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第六章
降臨祭 ⑷ 王都一推しの聖女候補は?
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聖女様や王族の皆様を乗せた馬車のパレードは、人が歩くほどの速度で、ゆっくりとわたしたちのいる南門前広場に入って来た。
パレードの先頭を務めたのは、例年通り国王陛下の煌びやかな馬車。
ここには二人のお妃様も同乗している。
可憐な正妃様と華やかな側妃様を左右に配し、中央で手を振っている国王様は威厳に満ちていて、三日ほど前に起こったマグダレーンでの強襲事件に対する不安などは、微塵も感じられない。
周囲は国王陛下付きの騎士らが囲み、その後方には、第一旅団の精鋭部隊百人が騎乗して付き従っている。
昨日の時点で、強襲事件のニュースは王都中に伝わっていたから、陛下がこういう姿を見せてくれるだけでも、国民は結構安心するんだろうな。
国王陛下や騎士団がおどおどしたり、参加を取りやめたりしたら、不安になるものね。
そもそもこのお祭りは、『こんなに力のある王家や貴族が、国を守っているのだから、安心して暮らして下さい』と、国民に知らしめるためのイベントだし。
降臨祭は、およそ二百年ほど前に、この王都に女神が降臨し、その加護を受けた王国軍が魔王軍を打ち破った記念として、毎年行われているお祭りなんだけど、このパレードは、当時の凱旋パレードを模している。
国王様に始まり、その後方には王族と活躍した貴族連、又それに付随する騎士たち。
最後尾は聖女様と聖騎士連が連なる。
つまり、数百年前に王国を守り、魔族の王子を捕らえたのは、この面々の先祖ということになるわけで、その当時の聖女も、国防のために戦地に赴いたということになる。
このあたりは、王国軍が窮地に陥っていた時、女神様が降臨し、聖盾と聖槍を国王と聖女に与えることにより王国を守ったという伝説として、聖堂のステンドグラスにも描かれている。
要するに、毎年このパレードを繰り返すことにより、王族や貴族、聖堂の権威を守っているわけだったりもするんだけど。
「もう時間か……」
わたしの横にいて、残念そうに呟いたのはジェフ様。
彼は今日、専門学校の夏服姿で、他の一緒にいる魔導士さんたちのようなローブは着ていないからか、何だか一人だけ涼やか。
白い半袖シャツにベストの夏服姿もよくお似合いで、どこからみてもイケメンだから、先程から周囲にいた観光客の女性率が上がってきていたりする。
彼は、先輩魔導士さんたちの合図に一つ頷くと、わたしに笑顔を向けた。
「本当はずっとここでローズちゃんと話していたいけど、仕事だから仕方がないね。花をありがとう。また後で会えると良いな」
「こちらこそ有難うございます。お仕事、頑張って下さいね」
両手を握りしめて応援すると、ジェフ様は微笑み、先ほど手渡した薔薇の花の茎をカットしてベストの胸元に挿した。
このように、男性は胸に、女性は髪に花を飾って、今日一日、推しの聖女候補を応援してくれるというわけなの。有難いよね。
ジェフ様は、手を振りながら先輩方と一緒に先頭の馬車に同乗している魔導士長様の元へ向かい、幾つか言葉を交わした後、東門に向かって先行するみたい。
そうこうしているうちに、国王陛下の馬車に続いていた王女殿下の馬車がやって来た。
以前お会いした時も思ったけど、王女殿下は本当に愛くるしくて、天使すぎる。
そして、その脇を固めているスティーブン様の神々しいこと。
彼のキャラを知っているから、お似合いって言うのは違う気がするのだけど、何も知らない人が見たら、王女と騎士のラブロマンスとか想像しちゃいそうだわ。
まじまじと見入っていたら、あろうことか、スティーブンとばっちり目があってしまった。
彼は、口元に手を当て数秒考えるように小首を傾げると、次の瞬間、動いた状態の馬車から、ひょいっと飛び降りて来た。
え? ええっ⁈ 一体何が?
理解する前に目の前に立たれて、プチパニックを起こしているわたしに、スティーブン様はウインクを一つ。
「ローズマリーちゃん。 貴女のお花を、二本下さる?」
はな?
ああ!花!花ですね。
ええと。
「どうぞ。幸せが訪れますように」
満面の笑みで、丁度手に持っていた花を手渡せたのは、我ながら上出来だったと思う。
「んふふ。ありがとう。頑張ってね」
微笑みながら手を振って、スティーブン様は馬車に飛び乗ると、自身の胸と王女殿下の髪に、薔薇の花を飾った。
え? それって、まさか、わたしを推してくださってる的な? ……いえ。まさかね。
考えを否定しながらも、体中から汗が噴き出してきた。
スティーブン様と幾つか言葉を交わした後、王女殿下は、わたしに向かって『ありがとう』と口を動かし、微笑みながら手をふって下さったから。
うそ。本当に?
光栄すぎて、昇天しそうなのですけど?
