「お待たせしました。近い距離ですのに護衛について下さり、ありがとうございます」

「いえ。本日は、外部の人間も多く聖堂内におりますので、寮から出る際は、遠慮は不要です。必ず護衛を付けて下さい」


 穏やかな口調で告げられて、わたしは頷く。

 そうか。
 今日は、王族貴族の他に、それに付随する騎士団。名誉聖騎士の皆さんも出入りするわけだから、念には念を入れるくらいで丁度良いのかも。
 ……警護する聖騎士さんたちは、大変そうだけど。

 横に並ぶと、レンさんは左手を差し出した。


「カゴをお持ちします」

「あ、ありがとうございます」


 わわわ。
 レンさんは、荷物持ってくれる系男子なのですね?
 さらに、ゆっくり歩き出した歩行速度は、わたしの歩く速さにぴったり合わせられている。

 ……合わせてくれる気はしていたけど、流石だなぁ。

 ほっこりしながら、二人で鍛錬場横の木陰スペースへ戻った。

 ラルフさんとジャンカルロさんは、以前のようにシートを広げてくれていて、あれ?食べ物、買い足されてません?

 ちらっとラルフさんを見ると、彼はニカっと笑った。


「実は、今、ジャンが少し買い足して来てくれました」

「北門に出てた屋台が、昨日から気になってただけで……」


 わたしとレンさんがお礼を言うと、ジャンカルロさんは、顔を僅か赤らめて、俯き気味。照れているみたい。


 シートに腰を下ろしたら、レンさんがカゴを手渡してくれた。

 あれ?座らないのかな?
 レンさんは、二人にむかって声をかける。


「私も持ってきて良いだろうか? 昼食を食べ逃すことを想定して、朝作っておいたものがあって、食べてしまわないと傷むから」

「お? 先輩の手作り? やった。オレも食べて良いです?」

「振る舞えるようなレベルのものでは、ないのだが……?」

「またまたぁ。何作っても結構美味いじゃないですか」
 
「直ぐに戻りますが、先に、召し上がっていて下さい」

 わたしにそう声をかけると、目を輝かせるラルフさんの頭を軽く撫で、レンさんは寮の中に戻って行った。
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