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第六章
降臨祭前夜 ⑵
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(side ローズ)
あれ?
レンさんの前で、わたし、あのドレス着たっけ?
不意に違和感を覚えて、わたしは立ち止まった。
「ローズさん?どうかした?」
数歩先行したタチアナさんは、それに気づいて振り返ると、小首を傾げる。
わたしは慌てて歩き出した。
「あ、いえ。後夜祭のドレスのことで、ちょっとだけ考え込んでしまって。でも大丈夫です」
「そう? 心配事があるなら聞くよ?」
そういった後、「あたしじゃ、大して役に立たないかもしれないけど!」と、慌てて両手を顔の前で振り、言葉を追加したタチアナさん。
心配してくれたのが嬉しくて、わたしは微笑んだ。
「いえ。先輩の意見を伺えるのは有り難いです。わたし、降臨祭は初めてですから」
タチアナさんは一瞬呆けていたけど、やがて嬉しそうに頬を緩めた。
「何でも聞いてね!」
「はい!では、ドレス選びの時に」
「そうね!とりあえずイベントを終わらせないと」
二人で頷き合って、公園へ急いだ。
そうだ。
今は、お仕事に集中しないと。
◆
前夜祭点灯式は、聖堂前公園に飾られたランタンに、聖女候補が一つずつ火を灯すことから始まる。
今年は聖女候補が五人いるので、四角から一辺ずつ火を灯す担当四人と、聖堂入り口から真北(第二の城壁北門)に向かって灯していく人一人の割り振りになっている。
わたしは、公園南東の角からスタートして、北東の角にむかう長いルート。
ちなみに、一番目立つセンターラインは、プリシラさんが担当している。
こうやって見させて頂くと、やっぱり安定感というか、風格があるよね。
三年目ともなると、余裕だわ。
沿道は、たくさんの見物客で賑わっていて、始まりを今か今かと待ち侘びている状態。
う~~。ちょっと緊張してきちゃった。
その時、聖堂の鐘が厳かに鳴り出した。
点灯の合図だ。
男性の神官がやってきて、わたしの持つトーチに火が灯された。
わたしたちは、練習通りゆっくり進んで、温かみのあるオレンジ色の火を灯す。
日が落ちて、辺りが暗くなっていく中、ランタンの炎がゆらゆら揺れる。
なんて幻想的なの!
主催側のわたしですら、こんなに感動するのだから……そう思っていたら、観客から歓声が上がり始める。
公園内の全てのランタンに火が灯った時は、拍手喝采、大歓声に包まれていた。
これで、わたしたちの仕事はお終い。
いよいよ真打ち登場という運びだ。
聖堂入り口のある階段の上に、聖女様が姿を現した。
普段の性格はどうあれ、こういう時の聖女様の本気は凄まじいよね。
神々しいほどの圧倒的なカリスマ性。
観客たちは、今までで一番の歓声を、惜しみなく聖女様に送っている。
あとは、聖女様が公園中央にある女神像のランプを灯して聖堂の行うイベントは終了。
ふう。
何とか無事に終わりそう。
聖堂入り口に引き上げて来たわたしは、こっそりとため息を落とす。
昨日散々注意喚起されたから、何か起こったらどうしようって、みんな戦々恐々としていたのね。
だから今日は、お休みの聖騎士さんたちも総出での、厳戒態勢。
定点で配置されている聖騎士の他に、聖女候補一人一人に二人ずつ護衛が付けられていた。
ちなみに、わたしにはニコさんとパトリックさんがついてくれていたのだけど、リリアさんには、またもジャンカルロさんが付いたらしく、戻ってきた二人を見たら、険悪ムード全開だったわ。
編成したライアンさんにも、意図があってのことと思うのだけど、正に犬猿の仲だから、今後は是非考え直してほしいよね。みんなのためにも。
「何その指輪。ゴツすぎじゃない?」
「この良さが分からないとは、残念な目の持ち主だな」
「はぁっ?何良い気になってんだか知らないけど、そんなんで瞬時に剣抜けるわけ?」
「当然だ!」
「どうだか。ま、精々しっかり私を守りなさいよね」
「不本意だが、職務は全うしてやる。有り難く思うんだな」
ああ。なんてツンツンな会話。
一緒に護衛についていた老齢の聖騎士さんが、ドン引きして文字通り一歩下がっちゃってるんだけど、早く気づいてあげて……。
見ていると、巻き込まれそうで嫌だから、わたしは視線を聖女様に向けた。
聖女様は、全てのランタンを灯し終え、観客の声援に応えている。
その斜め後方。
他の聖女付き聖騎士の中に、黒い髪を見つけた。
聖女付きの制服を着たレンさんだ。
一昨日、昨日、今日と、殆ど休む間もなく働いていて、本当に頭が下がるわ。
ランタンに灯されるシャープな輪郭が、とても凛々しい。
するべきことも終わったので、わたしは先ほどの続きを考えていた。
よく考えると、レンさんは『先日のドレスにも似合う』と言ったのよね。
アメジストだから、瞬時に紫のワンピースドレスを思い浮かべてしまったけど、あの服を聖堂で着ていた時間は短い。
あの時は、スティーブン様の馬車で、聖堂裏口のロータリーにおろして頂いた後、物の数分で部屋に戻った。
夜遅く帰ってきたことで叱責を受けていたレンさんが、見るはずもない。
それなら、どれ?
