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第六章
それぞれの思いと葛藤⑷
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事務局から鍛錬場へと続く小道を、ジェフ様と並んで歩く。
このタイミングで、ジェフ様がわたしと二人で話したいことかぁ……。
意図を探りたくて、ちらりとジェフ様の横顔を伺い見た。
正面を見据える海の色の瞳は、周囲の緑と空の青を写し、複雑な色合いに輝いていて、口元には柔らかな微笑を浮かべている。
どこから見ても本当に綺麗で、思わずため息が溢れちゃうよね。
と、わたしの視線に気付いたのか、ジェフ様もこちらに視線を向けたので、ばっちり目が合ってしまった。
はわわ。
正面から見ると、瞳の魅力が更に増し増しなのですが?
瞬間的に心拍数が上がってしまい、何か話そうと思うのだけど、うまく言葉にならない。
口をぱくぱくしているわたしに、ジェフ様は『いこう』とだけ告げて柔らかく微笑み、前を向いてしまう。
……なるほど。
道すがら適当に話せないほど、大切な話ということなのね?
……ええと、それってやっぱり、その、そういうことなのかしら……。
つまり、告白的な?
そう考えたら、胸の高鳴りは更に増すし、顔には否応なしに熱が集まっていく。
普通だったら、『自意識過剰すぎて、我ながらイタい』とか、鼻で笑ってしまうところなんだけど、成人してからここまでの物語の強制力の凄まじさを知っているから、『絶対違う』とは、断言出来ないし。
でも、それだと順番が物語とは逆になると思うのだけど、そこは問題ないのかしら?
ふと思い立って、わたしは記憶を辿った。
作中、最初にわたしに告白するのはエミリオ様だ。
確か、思いを告げられるのは王宮晩餐会後の舞踏会の時で、イングリッド公爵夫人のサロンの時、こっそり婚約の約束をするのよね。
その後、ミュラーソン公爵夫人のサロンで、無理矢理婚約を既成事実化し、この降臨祭では、こっそり街に抜け出して『仮の婚約指輪だ』と、リングを買ってもらう。
一方、作中でジェフ様がわたしに告白するのは、マグダレーンでの決戦の直前だったはず。
確か、『命をかけた戦いになるから、思いを伝えておきたい』的な流れだったよね?
その頃には、ヒロインは、既にエミリオ様とラブラブ状態になっているから、終戦後にお断りする……といった流れだったと思う。
戦いが終わるまで返事を遅らせたのは、『振られたジェフ様が自暴自棄になって、命を粗末に扱うといけないから……』なんて、美談風に語られていた。ちなみに、読者だったわたしも、当時は それを鵜呑みにしていた。
今になって考えると、そんな綺麗な話ではない気がしてくる。つまり、ヒーロー、ヒロインは、戦力が削がれるのを避けたかったのでは?と。
結局、ジェフ様の活躍もあって、無事防衛出来るわけなのだけど、恋心を利用された感じがするのは否めない。
まぁ、作中通して聡明なジェフ様のことだから、二人が付き合っていることくらい知っていたはずで、それを覆すための、そのタイミングでの告白だったようにも思える。
作中の王子殿下って、俺様カリスマキャラで、今のエミリオ様のような有能キャラじゃないのよね。
つまり『一番奥の安全圏にある陣営で、ユーリーさん任せの雑な指揮を取る王子殿下と、命をかけて最前線で戦う魔導士の自分、どちらが、ヒロインの目に素敵に映るか?』それを見せつけ、奪い取る心算だった?
ただ、ヒロインお花畑だから、自分と一緒に安全圏にいてくれる王子様の方が、都合が良かった。
そう考えると、負けヒーロー、なんて報われない。気の毒すぎる。
……と、まぁ、少し脱線してしまったけど、そんなわけで、物語通りなら、ジェフ様の告白はエミリオ様の後になるはずだった。
それが、仮に先にずれ込んだとしたら、何か意味が有るのかな?
そう言えば、本来王子様と二人きりのイベントだった街中散策もグループデートだったし、露店で最初にアクセサリーを勧めてくれたのもジェフ様。
恋愛育成ゲームとかだと、『先に出てきたキャラの方が好感度が高い』みたいなイメージがあるけど、そういった意図がリアルでも働くみたいなことは、流石にないかな?
