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第六章

女神降臨の儀を終えて

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 (side ローズ)


 女神降臨の儀を終えて、エミリオ様のエスコートで聖堂へと戻る。

 聖堂の中には、有事のために詰めていた聖騎士、王国騎士団の他に、神官や見習いの子達まで集まっていて、聖女様を先頭に中央通路を通る王族や聖女候補たちを拍手で出迎えてくれた。

 ここでも聖堂関係者たちの多くは、プリシラさんのグラジオラスを胸や髪に飾っている。

 でも、気にしない!

 先ほどトリスタンさんが、『たくさん余ったから、聖女様のご温情でつけているだけだ』と言っていたし……。
 普段あまりわたしと接点のない彼が、こっそりフォローを入れてくれるくらいだから、この話は かなり信憑性があるように思えた。

 聖堂関係者が『わたしが一番になったのが気に入らない』と不満に思っているわけじゃないならば、凹むだけ損というものよね。

 それに、王宮関係者や騎士の多くが薔薇をつけてくれているから、随分気が楽だわ。

 そう考えて自分を奮い立たせると、祝福の言葉をかけてくれる一人一人と目を合わせながら、丁寧に頭を下げた。


 事務局に繋がる通路まで続く お祭り執行部の皆さまが作る花道を通り抜け、神官長室前に戻ってくると、そこでこの列は三方向に分かれることになる。

 聖女様と彼女の護衛聖騎士、またその侍女らは、一度聖女棟にお戻りになるし、王族の皆様は王族専用室へ移動した後、王城へ帰還となる。
 そして、わたしたち聖堂組は到着次第各々解散。夕食の時間まで自由時間になるの。

 察しの良い方ならお気づきの通り、原作でエミリオ様とヒロインわたしが聖堂を抜け出したのは、このタイミング。

 でも、そのイベントは昨日終えてしまったから、今日はここでお別れかしら。

 預けている右手に伝わる温もり。

 出会った時は柔らかな子どもの手だったのに、数ヶ月ほどで随分と硬くなった。
 
 毎日欠かさず剣術の練習をなさっているのが、この手に触れただけではっきりと分かる。

 以前わたしが話した理想を、体現しようと努力してくれている、まっすぐな方。


 事務局前に辿り着くと、わたしたちは足を止めた。
 エスコートして頂けるのは、ここまで。

 何だか名残惜しい気分になって戸惑ってしまうけど、きちんとお礼を言わなくちゃ。

 そっと手を引こうとすると、エミリオ様はその手をしっかりと握って離さず、わたしの方へご自身の体を向けた。

 光を乱反射するような、綺麗なエメラルドの瞳に見つめられて、わたしは縫い止められたように動けなくなる。

 え?っと、あれ?
 これは、どういった状況?

 周囲で大勢の人が動いているのに、まるで時間が止まってしまったかのように、周囲の音が聞こえなくなる。
 
 真剣な目をしているエミリオ様を見ていると、わたしの心臓は早鐘を打ち始めた。

 何か、お話があるのかしら?
 そう言えば、ミュラーソン公爵夫人のサロンの時から、彼はわたしに何か伝えようとしていた。

 エミリオ様は、口を開いては閉じるのを何度か繰り返した後、深く深くため息を落とし、わたしをまっすぐに見つめた。
 

「あー。その、なんだ。見事だったぞ、マリー」

「ありがとうございます。緊張から、上手くできる自信がなかったのですが、エミリオ様のおかげで、無事終わらせることが出来ました」


 お礼の言葉を口にすると、エミリオ様は照れくさそうに微笑んだ。


「なに。マリーのためなら、俺に出来ることはなんだってするさ。いつでも頼ってくれ」

「ありがとうございます。エミリオ様にご心配頂けて、わたくしは果報者です」

「そうか」 


 その嬉しそうな少年のハニカミ笑いに、今度は、くすぐったい気分になった。

 とても格好良いのに、思わずぎゅーっと抱きしめたくなるレベルの可愛らしさも併せ持っているのよね。反則だわ。

 頬が赤くなっている気がして、わたしは少し俯いた。
 すると、エミリオ様は小さく咳払いを一つ。


「明日の後夜祭も聖堂に来る予定だから、一緒に楽しめたらと思う。マリーは先日の紫色のドレスを着るのか?」

「その予定です」

「そうか。わかった」


 そう言って、エミリオ様はわたしの右手の甲に頬を寄せた。
 その仕草にドギマギしていると、彼はそのまま口を開く。


「その時に、話したいことがある。時間をくれるか?」


 大人っぽい男性の仕草なのに、わたしを見ているのは、甘えるようなキュートな猫目。

 か、可愛すぎかっ!
 も、きゅーんってなっちゃいますからっ!

 
「かしこまりました」


 微笑んで返事を返すと、エミリオ様は一つ頷き、手を離してくれた。


「それじゃ、明日!」

「はい。今日は本当に、ありがとうございました」


 踵を返し 手を振りながら、エミリオ様は専用室への通路を歩いて行った。
 
 その後方で、護衛に付いていたお兄様が、なんとも疲れた微妙な顔で、こちらを見てきた。

 わたしは首を傾げる。

 あれ?
 マナー違反とか、わたし、特にしてなかったよね?
 何でそんな微妙な顔するの?

 とその時、専用室方面から風のようなスピードで人影が戻ってきて、何と、わたし、小脇に抱えられて裏口前付近まで拉致られました。

 恐る恐る見上げると、面識のある美しい金のウェービーロングヘアの王国騎士さん。

 なんと! スティーブン様?


「今ちょっと良いかしら?ローズマリーちゃん?」


 わたしをヒョイっと地面に立たせたあと、ウインクしながら色っぽく、かつ威圧的に尋ねてくる。

 これは、わたしに拒否権無いですよね?


「はい」


 わたしが応えると、スティーブン様は満足げに頷き、声のボリュームを落として話し出した。


「うふふ。良い娘。急に拉致っちゃってごめんなさいね。貴女に、今日、どうしても知っておいてもらいたいことがあったから、つい」

「構いません。是非お聞かせ下さい」


 スティーブン様は華やかに微笑んで続ける。


「ありがとう。
 今日、聖槍の持ち手が変更になったでしょう? あれ、エミリオ様がご自身で判断して、国王陛下に頼み込み、交代して頂いたの」

「そうだったんですか?」

「そうよ。どうしてそうしたのか分かる?」

「いえ」

「あの鈍感力の高いエミリオ様が、何と気付いたの!『聖堂関係者が全員グラジオラスをつけている!』って。
 これでは貴女が不安になるかもしれないからって、陛下に直接頼み込んだの。『赤バラをつけた自分に持ち手をやらせて下さい!』ってね」


 言われて、今日の不可解な役の変更理由が納得出来た。
 

「殿下は、貴女の心を守りたかったのよ。
 ここにきて、突然良い男になったわよね。貴女もそう思うでしょ? 
 わたしのイチオシだから、貴女には是非真剣に考えて欲しいわ」


 そう真面目な顔で言われて、その状況やエミリオ様の心のうちを想像したら、思わず泣きそうになっちゃった。いえ、ちょっとうるうるしちゃったわ。
 

「分かってくれたなら良いわ。貴女にとっても良い話だから、ジェフになんてよそ見してちゃダメよ?」

「は、はぁ」


 そこまで言うと、スティーブン様は手を振りながらスタスタと元来た道を戻って行った。

 エミリオ様。
 そこまで考えてくださったんだ。

 呆然とスティーブン様を見送ったわたしは、感激のあまりこぼれ落ちそうになる涙を、顔を上向けて必死に堪えていた。
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