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第六章
降臨祭 ⑹ 薔薇の行方
しおりを挟む(side エミリオ)
例年通り大盛況のパレードが終わり、俺を含む王族連は、馬車を下りて正門へ移動を始めた。
聖女候補の花配りは、毎年、ここからが勝負所になるんだが、今年は既に勝負がついている感がある。
と言うのも、マリーが俺のところにやって来た時、既に花がブーケ状になっていたからな。
聖女候補は、一人五百本の花を配ることになっているが、花が百本以下になるまで、花籠持ちの神官たちが付き添い候補に手渡している。
実際、マリーについてきたリリアは、花籠を持った神官を従えていた。
そんな状態だったから、俺のところに辿り着く前に花が無くなってしまうんじゃないかと、かなりハラハラしたわけだが。
胸元の花を見て、俺は眉を下げる。
ジュリーがパレードの最中に微調整していた俺のブートニアは、真っ赤な薔薇を中心に、聖堂の花である白のリシアンサスが足されている。
これにより、存在感のあるリリアの白百合を背景にしてしまうのだから、ジュリーは相当機転が効くよな。
その当人は、現在しれっと胸に赤い薔薇を挿していて、周囲から赤バラの女騎士様と騒がれていたりする。
俺付きの騎士だからといって、別に俺に合わせなくても良いわけだが、馬車で王族の隣に座る騎士は、揃えるのが風習のようだ。
そうしないと、今回のように推し候補以外の候補から花を押し付けられた時、どちらを推しているのか分からなくなってしまうからな。
観衆たちに『推しの聖女候補から花を受け取れると、その年は幸せに過ごせる』というジンクスがあるように、パレードに参加する王侯貴族たちにもジンクスがある。
それは、『領主が選んだ候補が聖女になると、国や領地が繁栄する』などと言う単純なものなのだが、これ、案外民にとって大問題らしいのだ。
例えば、毎度必ず当てているバーニア公爵家なんかは、王都を凌ぐほどの栄華を極めている。その一方、毎度外れを引いていたせいで、ジンクスを気にした民に逃げられ、取り潰しになった男爵家もあるとか。
よって、選定の年の候補の花選びは、各々熱が籠るわけだ。
ま。次の聖女選定は三年後だから、今年はお遊び程度だけどな。
因みに、国の行く末に関しては、時期国王の姉様の胸の花で占われるため、俺はいつでも気楽なポジションだ。
聖堂の階段をのぼり上がり、マリーを見るべく振り返ると、丁度、ガランガランとベルがなった。
その横には、驚いたように両手で口を覆うマリー。周囲からは、祝福の声が上がっている。
やっぱり、今年はマリーが一番だ。
自分のことのように嬉しくて拍手を送ると、周囲が同調して手拍子を始め、ミゲル補佐のアナウンスもよく聞こえないほどの盛り上がり。
階段下までやって来ていた聖女様まで、その騒ぎに振り返っている。
最後に花を手にした幸運な者は誰だろう?と目を凝らすと、なんと。ユリシーズが恭しくお辞儀をしている。
あいつ……またしてもちゃっかりとっ!
あれで狙ってやってないとか、本当なんだろうな?
いや。待て。
最近、ジェフのせいで過剰反応しすぎているかもしれない。
騎士が空き時間を利用して花を貰いに行くのは、寧ろ推奨されているんだし、彼奴が並んだことによって より早くマリーの花がなくなったのだから、寧ろ褒めてやるべきだろう。
そもそも、俺付きの騎士たちなんか、頼んでもいないのに、ほとんど全員が赤い薔薇を胸に飾っているわけだからな。
それもこれも、マリーが日々の努力を怠らず、周囲のみんなに好かれているからで。
やっぱりマリーはすごい。
見た目ごつい聖騎士にエスコートされて、公園中央の女神像の前に進んでいくハニカミ笑顔のマリーを眺めていると、『そろそろ時間ですので』と、ジュリーに先を促された。
もっと眺めていたいのに、残念だ。
息を一つ落として、足を前に踏み出した時、
ーーパシんッッ
階段下で、短く大きな音が響いた。
何だ?
