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第六章

降臨祭 ⑺ 連鎖する嫉妬と憎悪 1

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 聖堂前広場には、朝から大勢の観衆が集まっていた。

 彼らにとっての午前中一番の関心ごとは、聖女候補による『幸福の花』の配布。

 これは、王都在住の民ならば今年一年の、滅多に王都に来ることのない観光客ならば今後の未来を占う、一大イベントであった。

 特に今年は、英雄の娘が聖女候補になったことが ちょっとした話題となっており、パレードが聖堂に帰還したその時間、そこにいた観衆のほとんどの視線は、花を配る聖女候補に向けられていた。

 そこで、前代未聞。
 ありえない早さで、花を配り終えた聖女候補が現れる。

 専属の聖騎士により、女神像の前にエスコートされてきたのは、鮮やかな赤い髪の聖女候補ローズマリー。

 清廉とした印象の優しげな その少女こそが、件の英雄の娘であることを、神官長補佐のアナウンスで知り、観衆らは、彼女が花を先行配布した門に出向かなかったことを悔しがりつつも、惜しみない歓声と拍手を贈った。

 ハニカミながら笑顔で手をふる彼女の仕草は、洗練されて美しく、一目見てファンになる者も多かったとか。

 
 公園内はそのような状況だったので、休憩に下がる予定の王族や聖女から、観衆の視線は一時的に外れていた。

 聖女アンジェリカが、直属の聖騎士の頬を叩いたのは、丁度そのタイミング。

 周辺にいた聖騎士や神官らが素早く周りを囲ったため、以降のやり取りを見ていた者はいないが、それでもごく少数の観衆は、平手打ちの瞬間を目撃していた。

 そこで聖堂は、アンジェリカにとって好意的な内容の噂を流し、情報を撹乱することにした。
 つまり『あの神々しくも慈悲深い聖女様がお怒りになったのだから、その聖騎士が余程の失態を犯したのだろう』といった。
 
 これにより、会場の雰囲気は、徐々に落ち着いたものへと戻っていった。

 
 一方、偶然、騒ぎの中心にほど近い場所で花を配っていたリリアーナは、引き攣り笑いを浮かべていた。
 と言うのも、彼女は自身に花を貰うために集まっていた民衆ごと、聖女様の囲いに利用されてしまったから。

 それでも、目の前に並ぶ列が捌けるまで、真っ白な百合の花を手渡していく。
 

(だって、私が早く花を配り終われるように、お母さんが声をかけておいてくれた、店の従業員や、お得意先の人たちだもん。テキトーってわけには行かないよ。花も、ブーケ一つになったし、あとちょっと!この分なら、二番手取れるかも……)


 一筋の光明がさした気がして、リリアは背筋を伸ばす。
 しかし、それからしばらくして、無情にも別のハンドベルが鳴り響いた。

 少し甲高い音質。
 商家出身のマデリーンだった。
 

(そりゃぁ、マデリーンさんの家は歴史が古いし、うちは新興勢力だから、勝つのは難しいよ。それに、伯爵家のダーリンも味方だし。よし。とりあえず、三番手死守)

 
 思った矢先に、 三度みたびベルの音。
 今度は、絶対勝てると踏んでいたタチアナのもので、リリアは眉を寄せた。

 残り数本が、なかなか減らない。

 
(あと三人なのに……。マリーさんはずるい。エミリオ様だけじゃなくて、周りの騎士さんにも渡してたもん。私も無理矢理でも渡せば良かったぁ)


 そう考えて、ふと思い立った。


(そうじゃん! 騎士!本当は嫌だけど、私付きのあの男にくれてやれば……)

 
 振り返ってジャンカルロを見ると、彼の胸元には、既に真っ赤な薔薇が飾られていた。
 流石のリリアも、これには苛立ちを隠せない。


「ちょっとアンタね! 私付きのくせに、なんでバラを飾っているのよ!」


 怒りに任せて声を荒らげると、ジャンカルロは心底嫌そうに顔をしかめた。


「は? 僕がだれを推そうと、君には関係ないことだ。それに、君の警護をするのは今回限り。自分の召使扱いするのは、やめて頂きたいな」

「あーあ。折角綺麗な白百合をあげようと思ったのに。ま、アンタには勿体無いかぁ」

「ふん。残念ながら、僕にはどんな花だって似合ってしまうさ」

「うわ。ナルシー」


 売り言葉に買い言葉。
 いよいよヒートアップしそうな二人の間に、老齢の聖騎士が割り込んだ。


「まぁまぁ。良ければ、私も頂けますかな?」

「それなら私も頂きたい」

「では、私にも」

 近くで様子を伺っていた神官らも、大事おおごとにせぬよう手を挙げ、これにてようやくリリアは四抜けすることができた。


 そこから少し離れた公園西側では、四回目のハンドベルの音を、プリシラが絶望的な気持ちで聴いていた。

 二年連続で、トップをとっていたプリシラにとって、この結果は屈辱的だった。
 
 ようやくブーケになったばかりの花を抱え、彼女は肩を落とす。


(まるで、晒し者だわ)


 人気が地に落ちたことを自覚した上で、不甲斐なさに打ちひしがれながらも、最後まで花を配り続けるのは、彼女にとって苦痛でしかない。


(ああ。花などこの場に投げ捨てて、部屋に逃げ帰りたい。こんなにたくさん残っていたら、午後までかかってしまうわ。
 それもこれも、みんなローズマリーさんのせいよ。聖騎士やジェフ様だけでなく、王子殿下まで丸め込んで、彼らの配下や騎士らに彼女の花を受け取るよう強要させたに決まってる。あざといったらないわ)


 事実無根の逆恨みであるが、嫉妬に支配されたプリシラの精神は、そうでも考えなければ崩壊してしまいそうだった。

 俯き加減で暗い表情で佇んでいれば、益々人は寄り付かなくなる。負の連鎖。

 その様子を見ていた神官長保佐の二人は、どのあたりで区切りをつけるか相談をはじめた。


 「とりあえず、聖騎士に回収させて聖堂入り口に飾り、来場者で欲しい人が持って行けるようにしましょうか」

「そうですな」
 

 ミゲルの提案にマルコが頷いた時、聖女付きの聖騎士トリスタンが、丁度聖堂の階段をおりてきた。


「聖女様が、プリシラさんに聞きたいことがあるから連れてくるようにって……って、ありゃ? これは、どういうことです?まさか、まだ終わってない?」


 困惑を顔に浮かべるトリスタンに対し、ミゲル補佐は苦笑いを返した。

 
「今年はプリシラ嬢にとって、試練となったようだ。丁度花を回収して昼休憩にしようと思っていたから、声をかけてやってくれないか?」


 トリスタンは、あからさまに顔を引き攣らせる。


「俺がですか? それこそ試練ですよ。聖女様は朝から不機嫌だし、プリシラ嬢もどんよりしてて、一緒にして良くなるイメージが湧かないんですけど? 混ぜるな危険!」


 ため息をつきながら、それでもトリスタンは
プリシラに声をかけ、持っていたブーケを回収すると、彼女を伴い聖堂の中に入って行った。
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