「はわわぁ。ローズさん、すごいです!」
何も言えずに笑顔のまま固まっていると、顔の前で手を組み、瞳をうるませて、ヨハンナが褒めてくれた。
くぅっ。可愛い。嬉しい。
「ありがとう」
わたしは、彼女に笑顔を向けた。
さて、次はいよいよエミリオ様の馬車ね。
ゆっくりやってくる馬車の上では、左右を団長さんとジュリーさんに守られて、エミリオ様が観衆に向かって手を振っている。
ああ。何て華々しいのかしら。
やっぱり彼は、王子様なんだなぁ。
周囲がきらきら輝いて見えるのは、陽光のせいだけじゃないよね?
まだ少年のあどけなさが残る容貌でありながら、その堂々とした佇まいは、人を惹きつけるものがある。
益々素敵になられて、感無量だわ。
感動していると、横から大興奮の絶叫が響いた。
「っきゃーっ! エミリオ様っ!かっこいー!
こっち向いて~っ!」
「やめろ!はしたない。」
身を乗り出して、ぶんぶん手を振っているリリアさんを、今日もリリアさんについていたジャンカルロさんが、額に青筋を立てながら止めに入っている。
あらら。今日も今日とて、大変そう。
そう言えば、ジャンカルロさんは胸に花を挿していないのね。 わたしについてくれている聖騎士のお二人は、わたしの薔薇を飾ってくれているのに。
周囲からの目もあるし、せめて今日くらいはお互いに譲り合えば良いと思うのだけど……って、余計なお世話かな?
などと考えながら、再び馬車を見上げたら、なんと馬車が停車してました。
え?なんで?
と。気づけば、目の前にジュリーさん。
もしかして、また?
「ローズマリー嬢。少しだけ時間を頂きたい。花を持って来てくれるかな?」
「は。はい!」
「私もいくっ!」
直ぐに反応したのはリリアさん。
ジュリーさんは少し考えていたようだけど、黙認するみたい。
わたしは、ヨハンナからブーケを受け取り、ジュリーさんの後に続いた。
「あ。来た来た。お花くださ~い」
「こちらにも一輪!」
「あ、はい。ありがとうございます」
馬車に着く道中で、エミリオ様付きの騎士たちからも声がかかり、あっという間にお花は半減。
まさか、これがヒロイン効果なの?
「ちょっ!お前らっ!俺の分、残してくれ!」
エミリオ様の悲痛な叫びに、ジュリーさんはニヤニヤしている。
「マリー。俺にも花をくれるか?」
一度馬車からおりると、エミリオ様は明るく快活な笑顔で、声をかけてくれた。
「もちろんです」
わたしが微笑んで花を差し出すと、嬉しそうに受け取ってくれる。
と、そこに、横から差し出された百合の花。
さすが。
リリアさんの執念を感じるよね。
「マリーさんだけ、ずるいもん」
そう言って口を尖らせたリリアさんの手から百合の花を、エミリオ様の手からバラを受けとり、ジュリーさんは二本の花をリボンで縛って、エミリオ様の胸に飾る。
そして、ちゃめっけたっぷりな笑顔で、わたしに向き直り、こう言った。
「さて、私にも頂けますか?」
◆
その後も、あちらこちらで声をかけられて、大トリである聖女様の前を走る聖女候補の馬車に回収されるころには、残すところ数本になっていた。
これは、もう配り終わっている聖女候補もいるんじゃないかしら? 例年通りなら、一番人気はプリシラさんだし。
考えながら馬車の荷物置きを見て、驚いた。
勝敗は、東門でマデリーンさんを回収するまで分からないけど、みなさん、まだ百本以上は残っている。
というか、プリシラさん、どうしちゃったのかな?
北門発だから、聖堂のお膝元で、一番最初に配り始めたはずなのに、西門スタートのタチアナさんより多く残っている感じ?
まぁ……パレードの最中も声をかけられるらしいし、聖堂に戻ってから しばらく配る時間もあるから、ここから驚異的なスピードで巻き返すのかもしれないけど。
そんなことより、わたしはどうしよう。
聖堂で警戒にあたっているラルフさんに、二輪取っておいて欲しいって頼まれているのよね。
あからさまに取り置くわけにもいかないから、着いたら直ぐ来てくれると良いな。
荷物をまとめ終えたわたしは、ため息を落としつつ、周囲を眺めた。
今日は進行方向に背を向けて乗っているので、聖女様の馬車が良く見える。
やっぱり聖女様は凄いな。
演説を神官長に任せた時は、どうなることかと思ったけど、今は落ち着いて、いつも通りの洗練された印象を醸し出している。
聖女付きの聖騎士連も、キリッとしていて格好良いし。
ほうっと息をついて眺めた先に、太陽光を反射している黒髪が見えた。
あ。レンさん今日は斜め前にいる。
この炎天下に濃紺の制服、黒馬って、凄く暑そうだけど、涼しげに見えるの何でなの?
無表情だからかな?
少々無礼なことを考えつつ、ふと、違和感を覚えた。
あれ?
他の聖女様付きと、何か違わない?
何だろう。どこが?
まじまじ見つめて、気づいた。
他の聖騎士さんたちは、聖女様のお花、薄紫色のリシアンサスのブートニアを胸に飾っているのに、何故かレンさんだけない。
えぇと。どういうこと?
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