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第六章

それぞれの思いと葛藤 ⑴

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(side エミリオ)


「エミリオ!なかなか立派だったぞ」

「本当に。突然『代わりたい』と言い出した時は心配しましたが、貴方の成長を母は嬉しく思いますよ」


 王族専用室に戻ると同時に両親に詰め寄られ、気恥ずかしさはありつつも、誇らしさも感じられた。

 俺は照れ隠しに首を掻いた後、息を吐き出し、父である国王陛下の前で片膝をつく。


「思いつきで無謀なことを申しましたのに、無理を聞いていただき、有難うございました」


 深く頭を下げると、すぐに頭を上げるよう、父から声がかかる。

 顔を上げると、二人は誇らしげに微笑んでいた。

 それにしても……よくもまぁ、あのタイミングで、唐突に訳のわからないことを言い出した放蕩息子の言うことなど聞いてくれたものだ。


 俺が、『女神降臨の儀』で衆目の前に出る聖堂関係者のほぼ全員の胸元にグラジオラスを飾られていることに気づいたのは、関係者が聖堂正門の扉の前に集まった時のこと。

 はじめに感じたのは、ちょっとした違和感だった。

 ……どうしたわけか、レンだけ飾ってなかったんだよな。グラジオラス。

 彼奴の胸には、聖女様の花のみが飾られていた。しかも、他の聖女付きみたいな花を何本かまとめたブートニアじゃなくて、一輪だけ。
 まるで、推しの聖女候補の花を飾るみたいな感じで?シンプルと言うより寧ろどこか無造作な雰囲気すらして……アイツ、いつもキッチリカッチリしてる印象だから、やけに気になった。

 そうだ。それで、何となく周りの聖堂関係者らをぐるっと見回して、気付いたんだよな。
 これじゃぁ まるで、聖堂はグラジオラスの聖女候補を推しているみたいだって。
 
 だから、俺が父様に交代を頼んだのは、聖堂関係者が扉から出て行った直後のこと。
 
 聖堂側がその気なら、王宮側は赤薔薇の候補推しであることを示したいと思った。
 でも、国王である父様は、全候補に公平でなければならないから、あらかじめ用意された聖女候補全員の花をまとめたブートニアを飾るきまりになっている。差し替えはできない。

 そこで、『堂々と推しの花をつけることのできる俺が代われば良いのでは?』と思いついたのは、我ながらナイスだったな。

 『そうか。よろしい。やってみなさい』と、持っていた槍をすんなり手渡してくれた父には感謝しかない。
 あの時は、その槍の重さから責任の重大さも感じたっけ。

 俺が成人した年から、姉様が国王になった後も、彼女の第一王子が成人するまでの間は、俺が槍の遣い手をすることになっているから、今年は王宮での通し稽古を何度も見て、しっかり覚えて置いたのも良かった。
 まさか、こんなに早く役に立つとは思わなかったから、ラッキーだった。


「とっても素敵だったわ」

「ありがとうございます」


 儚げで華奢な正妃様にも、穏やかな笑顔で褒めていただき、俺は眉を下げて笑顔を返した。

 いつも穏やかで優しい正妃さまのことが、俺は大好きだ。
 と、後方から姉様に背中を叩かれた。


「かっこよかったぞう!エミリオ」

「ありがとう。姉様」

「あのね。それを見ていたステファニーが、私をここに送り届けた後、大興奮で戻って行ったわよ。ローズマリーちゃんに、真相を伝えるんだって意気込んでね」

「んっふっふ。伝えてきましたわ」


 唐突に、上から降ってきた声に驚いて見上げると、スティーブンがウインクしてきたので、俺は何となく目を逸らす。 
 スティーブンは冗談めかして頬を膨らませると、こう言った。


「ああん。殿下のいけず。私、彼女に、殿下のお気遣いを全て伝えて、猛プッシュしてさし上げたのに!」
 
「そうだったのか?!それは、ありがとな」


 どういうつもりか知らないが、スティーブンは、最初から協力的なんだよな。有り難いことに。


「かまいませんわ。説明したら、彼女頬を赤らめながら瞳一杯に涙をためて、感激していたみたいでしたよ?」

「それなら、印象は良さそう。直ちに追撃を」

「ですわね!」


 姉様とスティーブンに、畳み掛けるように言われて、俺は苦笑いをする。

 言われなくてもわかっている。

 決戦は明日。
 後夜祭の時タイミングをみて、今度こそ告白だ。

 スティーブンが上手いこと伝えてくれたようだし、今日のマリーの反応を見ても、良い結果が期待できるだろう。

 俺の左斜め後方に佇んでいるオレガノが、眉を寄せて不安そうな顔をしているのを視界にとらえたが、俺は構わず、二人に返事を返した。


「わかった。明日せいぜい頑張るから、応援していてくれ」


 そう返事を返した直後、二人のみならず両親や護衛の騎士らに至るまで、やたら生暖かい視線を送ってきたので、それがどうにも気恥ずかしかった。





(side ジェフ)