仮にそうならば、わたしがジェフ様を選んでも、作品にはブレが生じないことの証明になる気もする。
『それでは、どちらを選ぶ?』
そう言われている気がした。
案外、ここ数日が運命の分かれ道なのかもしれないわ。
わたしは小さく息を落とした。
ところで、色々悩んでいたわたしの歩調は、かなりスローペースだったと思うのだけど、隣を歩くジェフ様がわたしに合わせてくれたおかげで、ずっと同じ間隔で隣を歩けている。
流石紳士。
女性の扱いは一級品だわ。
同じ男性でも、歩調を合わせてくれない人は多い。
……ラルフさんも、歩くの速かったな。
最近は、すっかりこちらに合わせてくれるようになったけど。
エミリオ様は、手をとってエスコートしてくれて、身長も歩幅も大差ないから歩きやすかった。
そこまで思い出して、わたしは意外な事実に気付く。
あれ?
そう言えば、わたし、レンさんの横って、あまり歩いたことないかも……。
彼は、多分歩調合わせてくれそうな気がするけど……って、よく考えたら、今護衛でついているわ。
気配を殆ど感じないから、すっかり忘れていた。
少しだけ、視線を後方に流したら、想像していたよりずっと近くにいて驚く。
こんな近くにいるのに、存在感を全く感じないって、まるで忍者みたいだわ。
ああ、そうね。
レンさんは、いつも後ろを歩いて、守ってくれる感じ。安心感がある。
「ローズちゃん。こちらにどうぞ」
不意に声をかけられて、わたしは顔を上げた。
いつの間にか目的地に着いていたみたい。
ベンチにハンカチを敷き、ジェフ様はわたしの前に手を差し出す。紳士的!
わたしは、有り難くその手をとり、ベンチに掛けさせて貰った。
「僕も、隣に座って良いかな?」
「もちろんです」
そう答えて、わたしは姿勢を正した。
いよいよ、大事なお話の時間ね。
何かイレギュラーがあったとしても、レンさんが絶対守ってくれるのが分かるから、安心。
そのレンさんは、少し離れたベンチ後方の木影で気配を消している。
あの距離だったら、話している内容までは聞かれないで済みそう。
気を遣ってくれたのかな?
ジェフ様は、周囲の様子やレンさんの配置をざっと見回した後、一つ頷いて口を開いた。
「さて。まず、急に連れ出してごめんね。どうしても、今日話しておきたくて」
囁くようなハスキーボイスを聞いて、耳が幸福感に包まれる。
これだもの。数多の女性が夢中になるのも当然よね。
わたしは、視線を合わせて微笑んだ。
「お聞かせください」
「うん。本当は、雑談など交えながら、ゆっくり楽しく会話したいんだけど、君に大事なことを伝えようとすると、不思議と邪魔が入りがちだから、前置き無し、単刀直入に言うね」
ジェフ様が真剣な目をしたので、わたしはこくんと、唾を飲み、大きく息を吐き出してから頷いた。
「はい」
「僕は、君のことをとても気に入っている。そのことは、前から君にも話していたから、当然分かっていると思う」
わたしが頷くと、ジェフ様は柔らかく微笑む。
「その気持ちがどんどん膨らんで、今では、君のことが愛おしい、守りたいと思っている」
ジェフ様が紡ぐ優しい声音に、身体が小刻みに震え出す。
これは、まごうことなき『告白』よね?
ある程度予想はしていたけど、いざ、その場面に立ち会うと、パニックをおこしてしまいそう。
でも、これだけは言っておかないと。
聖女候補並びに聖女には、鉄の掟がある。
「その……。聖女候補は純血を守る掟があり、現状お気持ちに応えることは出来ません。ですが、お気持ちは嬉しく、ありがたいです」
ジェフ様は、頷いた。
「もちろん。それは理解した上で、君が聖堂を辞する時まで、僕の気持ちは変わらないと誓う。その時まで、ゆっくり僕とのことを考えて欲しい」
わたしは、目を見開く。
それって、最早プロポーズに近い気が……。
ええと。
でも、返事は急がないみたいだし……そういうことなら。
返事をするべく口を開こうとした時、聖騎士寮から、賑やかな二人の大きな声が聞こえて来た。
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