拍手にしては、単発だし音が大きすぎる。
まるで、何かを力任せに平手打ちしたような?
階下を見下ろすと、聖堂関係者たちが一斉にその場所に集まっていくのが見えた。
ぐるりと周りを取り囲んで……中の人物が観客から見えないようにしているのか?
だが、上から見ている俺からは、中心にいる人物が見えた。
あれは聖女様だ。
それから、その前にわずかなスペース。
聖女様の影になって見えないが、彼女の前で、誰かが跪いている?
聖女様は肩を怒らせて、何やら声を荒らげているように見える。
何か粗相でもあったのか?
それにしたって、あんな聖堂の真ん前で。
聖女様って、大人っぽくて落ち着いていて、独特な存在感のある美しい女性の印象だ。
その彼女が、あれほど怒りを露わにするなんて、余程腹に据えかねることがあったのだろうか?
「何かあったようですね。念のため調べさせますが、とりあえず我々は部屋へ戻りましょう。トラブルに巻き込まれては敵いませんから」
ジュリーに言われて、俺は頷く。
確かにな。
それに、王子が野次馬根性丸出しで、騒動の様子を上からずっと伺っているというのも、体裁が悪い。
そもそも、マリーが一番になったことが分かっただけで、今日の目的は達しているからな。
階段下は、再度悲鳴が聞こえたりして、ますます騒がしくなっていくようだったが、俺は大人しく前を歩くジュリーに従って、聖堂の中に戻った。
◆
(side レン)
王都を一周するパレードは、予定通りに聖堂に到着した。
マグダレーンで大きな事件があったから、普段より細心の注意を払って警戒にあたったが、幸い不自然な人物に遭遇することも無く、無事に帰還でき、私はほっと胸を撫で下ろす。
パレードの護衛の後は、昼休憩を挟んで、再度広場で行われる『女神降臨の儀』の護衛。
ここでも当然気は抜けないから、昼食の時、短時間仮眠をとっておこう。
引き続き聖女様の後方を警戒しながら、聖堂正面階段下に着いた時、ハンドベルの音が高らかに鳴り響いた。
もう花を配り終わった候補がいるのか。
今年は随分と早い。
例年通りならば、聖女候補の花配りはここからが本番で、半刻ほどかけて大体昼頃に結果が出るのだが。
そうなると、誰が一位を取ったのかは、想像できた。
王子殿下は当然のこと、スティーブン様がついている以上、王女殿下もローズさんを選んだはず。
また、英雄の娘であることは当然知られているから、貴族連も大多数が彼女を選んだだろう。
「あら。随分早いこと。今年もやっぱり、プリシラかしらね?」
「さて。どうでしょうか?」
聖女様とエンリケ様の会話を聞きながら、私は小さく息を落とした。
プリシラさんは、今年苦戦するだろう。
先日ミュラーソン公爵夫人のサロンで、相当評判を落としているし、普段高飛車な態度をとっているから、都民からの支持もあまり期待できない。
心が折れてしまわなければ良いが。
と、そこまで考えて、余計なお世話だったと思考を打ち切る。
後方から、賑やかな気配が近寄って来たから。
「レン先輩!」
追いついてきたラルフは、和かに微笑み私の横に並ぶ。
「良かった。追いついて。今日ほとんど別行動だから、今のうちに渡しとこうと思って」
そう言いながら、ラルフは自分の胸ポケットを飾っていた花のうち一輪を抜きとって、私の胸に挿した。
大輪のオールドローズ。
今日ローズさんが配っていた花だ。
「今朝、聖女様付きのブートニア、先輩だけ付けてなかったから、もしかして用意してもらえなかったのかな?って。でも、先輩自分で花とか貰わなそうだし。だから、代わりに貰っときました。もう配布終わっちゃいましたから、レアですよ」
そう言って、ラルフはちゃめっ気たっぷりにウインクを一つ。
私は、しばし呆然とする。
今朝、聖女様から、『貴方の分の花はない』と言われたのは事実。どうやら完全に嫌われたようなので、近く聖女付きも外されるかもしれない。