 柔らかそうな頬を微かに蒸気させ、大きな瞳を潤ませているローズちゃんの可愛らしい横顔を見つめて、僕は両手を握りしめ、その場に立ち尽くしていた。

 胸を占めるのは、認めたくないけど、多分敗北感。

 あの場面でローズちゃんの心を安定させることが出来たのは、正しく王子殿下だけだった。
 そもそも、僕はあの場所に立つことすら許されなかったのだから……。


 無論、僕だって気付いていた。

 聖堂へ向かう聖女様たちと、すれ違った時、既に。

 でも、僕の立場ではどうすることも出来ない。
 ……無力だ。

 その上、スティーブン様の援護射撃まで。
 そして、事務局入り口で呆然と佇む彼女に、あんな顔をさせている。

 悔しさが込み上げる。

 ここまで勝ち目のない勝負だっただろうか。
 昨日まではイーブンだったはずなのに、今では水を開けられてしまった感じだ。
 
 それでも諦めきれない。
 それなら?
 ……決着の瞬間まで、足掻くしかない。

 僕は、自分の頬を軽く叩いて気合いを入れた。

 そうだ。僕らしくもない。
 悔しがる時間があるなら、逆転の方法を考えるべきだろう。

 そう思い直したら、急に頭が回転を始めた。

 別れ際の二人の会話から、王子殿下がローズちゃんに告白するタイミングは、明日。

 思慮深い彼女のことだから、本来なら、告白を受けたその場で返事をする可能性は低い。
 でも、『明日話がある』と先に言うことで、ローズちゃんには、今日中に返事を考える余裕ができてしまった。

 恋愛に不慣れっぽいローズちゃんでも、流石に殿下の気持ちくらいは察しているだろうから、今晩ずっと殿下のことを考えるに違いない。

 ……それは、いやだ。

 鈍い痛みを感じて、僕は胸を抑える。

 だったら、どうすれば良い?

 殿下のことだけを考える状況を壊せば良い、と言うことは、類似した別の思考を割り込ませてやれば良いかもしれない。
 幸い、この後の聖堂の休憩時間と僕の休憩時間は被っている。

 彼女に他の約束が無ければ、声をかけてみるか!

 そう思いついて、僕は戸口を見る。
 リリアさんたちに囲まれて、困ったように顔の前で手を振るローズちゃん。

 降臨祭は、いよいよ聖堂のコントロールを外れ、以降は無礼講で益々盛り上がりを見せていくというのに、もしかして、どこにも出かけないのか?
 
 それは……好都合だ。

 リリアさんたちは、手を振りながら、先に事務局入り口から出ていくようだ。

 声をかけるべく、一歩踏み出そうとした時、いつの間に戻ってきたのか。
 レンさんは僕の隣までやって来て、ピタリと立ち止まると、その場で深々と頭を下げた。


「失礼、ジェファーソン様。こちらからお声がけする無礼を、お許しください」

「構いませんよ」

「恐れ入ります。先ほどのお礼を申し上げたく」


 本来なら、礼儀正しいと評価するところだが、今は煩わしい。
 ……煩わしいけど、相手に悪意がないのは明白だから、スルーするのはさすがに気が咎める。
 まぁ、レンさんのことだから、それほど長くは話し込むまい。

 僕は顔に笑顔を貼り付けた。


「お礼など不要ですよ。これまでの借りを返しただけですからね」

「そうは仰いますが、そのおかげで、私は無事職務を果たすことができましたので。本当に、ありがとうございました」

「いえいえ。困ったときは、お互い様ですよ」


 ありきたりの返事を返すと、レンさんは再度頭を下げた。

 さて、どうするか。

 早めに会話を切り上げたいけど、雑に扱うわけにもな……。聖女様を送り届けて直ぐ、僕にお礼を言うために、わざわざ戻って来たのだろうし?

 扉口を見ると、ローズちゃんの姿は、もうそこになかった。
 僕は小さく息をつく。

 仕方がないから、もうしばらく付き合うか。

 ローズちゃんは、おそらく寮へ戻ったのだろうから、後で声を掛ければ良い。
 それこそ、聖堂での接客対応に長けたこの聖騎士を利用すれば、自分勝手に動くより余程スムーズに彼女と話すことができるだろう。

 僕はしばし、気の毒な男の怪我の様子でも聞いてやるとしようか。
 先ほどかけた、中級精霊を用いた水系癒しの魔導が、どの程度効果を発揮するか、多少興味もあるし。


「それで、具合はどうですか?」

「はい。腫れはまだ引きませんが、痛みは大分……」


 言いながら、レンさんは黒革のグローブで覆われた右手を、胸の高さにあげてみせた。
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