見られたと言ったら、レモンイエローのドレスだけど、あれのことかな?
でも、あのドレスに紫、そして、髪色の赤。
イメージすると、かなりとり散らかる気がするよね。
南国の鳥に更にプラス一色って感じ。
王宮用の純白のドレスでもないだろうし。
んーーー。
やっぱり、紫のドレスのことじゃないかと思ってしまう。
では、何処で見たのかな?
そこで、わたしはようやくある可能性に気づいた。
「もしかして、侯爵家のサロンに参加していた?」
いえ。でもそれはありえない。
だって、あれは招待状を持っていないと入ることすらできないイベントで、いち聖騎士のレンさんが招かれるはずもない。
少なくとも、丘の上の迎賓館にはいなかった。だって、いたら流石に気づくよね。
黒髪は、とても珍しいから。
その時、急に妙な感覚に見舞われる。
あれ? そう言えば、あの時のタルト。
スティーブン様から頂いたって言ってて。
昨日、スティーブン様は、やけに親しげにレンさんを抱き込んでいて、あ、腕の怪我!
あれは、スティーブン様がやったのかもしれなくて。あれ?あれ?
レンさんは、一昨日、誰かに依頼されて、早朝から出かけていた。
その誰かは、スティーブン様?
そのスティーブン様は、一昨日公爵家のサロンに出席されていた。
…………愛人のレイブン様を伴って。
あれ?
ちょっと待って。
何だかパズルみたいで、頭が混乱する。
それだと、まるでレイブン様 イコール レンさんみたいな……っっっ⁈⁈
軽くパニックを起こしかけた時、職員解散の声がかかり、わたしは呆然と自室に戻った。
あれ?
レンさんの前で、わたし、あのドレス着たっけ?
不意に違和感を覚えて、わたしは立ち止まった。
「ローズさん?どうかした?」
数歩先行したタチアナさんは、それに気づいて振り返ると、小首を傾げる。
わたしは慌てて歩き出した。
「あ、いえ。後夜祭のドレスのことで、ちょっとだけ考え込んでしまって。でも大丈夫です」
「そう? 心配事があるなら聞くよ?」
そういった後、「あたしじゃ、大して役に立たないかもしれないけど!」と、慌てて両手を顔の前で振り、言葉を追加したタチアナさん。
心配してくれたのが嬉しくて、わたしは微笑んだ。
「いえ。先輩の意見を伺えるのは有り難いです。わたし、降臨祭は初めてですから」
タチアナさんは一瞬呆けていたけど、やがて嬉しそうに頬を緩めた。
「何でも聞いてね!」
「はい!では、ドレス選びの時に」
「そうね!とりあえずイベントを終わらせないと」
二人で頷き合って、公園へ急いだ。
そうだ。
今は、お仕事に集中しないと。
◆
前夜祭点灯式は、聖堂前公園に飾られたランタンに、聖女候補が一つずつ火を灯すことから始まる。
今年は聖女候補が五人いるので、四角から一辺ずつ火を灯す担当四人と、聖堂入り口から真北(第二の城壁北門)に向かって灯していく人一人の割り振りになっている。
わたしは、公園南東の角からスタートして、北東の角にむかう長いルート。
ちなみに、一番目立つセンターラインは、プリシラさんが担当している。
こうやって見させて頂くと、やっぱり安定感というか、風格があるよね。
三年目ともなると、余裕だわ。
沿道は、たくさんの見物客で賑わっていて、始まりを今か今かと待ち侘びている状態。
う~~。ちょっと緊張してきちゃった。
その時、聖堂の鐘が厳かに鳴り出した。
点灯の合図だ。
男性の神官がやってきて、わたしの持つトーチに火が灯された。
わたしたちは、練習通りゆっくり進んで、温かみのあるオレンジ色の火を灯す。
日が落ちて、辺りが暗くなっていく中、ランタンの炎がゆらゆら揺れる。
なんて幻想的なの!
