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第六章

女神降臨の儀⑴

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 (side ローズ)


 午後から行われる降臨祭のメインイベント、『女神降臨の儀』。

 これは、別に本物の女神様が降臨するわけではなく、伝承されている、『女神様』が聖堂に降臨し『聖女』に盾を授けたシーンを再現する儀式だ。
 
 この時『女神様』の役を務めるのは、この国で一番気高い女性、つまり、聖女様が担当される。
 そして、盾を受け取る『聖女』の役を担うのが、その年一番に花を配り終えた聖女候補というわけなのね。

 そういった経緯から、『一番を取った候補が聖女になる』と言ったジンクスが生まれたのだと思う。
 

 なんて、他人事のように考えていたのは、実は緊張を誤魔化すためだったりして。

 と言うのも、流石は、国を上げた一大イベントだよね。

 大勢の観衆が、正門前公園にびっしりと居並んでいるのを、今日は医務局になっている聖騎士詰所の横で眺めて、わたしは持っていたハンカチで冷や汗を拭っていた。

 あー。もう。
 わたしの小心者!

 演技力が試されるのは『女神様』を演じる聖女様の方で、『聖女』役は、ただ地に伏してお礼の言葉を述べた後、盾を受け取るだけの簡単なお仕事じゃない。
 それこそ、どの聖女候補になっても即興で対応出来るように簡単になっているわけで、一体何をそんなに、緊張する必要があるというの?

 そうよ。大丈夫。
 落ち着いて。
 
 深く深呼吸を繰り返していると、隣にいたリリアさんが、くすりと笑った。


「ちょっと、大丈夫?」


 そう言いながら、背中を撫でてくれる。
 うう。優しい。


「あはは。負けて悔しいとか思ってたけど、私、やらないで済んで良かったかも?」


 前言撤回。
 そんなこと言われたら、余計緊張してきちゃうでしょう!
 
 項垂れつつ、恨みがましい視線をリリアさんに向けると、彼女は苦笑いしながら頬を掻いた。


「はいはい。ごめんてぇ。そんなに緊張しなくても、マリーさんならダイジョーブだよ。それに、ほら。私たちも横に控えているしね?」

「それは、本当に心強いけど……」


 そう。
 聖女候補は全員、この舞台端の部分に控えているのよね。これは、『誰が実際聖女になるのかは、まだ分からないから、集まった観衆の皆様には、聖女候補全員の顔を覚えてもらおう』といった趣旨だそう。

 そうよ。
 一人じゃないもの。大丈夫。

 でも、うーん。
 先ほどから、その味方であるはずの後方、プリシラさんから、殺気にも似た冷たい視線がとんで来ていたりして……。
 まぁ、二年間連続で、プリシラさんが一位だったわけだから、嫉妬するのは当然なのかな。
 でも、ちょっとだけ、お腹痛くなってきちゃった。

 お腹付近をそっと撫でつつ、聖女様が現れる予定の入り口付近を眺める。

 いっそ早く終わってくれればと思ったのだけど、開始時刻まで もう暫く時間があるから、まだ姿を現してもいないようだ。

 と、ガチガチのわたしの肩を、ぽんっと叩いて、リリアさんは提案してきた。


「そんなに緊張してるなら、私が気を逸らしてあげよっか?」

「本当?」


 わたしは目を瞬く。
   
 ライバル関係なのに、友だちのポジションは変えないでくれるリリアさんは、やっぱり優しい。
 

「うん。この話聞いたら、マリーさん、緊張どころじゃなくなるかもよ?
 あのね。さっき、花配ってた時だけど、聖女様が、あの黒髪の聖騎士に平手打ちして、ちょっとした騒ぎになったんだよっ」

「え?それ、本当?」


 思わず聞き返すと、リリアさんだけでなく、その横にいたタチアナさんも、同意するように頷いた。


「あたしも、少し離れたところにいて、たまたま叩いたところだけ見ちゃったんだけど、結構力一杯って感じで、可哀想だった」

「まぁ。それ、クルスさんだったの?てっきり別の聖騎士さんだと……だって、聖騎士の粗相だって、噂が流れていたし」


 後方、プリシラさんの横に並んでいたマデリーンさんまで、驚いたように口を挟む。
 
 マデリーンさんがそう考えるのも、無理はない。だって、レンさんの仕事に対する真摯な姿勢は、聖堂内でも認められているもの。

 今朝、聖女様はご機嫌斜めだったし、ちょっとしたことで癇癪でもおこされたのかしら?

 そう考えていたのは、わたしだけでは無かったらしく、わたしたちは顔を見合わせて、なんとなく苦笑いした。

 その時、眉間に皺を寄せながら、不愉快そうにプリシラさん。
 

「お黙りなさい。聖女様に対し不敬でしてよ?」

「仰る通りです。ご無礼致しました」

 
 ど正論だったので、わたしは、その場で頭を下げた。
 この世界では、状況はどうあれ、『聖女様の機嫌を損ねた方が悪』といった認識だものね。
 
 納得いかないけれど どうにも出来ないこと、と割り切ろうとしていたら、候補の後方で護衛の任についていたジャンカルロさんが、顔を顰めながら一歩前進した。


「聖女付きのブートニアを用意してもらえなかったのが、元々の原因ですよ。心配した後輩聖騎士がクルスさんの胸にある候補の花を挿したんです。そしたら、それを見た聖女様が突然激昂されて……頬を叩いた上で花を払い落とし、踏みつけようとした。彼はそれを咄嗟に庇い、手に怪我まで負いました。聖堂関係者は、知っておくべきです」


 そう一気に捲し立てると、ジャンカルロさんはバツが悪そうに、一歩後退し黙った。

 わたしたちは推し黙る。

 うーん。
 そうなると、やっぱりレンさんは悪くないよね。
 身分が低い人間をスケープゴートにするこの国の習性は、相変わらずってところかな。
 良くないよね。

 若干イラッとしつつ、聖女様の出てくる入り口をチラリと見たあと、ふと、ちょっとしたひっかかりを感じ、わたしは振り返る。

 あれ?
 ジャンカルロさん、今、胸に赤薔薇つけてなかった?
 わたし、渡してないよね?
 
 普通に考えれば、自分の護衛対象の花をつけるならわし。リリアさんと仲が悪いから、白百合は飾らなかったにしても、薔薇を何処で手に入れたの?

 そこで、情報がパズルのように噛み合っていく。

 ジャンカルロさんは、その場で起こった全てを知っていた。
 踏まれそうになった花を庇ったレンさん。
 無事だったその花は、その場にいた誰かの手に渡った。
 その誰かは、ジャンカルロさん?

 つまり、レンさんは、わたしの花を庇って怪我をした?
 
 血の気が引いていく。
 大怪我で無ければ良い。
 心配で胸が痛んだ。

 その時、歓声が公園内に響き渡る。

 視線を向けた先、ゆっくりと聖堂の扉が開き、聖女様が悠然と進み出てきた。
 
 


 
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