投稿小説のヒロインに転生したけど、両手をあげて喜べません

丸山 令

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第六章

アフターフォローは、とても大切⑵

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(side ジェフ)

 全く。
 油断も隙もないっていうのは、こういうことを言うんだろう。

 僕は、盛大にため息をついていた。

 
 朝方、『王子殿下がお忍びで聖堂に出かける』と言う情報を得たのは、魔導士長様から聖堂に書類を届ける任を頂いた直後のこと。

 王子殿下付きの護衛騎士団長セオドア様が直々に魔導士長室を訪れ、王子殿下の護衛任務に魔導士を一人借りたい旨、依頼して来たから。

 魔導士長様は、僕と殿下が現在ライバル関係にあることなど知らないから、その依頼はそのまま、聖堂に行くことになっていた僕の手に転がり込んできた。

 セオドア団長は苦笑いをしていたけど、何も言わずに許可してくれた。
 
 本当にラッキーだった。

 『王宮内に閉じこもっていても気持ちが塞ぐから、何か降臨祭に関わる仕事を手伝わせてほしい』なんて、もっともらしいことを言って、仕事を買って出た甲斐があった。

 これにより、王子殿下の抜け駆けを防ぐことができる。

 一昨日のサロンで、殿下はローズちゃんに告白しようとしていたわけだから、このお忍びデートを使ってリベンジするつもりだろうことは、簡単に想像できた。
 護衛の立ち位置を利用すれば、それ邪魔するだけでなく、アプローチする機会を得ることすら可能だ。


 その後は、セオドア団長と調整を行い、殿下の乗った馬車の前後を挟んで走る護衛騎士の乗った馬車に、同乗させて貰うことになった。

 聖堂に着いた直後、殿下に気付かれぬよう先行して、事務局に滑り込む。

 『お忍び町歩き』という状況に興奮気味の殿下に、『実は護衛がびっしり付いている事実』を悟られないよう、偶然を装って同行してほしい、と言うのがセオドア団長からの指示だったから。
 これは、僕も書類を届ける仕事があったから、丁度良かったわけだけど。

 事務局内で、町歩きの時に同行する聖騎士の紹介を受け、僕は笑みを深める。

 彼らはいずれも、貴族階級出身で壮年の既婚者。

 今日はついている。
 やたら馴れ馴れしいラルフさんも、唐突に当人すら予測不能の不遇に陥り同情票を掻っ攫っていくレンさんもいない。

 注意するのは殿下だけで良い。
 そう思っていたんだけど……。

 武器屋通りの散策を始めるにあたり、リリアーナさんがゴネたことで、思わぬ事実を知ることになる。
 
 まさか、僕や殿下を差し置いて、ラルフさん、ユーリーさんと、先に町歩きデートを終えていたなんて。
 
 じわじわと、暗い感情が胸を占める。
 大切にしたい、そう思う気持ちとは裏腹に、負の感情が湧き上がってきて、僕はそれを押さえ込むのにかなり苦労した。

 無自覚というのは、時に一番厄介だ。
 
 ローズちゃんは、可愛い自覚がない。
 故に、誰にでも柔らかな笑顔を向ける。

 彼女に興味がある男なら、たちまち惹かれてしまうだろう。
 それは、仕方のないことだ。

 問題は、何となく手が出せてしまいそうな程度に、無防備な雰囲気であるところ。
 誰に対しても優しく、ほんわかしていて、何となく受け身な感じと言うか、押せば受け入れてくれそうな印象なんだよな。

 アメリの報告によると、実際は『規定ですので!』の御旗の元、告白してくる神官や都民らを、しっかり振り払っているそうだけど。

 それって、聖女候補から外れて『規定』の言い訳が使えなくなったら、簡単に押されてしまうのではないだろうか?

 それならば、彼女が聖女候補でいるうちに、しっかり鎖でつな……約束を、取り付けておく必要がある。

 幸い、今日の殿下の目的は、彼女にプレゼントを贈りながらの告白だ。

 しかも、アクセサリーの購入を予定していることから、ジュリーさんが王宮御用達のショップ数店舗に掛け合って、本日限定で、通りに露店を出させているという、気合の入りよう。
 つまり、普段見ることも叶わないような品を、比較的安くプレゼントすることができるのだ。
 その上、サイズはローズちゃんに合うよう作られている。

 だったら。これに乗らない手はない。

 僕は常々、彼女に僕の瞳の色をつけて欲しいと思っていた。
 手の周辺に飾るものなら、常に彼女の目に映ることが出来ると考えた結果、僕はブレスレットを薦めることにした。

 似たようなことを考えていたらしい殿下は、彼の色である赤い指輪を贈りたいようで、僕たちは、店毎にローズちゃんに選択を強いた。

 今考えれば、双方が贈ってしまえば良かったと反省している。
 でも、その時は、どうしても譲れなかった。

 彼女にとって、ストレスだと分かっていても、殿下ではなく、僕を選んで欲しいと願ってしまったから。
 
 ローズちゃんは、最後まで結論を出さなかった。
 
 勝負は五分と五分。
 彼女の心を射止めるのは、簡単じゃない。
 
 悔しさと安堵が入り混じった、なんとも微妙な気分になった時、思いもしないことが起こった。

 ローズちゃんの初めての街歩きデートを奪った張本人たちが、ノコノコやってきたのだから。

 殿下と二人でここぞとばかりに、ユーリーさんとラルフさんを追い詰める。
 この場は誤魔化そうとしているけれど、この二人、ローズちゃんに全く興味がないってわけでもなさそうだから。

