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第六章

降臨祭 ⑵

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 (side ローズ)


 柔らか笑顔で手を上げたあと、私の斜め後ろにユーリーさんがいることに気付いたジェフ様は、一瞬眉を寄せた。

 しまった。

 ユーリーさんは、つい昨日、以前わたしと一緒に街歩きをしたことで、エミリオ様とジェフ様に詰められたばかりだった!
 話しているところを見られたら、また注意されてしまうかも?

 でも、これは お互いに不可抗力なんです!
 だって、わたしとユーリーさんは出迎える対象が一緒な訳で……。

 わたしが もだもだと頭を悩ませているうちに、ジェフ様は横を歩いていたお爺さん魔導士さんに二言三言声をかけ、彼が頷いた直後、こちらに向かって駆けてきた。
 
 えっ?単身こちらに?……ええと。
 今、お出迎え要員の聖堂関係者だけでなく、第七旅団の王国騎士を含めると、千人規模の人間が このロータリー周辺に集まっているのですが、そんなに堂々とこちらにいらっしゃって大丈夫なのかな?
 
 彼は嫡男では無いにしても侯爵家出身なわけで、もし変な噂を立てられでもしたら、色々とまずい気がするのだけど……。

 って、いや。
 今、普通に『目的わたしかな?』みたいに考えていたわ。自意識過剰か!
 純粋に、別件の可能性だってあるわけで……


「おはよう!ローズちゃん。朝から会えるなんて、嬉しいな」

「おはようございます。ジェフ様。こちらこそお会いできて嬉しいです。それと、昨日はありがとうございました」


 きゃーっ!フェイントなし!どストレートに、わたしの目の前に来たー!

 困惑半分、歓喜半分。
 だって、こんな全方位美少年から、とびきりの笑顔で挨拶されたら、嬉しくないわけがないよ。ときめいちゃうよ。

 わたしは汗を浮かべつつも、微笑んで丁寧にあいさつを返した。
 横方向から、プリシラさんの鋭い視線が突き刺さっているけど、だってどうしろと言うの?

 『そのポジションを譲りなさい』と言われて、『はい。どうぞ』なんて言いたくないし、ジェフ様の気持ちを、わたしがどうこう出来るわけでもない。

 優柔不断な態度をとっていることに関しては、本当にごめんなさいだけど。でも、みんなそんな簡単に、運命の相手を選べるものなの?

 この世界、特に貴族は、お付き合いするのなら、基本結婚前提だ。

 それ故に、数多のご令嬢を毒牙にかけたジェフ様の兄、フランチェスコ様は、高位貴族たちから総スカンになっていたわけなのよね。
 貴族の女性は、結婚まで処女を守るのが慣わしだし、それを奪ってしまった貴族の男性は、責任を取るのが当たり前なのだ。

 つまり、わたしがエミリオ様かジェフ様のどちらかを選べば、その時点で結婚相手が決まるという、かなり重い選択になるのよね……。


 ちなみに、今回レンさんを外したのは、彼が平民だから。

 貴族は、平民とは比較的簡単に付き合ったり別れたり出来る。
 ようは、遊び前提かプラトニックラブという、両極端だったりする。

 当然、未婚の場合、肉体関係は持たない。ここは厳格に守られるんだけど、結婚後、夫の許可を得て平民男性を囲ったりとかは、そこそこある話なのよね。
 こういうことが起こるのは、貴族の婚姻のほとんどが政略結婚だから。
 結婚して、役割を果たした後は、それぞれ好きな相手と過ごしたい、といった感じなのかなぁ?
 
 もちろん、わたし程度の階級にいると、稀に平民と恋愛結婚する場合もあるし、プリシラさんのお宅にように金銭事情が苦しい場合、金持ちの平民に娘を嫁がせ、金を無心することもあるけどね。
 

 笑顔のまま思考に沈むこと数十秒、その間、ジェフ様はユーリーさんに再び牽制を行っていたりする。


「昨日、そんな気はないとか言ってませんでしたっけ?」

「もちろんです。聖堂職員が王族のお出迎えに出ているのですから、おれがここにいる理由など、お分かりでしょう?」

「それ。オレガノ様の前で、同じこと言えます?」

「当たり前です!」


 ジト目で問うジェフ様に、吹き出る汗を拭いながらユーリーさんはそう答えた。

 たまたま近くに居ただけで、勘繰られてしまうのは、ユーリーさんが流石に気の毒かな?
 ユーリーさんは、わたしにとって、兄のような存在で、互いに恋愛感情は皆無だもの。
 当然、今していた会話も、色気のかけらもないもので。その辺りを分かっていただければ、簡単に解決すると思うのだけど。