……それに関しては、寧ろ望むところではあるのだが。と言うのも、職務掛け持ちの現状は、心身ともに少々こたえるから。
さておき、降臨祭において、男性が胸に花を飾ることは幸福の象徴と言われている。
ならば、私には相応しく無いのだろうと、最初から諦めてもいた。
だからこそ、戸惑ってしまう。
私のような者が、この大切な花を胸に飾って、ローズさんの迷惑にならないか、と。
そんな私の心情を読んだ訳では無いだろうが、ラルフは耳障りの良い言葉で、私の不安を拭いとってくれた。
「先輩に渡すって言ったら、嬉しそうにしてましたよ?」
「そう言うことなら、有り難くいただく」
小さく頭を下げると、ラルフは嬉しそうに笑う。
後輩というのは、本当に可愛く、ありがたいものだ。
胸にじんわりと温かさを感じた、その時、カツカツとヒールの音を立て、その気配は私の目前に近づき、次の瞬間、左頬に衝撃が走った。
完全な不意打ちだったので、上唇の裏に犬歯が当たり、口の中に血の味が広がる。
「ふざけないでっ! 貴方は誰の護衛なの?そんな花を飾ってどういうつもり?まさか、私に対する当てつけなの? 許さないわよ」
あまりのことに、言われた言葉の意味が分からず、瞬く。
朝は、同じ口が『貴方の分は無い』と言ったのだが……。
「こんなもの!」
聖女様は、私の左胸から薔薇を抜き取ると、地面に投げ捨てた。
そして、いつもの如く、ヒール靴を振り上げる。
普段だったら、ただ大切な物が踏み躙られるその光景を見ているだけなのだが……。
ごりっ
次の瞬間、私は自分の右手から嫌な音がするのを聴いた。
「っっあっ!」
小さく悲鳴をあげたのは聖女様だ。
彼女の細いヒールは、私の右手の甲を踏み砕いていた。
「な……なんで? 何で、そんなもののために。いやっ!手が……」
慌てて足をあげ、聖女様は取り乱したように頭を抱える。
何で?
それはこちらが聞きたいくらいだった。
ただ、体が勝手に動いてしまっただけ。
それでも、何とか取り繕わなければ。
私はその場で膝をつき、額が地面につくほど深く頭を下げた。
「聖女候補の花は、幸福の象徴。一輪たりとも無駄にしてはならぬと教えられて参りました。
この花を欲しかった者が、他にいたかもしれません。その方に譲りますので、どうか、廃棄だけはお許し下さい」
「おっオレも!軽率でした。花がないならと、軽い気持ちで。本当に申し訳ありません」
後ろでオロオロしていたらしいラルフも、一緒に頭を下げてくれた。
と、その横に、膝をついた聖騎士がもう一人。
「では、この花、僕が頂戴致します。最後に頂くつもりが、気づいた時には終わっていて。嬉しいな。これで、今年一年良い年になりそうです」
ジャンカルロはそう言いながら、地面から薔薇を拾い上げ、そっと自分の胸に飾った。
聖女様は口元を押さえて青ざめていたが、バツが悪そうに視線を外して頷いた。
「そう言うことなら、良いでしょう。エンリケ。私の髪から、一番大きな花をとりなさい」
「かしこまりました」
聖女様に言われた通り、エンリケ様が大ぶりのリシアンサスを抜き取ると、聖女様はそれを私の胸元に飾った。
「これで良いわ。では、部屋に戻ります」
聖女様は、踵を返す。
他の聖騎士たちはそれに続いた。
エンリケ様はその場に残り、私の前に屈んだ。
右手の状態を見てくれるようだ。
「粉砕骨折しているかもしれない。すぐに救護室へ。可能ならば魔導士に癒しをかけてもらえると良いのだが……」
「ご心配いただき、有り難うございます」
「あ。俺、付き添います」
ラルフが申し出てくれて、そのまま救護室に向かうことになった。
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