 特にラルフさんは、アメリも危険視していたし。

 今のうちに、余計な芽は積んでおきたい。その一心で、蚊帳の外にいたもう一人のことを失念していた。

 油断したというより、ある意味信用していたのだと思う。
 レンさんに限って、ローズちゃんを掠め取るような真似はしない、と。

 一部始終を見ていた僕の部下の話によると、実際彼に、その気はなかった。
 証拠に、彼は、彼自身の色を薦めていない。
 
 それでも、レンさんはローズちゃんに、イヤリングを贈ることに成功した。

 そのこと聞かされたのは、お忍び散策がお開きになった後のこと。
 
 全く。油断も隙あったもんじゃない。


 そんなわけで、殿下のお守りの任を解かれた僕は、先ほどの露店まで戻って来ていた。

 殿下に、抜け駆けだと怒られるだろうか?

 それでも僕は、ローズちゃん、君に、このブレスレットを贈りたいと思ったんだ。






(side リリア)


「キレイ」


 キラキラ揺れるペンダント。

 ハート型にカットされた真っ赤な石は、赤い影を私の手のひらに作る。

 エミリオ様が買ってくれた、大事なだいじな宝物。
 これから毎日つけちゃおうかな?


「ふふっカワイイっ」


 嬉しすぎて、鼻歌まで出ちゃうよ。
 だって、お母さんの言っていた通り、(余計なモブはいっぱいくっついていたけど)エミリオ様と街歩きデートができたしね!

 『何か買ってもらえるかが、今後を左右する』って、お母さんがいっていたけど、ちゃーんとコレ、買ってもらえたし……これは、私、未来の王妃様ルートのっちゃったんじゃない?

 嬉しくって跳ね回りたい気分。

 だから私は、今、鍛錬場とか言われる広場のベンチに来ていた。
 部屋の中でスキップしていると、横の部屋のプリシラさんが、うるさい!とか言って来てうざいから。

 それにしても、こんなに楽しい気分なの、いつぶりかな?

 私は小首を捻って考えた。
 随分前のことで、思い出せないや。

 気分が良いのは、マリーさんの意外な選択のせいもあるかもしれない。

 だって、私がほんのちょっとお膳立てしてあげただけなのに、マリーさんたら、あっさり決めちゃってさ。

 いいぞいいぞ!黒髪の騎士。
 がんばれ頑張れ、もっとやれー!

 マリーさんがアイツを選べば、きっと私が聖女になって、エミリオ様は私を選ぶ!

 幸せの予感に、世界がキラキラ輝いて見えた。

 キラキラ、キラキラ。
 空気が光ってるみたい。

 ……ん?あれ? この光っって……。


「いやいや。無いって。ちゃんとつけてるもん」


 私はそっと両耳に触れて、そこにある百合の花のピアスに安堵した。
 大丈夫。ちゃんとついてるもん。

 百合は私の大好きな花。
 私の名前のお花。

 そう言えば、さっき露店に百合のブローチがあったな。
 可愛かった。
 後でこっそり、自分で買おうかと思うくらい。


「でも、アイツに買われちゃったぁ。くやしー」


 一つしかなかったのに、ついでとか言って、黒髪騎士が買っちゃったんだよね。

 アイツ、あのブローチ、どうするつもりだろう。
 誰かにあげるのかな?

 
「要らないのに見栄で買って、後で捨てちゃうなら、私にくれないかな?」
 

 そう思ってたら、なんか空気のキラキラが強くなった気がした。
 ってか、あれ?
 なんで?うっすら赤い?

 顔を上げると、何と、黒髪の聖騎士が寮から出てきたところだった。

 別に噂してたわけじゃ無いんだけど?

 聖騎士は、スタスタとこちらにやってくると、小さく一礼。
 私の目の前に、小さな紙袋を差し出した。


「何?」

「失礼。先ほど目で追っていましたので、差し上げます」

「は?はぁ?何で?」


 何だこいつ。
 私にプレゼント?
 何?見た目に反してチャラいの?


 警戒してみたものの、欲しかったのは事実で。
 でも、見返り要求されたら……


 うだうだしてたら、手の平の上に置かれた。

 途端、体が重くなるような感覚に見舞われる。

 あれ? 空気のキラキラが消えた。


「げ、何これ?」

「少し細工しました」

「どういうこと?」

「私が言うべきことでは有りませんが、貴女は聖女候補を辞退なさった方が……」

「……は?」


 聖騎士は眉を寄せる。
 え。顔動くんだ。


「とりあえず、降臨祭は魔導士長も来ますので、その場しのぎにそれを。謀っていたとバレるのは、困るのでは?」

「は?失礼!私はそんなこと……たばかるって何?」


 イライラ返すけど、聖騎士は、それに関しては答えず、代わりに小さく息をおとした。


「……それをどうするかは、最後は貴女の判断にお任せしますが、責任を負うのは補佐のお二人です。お二人が迷惑を被ることは、私としては看過できません」

「はぁっ?何ソレっムカつくっ!」


 言い返そうとしたけど、ソレより早く、アイツは一礼して回れ右をすると、さっさと寮へと戻っていってしまった。


「は?何なの?あれ……」
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