投稿小説のヒロインに転生したけど、両手をあげて喜べません

丸山 令

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第六章

女神降臨の儀⑵

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(side ローズ)


 ゆっくりと聖堂の扉が開き、いつも通りの堂々とした態度で、聖女様は悠然と外へ進み出てきた。

 彼女は、先ほどパレードで着ていた濃い紫色の神官服から衣装チェンジして、金の刺繍がところどころに入った真っ白なロングドレスを身に纏っている。
 その背には、羽毛で作られた純白の羽根を背負い、左手には金色の盾。

 まさに、聖堂の中にある女神像そのままの、そのお姿は神々しく、圧倒的な存在感を放っている。
 観衆たちは大歓声を上げての大盛り上がり。 

 何というか……仕事をしている時の聖女様は、やっぱり凄いわ。
 彼女の一挙手一投足は、見る者全てを魅了する。
 
 つい先ほどまで彼女に対し若干の不満を感じていたのだけど、こういったところは尊敬せざるをえないな。

 わたしは、小さくため息を落とす。


 聖女様に続いて出て来たのは、神官長とそこから一歩下がって神官長補佐のお二人。

 その後方に、女神様の遣いとされるユニコーンを模した角を取り付けられた白馬と、それをひく聖女付き筆頭聖騎士エンリケ様。
 そして、抜き身の剣を胸の前に立てて構えた六人の聖女付き聖騎士と、神官八人が、それぞれ二列に隊列を組んで続き、停止したエンリケ様を中心に、一列ずつに分かれて左右に展開した。
 
 これは壮観!
 式典用の聖騎士の剣って、ああいった感じなのね!
 抜剣した状態は初めて見たけど、刃の中央には聖なる盾と女神様を表す二枚の翼が彫刻されていて、その周りにぐるりと一周 女神様に対する祝詞が刻まれてる。その形状は普段使いの物と比べると芸術的。
 まさに、刃を見せるために作られた剣だから、こういった形で見せられると迫力が違うわ。
 わたしたちの近くで停止したトリスタンさんの勇姿を見て、感嘆のため息を一つ。

 因みに、レンさんは逆サイドの端に行ってしまったので、ここからは あまりよく見えない。 
 残念。

 入場して来た時チラッと見た感じだと、右手に黒いグローブをはめていた他は、特に問題なく剣を持っていたようだし、案外大丈夫なのかな?
 
 様子を伺おうと背伸びしていたら、隣にいたリリアさんが、素っ頓狂な声をあげた。
 

「え? あれ、どう言うこと?」

「どうしたの?」


 小さく尋ねると、リリアさんは、トリスタンさんを指さし、続いて自分の胸元をトントンと指し示した。

 ん?胸元?
 あ。お花かしら。

 でも、聖女付きは全員リシアンサスのブートニアで……って、あれ?

 トリスタンさんの胸元には、リシアンサスと一緒にグラジオラスが飾られている。

 っていうか、トリスタンさんだけじゃないわ。見える範囲の聖堂職員全員が、グラジオラスを身につけている。

 これって……。

 眉を寄せた時、リリアさんが怪訝な顔で後方を振り返った。


「プリシラさん。これは、どういうことなわけ?」

「何のこと?」


 白々しくそっぽを向いたプリシラさん。
 すると、この状況はわざとってこと?


「しらを切るつもり? 舞台に上がった聖堂職員のほぼ全員が、アナタの花つけてるとか、これじゃまるで、『聖堂はプリシラさんを応援する』って言ってるようなものじゃない!卑怯だよ」


 引き続き、毒ずくリリアさん。
 確かに、そう見えてしまうかも。
 
 と言うか、こんな中でわたしが盾を受け取りにのこのこ出ていくって、アウェー感半端ないんですが?


「卑怯も何も。実際、彼らがそう思っているとは思いませんの?」
 

 ふふんっと鼻を鳴らして、プリシラさんも言い返す。

 何と!
 彼女の言い分が本当なら、本当の意味でアウェーだった。
 うっかり一番になっちゃってごめんなさい。

 血の気が引いていくのを感じていると、プリシラさんは勝ち誇るように微笑む。


「聖堂の総意ということなら、ねぇ?マリーさん。随分緊張しているようですし、盾を受け取る役目、私が変わって差し上げますわよ?」

「それは……」


 ある意味願ったりだけど、それでは、今日わたしの花を貰ってくれた人たちに申し訳が立たない気がして、わたしは言葉を濁した。

 舞台の上では、聖女様による女神降臨の劇が始まっている。

 どうしよう。
 もうすぐ聖女様に名前を呼ばれる。
 もし、読んだ名前がプリシラさんだったら、わたし、お役御免なのかな?

 俯いたわたしに、意外なところから声がかかった。
 舞台の隅で警戒にあたっていたトリスタンさんだ。

 
「ローズマリーさん、直ぐに出番ですから、こちらへ」

「あ、はい」


 顔を上げて、トリスタンさんの横へ向かうと、彼は誰にも聞こえないように小さな声でこっそり教えてくれた。


「たくさん余ってしまったので、聖女様の命でつけることになっただけです。勿体無いですからね。プリシラさんに惑わされないように。良いですね?」

「は、はい! ありがとうございます」


 話を聞いていて、フォローを入れてくれたんだ。トリスタンさん良い人!

 それにしても、ここ最近のプリシラさん、本当に底意地が悪い気がする。
 これはいよいよ、『聖堂いぢめ』始まるのかな?
 本編であったネタだから、多少は覚悟していたけれど、少し不安。

 まぁ。みんなライバル関係だから、確執が出るのは仕方ないけどね。


 聖女様が、女神様の一連のセリフを語り終えると、こちらに視線を向けた。

 呼ばれる!


「そこな娘。ローズマリーよ。こちらへ」

「はい」


 呼ばれたのが自分の名前であることに安堵し、わたしは舞台中央へと歩き出した。

 うー。
 ちょっと足が震えちゃうけど、ちゃんと役割をはたすぞ!

 聖女様扮する女神様の前に跪くと、聖女様は盾を上方に掲げた。


「そなたに盾を授けよう。聖女となりて、この国を救いなさい」

「かしこまりました。謹んでお受けいたします」


 わたしのセリフはここだけ。
 良かった。何とか噛まずに言えた!

 ほんのちょっとの安堵。
 聖女様が静々と歩み寄って来て、盾をわたしの前に差し出したので、わたしはそれを受け取った。
 その時、


「貴方が赤薔薇の聖女候補、ローズマリーね。確かに男受けしそうだこと」


 盾の陰、わたしの耳元で、聖女様は低い声でそう言った。

 わたしは、その場で硬直する。

 え?ええ?
 今の、やっぱり褒め言葉じゃないよね?

 わたし、何か聖女様の気に触るようなことしました?


 そのまま何事もなかったかのように劇を続ける聖女様を呆然と見ながら、わたしは何とか立ち上がる。

 劇を中断するわけにはいかないし。

 手の中にあるレプリカの盾を両手に持ち、わたしは舞台の中心でそれを高々と掲げた。

 大歓声が響き渡ったけど、感動の余韻に浸る余裕などなく、わたしの心は荒れ狂っていた。
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