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第六章

アフターフォローは、とても大切⑴

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 (side エミリオ)


 くっ!ジェフのやつっ!

 悔しさに歯噛みしながら、俺は、ふかふかのクッションで傾斜を作った馬車の背もたれに、寄りかかった。

 午前中から、重いランプの箱を運んだり、聖堂周辺を歩き回ったりした……それだけだって、普段やり慣れないことだから結構疲れた。

 その上、何で奴とマリーの取り合いをせねばならないのか……。


 今朝、唐突に思いついた、俺の完璧なアイデアに、普段は難色を示すジュリーが、すんなり許可を出した。

 奇跡だと思ったし、ビッグチャンス到来だとも思った。
 食事付きで、周辺も散策できると聞いて、だったら、祭りの時道々に出るという『露店』とやらを散策し、あわよくば、気に入った物をプレゼントして、告白‼︎

 と、行きの馬車では、鼻息荒く意気込んでいたわけだ。

 ところが、蓋を開ければジェフに邪魔され、 他の聖騎士ラルフとやら 直属の部下ユーリーまで、マリーにちょっかいをかけていたという事実を、目の当たりにした。

 まったく!
 マリーがモテ過ぎる問題を、どうにかできないものだろうか?

 ……まぁ、男どもがマリーに惹かれるのは、無理もないことではある。
 だって、あの可愛らしさに加え、礼儀正しくて奥ゆかしい。
 好きにならない方がおかしい、とさえ思う。

 そんな魅力的な女性を、聖堂なんかにただ置いておくなど……いやまぁ。一番安全と言われればそうなのだろうが。
 俺ですら、ガードの外に置かれているようなものだし。


「はぁ……」


 鬱々と悩んで、思わずため息が溢れた。


 露店では、ジェフとの対立構造が出来上がってしまったから、マリーも困っていたよな。
 
 それぞれが譲り合って、双方ともプレゼントするといった選択肢もあったのに、どうしても、そうする気にはなれなかった。

 俺の方を、選んで欲しかったから。
 ……ジェフも、きっと同じ気持ちだっただろう。

 結局、マリーはどちらも選ばなかった。

 断られた方に対する気遣いもあったのだろうと思うが、単純に、まだ気持ちが揺れているってことなんだろう。

 やはり、ジェフは強敵だ。
 どうやって、マリーの気持ちをこっちに惹きつけるかが、今後の課題だな。

 まぁ、良い。
 帰ってから、ハロルドに相談して……いや、アイツは離婚してたんバツ2だった。とりあえず、家庭円満な団長にでも相談してみるか。

 ふて寝を決め込み、目を閉じる。

 今日は完全なるお忍びだったから、護衛の二人が馬車に同乗している。
 上手くいかなくて、カリカリしているところを見られるのは、なんとなく気まずいからな。


 しばらく沈黙していると、眠ったと思われたのか、俺の横の席にかけていたジュリーから、くすりっと笑いが漏れた。


「お疲れになったようだ。何か、かけるものを」

「了解」


 俺の斜め前にかけていたオレガノが、動く気配。すぐに、柔らかな布を腹の付近にかけられた。
 
 全く子ども扱いだ。
 だがまぁ、嫌な気はしない。


「ふふ。随分と、精悍な顔つきになってこられたと思わないか? 恋とは凄まじいものだな」


 柔らかい声音で、ジュリーは俺の頬に汗でへばりついていた髪の毛をはらう。


「そうですね。対象が妹でなければ、自分の心中も穏やかなのですが……」


 どこか疲れた口調で、オレガノが返答している。
 
 それは、まぁ、そうだろうな、と思う。

 少々過保護とも思うが、妹と異性の交際を後方で警護するってのは、普通に気まずいだろうしな。

 顔がにやけそうになるのを堪えつつ、二人の会話に聞き耳を立てる。


「しかしまぁ、今回は、思わぬ顛末となった。
 もし仮に、リリアーナ嬢がアレを狙ってやったとしたら、私はあの娘が少々怖い」

「ガーネットのペンダントの件ですか?」

「いや。そっちは折り込み済みだ。
 私が言ったのは、殿下とジェファーソン様がローズマリー嬢から離れたタイミングで、クルス君を呼んだことの方」

「ええと? すみません。あの時自分は、浮浪者風の男の動きに集中していたので、その後のことは、あまり見ていなかったのですが?」

「君、殿下やジェファーソン様が妹に近づくと敏感に反応するくせに、何故クルス君には、危険センサーが働かないんだ?」

「……へ?」


 オレガノの返答は、完全に呆けたような声音。

 それはそうだろう。
 俺だって、虚をつかれた。
 だって彼奴は、聖騎士の中でも一番 色恋からは縁遠い印象だから。


「何だ。本当に全く見ていなかったのか?」

「いえ。露店で話しているのは、視界に入れてました。でも、ジャンカルロ君も一緒でしたし、ごく短時間ですよね?」

「そこだよ。クルス君……彼、ああ見えて、結構手慣れているのか……?」

「は?」

「どれを買うか、或いは買ってもらうか、散々決めかねていたローズマリー嬢が、あの数分で決断したんだぞ?」

「え? 買ってましたか?」

「ああ。買って貰っていた」

「買って貰った、ですか?」


 オレガノが、訝しげに聞き返す。


「正確には、自分で支払おうとしたところを、先に勘定して貰った、といったところだが、どうしてなかなかスマートだった。
 後輩の分なども一緒に支払いを済ませて、女性に恩を着せないところまで、完璧だ」


 何だ? それ。
 あの無表情な男が?