主催側のわたしですら、こんなに感動するのだから……そう思っていたら、観客から歓声が上がり始める。
公園内の全てのランタンに火が灯った時は、拍手喝采、大歓声に包まれていた。
これで、わたしたちの仕事はお終い。
いよいよ真打ち登場という運びだ。
聖堂入り口のある階段の上に、聖女様が姿を現した。
普段の性格はどうあれ、こういう時の聖女様の本気は凄まじいよね。
神々しいほどの圧倒的なカリスマ性。
観客たちは、今までで一番の歓声を、惜しみなく聖女様に送っている。
あとは、聖女様が公園中央にある女神像のランプを灯して聖堂の行うイベントは終了。
ふう。
何とか無事に終わりそう。
聖堂入り口に引き上げて来たわたしは、こっそりとため息を落とす。
昨日散々注意喚起されたから、何か起こったらどうしようって、みんな戦々恐々としていたのね。
だから今日は、お休みの聖騎士さんたちも総出での、厳戒態勢。
定点で配置されている聖騎士の他に、聖女候補一人一人に二人ずつ護衛が付けられていた。
ちなみに、わたしにはニコさんとパトリックさんがついてくれていたのだけど、リリアさんには、またもジャンカルロさんが付いたらしく、戻ってきた二人を見たら、険悪ムード全開だったわ。
編成したライアンさんにも、意図があってのことと思うのだけど、正に犬猿の仲だから、今後は是非考え直してほしいよね。みんなのためにも。
「何その指輪。ゴツすぎじゃない?」
「この良さが分からないとは、残念な目の持ち主だな」
「はぁっ?何良い気になってんだか知らないけど、そんなんで瞬時に剣抜けるわけ?」
「当然だ!」
「どうだか。ま、精々しっかり私を守りなさいよね」
「不本意だが、職務は全うしてやる。有り難く思うんだな」
ああ。なんてツンツンな会話。
一緒に護衛についていた老齢の聖騎士さんが、ドン引きして文字通り一歩下がっちゃってるんだけど、早く気づいてあげて……。
見ていると、巻き込まれそうで嫌だから、わたしは視線を聖女様に向けた。
聖女様は、全てのランタンを灯し終え、観客の声援に応えている。
その斜め後方。
他の聖女付き聖騎士の中に、黒い髪を見つけた。
聖女付きの制服を着たレンさんだ。
一昨日、昨日、今日と、殆ど休む間もなく働いていて、本当に頭が下がるわ。
ランタンに灯されるシャープな輪郭が、とても凛々しい。
するべきことも終わったので、わたしは先ほどの続きを考えていた。
よく考えると、レンさんは『先日のドレスにも似合う』と言ったのよね。
アメジストだから、瞬時に紫のワンピースドレスを思い浮かべてしまったけど、あの服を聖堂で着ていた時間は短い。
あの時は、スティーブン様の馬車で、聖堂裏口のロータリーにおろして頂いた後、物の数分で部屋に戻った。
夜遅く帰ってきたことで叱責を受けていたレンさんが、見るはずもない。
それなら、どれ?
見られたと言ったら、レモンイエローのドレスだけど、あれのことかな?
でも、あのドレスに紫、そして、髪色の赤。
イメージすると、かなりとり散らかる気がするよね。
南国の鳥に更にプラス一色って感じ。
王宮用の純白のドレスでもないだろうし。
んーーー。
やっぱり、紫のドレスのことじゃないかと思ってしまう。
では、何処で見たのかな?
そこで、わたしはようやくある可能性に気づいた。
「もしかして、侯爵家のサロンに参加していた?」
いえ。でもそれはありえない。
だって、あれは招待状を持っていないと入ることすらできないイベントで、いち聖騎士のレンさんが招かれるはずもない。
少なくとも、丘の上の迎賓館にはいなかった。だって、いたら流石に気づくよね。
黒髪は、とても珍しいから。
その時、急に妙な感覚に見舞われる。
あれ? そう言えば、あの時のタルト。
スティーブン様から頂いたって言ってて。
昨日、スティーブン様は、やけに親しげにレンさんを抱き込んでいて、あ、腕の怪我!
あれは、スティーブン様がやったのかもしれなくて。あれ?あれ?
レンさんは、一昨日、誰かに依頼されて、早朝から出かけていた。
その誰かは、スティーブン様?
そのスティーブン様は、一昨日公爵家のサロンに出席されていた。
…………愛人のレイブン様を伴って。
あれ?
ちょっと待って。
何だかパズルみたいで、頭が混乱する。
それだと、まるでレイブン様 イコール レンさんみたいな……っっっ⁈⁈
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