 わたしは、フォローするべく口を開いた。


「今、第七の中隊長さんの指揮と、騎士団の動きを見ていたんです。それが実に見事で! 今は、その話を少ししていたのですが、ジェフ様はご覧になりましたか?」


 ジェフ様は目を瞬くと、困ったように微笑んだあと、ぶつぶつと小声で呟いた。


「その中隊長はどこですか? 今のうちに沈めておかないと……」
 
「ジェファーソン様。もしかして眠いんですか?」


 ジェフ様の冗談に、ユーリーさんが苦笑いでツッコミを入れている。
 その掛け合いが面白くて、笑いそうになるのを必死に堪えた。

 この二人も、関係が悪いわけでは無いみたいだから、有事の際はきっと上手に連携出来るに違いないわね。
 
 わたしは心中で頷く。

 実働部隊の面々の連携は、安心できる水準にある。
 あとは、それを率いる圧倒的カリスマ。

 その時、裏門がゆっくり開き、黄金やプラチナ、宝玉までもがふんだんにあしらわれた、絢爛豪華な馬車五台が、ゆったりとした速度で門の中へと入ってきた。
 それぞれの馬車の前後を、騎乗した騎士たちが守る。あ、中央、三台目の馬車の後ろにお兄様の姿も見える。
 その行列は、見ているだけで圧巻の一言。
 
 時を同じくして、事務局から堂々とでて来た神官長。その後を追うように、慌ただしく補佐のお二人。

 あら?
 聖女様のお姿が見えないけれど、確かお出迎えに来るはずじゃなかった?

 このままでは間に合わないかも?と、ヒヤリとした時、カツカツとヒールを鳴らし、文字通り重役出勤の聖女様登場。

 相変わらずの、美しく魅力に溢れる佇まい……って、え?
 何だか、滅茶苦茶機嫌悪くないです?
 遠目に見ても、彼女の口がへの字に曲がっている気が?

 対外的な部分できちんとネコを被る方なので、全く心配はしてないけれど、朝、何かあったのかな?

 心配しつつ、彼女の後方に視線を向けた。

 彼女のそばには、警護についている七人の聖騎士。
 その中にあって、やはり突出して優美でありながら、時折り周囲を警戒する視線は鋭い。仕事中のレンさんは、本当に凛々しいわ。

 思わずため息が漏れそうになり、慌てて口を押さえた。
 心なしか、ジェフ様の視線の温度が下がったような気がして?


 全ての馬車が、ゆっくりとロータリーに停まると、程なくして王族全員が馬車を下りた。

 国王陛下、王女殿下に続き、ご自身のカラーである赤色のベストを羽織り、中央で不敵な笑みを浮かべているエミリオ様は、堂々とした様子で、以前にもまして威厳に満ちている。
 圧倒的カリスマと褒めたたえられているクリスティアラ王女殿下と比較しても、全く引けを取っていない。
 
 エミリオ様の成長は、本当に目を見張るものがあるよね。

 そして気せずしてお父様以外の防衛戦主要メンバーが、ここに揃った。

 これってやっぱり、虫の知らせ的な何か?
 いよいよ開戦がせまっている気配に、何となく背筋が伸びる。


 国王様の挨拶に、いつも通りの美しい表情をとりつくろった聖女様が応じると、やがて神官長らと共に王族を先導して事務局へ向かう。
 この後、例の王族控室まで向かう算段だ。

 堂々と歩くエミリオ様の背中を見守っていると、不意に彼はこちらを振り返った。
 ドキッとして胸に手を当てると、エミリオ様は無邪気な微笑みを浮かべ、ウインクを一つ。

 可愛いが過ぎる!

 わたしが一礼を返す中、隣にいたリリアさんが黄色い悲鳴をあげた。


「きゃーっ!私にウインクして下さったわ」


 うん。安定のブレなさだわ。


 さて。今日はここからが忙しいのよね。

 聖堂で聖女様の祈りに同席した後、馬車に乗って所定の場所まで移動しなければならないのだ。

 王族の面々が事務局に入ったのを確認してから、わたしたちは一斉に聖堂へと向かった。

 

 

 
 


 
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