 彼奴が女性に色目を使っている様子など、ちょっと想像ができないんだが?


「薦めた商品のセンスも良かったな。自身をゴリ押ししない感じがまた、実に爽やかだった。
 その上『自らの瞳の色を、把握してくれていた』と知れば、ローズマリー嬢も悪い気はしないだろう。
 …………。
 君も、少しは見習ったらどうだ?」


 ん?
 一拍おいて、最後だけ、ほんの少し挑発するような口調?

 ジュリーがこういう態度をとるのって、部下ではオレガノだけだよな……って、今はそれどころじゃなかった!

 もっと詳しく聞きたいのに、寝たふりをしてしまった、この状況が恨めしいっ!

 どうするべきだ?
 だが、聞き耳をたてていたとか、絶対言えないぞ。

 悶々としていると、オレガノが軽く笑いながら言った。


「あー。レン君は、奢り慣れてるんですよね。
 常に腹ペコなラルフ君が、傍らにいるので。
『年少者の支払いは自分が持つべき』とか、考えているんでしょう。勲章授与式の時も、俺が奢る約束のはずが、結局ユーリーさんと三分割してくれたりとか」

「何だ。一緒に食事に行ったりもするのか? 君たちは、本当に仲が良いんだな。」

「仲が良いというか、自分も世話になっている口です。彼は、面倒見が良いですから。
 ローズが、何を思ってその品物を買うと決めたかは分かりませんが、レン君からすれば、後輩の分を買うついでだと思いますよ?」

「さてな? 
 私には、あの無表情が何を思っていたかなど、皆目見当もつかないが、ローズマリー嬢の立場なら、間違いなく高評価だろうって話さ。
 ま、君に『女心を理解しろ』というのは、難しかろうな?」

「何ですか? 今日は、随分と つっかかりますね? 
 自分、何か副官の気に触ることを しでかしたでしょうか?」


 幾分皮肉めいた口調で言うジュリーに、困ったような声音で、オレガノ。

 何だ? 喧嘩か? 珍しいな。

 くだらないことで口論していないで、レンがマリーに何を買ってやったのか、その部分をもっと詳しく話して欲しいんだが?

 俺とジェフが、ユーリーとラルフとやらをとっちめている隙に、美味しいところを掠め取った? あの物静かなレンが?

 オレガノじゃないけど、あの純朴そうな男が、まさかな。ジェフじゃあるまいし。

 考えながら、モヤモヤしている俺の気持ちとは裏腹に、まだ二人の話しは続くようだ。
 

「いやなに。いちいち私が合図を送らずとも、いい加減、レディーの気持ちに気付いて欲しいものだ、と思っただけだ。
 まぁ、最後の耳飾りのプレゼントだけは、上出来だったか……」


 続くジュリーの皮肉に、オレガノは沈黙した。

 おいおい。
 何で、この二人、いきなり険悪になったんだ?

 何だかハラハラしてきた。
 修復不能になったり、しないだろうな?

 心配していると、オレガノが、静かに口を開いた。
 

「……女心なんて、分かりませんよ。特に、副官。貴女の気持ちは、全然分からない」
 

 声から伝わってくるのは、静かな怒り?


「副官は、自分の気持ちに気付いているはずですよね? なのに、タチアナ嬢に近づくよう勧めるのは、何故です? 
 自分の気持ちは……貴女にとって、やはり迷惑ですか」


 最後は、絞り出すような声だった。
 

「レン君のようには出来ませんが、迷惑ついでに、差し上げます。要らなければ、捨てて下さい。
 ご無礼を致しました。自分、御者台に移動しますね」


 そう言って、ため息を一つ。
 御者台に停車の指示を出すと、オレガノは、さっさと客室から出て行ってしまった。

 ……おいおい。

 何だこの状況は。
 この後、俺は、どうすれば良いんだよ!


 薄目をあけてジュリーを見ると、彼女は呆然としているようだった。

 馬車が動き出してからしばらくして、彼女は押し付けられたらしい包みに視線を落とし、そっと開く。

 小さな封筒から転がり出たのは、ジュリーの瞳の色をした、ラピスラズリのペンダント。

 その瞬間、ジュリーの瞳から涙が一粒溢れ落ちるのが見えて、俺は慌てて目を固く閉ざした。


 二人が険悪になったら困るとか、考えていたけど、俺の思い違い。
 ってか、全く逆じゃないか!

 それにしても、恋の駆け引きってのは、滅茶苦茶難しいんだな。
 とっくに大人な二人なのに、こんなにも、もどかしいものなのか……。

 どっと疲れが来た気がして、俺はうっかり、そのまま眠ってしまった。
 




 目が覚めた時には、城に到着していた。
 
 二人はその後、特に変わった様子もなく、普段通りに職務についている。

 流石だな。


 そして、今回の件で、俺は一つ学んだ。
 
 誰かに贈り物をしたいと思ったなら、絶対そのとき、やるべきだ。

 思い立ったが吉日。

 俺は、部屋に戻るや否や、露店で売られていた指輪の手配を、ハロルドに頼んだ。

 ハロルドによると、あの露天商は、王宮からの依頼で、今日の昼、マリーのためだけに、あそこに店を構えていたらしい。
 道理で、細工が美しいものばかりだったわけだ。

 今日の夕方には、マリーの手元に、指輪が届く手筈になっている。

 喜んでくれると良いな。
 そして、それを指にはめた時だけでも良いから、俺のことを想って欲しい。

 警護を続けていたジュリーに視線を向けると、彼女はそっと制服の鎖骨のあたりに触れて、柔らかく微笑んだ。
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